ヒンターラント

   99分 | 2021年 | PG12

第74回ロカルノ国際映画祭観客賞受賞のステファン・ルツォビツキー監督作

残酷な戦争が生んだ悲劇を全編ブルーバック撮影による美しい悪夢のような映像で描いたミステリー。

「ヒトラーの贋札」のステファン・ルツォビツキー監督が、残酷な戦争が生んだ悲劇を全編ブルーバック撮影による美しい悪夢のような映像で描き、2021年・第74回ロカルノ国際映画祭で観客賞を受賞したミステリー。

第1次世界大戦後、ロシアでの長い捕虜収容所生活からようやく解放された元刑事ペーターと戦友たち。しかし帰還した彼らを待ち受けていたのは、敗戦国となり変わり果てた祖国の姿だった。ペーターは帰宅したものの家族の姿はなく、行き場を失ってしまう。そんな中、ペーターの元戦友が河原で遺体となって発見される。遺体には相手に苦痛を与えるために仕掛けられた拷問の跡があり、その痕跡から犯人も彼らと同じ帰還兵であると思われた。ペーターは自らの心の闇と向きあうため、事件の真相を追い始めるが……。

出演は「7500」のムラタン・ムスル、テレビドラマ「バビロン・ベルリン」のリブ・リサ・フリース。

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映画レビュー

牛津厚信

PRO

社会と心理の闇を投影したかのようなビジュアルが鮮烈だ

牛津厚信さん | 2023年8月30日 | PCから投稿

この街は暗く歪んでいる。それこそ悪い夢をそのまま投影したかのように、建物も歪んで建っていれば、橋や通りや屋内の構造だって極度に曲がっている。時代は第一次大戦直後。戦場と収容所の地獄を経験した元刑事のペーターはやっとの思いで故郷ウィーンへたどり着き、そこで戦前と戦後であらゆる価値観が転覆してしまった様に愕然とする。全編ブルーバックで撮られた本作はつまり、シュールリアリズムの絵画のような雰囲気が全編に充満している。そこで帰還兵たちを狙った陰惨な殺人事件が巻き起こっていくわけだが、全ての基調となるこのビジュアルが心理面を映す上でも、それから社会面を描く上でも非常に高い効果を発揮していることに感心するばかり。主人公ペーターの研ぎ澄まされた捜査能力、戦場で負った心の傷跡、そして最初は反目していた若き刑事との関係性など、無駄なくスピーディーに展開していく様も見ていて快い。一見する価値ありの作品である。