モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン
【オソレゾーンセレクト】アナ・リリー・アミールポアー監督作品
他人を操る特殊能力を持った、エキセントリックでミステリアスな少女モナ・リザの繰り広げる逃走劇を描く。
映画レビュー
PRO
サイキック+成長譚の定型を外す多様性時代のニューウェイヴ
高森 郁哉さん | 2023年11月27日 | PCから投稿
英国でイラン系の両親のもとに生まれ、幼い頃に家族共々米国に移り住んだというアナ・リリー・アミールポアー監督(Amirpourの発音は英語のインタビューを聞くと「アミアポー」に近い)。2014年に長編デビューし、本作は3作目。2010年代半ば頃から白人男性偏重のハリウッドに対する批判が強まり、キャスト・スタッフ共に非白人と女性の地位が向上し賞や映画祭での評価も高まってきたが、そうした近年の米映画界における多様性尊重の波にうまく乗った一人だろう。
監督がタイトルロールのモナ・リザに起用したのも、韓国人女優のチョン・ジョンソ。村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を韓国で映画化した「バーニング 劇場版」を観て惚れ込み、オファーに至ったという。12年間精神病院に隔離されていたせいでコミュニケーションをうまく取れない疎外感と、目を合わせた相手を操るサイキックパワーを発現させた“異質な存在”の設定に、アジア人の外見がプラスに働いている。
若い主人公が特殊な力を身につけたら、人間的な成長とともにパワーもより強力になり、立ちはだかる巨悪を終盤で倒すといった流れが定石。だが本作のモナ・リザは、場末の店で踊るシングルマザーのボニー(ケイト・ハドソン)に庇護されて彼女の幼い息子チャーリーと暮らすことでコミュニケーション能力は多少向上するものの、パワーの使い道はと言えば、病院から逃走する際に職員や警官を自傷させたり、ボニーの金稼ぎ(しかもゆすりたかりや強盗と同等のせこい犯罪)に加担したりするのが大半(例外的にチャーリーをいじめた子らに報復する胸のすく場面もあるが)。パワーを強化する努力があるわけでもなく、異能を備えたことについての葛藤もない。強大な敵も現れないし、ラスト近くのピンチも他者に救われる。敢えて定型を外し、未完の印象を残すことで、続編製作の含みを持たせたのかもしれない。
PRO
徐々に染み出してくる不思議な魅力
牛津厚信さん | 2023年11月25日 | PCから投稿
細部に目向けると何かしら既視感が漂うのは否めない。独房のような場所で暮らす少女。彼女が行使する不思議な力。何も知らない赤子のような主人公が初めて触れる世界。社会の端っこに生きる母子との出会い・・・。どれも過去の映画で見たことある展開だ。しかし本作のアミリプール監督がイラン系アメリカ人であることを知ると解釈の仕方が少し変わってくる。これはただセンスに任せて自由気ままに描かれたストーリーというわけではなく、むしろアミリプールが人生の随所で培ってきたアウトサイダー的な感情をあえて誰もが受容可能な定型の公式に当てはめることで、より寓話的、ファンタジー的に投影しようとした試みなのかもしれない。そう捉え始めた頃合から本作は様々な要素がうまく噛み合い始める。どこからやってきて、どこへ向かうのか分からない主人公にも、親しみが沸くというか。独特のノリとリズムに深く乗れさえすれば、ことのほか楽しめる一作かも。
PRO
チョン・ジョンソの瞳に“操られる”
和田隆さん | 2023年11月14日 | PCから投稿
赤い月の夜、隔離された精神病棟から始まり、まるで傑作ホラー「ソウ」(2004)を想起させますが、突如、特殊能力が覚醒するモナ・リザを演じるチョン・ジョンソの瞳に観客は一気に引き込まれてしまうでしょう。そして、そこから最後まで彼女に“操られて”しまっていたことに気づかないかもしれません。12年もの間隔離されていたモナ・リザは、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた有名な肖像画のようには微笑まず、自由と冒険を求めて施設から飛び出し、彼女の逃走劇が始まるのです。
イ・チャンドン監督「バーニング 劇場版」(2018)への出演で数々の映画賞を受賞し、Netflixで配信の「ザ・コール」や「ペーパー・ハウス・コリア 統一通貨を奪え」などの作品でも高く評価され、ブレイクを果たしたジョンソ。どこかミステリアスでクールな美しさを持つ彼女が、本作で魅せる無邪気さと恐ろしさをあわせもつ表情は確かな演技力を示しています。今の社会に息苦しさを感じ、今とは違う居場所を求めている人は共感してしまうのではないでしょうか。