C.R.A.Z.Y.

   129分 | 2005年 | PG12

「ダラス・バイヤーズクラブ」「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」などで知られるジャン=マルク・バレが2005年に手がけた青春ドラマ。1960~70年代のカナダ・ケベックを舞台に、保守的な家庭で育った青年の葛藤と成長を、シャルル・アズナブール、デビッド・ボウイ、ローリング・ストーンズなど時代を彩った名曲の数々に乗せて描き出す。1960年のクリスマスに、ボーリュー家の5人兄弟の4男として生まれたザック。「特別な子」と呼ばれた彼は、軍で働き音楽を愛する父親と過保護な母親、それぞれ文武に秀でた2人の兄と問題児の次男を観察しながら少年時代を過ごす。1970年代になり思春期に突入したザックは、自らのアイデンティティと父親の価値観との間で葛藤するようになっていく。

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映画レビュー

牛津厚信

PRO

ヴァレ監督の遺した愛情と破天候さに満ちたファミリードラマ

牛津厚信さん | 2022年8月19日 | PCから投稿

2010年代を代表する映画監督ヴァレの遺した、破天荒さと温もりと音楽に満ちたファミリードラマ。ケベック生まれの彼だけあって、60年代から80年代にかけてのケベックにおける中流家庭の家族のクロニクルをおかしく、騒々しく、実直に刻んでいる点で、文化的にとても興味深い。いつしか同性に惹かれていく主人公。対する父親は子供らに「男らしくあれ」とさとし、そこにはピリピリとした緊張感が生まれる。しかしこの家庭には揺らぎはしても決して断ち切られることのない絆があり、価値観の違いを凌駕する愛情でいつも覆われているかのよう。どれだけ崩れそうになっても、また誰かが遠くへ飛び出したとしても、常にこの家庭が「帰り着く場所」としてあり続ける安心感はこの上ない。主人公ザックがクリスマス生まれなのに対し、ヴァレ監督は12月26日(2021)に亡くなった。彼もまた紛れもない「特別な子」であったことを、今いちど噛みしめたい。

高森 郁哉

PRO

2005年製作のカナダ映画。当時の日本未公開が惜しまれる

高森 郁哉さん | 2022年7月27日 | PCから投稿

カナダ・ケベック州出身のジャン=マルク・バレ監督は、「ヴィクトリア女王 世紀の愛」(2009)、「ダラス・バイヤーズクラブ」(2013)などで知られ、「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」(2015)を発表したのを最後に、2021年12月25日に58歳で亡くなった(自殺説もあったが、心臓発作による自然死だったとされる)。“12月25日”で事後的に奇縁ができてしまった本作は、バレ監督が2005年に手がけ、トロント国際映画祭で上映されるなど国際的に高く評価されるきっかけになった青春ドラマだ。

主人公は、ケベックで暮らすボーリュー家の4男として1959年のクリスマスの日に誕生したザック。ちなみに全員男の兄弟5人(クリスチャン、レイモン、アントワーヌ、ザック、イヴァン)の頭文字を並べると「C.R.A.Z.Y.」になる。映画はザックの成長を追いつつ、性的アイデンティティに揺れる思春期の悩みと、男らしさを強いる父親との確執を中心に綴っていく。時期としては1960年代後半、70年代半ば、80年代前半が主なパートになっていて、ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」、デヴィッド・ボウイの「スペイス・オディティ」、ピンク・フロイドの「虚空のスキャット」といった往年の名曲が時代の雰囲気を醸し出す。

バレ監督の死を惜しみ、追悼の意を込めての日本劇場公開となったのかどうか定かではないが、17年前であればLGBTQの要素は今以上にインパクトを持ちえただろうし、2001年の米国同時多発テロから4年後のタイミングで、古き良き時代を懐かしむ要素も歓迎されたのだろう。だが2022年の今、長引くコロナ禍に疲弊し、ロシア・ウクライナ戦争などの影響で経済的にも心理的にも落ち込みを増している日本で、果たして多くの観客に受け入れられるのかどうか。若干の間の悪さを感じないわけにはいかない。