ゴヤの名画と優しい泥棒

   95分 | 2020年 | G

1961年に実際に起こったゴヤの名画盗難事件の知られざる真相を描いたドラマ。2021年9月に亡くなった「ノッティングヒルの恋人」のロジャー・ミッシェル監督がメガホンを取り、本作が長編劇映画の遺作となった。1961年、世界屈指の美術館ロンドン・ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。この事件の犯人はごく普通のタクシー運転手である60歳のケンプトン・バントン。長年連れ添った妻とやさしい息子と小さなアパートで年金暮らしをするケンプトンは、テレビで孤独を紛らしている高齢者たちの生活を少しでも楽にしようと、盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。しかし、事件にはもうひとつのある真相が隠されていた。主人公ケンプトン役を「アイリス」のジム・ブロードベント、妻のドロシー役を「クィーン」のヘレン・ミレンが演じるほか、フィオン・ホワイトヘッド、マシュー・グードらが脇を固める。

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映画レビュー

高森 郁哉

PRO

監督の姓が"ミッシェル"表記なのはなぜ? ともあれ、歴史に埋もれかけた真相の映画化に感謝。

高森 郁哉さん | 2022年2月26日 | PCから投稿

ネタバレ

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細野真宏

PRO

名作「ノッティングヒルの恋人」監督の長編遺作。今見たい1961年に実際に起こった不思議な実話を描く優しさに溢れた作品。

細野真宏さん | 2022年2月25日 | PCから投稿

本作はまさに今見るべきイギリス映画だと言えると思います。
それは2021年9月に亡くなったばかりの名作「ノッティングヒルの恋人」のロジャー・ミッシェル監督の長編遺作であること。
そして、本作は「1961年を描いた作品」であること。
この「1961年」というのは、まさに今「旬」な映画版「ウエスト・サイド物語」が世界的に公開された年で、本作でも主人公が奥さんを映画に誘っています。
その際の作品解説のセリフが「歌って踊る『ロミオとジュリエット』」と的確です。主人公が戯曲家を目指していることが伺えるセンスの良いセリフが多くあり、会話劇としても楽しめます。
さらには、今から61年前の「1961年に実際に起こった国宝のゴヤの名画盗難事件」の真相が分かり、この物語が、2000年以降のイギリスにつながっている、という意外な現実を俯瞰して眺めることもできるのです。
平坦なカット割りではなく、当時のイギリス映画のようなオシャレな音楽やカット割りも取り入れるなど、実話の物語として時代背景を上手く活用しています。
しかも「法廷モノ」としても面白い作品で、ロジャー・ミッシェル監督も悔いはないのでは、と思います。

牛津厚信

PRO

観る者の口元を緩ませる絶妙な空気感

牛津厚信さん | 2022年2月24日 | PCから投稿

『ノッティングヒルの恋人』などで知られる故ロジャー・ミッシェル監督が遺した最期の劇映画ということで、もしかすると彼の演出が弱りゆく様を目の当たりにしてしまうのではないかと見る前は多少不安だったが、そんなことは全然なかった。それどころかこれは彼の代表作と言えるほど、賑やかで幸福感たっぷり。二人の名優を配した語り口が素敵で、60年代特有の英国の空気感もたまらない。最初は主人公の主張に誰も目と耳を貸してくれなかった状況が、いつしか逆転していく様のなんと皮肉的で、なおかつ痛快なことか。妻はそんな偏屈な夫に振り回されつつも、彼がそっと差し出すティーとビスケットにふっと表情を緩ませる・・・。かくも噛み合ってなさそうで実は硬い絆で結びついた夫婦愛が絶妙だし、二人が密かに抱えた悲しみの記憶も奥深く作品を彩る。単なるドタバタコメディではなく、庶民の”尊厳”すら感じさせる実話ベースの物語に最後まで魅せられた。

清藤秀人

PRO

メイド・イン・UKのペーソスと反骨精神を秘めて監督は旅立った

清藤秀人さん | 2022年2月24日 | PCから投稿

ロンドンのナショナル・シアターにゴヤの名画"ウェリントン公爵"を展示する費用があるなら、それを日々の楽しみが少ない高齢者や退役軍人のためにBBCの受信料を無料にすべきだ。それが、名画を強奪した罪で逮捕されたニューキャッスルのしがないタクシー運転手、ケンプトンの言い分である。

1961年のことだ。盗んだことは犯罪だが、動機には共感する部分がある。そう感じた陪審員や傍聴人、そして、ケンプトン自身に、家族が抱え込む秘密も含めて、イギリス人独特の気骨とユーモアと優しさを感じて、思わず心の中で小さくガッツポーズを作ってしまった。かつて、『ウィークエンドはパリで』(13)で出会って以来、意気投合した監督のロジャー・ミッシェルと主演のジム・ブロートベントが2度目のコラボ作で目指したのは、それだろう。

そのミッシェルは映画完成後、あっけなくこの世を去った。他のどこの国でもない、メイド・イン・UKのペーソスと反骨精神をその胸に抱いたまま。ここ数年、国情と同じくその立ち位置があやふやになりつつあるイギリス映画の現状を思い起こさせる1作である。