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「ランニング・マン」あらすじ・概要・評論まとめ ~ライトにしてキングだが「バトルランナー」にあらず~【おすすめの注目映画】

2026年1月29日 08:00

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「ランニング・マン」
「ランニング・マン」
(C)2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

近日公開または上映中の最新作の中から映画.com編集部が選りすぐった作品を、毎週3作品ご紹介!

本記事では、「ランニング・マン」(2026年1月30日公開)の概要とあらすじ、評論をお届けします。


【「ランニング・マン」あらすじ・概要】
画像2(C)2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

逃げ切れば大金を手にできるが、捕まれば即死という命懸けの鬼ごっこに挑む男の運命を描くノンストップアクション。ベストセラー作家スティーブン・キングがリチャード・バックマン名義で1982年に発表し、1987年には「バトルランナー」として映画化された小説を、「ベイビー・ドライバー」のエドガー・ライト監督が新たに映画化した。

社会が一握りの富裕層と圧倒的多数の貧困層に分断され、多くの人々が過酷な生活を強いられている近未来。職を失い、重い病を抱えた娘の医療費にも困窮していたベン・リチャーズは、優勝者に巨額の賞金が与えられるデスゲーム「ランニング・マン」への参加を決意する。しかし、そのゲームの実態は、社会を支配する巨大ネットワーク企業が主催する世界最大のリアリティーショーであり、挑戦者の命懸けの逃走劇を全世界の観客が視聴するというものだった。逃走範囲は無制限。高度な殺人スキルをもったハンターたちが挑戦者を追跡し、さらには視聴者までもが懸賞金目立てで挑戦者を追いかけるという狂気のサバイバルが幕を開ける。

主人公ベン・リチャーズ役を「トップガン マーヴェリック」「ツイスターズ」のグレン・パウエルが演じ、彼をゲームへと誘う冷酷なテレビプロデューサーをジョシュ・ブローリン、ショーの司会者をコールマン・ドミンゴが演じる。


【「ランニング・マン」評論】
●ライトにしてキングだが「バトルランナー」にあらず(筆者:尾﨑一男)
画像3(C)2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

そりゃエドガー・ライトのフィルモグラフィを俯瞰すれば、彼がスティーヴン・キング原作の精神に忠実であろうとする姿勢は想像に難くない。いま最もファンを裏切らない、オタク監督の筆頭と称していいだけに。

とはいえ、前回の映画化作「バトルランナー」(1987)も、あれはあれで栄養価が必要以上に高い翻案だった。キングらしい文体を控えめにした小説(ゆえに名義も異なる)に、過剰な装飾で大胆な味変をほどこし、普通の男であったはずの主人公は、アーノルド・シュワルツェネッガーによって叛逆のヒーロー像を与えられた。いま振り返れば悪い冗談のようだが、そのズレこそが、80年代ハリウッド的イマジネーションの産物だったともいえる。

当然ながら、ライト版「ランニング・マン」は、そうした予測に沿った仕上がりとなっており、「バトルランナー」に顕著だったパワーファンタジーへの傾斜を明確に回避している。グレン・パウエルの演じる主人公はオーディエンスの目線と同期し、映画はアクション性を損なうことなく、あえてカタルシスを与えないというジレンマと格闘しつつも、メッセージ性が薄められることはない。その政治的な含意は、英国人監督らしいシニシズムにくるめられ、むっくりと頭をもたげてくる。

画像4(C)2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

いっぽう、テレビが社会の中心にあった時代に書かれた原作を、現代の多視点的なメディア環境へと移植する試みは、頻繁な画面転換や加速するテンポといったかたちで、監督の個性を刻印している。しかしその反面、エドガー・ライト作品に固有のユーモアや視覚的な遊び心が、やや後景に退いている印象も拭えない。つまり本作は「エドガー・ライトの“ランニング・マン”」というよりも、「キングが構想していた方向性の代弁」と捉えることもできるだろう。かつてキングは、自作の映画化において監督の作家的解釈による改変を嫌ったが、そうした経緯を踏まえるなら、本作は原作者と監督、双方の作家性を並列に思考させる、きわめてフラットな「ランニング・マン」なのかもしれない。

画像5(C)2025 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

「デスゲームものの原点にして頂点」という煽りも、まんざら誇張ではない。ただしそれは、ジャンル的な完成度や快楽の強度を担保するものではない。ライト版が行き至ったのは、デスゲームという形式が本来はらんでいた不快感とバイオレンス性を、いま一度真正面から定義しなおす地点である。そこには爽快さも逃げ場もなく、その居心地の悪さこそが本作を、単なる再映画化でも、ライト流の娯楽作でもないものにしている。結果としてあるのは、観る者を楽しませる作品というよりも、観終えたあとに問いだけを置き去っていくような感触だ。小説や映画と媒体を問わず、本来「ランニング・マン」とは、そうした物語だったはずである。

執筆者紹介

尾﨑一男 (おざき・かずお)

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映画評論家&ライター。主な執筆先は紙媒体に「フィギュア王」「チャンピオンRED」「映画秘宝」「特撮秘宝」、Webメディアに「ザ・シネマ」「cinefil」などがある。併せて劇場用パンフレットや映画ムック本、DVD&Blu-rayソフトのブックレットにも解説・論考を数多く寄稿。また“ドリー・尾崎”の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、TVやトークイベントにも出没。

Twitter:@dolly_ozaki


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