【「フルメタルジャケット」評論】ベトナム戦争映画の枠には収まらない、人間の本質を描いたキューブリック至高の一作
2020年8月8日 21:00

[映画.com ニュース] 新型コロナウイルスの影響により、多くの新作映画が公開延期となり、映画ファンの鑑賞機会は減るばかりです。映画.comでは、「映画.comオールタイム・ベスト」(https://eiga.com/alltime-best/)に選ばれた、ネットですぐ見られる作品の評論をお届けいたします。今回は「フルメタル・ジャケット」です。
本作の全米公開タイミングは最悪だった。製作発表が84年1月、86年夏の公開だったが例によって製作は遅れに遅れる。その間に現れたのがオリバー・ストーンのベトナム戦争映画「プラトーン」だった。86年12月に6館で公開されたこの作品は瞬く間に1000館超まで拡大、87年3月にはアカデミー賞の作品賞ほか4部門を獲得、1.3億ドル超の大ヒットとなった。「フルメタル・ジャケット」が公開されたのは「プラトーン」のオスカーからわずか3カ月後の6月。二番煎じ、ブームは下り坂という陰口を叩かれたが、フタを開けてみれば全米興収4000万ドル超えで自身最大のヒット作(当時)となり、巨匠健在をアピールした。
原作は実際の帰還兵ハスフォードの「ショート・タイマーズ」で、彼は脚本にも参加。キューブリックはいつものように完璧なリサーチを開始、あらゆる現地映像、数千枚の写真や膨大な資料を読み込み、ベトナム戦争を自身の中に構築していった。ロケはロンドン東部にある1930年代の機能主義建築によるガス工場の広大な跡地で、長女カテリーナの結婚式の帰り道に偶然見つけた場所だった。
ここに戦時下のフエのイメージを重ねたキューブリックは、200本のヤシやシュロの木をスペインから取り寄せ植林、建物を破壊し瓦礫の市街地を創り出した。俳優たちは当初18週間の契約を結んでいたが、撮影は結局17カ月間にも及んだ。
出色はリー・アーメイ扮する教官だ。元々軍事顧問スタッフとして参加したアーメイだったが、自身の演技には自信を持っており、リハーサルで兵士役の役者たちに罵り言葉を浴びせたところ、激怒したり心身を病む者が続出。それを聞いたキューブリックは配役を急きょ変更、彼を軍事教官役に大抜擢した。台本無しでも際限なく溢れ出るアーメイの罵詈雑言にキューブリックは魅了されてしまい、一時は彼を主役にした作品に作り替えることも考えた。
日本で公開される際、類型的な暴言だった字幕に満足しなかったキューブリックは翻訳者の降板を指示。映画監督の原田眞人氏に白羽の矢が立った。原田氏はキューブリックと毎晩のように直接電話でやりとりをして、監督が満足する日本語字幕を作り上げた(原田氏は後に日本語吹替版の演出も手がけている)。
監督がそこまでこだわったのは、普通の若者がたった8週間の訓練によって、戦場で殺りく者になるまでを描きたかったからだ。凄まじい言葉の嵐によって狂気を引き出される彼ら。キューブリックはそこに戦争そのものを見たのだ。今にして思えば、これはベトナム戦争映画という枠には到底収まらない、人間の本質を問うた作品なのである。
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