アラビアンナイト 三千年の願い
「マッドマックス」シリーズのジョージ・ミラー監督が撮り上げたファンタジー
3000年もの間幽閉されていた孤独な魔人と現代の女性学者の「願い」をめぐる寓話を描く。
映画レビュー
PRO
物語性やストーリーテリングをめぐるジョージ・ミラー監督の思い溢れる
牛津厚信さん | 2023年2月27日 | PCから投稿
実に7年ぶりに世に放たれたジョージ・ミラーの新作は、一見すると『マッドマックス』の巻き起こした一大旋風を綺麗さっぱりリセットしたかのような世界観ではあるものの、「物語や願望についての物語」という意味ではミラー監督のフィルモグラフィー全体を包含するテーマ性を持った作品と言えるだろう。映画の大部分を占める魔人ジンの回想はVFX満載で、ダークかつ魅惑的な趣向によって貫かれ、かと思えばミラーらしい肉感あふれるエキセントリックな描写の数々も観る者を最初はギョッとさせ、やがて納得のニヤリに変えていく。なにしろ三千年という途方もない時代の旅路である。せっかくのエルバ&スウィントンという最高峰たちの共演をもっとじっくり見ていたかった気もするが、逆にいうと彼ら二人だからこそ”道先案内人”のような役割を滑らかに全うできたのかも。声のトーンや存在感に重みと説得力があり、心地よく身を委ねることができる一作である。
PRO
知と語りの蓄積が、文化と文明の発展を促す
高森 郁哉さん | 2023年2月27日 | PCから投稿
魔術の使い手や奇妙なクリーチャーが存在する物語世界のビジュアルは、確かにスペクタクルに満ち、目を奪われる。だが、物語論の専門家アリシア(ティルダ・スウィントン)と古い小瓶から出現した魔人(イドリス・エルバ)の対話――といっても、大半の時間で魔人が過去の三つの願いをめぐるエピソードを語り聞かせ、アリシアは聞き手に回っている――が私たちに教えてくれるのは、自ら見聞きしたことや体験したこと、空想したことを誰かに伝えたり記録したりすることがストーリーを語るという行為の原点であり、ストーリーを語ったり聞いたりすることはある種人間の根源的な欲求であること。その意味で、見かけによらず本作には極めて知的な寓意が込められている。
魔人が回想する才女ゼフィールのパートでは、映画の原型のようなムービング・ピクチャーズのからくり箱や、レオナルド・ダ・ヴィンチがイラストを残したらせん翼ヘリコプターのミニチュア版が登場する。アラビアンナイトでなぜこんなエピソードが?と最初は唐突に思ったが、科学技術の進歩もまた、過去の知の集積と取捨選択(編集と言い換えてもいい)を経て新たな創意工夫が加わることで成し遂げられるという意味で、ストーリーテリングと親和性があるのだと気づかされた。ストーリーを語る手法を歴史的に振り返るなら、原始人の頃は身振り手振りや絵で、それから共通の言語ができてからは口承や文章で、やがて演劇と小説が確立し、さらに写真技術を応用する形で映画が誕生した。英国人小説家A・S・バイアットの短編をジョージ・ミラー監督が映画化した本作は、そうした人間の根源的な欲求と願望がもたらしたストーリーテリングの三千年の歴史と、その中における映画の位置づけにも目配せをしているように感じられた。