ジョニー・ベリンダ

劇場公開日:1949年8月

解説

この演技で1948年度のアカデミー演技賞を得た「仔鹿物語」「失われた週末」のジェーン・ワイマンと「暗い鏡」でカムバックしたルー・エイヤースが主演する映画。エルマー・ハリス作の舞台劇を「愛の調べ」に協力したイルムガード・フォン・クーベとアレン・ヴィンセントが共同脚色し、「ヒューモレスク」「ディーブ・ヴァリー」等で認められた新人ジーン・ネグレスコが監督し、「黄金(1948)」のテッド・マッコードが撮影した。助演は「聖処女」「ミネソタの娘」のチャールズ・ビックフォード「パーキントン夫人」のアグネス・ムーアヘッド、新人スティーブン・マクナリー、ジャン・スターリング等。音楽は「追跡(1947)」のマックス・スタイナー作品。

1948年製作/アメリカ
原題または英題:Johnny Belinda
劇場公開日:1949年8月

あらすじ

カナダ、ノヴァ・スコチア半島の東方洋上に浮かぶケイブ・ブリトン島の物語。半漁半農の寒村の寂しさを自ら求めて医者のロバート・リチャードスンは、春の始めにやって来た。小町娘を気取っているステラは自ら志願して医者の家に入りびたり、食事の世話や患者の取次を引き受けた。彼女は1寸した財産を持っているので、それを狙っているロッキーはステーラを追いまわして口説いていた。製粉所を経営しているブラック・マクドナルドの妹アギーに迎えられてロバートが牛のお産をさせてやった時、彼はブラックの娘ベリンダに興味をおぼえた。彼女は口がきけず耳も聴こえないので、父も叔母も下女のように扱っていた。それが哀れなのと、かつてそうした人を治した経験があるので彼は身振り手振りの手話を教えてみた。村人から白癖扱いをされているベリンダが障害者ながら、りこうな娘であることを発見したロバートは彼女の教育をしてやると申し出た。父のブラックは不承不承だったが、ある日娘をどなりつけるとベリンダは粉ひき場から仕事の手帳を持って来て父にみせた。耳が聞こえるようになったかと驚く彼に来合わせたロバートは、これは読唇術といって唇の動きによって相手の言葉を知るのだと説明した。そして身振り手振りで彼女がお父さんと言おうとしているのを知ると、父性愛が目覚めたか、ブラックは生まれて初めてベリンダを胸に抱いた。タラの大量を祝のダンスの晩、ロバートは若者が弾いているヴァイオリンにベリンダの手を触れさせた。彼女は音楽というものを初めて悟り、そのリズムにあわせて足は自ら踊り始めた。そうして踊っているベリンダは思いがけなく美しい1人前の女であった。その夜ブラックとアギーは泊まりがけで親類を見舞わねばならなかった。障害者を狙う若者もなかろうと思ったのだが、酒に酔ったロッキーがブラックの納屋におし入り、助けを呼ぶことの出来ぬ娘に暴行した。忙しかったロバートがある日ブラックの農場を尋ねると、ベリンダが別人のようにやつれていた。彼女に今は愛情を感じているロバートは彼女に愛の告白をした。彼女は驚き、はじらい泣き出した。何か健康に異状があると見た彼は彼女が身重であることを知って驚いた。彼はこのことをアギーにつげた。生まれる子の父親は誰か分からない。父としての愛に目ざめたばかりのブラックにはすべてを秘密にしておくことにした。しかしいつまでも隠しておけず、いったんは激怒したブラックもベリンダが男の子を生むと不安と共に愛情を感じた。しかし、ジョニーと名づけられたその子の誕生はさまざまのうわさをうみ、ブラック一家はのけものにされ、ロバートは自分がベリンダと結婚すれば解決すると申し出たが、物がたいブラックは拒絶した。それは嵐の晩であったが尋ねて来たロッキー赤子の顔をみると俺に似ていると思わずつぶやいた。あわてて立ち去ったロッキーの後を追ったブラックは断崖の下で死体となって発見された。男手を失った一家はますます貧しくなった。準備が出来たらベリンダを呼ぶからと約束してロバートはトロントの病院に赴いた。ロッキーとステラの結婚式が行なわれた頃、ロバートはトロントで小さい家を手に入れた。その手紙を出したと入れ違いにベリンダがロッキーを射殺したという知らせを受けた。彼は手話通訳として公判へのぞんだが彼女を愛する彼の言葉を公正でないと検事は非難した。しかしステラの証言で真相は判明した。ジョニーがロバートの子だといううわさを信じたステラは、ジョニーを養子にしたいと夫に相談すると、意外にロッキーはすぐに承知して、アギーやベリンダには子供を養育する資格がないということにして養子の手続きをした。そして夫婦はベリンダに同意の署名をしてもらいに訪れた。しかしステラが用件を切り出すとベリンダは子供を抱いて2階へ逃げ上がった。俺のせがれは俺が育てるんだと怒鳴ったロッキーは、階段を下りて来たベリンダに坊やは何処だとわめいた。黙っているベリンダをおし倒して階段をかけ上がった時、ベリンダは壁にかかっている銃を取った。ロッキーが階段を上りきった時、彼は死んでいた。被告は行為は子供を暴漢の手から守るためであったと見なされ、ベリンダは無罪放免となった。

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スタッフ・キャスト

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受賞歴

第21回 アカデミー賞(1949年)

受賞

女優賞 ジェーン・ワイマン

ノミネート

作品賞  
監督賞 ジーン・ネグレスコ
男優賞 リュー・エアーズ
助演男優賞 チャールズ・ビックフォード
助演女優賞 アグネス・ムーアヘッド
脚色賞 イルムガード・フォン・クーベ アレン・ビンセント
撮影賞(白黒) テッド・マッコード
編集賞 デビッド・ワイスバート
作曲賞(ドラマ/コメディ) マックス・スタイナー
美術賞(白黒)  
音響録音賞  
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映画レビュー

4.0 ジョニー・ベリンダ

2026年1月24日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

1950年代の20世紀フォックス・スタジオにて、シネマスコープ&テクニカラー(又はデラックスカラー)仕様により作られた幾つかの優れた観光映画、都会調の洗練されたコメディー、恋愛映画、或いはミュージカル映画で一般的に知られる、少なくとも我が国ではそのようなイメージしかない映画監督であるジーン・ネグレスコが1948年にワーナー・スタジオで撮った非常に重く、且つ鋭い人間洞察を示したシリアスな作品である。
カナダのノヴァ・スコシア半島の東方にあるケイプ・ブリトン島、半農半漁を収入源とする貧しい一寒村にあるマクドナルド農園が舞台である。
農園主ブラック・マクドナルド(チャールズ・ビックフォード)には、聾唖の一人娘ベリンダ(ジェーン・ワイマン)がいる。ベリンダの母は彼女の出産時に命を落としており、彼女は父と叔母アギー(アグネス・ムーアヘッド)によって育てられていた。しかし一歳の頃に掛かった病気が原因で、耳が聞こえなくなり口も訊けなくなってしまっていた。そんな彼女の毎日は、父がノートに記した簡単な記号だけを頼りに、農園にある製粉所での重労働を手伝って暮らす絶望的なものであった。
ある日、村の新任の医師ロバート(リュー・エアーズ)が、マクドナルドの牛のお産の手助けに来たことから、ベリンダを知る。彼女の繊細な感覚と才能を瞬間的に感じ取ったロバートは、読唇術と手話の心得があることから、彼女にこれを教え始める。ロバートと心も通い、初めて他人と完璧なコミュニケーションが取れる喜びを知った彼女は、持ち前の旺盛な好奇心も手伝い見る見る上達していく。聾唖であることから、それまで知能までもが低いものと思われていたのだ。孤独に閉ざされていた心が開かれ、生き生きとした一人の美しい娘へと変化していく。全編セリフなしのジェーン・ワイマンの表情とジェスチャーのみによる繊細な演技が素晴らしく感動を呼ぶ。毎日の生活で精一杯なことから、ついつい彼女に冷たく当たっていた父も、手話を通して初めて父と娘との本当の会話が出来、自らが娘を愛していたことに気付く。ベリンダ役のワイマンに加え、共演者であるビックフォード、エアーズ、ムーアヘッドの全てが素晴らしく、この世界に惹き込まれてしまう。
ここまでは身体障害者をテーマにした感動的なヒューマニズムに彩られたドラマである。
ところがここから思わぬ犯罪が持ち上がって来る。美しい娘に成長したベリンダに気を惹かれた村の不良男ロッキー(スティーヴン・マクナリー)が、ダンス会の夜、ブラックとアギーの留守を狙ってベリンダを襲い犯してしまう。再び自分の殻に閉じこもり塞ぎ込んでしまったベリンダの異常を察知したロバートは、町に住む友人の医師に彼女を診察させる。ベリンダは妊娠してしまったのだ。そっと叔母アギーだけに真実を告げるロバート。以前はベリンダにやはり冷たく当たっていたアギーも彼女の体をいたわる。そうとは知らない父親が彼女に肉体労働をさせようとしたことから、アギーはとうとう真実を告げてしまう。
季節が移り、父親の居ない子供(ジョニー)が生まれた。初めは動揺を隠せず落ち込んでいた父も、聾唖でない可愛い孫の姿に顔を綻ばせる。
だが父親の居ない子供を生んだベリンダと家族に対して、村人たちの視線は冷たく、度々出入りしている医師ロバートが父親であろうと言うのがもっぱらの噂だった。
嵐が島に近づいたある午後、たまたま農園に立寄り、そこで自分の子であるジョニーを見付け、覗き込んでいたロッキーを、帰宅したブラックが見付けた。ベリンダを襲ったのがロッキーである事を見抜いたブラックは、濃霧が立ち込める断崖絶壁の上にロッキーを追い詰め格闘したが、力尽きて断崖から墜死してしまう。事件の目撃者が居ないことから、ブラックの死は単なる事故死と言うことになった。
噂の為、村では医師としての仕事も成り立たないロバートは、海を越えた街トロントの病院へ移る決心をベリンダに伝え、別れを告げる。
彼女の頬から涙が流れ落ち、ロバート自身もベリンダを愛していたことに気付く。
2ヶ月後、トロントでの生活が落ち着いた頃に、彼女と息子ジョニーを呼び寄せることを約束し、ロバートは一足先にトロントへ出発した。
しかし皮肉なことに、村人たちはロバートがベリンダと子供を捨てて街へ去ったものと思い込む。まともな生活収入が無く、且つ聾唖でもあるベリンダから赤ん坊を引き離し、ロッキーと新妻ステラ(ジャン・スターリング)の養子として引き取らせるのが得策と考え、同意書まで作成してしまったのだ。
同意書を持参したロッキーとステラは、アギーが留守で母一人子一人の農園を訪れる。ロッキーを外で待たせ、初めはステラが遠回しにベリンダに話を伝えに行くが、全てを察知したべリンダは、強引にステラを追い返す。ステラは泣きながら彼女が充分立派な母親であることをロッキーに伝えたものの、ロッキーは”ジョニーが自分の子である’’ことを吐き捨てるように新妻に言い残し、母屋へと押し込む。2階の部屋に隠したジョニーを無理やり奪い去ろうとしたロッキーをベリンダはライフルで射殺してしまう。
ベリンダにロッキー殺害容疑が掛けられ、裁判が始まった・・・
「ジョニー・ベリンダ」は、聾唖者である女性が頑強な男に襲われ、更に絶望的な窮地に追い込まれていくという暗く痛ましい話であり、後見の良い映画とは言えないというのが一般的な感想である。また身体障害者の主人公に加え、他所から来た人間をも排除し、決して心を開かない寒村の閉鎖的な社会がリアルに描かれており、人間の持つダークサイドをストレートに見せつけられるような感じでもあり、暗く重い気分に陥ってしまう。
父と娘、父と叔母、娘と叔母、村人とマクドナルド一家、不良男とその妻、医師と村人等の心の葛藤、欲望のぶつかり合いに全編が貫かれている。
まさに第2次世界大戦後のアメリカ映画だからこそ、ここまで描き切れたとしか言えない心の暗部を表現しており、そういう意味では、この映画もフィルム・ノワールであると言える。
唯一の救いは、純粋で孤独なべリンダと都会生活に疲れ、世捨て人のように地方の寒村にやって来たロバートとの心の交流である。ベリンダに手話を教えて彼女を救い出すことは、同時にロバート自身が彼女に救われることを意味している。孤独から開放され自分の生きる道を見つけたベリンダは、周囲の人々をも幸福へと導いていくのだが、次々と襲い掛かる過酷な運命にも屈せず、敢然と立ち向かって行く彼女の姿に深い感動を覚え、観終わった後は、一般的に言われる後見の悪さなども綺麗に吹き飛んでいた。
フィルム・ノワールと呼ぶべきか否か?どのジャンルに属する作品か?などと言うことはもはや何の意味も成さない。
ただただ他の映画では観たこともない特異で非常に優れた作品に出会えた感動で心の中が一杯に満たされていたのだった。

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ナオイリ