カリギュラ 究極版

劇場公開日:2026年1月23日

解説・あらすじ

史上最も退廃的といわれるローマ皇帝カリギュラを描いた歴史大作「カリギュラ」を再編集した「究極版」。

紀元1世紀、ローマ帝国の皇室は第2代皇帝ティベリウスの下で堕落しきっていた。初代皇帝の曾孫カリギュラは、祖父ティベリウスの異常な性癖に辟易としながら、虎視眈々と玉座を狙っていた。やがてティベリウスが病床に臥せると、カリギュラは暗殺を企て第3代皇帝の座に就く。世継ぎのためカエソニアという女性を妻に迎え、本格的な統治を開始した彼は民衆から絶大な人気を集めるが、次第に内なる欲望を抑えきれなくなっていく。

「時計じかけのオレンジ」のマルコム・マクダウェルが皇帝カリギュラ、「クィーン」のヘレン・ミレンが皇妃カエソニア、「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥールが前皇帝ティベリウスを演じた。ペントハウス誌の創設者ボブ・グッチョーネが巨額を投じて製作し、官能映画の巨匠ティント・ブラスが監督、「パリは燃えているか」のゴア・ビダルが脚本を担当。倫理観を揺るがす衝撃的なシーンを散りばめつつ、暴君カリギュラの狂気を独特の世界観で描いた。製作中に訴訟騒動や監督の解雇などさまざまなトラブルに見舞われたが、1979年に公開されると大ヒットを記録。2023年には、90時間以上の素材を再編集した本作「究極版」が製作された。

2023年製作/178分/R18+/アメリカ・イタリア合作
原題または英題:Caligula: The Ultimate Cut
配給:シンカ
劇場公開日:2026年1月23日

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(C)1979, 2023 PENTHOUSE FILMS INTERNATIONAL

映画レビュー

4.0 タイトルなし(ネタバレ)

2026年2月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
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りゃんひさ

3.0 B26005 マルコム・マクダウェルこんな役ばかり

2026年2月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2026年公開
1980年公開時は専門誌の表現にちょっと抵抗があり
見逃しました。
ローマ帝国の繁栄と滅亡は五島勉の「ノストラダムスの大予言」
で文明が極限まで熟し最後の輝きを放つとき人類はどうなるか?
という事を知らされたので
この映画のテーマというか見せたいところは理解していたつもり。
映画はいろいろな方が大人の事情で
ぐちゃぐちゃにしてしまったのを
発見されたオリジナルのネガから作り直した
という気の遠くなる道筋。
で、オリジナル版は未見なので
本作がどれほど知的に見えるか?は今のところさっぱりわからず。
早く1980版を見つけよう
60点
鑑賞 2026年1月31日 アップリング京都
配給 シンカ

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NWFchamp1973

4.0 古代ローマ時代の舞台!

2026年1月30日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

驚く

古代ローマ時代の服装や生活習慣等再現されていていました…カリギュラ役のマルコムさんの演技が上手いったらorz 先帝から奪った権力ですが結局は先帝と同じ目に。最高権力を手にしても踊らされてる虚しさが感じられて…凄い作品でした♬

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映画LOVE

2.5 『カリギュラ』は1980年の公開当時から、映画史上きわめて特異な立...

2026年1月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

単純

『カリギュラ』は1980年の公開当時から、映画史上きわめて特異な立ち位置にある作品である。
私は学生時代に、いわゆる三番館で他作品と併営で、900円くらい?で本作を鑑賞した世代だが、その記憶は「物語」よりも、モザイク越しに氾濫するエログロ表象の衝撃として刻まれている。

1980年公開版の『カリギュラ』は、製作総指揮はボブ・グッチョーネ、監督ティント・ブラス、主演マルコム・マクダウェル(「機械仕掛けのオレンジ」)、脚本ゴア・ヴィダルという豪華なメンバーで制作。
撮影現場は対立と混乱が続いた。後に追加された過激なポルノ描写は製作総指揮ボブ・グッチョーネによる別撮りで、主要キャストは関与しておらず、出演者にも事前に知らされていなかった。
結果としてヴィダルとブラスが意図した政治的風刺は大きく損なわれたが、作品はスキャンダル性によって世界で興行的成功を収めた。

〇真のカリギュラであるボブ・グッチョーネ
製作総指揮のボブ・グッチョーネは、本作に約46億円を投じた張本人であり、いわば完全な自主映画である。
これだけの資金を投下できた理由は明快で、彼がアメリカの成人雑誌『ペントハウス』の創業者だったからだ。同誌は『プレイボーイ』と並び称される男性向け成人雑誌で、最盛期には莫大な利益を上げていた。

グッチョーネは、その資金力を背景に「エロティックな歴史超大作」を映画として実現しようとした人物で、事実、彼は一時期F1のスポンサーを務めるほどの財力を誇っていた。しかし、『ペントハウス』がソフトコア中心からハードコア路線へと傾くにつれ、スポンサーは次第に離れ、雑誌の影響力も衰退していく。

なお、『ペントハウス』自体は現在も存続しているものの、かつての文化的・商業的影響力は失われている。2023年に完成した『カリギュラ 究極版(アルティメット・カット)』は、そうした悪名高いイメージを脱色し、本来目指されていたはずの“芸術映画としてのカリギュラ”を復元する試み。

〇物語構造の再整理
本作は、ローマ皇帝カリギュラの即位から暴政(ぼうせい)、そして暗殺に至るまでを直線的に描く権力悲劇である。
究極版では、従来の公開版で過剰に前面に出していた性描写や猟奇性をひっこめて、権力が精神を腐食させていく過程に物語の重心が置かれている。
特に、ティベリウスからの権力継承、妹ドルシラの死をきっかけに、カリギュラの精神の支えが完全に崩壊する。
自分を神と名乗り始めたことで暴政が一気に激化し、破滅へと突き進んでいく。
といったドラマの因果関係は、1980年版よりも明瞭になっており、主役カリギュラのマルコム・マクダウェルの演技も「狂気のアイコン」ではなく、カリギュラを初めから狂人としてではなく、権力と喪失体験によって段階的に変質していく人間として捉え直せる構成になっている。

〇編集思想と制作史の問題
本作最大の特徴は、1980年公開版の映像を一切使用せず、未使用ネガのみで再構築されている点にある。プロデューサーのトーマス・ネゴヴァンは、約90時間に及ぶ素材を精査し、脚本の異なる複数バージョンや制作関係者の証言を踏まえて編集を行った。
このアプローチは、
・「失われた作者の意図」を復元する
・商業的歪曲を除去する
という点で、映画修復・再編集の理想形に近い。しかし同時に、本作は重大なパラドックスを抱えている。

それは、『カリギュラ』という作品の悪名そのものが、商業的歪曲の産物であったという事実。
1980年公開当時は、歴史ドラマとして公開された『カリギュラ』は、実際には過激な性描写を前面に押し出したエクスプロイテーション映画であり、タブーやセンセーショナルな題材を集客のために利用する作品だった。その過激さゆえにアメリカの一部地域で上映禁止となったが、逆にそれが話題性を高め、日本では「禁止されるほど見たくなる」「他者からダメと言われると反対にやりたくなる」という逆説的心理を指す「カリギュラ効果(現象)」という言葉が生まれるきっかけとなった。

〇「正しい映画」と「記憶される映画」の乖離
究極版は、監督のティント・ブラスと主演のマクダウェルが目指したであろう「歴史悲劇としてのカリギュラ」に確実に近づいている。実際、演技の焦点化、場面構成の整理、音響や画質の改善によって、作品の完成度は客観的に向上している。しかし同時に、1980年版が持っていたポルノと芸術の境界を破壊した異物感、商業映画としての暴走、観客の倫理を試す不快さ、といった要素は、意図的に排除されている。
その結果、究極版は「より良い映画」にはなったが、
「語り継がれる映画」としての毒を失ったとも言える。

〇上映時間と演出密度
178分という上映時間は、権力悲劇としては過剰である。
セットの豪華さに比べて、下手な演技やチープな踊りなどが反復し、グダグダと長さだけが目立つ。結果として、スペクタクル感が昇華する前に消滅する瞬間が多い。
これは、編集によって「説明可能な映画」にした代償とも取れる。

〇まとめ
『カリギュラ 究極版』は、映画史的には重要であり、修復プロジェクトとしては誠実である。だが同時に、『カリギュラ』という作品が持っていた“逸脱の力”を弱体化させたバージョンでもある。

「本来あるべき姿の『カリギュラ』」を知りたい観客には薦められるが、
「なぜこの映画が伝説になったのか」を体感したい観客には、1980年版の方が適切かもしれない。
映画は常に「正しさ」よりも「記憶」によって生き延びる。
その意味で、『カリギュラ 究極版』は正しく、そして少し惜しい作品である。
以上

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leo

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