断絶

劇場公開日:2012年1月14日

解説・あらすじ

シンガーソングライターのジェームス・テイラー と「ビーチ・ボーイズ」のデニス・ウィルソンの主演で描かれたロードムービー。賭けレースの相手を求めてロサンゼルスを飛び出したザ・ドライバーとザ・メカニックは、車に転がり込んできたザ・ガールを加えた3人で旅を続け、途中のガソリンスタンドで出会った中年男と互いの車を賭けた大陸横断のレースをすることになる。ユニバーサル映画がアメリカン・ニューシネマの野心作として製作するも興行的に惨敗し、メガホンをとったモンテ・ヘルマンが映画製作から遠ざかる結果を残してしまった伝説的な一作。2012年、ヘルマン監督の21年ぶり新作「果てなき路」(11)の公開にあわせニュープリントでリバイバル。

1971年製作/102分/アメリカ
原題または英題:Two-Lane Blacktop
配給:boid
劇場公開日:2012年1月14日

その他の公開日:1972年10月(日本初公開)、1995年9月

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

スタッフ・キャスト

監督
モンテ・ヘルマン
脚本
ウィル・コリー
ルドルフ・ワーリッツァー
製作
マイケル・S・ローリン
撮影
ジャック・ディアソン
音楽
ビリー・ジェームズ
編集
モンテ・ヘルマン
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(C)1971 Universal Pictures and Michael Laughlin Enterprises Inc. All Rights Reserved.

映画レビュー

3.5 断絶

2026年1月24日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

人生に何の目標も生きがいも見出せず、唯ひたすらスピードに身を任せながら、車でアメリカ大陸を走り続ける。そして行き先々でカモらしき相手を見つけては深夜の路上での違法なカーレース(ストリートレース)に明け暮れ、そこで手にした僅かながらの賞金でモーテル暮らしを続け、車を改造したり修理をしては、当て所もない旅を続けていく。この映画の主人公は、下記に示す新旧2台のアメリカ車であり、それに乗り込む新旧2世代の男たちである。
1) 1955年製GM シボレー150・・・若者二人(ジェームス・テイラー&デニス・ウィルソン)
2) 1970年製GM ポンティアックGTO・・・中年男(ウォーレン・オーツ)
これに同じく当てもなく放浪している若い女(ローリー・バード)が加わり、 奇妙な大陸横断の旅が始まる。
ことの発端は、前記若者二人がオーツ演じる中年男をカモにレース話を吹っ掛け、そして売られた喧嘩を買うかの様にこの中年男がそれに乗った事による。彼等の最終目的地はワシントンD.C.であり、そこで互いの愛車を賭けたレースに望むと言うのが一応のプロットである。
嘗てこの大陸の人々が夢と希望を抱いて西を目指したの(GO WEST)とは反対に、この映画では逆走して東を目指す(GO EAST)しかないのだ。
新旧2台の車の外観同様に、一見何の共通点もなければ世代も大きく掛け離れたこの両者が、始めの内は緊張感を維持しながら対立しつつも、やがて休戦したり一緒に食事をする(ゆで卵を食べる)ようになったりして、次第に歩み寄る展開となる。そしてこれによって当初の目的自体が大きく揺らいでいってしまう。更には若い女が始めはテイラーと仲良くなったものの、いつの間にかオーツの車に乗り込むようになったりして、2台の車に分乗する極めて奇妙なメンバーによる当て所の無い無味乾燥なアメリカ大陸横断の旅となり、その風景が淡々と描かれていく。
ドラマチックな展開や映画的な抑揚、演出らしきものもほぼ皆無であり、ただただアメリカ西部~南部~中部のうらぶれた荒野の風景が拡がり、そこを猛スピードで疾走する車の光景が唯一の映画らしさを保っていると言ってもよい。個々のシーンは淡々とではあるがかなりユッタリと描かれている。が、それらもストレート・カットにより突然断ち切られ
、次のシーンのある瞬間まで一気に飛んでいく。ほぼこの繰返しで成り立っている作品だ。
また主人公二人の若者を演じているのがプロの俳優ではなく、ミュージシャンを起用しているところが最大の特徴であり、 およそ演技らしい演技が無い一種のドキュメンタリー作品を観ているようなリアルさをこの映画にもたらしている。同じことは若い女を演じるローリー・バードにも言える。
これに対してウォーレン・オーツは、彼等とは正反対のプロ中のプロと言える燻し銀の名役者なのだが、そのコントラストがそのまま役柄上の双方のコントラストをより一層際立たせることにもなり、極めて効果的である。
しかしながら映画が進む内に、両者は何の関連もない存在であるどころか、実は互いに極めて似た者同士で有ることが分かり、二人の若者の20年後の姿がウォーツ演じるG.T.Oの姿にそのままダブって見えるようになって来る。この恐らく定職もなければ家庭もなく、ただ車だけが生きがいでスピードに身を任せ、当てもなく国中を彷徨いながら、次々とヒッチハイカーを乗せては、自分の愛車や異なった大嘘だらけの過去経歴を相手に吹聴し自慢することだけが、唯一この男に残された社会との接点であることを繰返し見せつけられ、そんなもの悲しい中年男の姿が強烈なイメージとして残るので、観ているこちら側は本当にやるせなくなり、落ち込んでしまう。それは絵空事の作り物の中の孤独感ではなく、極めてリアルで且つ現代人にもそのまま相通じるような実感を伴って描かれており古さを感じさせない。
この映画は、通常の映画作りにおいては極めて珍しい(ほぼ皆無と言っていい)、「映画の冒頭から結末までの全てのシーンが時間経過通りに撮影されており、またその日その日の撮影分以外のシナリオ、セリフは一切俳優たちに渡されなかったそうである。」
この特異とも言える製作スタイルが、 一見似たようなシチュエーションの映画が無数に存在するように思える1960年代後半から1970年代前半の所謂アメリカン・ニューシネマの時代において、この映画を極めて異質で、且つ孤高の高みにまで引き揚げた最大の要因なのだろう。
「映画にストーリーは不要である。」と言う事実を物の見事に示した好例でもある。

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ナオイリ

5.0 クール

2025年10月9日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

斬新

癒される

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Dick

4.0 隠れた名作とは本作のことを言うのだろう

2018年10月3日
Androidアプリから投稿

本作を観たならイージーライダーは気の抜けたビールのように感じるだろう
登場人物全員名前がない
誰も自己紹介すらしない、名前も聞こうとしない
中年男は身の上を話しても全て口からでまかせで毎回言うことが違う
弛い感じのロードムービーながら、通低する重低音が重苦しく微かに聞こえてくるイメージの映画で、当時の空気感が伝わってくる
若者の二人は人気シンガーソングライターのジェームズテイラーと超人気グループであったビーチボーイズのメンバーのデニスウィルソンが演じているが、彼らの楽曲は一切使われない
この二人の演技は大根だが演出は一切ない
それがまたこの映画に独特の味わいとマッチしている
盛り上がりもない、これといったエピソードも事件も起こらない
しかし最後まで退屈せずに観てしまう
監督の手腕はただ者ではない
ヒットせず、有名でもないけれども隠れた名作とは本作のような作品を言うのだろう

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あき240