夜明け前

劇場公開日:1953年10月13日

解説

昭和 年より 年にわたって中央公論に掲載された島崎藤村の原作を「欲望」の新藤兼人が脚色し、吉村公三郎か監督した。「ひろしま」の宮島義勇、伊福部昭が撮影、音楽を担当。ブロデュースの絲屋寿雄が時代考証に、藤村子息で現在木曾馬篭に在住する島崎楠雄が方言指導に協力している。「欲望」の乙羽信子、日高澄子、「悲恋椿」の山内明、「残侠の港」の殿山泰司、「サラリーマンの歌」の菅井一郎などの他、滝沢修を中心に劇団民芸のメンバーが総出演している。

1953年製作/142分/日本
配給:新東宝
劇場公開日:1953年10月13日

あらすじ

幕末。--はげしい世の推移は今や木曾の山中にもひしひしと感じられる。木曾馬篭の本陣・庄屋青山家の長男半蔵は、近郷中津川の国学者宮川寛斎より平田篤胤の学問をまなび、さらに江戸へも遊学して、その復古的な理想主義の立場から既成の政治に批判的だった。文久元年。皇女和宮の将軍家御降嫁がきまり、江戸へ向うその行列の沿道木曾谷では、徳川代官による人馬徴発が誅求をきわめた。徳川没落の予兆かのように郷民の反撥が高まっている折から、江戸より帰った半蔵は農民に寄生する寺院をつぶし、民事一切神式に則ることを唱えたが、彼の属する上層階級の反対きびしく、事は失敗に終った。文久三年、半蔵は青山家十七代の当主となった。その年の春から参勤交代の廃止、新撰組の西下と物情はさらに騒然としてくる。半蔵は幕吏に追われる友人の志士暮田正香をかくまったり、敗残の水戸天狗党一行を手厚くもてなしたりする。慶応二年の大凶作に倉の米をすべて民衆に解放したのも彼の信条の現われであった。明治維新。王政復古とともに一切は好転すると信じていた彼は相もかわらぬ百姓下民の苦しみに幻滅を感じる。国有林伐採のかどで日夜郷民が拘引されるのを見て、役所へ自由伐採の件訴願した彼は、戸長(村長)職を剥奪された。その夜、娘お粂が自殺をはかる。半蔵に似て学問好きな彼女は、それだけ父の苦悩にも敏感なのだった。半蔵は東京へゆき、天皇に直訴した。木曾に帰った彼を待っていたのは「隠居」である。生涯をかけて信じた平田国学の理想主義は、みごと当の「王政」によって裏切られた。絶望のはてついに発狂し、寺に火を放った半蔵は、やがて明治十九年、薄暗い座敷牢の中で生涯を終えた。

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スタッフ・キャスト

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映画レビュー

3.5 信じたものに裏切られる男の苦悩

2026年1月19日
PCから投稿
鑑賞方法:その他

 言わずと知れた島崎藤村の超長編小説の映画化。142分。ソフトは図書館のVHS。

 幕末、中山道の宿場の本陣と庄屋を兼ねる青山家。当主の半蔵は今でいうリベラル、お上の圧政に抗議し、飢饉には倉を開き、民百姓を慈しみ、世の中が変わることを願って維新の流れを助ける。しかし、維新が成って、期待した新政府の体制は前にも増して庶民につらくあたるものだった。太陽暦の採用に、改革が急過ぎると抗議するが受け入れられない。世の中の最先端で革命を推進していた者が、いつのまにか世の中に置いてかれる立場になる。信じたものに裏切られた半蔵はやがて奇矯なふるまいをするようになり、ついには放火までする。

 主演の滝沢修はもちろんいい演技だけど、ちょっと二枚目すぎるかな。万民平等を目指しているようで、苦悩する半蔵を気遣う妻には「おまえは家にいて機を織っていればいい」と言い放つあたりは、まあ時代ですねえ。
 乙羽信子がかわいらしい長女クメ役。父に似て世の中に関心を持つ利発な娘です。

 映画の前半はじっくり描かれていますが、後半少し展開が早い感じ。新政府にさからって戸長を罷免された父をみてクメは自殺を図るのですが、ちょっと唐突です。半蔵が苦悩して、狂気にはいっていくプロセスも早い、もっとじわじわ描いてほしかった。
 和宮降嫁、新撰組、天狗党、新政府軍の通過‥、盛り込むことが多すぎた、といっても盛り込まざるを得ないし。尺の問題が大きかったと思います。

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H・H

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