クライムズ・オブ・ザ・フューチャー

   108分 | 2022年 | PG12

【オソレゾーンセレクト】デビッド・クローネンバーグ監督作品

ビゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート共演で「人類の進化についての黙想」を描いた異色ドラマ。

「クラッシュ」「ビデオドローム」などを手がけた鬼才デビッド・クローネンバーグがビゴ・モーテンセン、レア・セドゥら豪華キャストを迎え、「人類の進化についての黙想」をテーマに描いた異色ドラマ。

そう遠くない未来。人工的な環境に適応するため進化し続けた人類は、その結果として生物学的構造が変容し、痛みの感覚が消え去った。体内で新たな臓器が生み出される加速進化症候群という病気を抱えたアーティストのソールは、パートナーのカプリースとともに、臓器にタトゥーを施して摘出するというショーを披露し、大きな注目と人気を集めていた。しかし、人類の誤った進化と暴走を監視する政府は、臓器登録所を設立し、ソールは政府から強い関心を持たれる存在となっていた。そんな彼のもとに、生前プラスチックを食べていたという遺体が持ち込まれる。

モーテンセンが自身の体内から臓器を生み出すアーティストのソール、セドゥがパートナーのカプリースをそれぞれ演じ、2人を監視する政府機関のティムリン役でクリステン・スチュワートが共演。2022年・第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。

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映画レビュー

牛津厚信

PRO

懐かしくも進化しぶっ飛んだクローネンバーグ節全開

牛津厚信さん | 2023年8月28日 | PCから投稿

いったい俺は悪い夢でも見ているのかーーー何度も目を疑ったが、それはつまりかつてのクローネンバーグ節がめでたくカムバックを果たしたということだ。むしろ00年代に入った頃からの心理をえぐるような人間ドラマの数々の方が変拍子だったのであって、80歳近くなった巨匠が唐突にこのグチャグチャっとした領域に戻ってきたことは歓喜すべき事態だろう。もちろん、巨匠のフィルモグラフィーの流れを全く知らずにここにいきなり飛び込んだ人にとっては、頭掻きむしるレベルの内容だとは思うが。かつて人々を驚かせた肉体系、内臓系の映像世界に加えて、『クラッシュ』的な異常な性的衝動もある。つまりいちばん濃いところのクローネンバーグがてんこ盛り。耳慣れないワード満載のセリフの応酬も多く、一度観ただけで全てを理解できる人はごくわずかだとは思うが、「椅子」や「装置」などのビジュアルを見ているだけでも脳がヒリヒリするほど惹きつけられる。

高森 郁哉

PRO

クローネンバーグが深化と洗練を経て、久々のオリジナル脚本で悪夢的ボディホラーに原点回帰

高森 郁哉さん | 2023年8月9日 | PCから投稿

しばしば“鬼才”と称されるデヴィッド・クローネンバーグ監督は、自ら脚本も手がけた1980年代の「スキャナーズ」「ヴィデオドローム」およびその前後の作品で、暴力や事故による身体の損壊、自発的な人体改造、グロテスクなクリーチャー、奇妙な生き物のような形状の道具や装置などを好んで描き、ボディ・ホラーというサブジャンルの確立に大きく貢献した。83年の「デッドゾーン」以降は小説等の映画化(「戦慄の絆」「裸のランチ」「クラッシュ」)やリメイク(「ザ・フライ 」)が増え、オリジナル脚本作としては99年の「イグジステンズ」が最後に。21世紀に入ってからは原作ものが続き、テーマとしても暴力や狂気を通じて人間の精神の深淵に迫ろうとする傾向が強まり、それが作り手としての深化であり洗練であるにせよ、なにやら変態趣味全開の悪ガキが上品な大人になってしまったような寂しさを感じていたのも正直なところ。

だが実に20数年の時を経て、クローネンバーグ監督がまたオリジナル脚本をたずさえボディ・ホラーの世界に帰ってきた。「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」のタイトルが示すように、時代は未来。人類から痛覚と感染症がなくなり、タトゥーや人体改造がカジュアルになった。体内で新たな臓器が生み出される病を持つアーティストのソール(ヴィゴ・モーテンセン)は、タトゥーを施した臓器を摘出するショーで人気に。政府は新臓器の生成が行き過ぎた進化だとみなし、臓器登録所という影の部署を通じて監視している。そうした人体の進化に対する監視や規制を嫌う反政府組織の男がソールに接触してくるが、ソールには“裏の顔”があった。

監督のファンなら、コンピューターと触手型インターフェースを備えるエイリアンの繭(まゆ)のようなポッド型ベッドや、人骨を大型化して組み合わせたような食事支援チェア、巨大な甲虫とその体内を思わせる解剖マシンなど、グロテスクだが異様な魅力を放つ造形物の数々にクローネンバーグ特有のフェティシズムを再確認できて歓喜するはず。マシンを使った開腹手術や遺体の解剖などのシーンがリアルに描写されるので、万人受けする映画でないのは確かだが(初上映された昨年のカンヌでは途中退席者が続出したという)、ずっと悪い夢を見続けているような感覚を好むマニアックな向きには待望の御馳走だろう。