水の中で

劇場公開日:2026年1月10日

解説・あらすじ

小規模な製作体制で男女の恋愛模様をユーモラスかつシニカルに描く作品で知られる韓国の名匠ホン・サンスが、そのフィルモグラフィの中でもとりわけ実験的なスタイルで撮り上げた一作。夏の終わりの済州島を舞台に、自主映画を撮るために集まった男女3人組を、全編ピンボケの映像表現で描いた青春ドラマ。

俳優の青年ソンモは自主制作で短編映画を監督しようと決意し、大学でともに映画を学んだ同級生サングクと後輩のナミを伴い、リゾート地として知られる済州島へやってくる。しかし、思うようにシナリオは書けず、煩悶しながら海辺を散策していた時、ひとりの女性と出会い、それをきっかけにソンモは語るべき物語を見いだす。やがて海辺での撮影が静かに始まるが……。

ソンモ役を「イントロダクション」のシン・ソクホ、サングク役を「自然は君に何を語るのか」のハ・ソングク、ナミ役を「旅人の必需品」のキム・スンユンがそれぞれ演じた。また、ホン監督作品に欠かせない俳優キム・ミニが、声のみの出演で、ある重要な役を演じている。日本では2023年・第24回東京フィルメックス特別招待作品として上映された後、ホン・サンス監督のデビュー30周年を記念して5カ月連続で新作を上映する企画「月刊ホン・サンス」の第3弾作品として2026年に劇場公開。

2023年製作/61分/G/韓国
原題または英題:In Water
配給:ミモザフィルムズ
劇場公開日:2026年1月10日

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

全てのスタッフ・キャストを見る

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む

フォトギャラリー

  • 画像1
  • 画像2
  • 画像3
  • 画像4
  • 画像5
  • 画像6
  • 画像7
  • 画像8
  • 画像9
  • 画像10

(C)2023Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

映画レビュー

3.0 ホン・サンスらしい会話劇だけどこれはあんまり面白くなかった。

2026年1月30日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

ホン・サンスは徹頭徹尾、具象の映画作家である。抽象的な世界観、形而上的な哲学を映画では語ろうとは全くしていない。彼が描いているのは、人間社会(映画業界や、作家、詩人、大学関係などの狭い世界に限定されているが)に存在する恨み、妬み、嫉み、誤解、悪意といった負の感情を、表面的な当たり障りのない会話の中に潜ませたドラマであり、短く、斬れ味良く、スパっとみせてくれるのがその持ち味である。
ただ、彼は演出上、効果を上げるために、よく仕掛けを用いる。それはフランス人を媒介させたり、階段を上がり下がりしたり、川のほとりを行ったり来たりする、つまりは意図的に動線を作ったりすることであったりする。でもそれはあくまでギミックでしかなくそこに何か深い意味が付されているわけではない。
この作品では、映画をつくろうとして済州島までわざわざやってきたがアイデアを持ち合わせておらず、やっと思い付いた筋書きも全くに観念的、通念的でしかないソンモ、その彼になんとなくついてきてしまっていて自分というものがない他の二人の姿を、かなりシニカルな視点で描いている。この三人を取り巻く、何となくモワッとした不完全燃焼な感じを強調するためにピンボケの映像を採用したということなのだろう。よく見ると、どのショットも構図としては完成しており、画質もピンボケというよりはフィルターをかけたようなものであることが分かる。プロの仕事なのである。ただ狙いはわかるが、登場人物の表情がわからないと会話劇はやはり効果が下がる。いつものホン・サンスの会話劇から斬れ味が3割減になっている感じ。そういった意味ではこの手法はあまりうまくいっているとは言い難いのではないか。

コメントする (0件)
共感した! 0件)
あんちゃん

3.5 見慣れた景色なんだよな。

2026年1月25日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

知的

個人的な事ですが、3年程前に左目の手術をしてからソフトコンタクトレンズでしか視力の矯正が出来なくなりました。ソフトコンタクトなので12時間程度しか連続使用出来ないので睡眠をとっている以外の数時間はこの映画の様にピンボケで世界を見ています。コンタクトレンズで視力を矯正しながら、自分の本当の見え方の様なスクリーンを見ているととても不思議な気分になりました。
しっかりと解像度良く見えても、ピンボケでぼんやりとしか見えなくても、世界は生活はうすぼんやりとしていて不安な事に変わりないのかな?なんてこの映画を観ながらボンヤリと考えておりました。
ラストシーン素晴らしかったな。

コメントする (0件)
共感した! 0件)
春

3.5 主人公に見えているものボヤけているもの

2026年1月21日
スマートフォンから投稿

ホン・サンスの実験的試み。自主映画を作る三人の話。彼らがoffの時間にピザを食べるシーン以外はほぼ全てピンボケのシーンで構成されている。
主人公の俳優は構想も見えてないまま自主映画を作り始めるが、ピンボケはさながら、自分探しに煩悶している彼自身が見ている世界なのか。ホン・サンス作品の妙味は、映画の構造の中に作品のメッセージを隠し入れることだと思う。どうやって観客がそれを解き崩していくのか…その過程に核心が込められているのをこれまで経験してきた。我々素人にはなかなかその構造の仕掛けは分からないけども。客席が明るくなると、周りにはおそらく映画を学ぶ若者や、映画を生業にする人達が多かったように見受けられる。名匠の実験的作品は、専門家たちにどう評価されるのか…他のレビューが楽しみだ。

コメントする (0件)
共感した! 1件)
flushingmainst

4.0 「ピンボケ映像はなにを意味するのか」

2026年1月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

斬新

 全編ピンボケ青春映画と宣伝コピーにはあるが、全編ピンボケではない。ファーストシーン、島に映画の撮影に来た三人がピザを食べるシーンはまったくボケていない、クリアな唯一の映像だ。

 ソンモが監督で資金を出し友人サングク、後輩の女性ナミ三人で映画を作りに数日間島に来た。島でロケハンをするシーン以降すべてピンボケだ。ソンモは場所もストーリーも思いつかずロケハンを続ける。暇なサングクとナミはストレッチやテコンドーの話をして盛り上がるがソンモは興味なさそうに眺めているだけだ。

 崖の上にいたソンモがサングク、ナミを制して、一人下に降りていく。海沿いの岩場のゴミを拾っている女性と話をしている。しかしまだ明確な映画の構想ははっきりしない。ソンモは村の住人に男一人でこの島に暮らしたときの賃料を聞く。ソンモは二人に「産まれてきたいわけじゃなかったのに、なんで苦労して生きているのか」と告白する。そしてついに二人と映画の撮影を始め構想を説明する。

 崖の上にいる人は、天上の人であり、観光で楽しみを謳歌する人。底の人はゴミを拾うだけの人。この二つの対比は、貧富の差、競争社会、生きづらさを暗示している。

 61分の映画でソンモが自作のストーリーどおり水の中へ入って行くときにふと気づいた。ピンボケ映像の理由が。ピンボケはソンモの生と死の逡巡ではないかと。人は迷い、とまどい、悩んで生きている。ソンモもまさに生きることに疑問を呈していたのではないか。だから死を望む、それもフィルムに焼き付けて。

 ただソンモが水の中に入っていき、姿が見えなくなったことは、生と死どちらを意味するかを考えなくてはいけない。ホン・サンスがラストシーンまでピンボケにした理由は、映画に余韻を残し見る者の想像力の喚起を促しているからだ。

コメントする (0件)
共感した! 1件)
かな