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青年トムは誘惑を恐れ撥ねつけた無害な小鳥だから撃つのは罪だという筋だったけれど、もし彼がカラスだった場合にはどう弁護したんだろうか。
欲望そのものは罪ではない。同じ欲望を罰する/罰しないのラインを肌の色や性別によって動かす社会規範そのものが罪なのだけれど。
〔白人女性が黒人男性に・黒人男性が白人女性に〕欲望を持つことを重い罪とする一方、白人男性が黒人女性を欲望することは許容する地方・時代が舞台の小説が原作なのだから仕方ないとはいえ、1962年製作の映画ならもう僅か踏み出しても良かったような気がする。
トムは自分の意思で逃亡して撃たれたのかもしれないが、撃つ理由を作るため追い立てられ走らされたのかもしれない。または歩いているところをただ撃たれたのかもしれない。事実がどうだったのかはわからない。カケスがトムを殺したのかもしれないけれどその鳥は裁かれない。トムが死ねば丸くおさまる。
隣の引き篭り青年が外へ出て活躍したエピソードが最後に置かれているため〔心あたたまる〕体で物語は閉じる。
でもブーには医療か福祉の支援が必要だと思うのだけれど。なのに(恥ずかしがり屋なんだからそっとしておいてやろう)で終わってしまう。
子供たちが正義を眼差す姿は清らか。だけどお兄ちゃんは妹に「女らしくしろ」と意見している。〔可哀想な黒人を心ある白人が助ける〕という上下構造も気になる。
残酷がいっぱい。昔のお話しだから?
この後世界は差別是正の道を進むけれど、今アメリカに大きな揺り戻しの逆の波が起きているし、欧州やアジアでもナショナリズムや排外思想の高まりが指摘されている。
現代日本で首を傾げながらこの古い映画を観ている自分も、次の時代の人々からすれば(いやそれ変でしょ、もの凄く歪んでるでしょ、2020年代の人ってダメなとこ多過ぎ頭悪過ぎー!)ってポカポカ怒られちゃうのだろうなあ。