映画レビュー
PRO
不幸な時代を生きた人々の人生を丹念に掘り起こした1作
清藤秀人さん | 2020年10月30日 | PCから投稿
元ナチスの兵士がイギリスで捕虜となり、収容所でサッカーに興じていたところをスカウトされ、プレミアリーグでスタープレイヤーになる。このまるで、ありそうでなさそうな実話を映画化した本作は、ナチスに対するイギリス国民の憎悪と偏見を好プレーによって跳ね返した主人公の、苦難の道程を詳かにすることで、人は与えられた運命に決して抗うことはできないことを描いている。同時に、戦争で犯した罪の重さは、長い時を経てもなお、振り払うことが困難であることも伝えている。それは、サッカー選手のドラマチックで感動的な半生に寄り添いながら、この物語に自戒の意味を込めたドイツ映画の懐の深さを思い知る瞬間だ。そして、これが戦争とスポーツを題材にした1級のエンターテインメントに仕上がっているところが凄いと思う。戦争を絶対に美化せず、不幸な時代を生きた人々の人生を丹念に繰り返し掘り起こすこと。それが映画に与えられた使命だと改めて痛感させられる作品である。
PRO
大衆の心を動かすスポーツの力を示した実話
高森 郁哉さん | 2020年10月29日 | PCから投稿
劇映画でサッカーを描く際、キーパーは案外良いポジションであることを本作が証明した。現実の試合ではストライカーや攻撃を組み立てるミッドフィルダーが注目されるが、俳優が流れの中で妙技を再現するのは難しい。その点キーパー役ならある程度の特訓で、際どいシュートをジャンプして弾いたり、ドリブルや浮き球に体を張ったりと、断片的な好プレーをカット編集でテンポよく見せやすいからだ。
元ナチス兵が英プレミアリーグで活躍し国民的英雄になり、敵同士だった英独の平和の懸け橋に…という展開は感動的だが、大衆の心を動かすスポーツの力を如実に示した例でもある。古代ローマの闘技会以来、人間同士が闘う見世物は憂さ晴らしや現実逃避になる娯楽だった。観戦は闘争心に響き高揚をもたらすが、一種の代償行動として暴力衝動や憎悪の解消に役立つ。ただしそうしたスポーツの力は、権力者に悪用されもし、諸刃の剣であることを忘れるべきではない。