50回目のファースト・キス

劇場公開日:2005年6月18日

解説

“昨日のことをすべて忘れてしまう”記憶障害に陥った女性と、彼女に一途な想いを寄せる獣医が繰り広げるピュアなラブストーリー。出演は、「ウェディング・シンガー」以来の共演となるドリュー・バリモアとアダム・サンドラー。監督は「N.Y.式ハッピー・セラピー」のピーター・シーガル。

2004年製作/99分/アメリカ
原題または英題:50 First Dates
配給:ソニー・ピクチャーズ
劇場公開日:2005年6月18日

あらすじ

常夏のハワイの小さな島。行きつけのカフェ、フキラウ・カフェで朝食をとるルーシー(ドリュー・バリモア)に、男が声をかけてきた。シーライフ・パークで動物たちの面倒を見るプレイボーイの獣医ヘンリー(アダム・サンドラー)だ。ルーシーの大好きなワッフルや海洋生物について話すうち意気投合した2人は、翌朝もカフェで一緒に朝食を食べようと約束する。翌日、ルーシーの前に約束通りヘンリーが現れるが、彼女はなぜか冷たい態度をとって他人のふり。混乱するヘンリーに、カフェのオーナーがルーシーの抱える病気について教えてくれた。1年前の10月、ルーシーは交通事故に遭い、その後遺症で記憶障害になってしまったのだ。短期の記憶を保持することができず、一晩寝ると前日起きたことを全部忘れてしまうという。父親のマーリンと弟のダグ(ショーン・アスティン)の影ながらの努力もあって、彼女は毎日、そうとは知らずに同じ一日を繰り返し生きていた。ルーシーにすっかり恋してしまったヘンリーは、この日を境に恋のアプローチを開始する。毎日、彼女との初対面から始め、少しだけ心が通じたり、フラれたりの繰り返し。それでもヘンリーはメゲずに、ルーシーの笑顔見たさにアプローチを続ける。そんなある日、ルーシーに変化が起こる。毎朝ヘンリーのことは忘れてしまっているはずなのに、彼と話した日は楽しそうに両親の思い出の曲『Wouldn't It Be Nice』を歌うようになっていた。記憶の深いところでは、ヘンリーに好意を抱きその想いは持続しているのか…。ある日、ルーシーはハプニングで、時間が一年間自分の中で止まったままなことを知る。マーリンとダグは、こんな時いつも行く病院にルーシーを連れて行く。主治医のDr.キーツ(ダン・エイクロイド)から「あなたの記憶障害は一生治る見込みはない」と、衝撃的な事実を告げられたルーシーはショックを受けるが、翌日には忘れてしまう。ヘンリーは、毎日がお膳立ての繰り返しであるルーシーの人生を変えるため、病気の事実と愛の告白を綴ったビデオを作る。以来、ルーシーの一日はヘンリーの告白ビデオを見てから始まることになった。ビデオを見た直後は絶望の淵に追い詰められるが、心からの愛の言葉を語り続けてくれるヘンリーの優しさと深い愛に触れ、毎日毎日、彼と恋に落ちるルーシー。一日も欠かすことなくヘンリーとデートをし、最高のファースト・キスを重ねていく幸せな日々が続いた。そんな幸せの絶頂の中、ルーシーは、ヘンリーがセイウチの生態研究の為にアラスカに行く夢を、自分のために断念したことを知る。ルーシーは、「私と一緒にいたら彼の未来はない」と思い、自分が愛する人の重荷にならない為、別れを決意するが……。

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映画レビュー

4.0 【89.4】50回目のファースト・キス 映画レビュー

2026年1月24日
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鑑賞方法:VOD

2004年に公開されたピーター・シーガル監督による『50回目のファースト・キス』(原題:50 First Dates)は、一見するとアダム・サンドラー主演の典型的なハッピー・マディソン・プロダクション作品に見えるかもしれない。しかし、映画史という広範な視座において本作を再評価したとき、そこには単なるコメディの枠を超えた、愛の「記憶」と「記録」を巡る深淵なテーマが浮かび上がる。記憶喪失という使い古されたメロドラマ的ギミックを、軽妙なユーモアと真摯な人間ドラマの融合によって、極めて現代的かつ哲学的な愛の寓話へと昇華させた点において、本作はロマンティック・コメディのジャンルにおける一つの到達点を示していると言えるだろう。
まず、作品の完成度について深く考察したい。本作が映画史において特異な位置を占める最大の理由は、その「結末」の選択にある。従来のハリウッド的ロマンスの定石であれば、医学的奇跡によってヒロインの記憶が回復し、完全なるハッピーエンドを迎えるのが常道である。しかし、本作はその安易な解決を拒絶した。障害は治癒せず、二人はその過酷な現実を受け入れた上で共存する道を選ぶ。これは「愛がすべてを解決する」というファンタジーへのアンチテーゼでありながら、同時に「障害があっても愛は成立する」という、より強靭でリアリスティックな希望を提示している。毎朝リセットされる関係性を再構築し続ける主人公の姿は、恋愛における「獲得」の喜びではなく、関係を「維持」することの尊さと労苦を描き出している。この構造こそが、本作を単なるデートムービーから、人生の不条理と愛の持続性を問う普遍的な傑作へと押し上げている要因である。
監督・演出・編集の観点では、ピーター・シーガルの手腕が光る。彼はサンドラー映画特有の下品なジョークやスラプスティックな笑いを随所に配置しつつも、物語の核となるセンチメンタリズムを決して阻害させない絶妙なバランスを維持している。ハワイという開放的なロケーションを単なる背景としてではなく、時間の循環と停滞を象徴する閉じた楽園として機能させた演出も見事だ。また、ヒロインが真実を知るシークエンスにおける編集のテンポは、コメディ映画とは思えぬほどの緊張感と悲哀を観客に与えることに成功している。
脚本については、ジョージ・ウィングによる構成が極めて論理的かつ感動的だ。ヒロインの症状である「前向性健忘」の設定を、ビデオテープという記録媒体を用いることで物語の推進力に変えたアイデアは秀逸である。ビデオテープは毎朝の絶望を希望へ書き換えるツールとして機能し、アナログな質感がかえって愛の温もりを強調している。
キャスティングと役者の演技については、奇跡的なアンサンブルと言わざるを得ない。
アダム・サンドラー(ヘンリー・ロス役)は、本作においてキャリアの転換点とも言える名演を見せている。従来の彼が得意としてきた、幼児性を爆発させる攻撃的なキャラクター像を封印し、本作ではプレイボーイでありながらも、一人の女性に献身的な愛を注ぐ成熟した男性像を体現した。特に素晴らしいのは、彼の「受け」の芝居である。コメディアンとしての自我を抑え、ヒロインの苦悩や周囲の奇抜なキャラクターを優しく受け止める彼の眼差しには、真実味が宿っている。彼が本来持っている人懐っこさと、シリアスな場面で見せる哀愁を帯びた表情のギャップは、観客がヘンリーという人間に感情移入する最大のフックとなっており、コメディ俳優としての深みを証明した一作である。
ドリュー・バリモア(ルーシー・ホイットモア役)の存在感は、本作の魂そのものである。彼女が演じるルーシーは、1日しか記憶が持たないという悲劇的な運命を背負っているが、バリモアはそこに一切の悲壮感漂わせず、むしろ太陽のような明るさと純真さでスクリーンを照らし続けている。彼女の笑顔が魅力的であればあるほど、観客は翌朝にはその笑顔がリセットされてしまう事実に胸を締め付けられることになる。この「無垢な残酷さ」を表現できるのは、彼女の天性の愛嬌と、子役時代から培われた確かな演技力があってこそだ。サンドラーとの相性は映画史に残るベストカップルの一つと言え、彼女のリアクションの一つ一つが、本作のロマンティックな側面を強固に支えている。
ロブ・シュナイダー(ウーラ役)は、サンドラー映画の常連として期待通りの役割を全うしている。彼が演じる現地人のウーラは、物語のシリアスな展開に対する清涼剤であり、コメディリリーフとしての機能を完璧に果たしている。その過剰な身体表現と独特の訛りは、ともすれば重くなりすぎるテーマに対し、観客に息抜きの瞬間を提供している。彼の存在があるからこそ、本作はコメディとしてのアイデンティティを保てているのだ。
ショーン・アスティン(ダグ・ホイットモア役)の起用は、驚きと共に大きな効果を生んでいる。『ロード・オブ・ザ・リング』のサム役で知られる彼が、ステロイド中毒で筋肉質の、どこか抜けた弟役を演じるというギャップ自体がすでに面白い。しかし、単なる色物ではなく、姉を想う純粋な優しさを滲ませることで、家族愛というサブテーマを力強く牽引している。彼のコミカルな動きの中に見える誠実さは、作品に温かいリアリティを与えている。
ダン・エイクロイド(キーツ医師役)は、物語の引き締め役として機能している。彼のようなベテランが、脳の専門医として冷静かつ淡々と事実を告げる役割を担うことで、ルーシーの症状に対する医学的な説得力が生まれ、ファンタジーに陥りそうな物語を現実に繋ぎ止める役割を果たしている。短い出演時間ながらも、その知的な存在感は画面に重厚感を与えている。
映像・美術衣装については、ハワイのオアフ島の鮮やかな色彩が、物語の切なさを際立たせている。青い空と海、そして色とりどりの衣装は、ルーシーの止まった時間の中にある「永遠の夏」を視覚的に表現しており、幸福な悪夢とも言える状況を美しく彩っている。
音楽に関しては、イスラエル・カマカヴィヴォオレによる「Somewhere Over the Rainbow / What a Wonderful World」の使用が白眉である。この楽曲の持つ優しさと哀愁は、本作のテーマと完全に共鳴し、エンディングの余韻を決定的なものにしている。また、劇中で使用されるビーチ・ボーイズなどの80年代ポップスのカバー曲の数々は、ノスタルジーを喚起させると同時に、リラックスした島の雰囲気を醸成するのに一役買っている。
賞レースに関しては、本作はアカデミー賞などの主要な賞には縁がなかったものの、MTVムービー・アワードにおいて「最優秀チーム賞(アダム・サンドラーとドリュー・バリモア)」を受賞している。これは、批評家の評価以上に、大衆がいかにこの二人の化学反応を愛し、支持したかを示す証左である。
総じて『50回目のファースト・キス』は、ロマンティック・コメディという軽視されがちなジャンルの中で、愛の本質的な「努力」と「選択」を描き切った稀有な作品である。ハッピーエンドの定義を書き換えたその功績は大きく、公開から年月を経てもなお、その輝きは失われていない。ただ笑って泣けるだけの映画ではなく、観る者の人生観に静かに問いかける、極めて質の高いシネマと言える。

作品[50 First Dates]
主演
評価対象: アダム・サンドラー、ドリュー・バリモア
適用評価点: 9.0(A9)× 3 = 27.0
助演
評価対象: ロブ・シュナイダー、ショーン・アスティン、ダン・エイクロイド
適用評価点: 8.0(B8)× 1 = 8.0
脚本・ストーリー
評価対象: ジョージ・ウィング
適用評価点: 9.0(A9)× 7 = 63.0
撮影・映像
評価対象: ジャック・N・グリーン
適用評価点: 8.0(B8)× 1 = 8.0
美術・衣装
評価対象: アラン・オー、エレン・ラッター
適用評価点: 8.0(B8)× 1 = 8.0
音楽
評価対象: テディ・カステルッチ
適用評価点: 9.0(A9)× 1 = 9.0
編集(加点減点)
評価対象: ジェフ・ゴードソン
適用評価点: +1.0
監督(最終評価)
評価対象: ピーター・シーガル
総合スコア:[ 89.4 ]

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honey

3.5 リピーテッドと比べると面白い

2025年11月20日
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ジョニーデブ

3.0 ラスト、上着を着て外に出てごらん、は泣く

2025年11月10日
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鑑賞方法:VOD

笑える

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ぽん

5.0 人生で今のところ1番好きな映画

2025年9月18日
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泣ける

笑える

幸せ

こんな風に愛したい愛されたい!笑!
アダムサンドラーもドリューバリモアも最高にかわいい。
題材は割と重い。
自分なら、、と考えたらどちらの立場もかなり辛い。
何度も恋をする二人がただただ愛しく、何回見ても素敵な作品。
日本版もあるようですががっかりしそうで観ていません。
アダムサンドラーの出ている作品はなんだか肩の力が抜けますね。

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nattsu