映画レビュー
PRO
作品見せずに画家描く。空虚な宴にいざなう騙し絵
高森 郁哉さん | 2023年9月4日 | PCから投稿
ダリ役のベン・キングズレーとダリの妻ガラ役のバルバラ・スコヴァが好演するも虚しい。1974年、ニューヨークでの個展を控えながらも、拠点のホテルでパーティー三昧の日々を送るダリとその取り巻きたち。原題はDaliland、つまり“ダリの世界”に招かれた画廊勤めの青年が映画の案内役になり、著名芸術家の一時期の創作活動、夫婦の関係、交友関係を描いていくのだが、何だろうこのもどかしさは。
もどかしさの最大の要因は、ダリの作品を劇中で見せてもらえないこと。美術業界誌The Art Newspaperの記事によると、金銭的な事情により作品を劇中で使用するライセンスを得られなかったとか。溶けていくカマンベールチーズを見てインスピレーションを得たという、ぐにゃりと柔らかく曲がった時計が印象的な代表作『記憶の固執』をはじめ、アートの制作過程は描かれても、完成品を正面から映すことはない。作品が紹介されない画家の伝記映画の企画がよく実現したものだ。音楽家の伝記映画で完成した楽曲が劇中で流れないとか、作家の伝記映画で小説の文章が引用されないようなもの。ダリの人となりを添えて作品の魅力を伝えてもらえると思ったのに騙された、というのは言いすぎか。
ダリの主要作品は頭に入っていますという美術愛好家なら楽しめるかもしれないが、邦題に反して誰でもウェルカムというわけではなかった。
PRO
キングスレーならではのダリの人物像が愛らしい
牛津厚信さん | 2023年8月30日 | PCから投稿
ピンとはねた髭とカッと見開いた瞳。名優ベン・キングスレーと20世紀芸術を代表する巨匠ダリとの異様なまでのこの親和性は一体何なのだろうか。本編の素っ頓狂かつエネルギッシュな立ち居振る舞いからは、これが『ガンジー』のタイトルロールと同一人物だと想像がつかないほどだ。本作はダリとその妻ガラの特殊な夫婦生活に焦点を当てた物語であり、それを若きアシスタントの目線で見つめた目撃型のヒューマンドラマとなっている。70年代、ニューヨーク滞在中のダリは展覧会のための作品制作もそっちのけでパーティー三昧。そこに集う人々の目の眩むような豪華さを印象付けながら、宴のあとの芸術家の素顔にも興味をそそられっぱなし。泣きわめいたかと思えば真剣に作画に打ち込んでみせたり、また妻の浮気が気になって、あれこれ画策しだしたり・・・キングスレー演じるダリは子供のような一面を持ちつつ、妙に観る者の胸に棲みついて離れない魅力がある。