映画レビュー
PRO
ポッター監督ならではの感性息づく記憶世界
牛津厚信さん | 2022年2月26日 | PCから投稿
英国監督サリー・ポッターの作品には、いつも何かしら鮮烈な感性が迸る。本作も小さな物語ながら、内面世界はたった一日のお話と思えないほど広大かつ複層的だ。ポッターの分身でもあるエル・ファニングと認知症を患う父親役ハビエル・バルデムのやり取りは、これまで想像もつかなかった二人の共演なだけあって、抑制された中に確かな化学反応が垣間見える。と、ここで父親の記憶のうねりを現実と同時進行させながら重ねていく描写に、ノーラン監督作「インセプション」を思い出す人も多いのではないか。ただし、あくまでポッター流の記憶世界なだけあって、現代のニューヨークとギリシアの海辺と、はたまたメキシコ砂漠地帯という3つの場所が入り乱れる様には、視覚のみならず音や肌触り、匂いすら漂う感性がいっぱいだ。86分でこれだけの奥深さや関係性を端的に描ける人は他にいないだろう。つくづく人間の心は味わい深い感情のパズルなのだと思い知った。
PRO
遠のく記憶、消えない後悔
高森 郁哉さん | 2022年2月25日 | PCから投稿
身内の話から始めて恐縮だが、私の父も晩年、アルツハイマー型認知症を患った。診断されてからは進行を遅らせる薬を飲んでいたが、ゆるやかに記憶を失い、日常生活でできなくなることも少しずつ、しかし着実に増えていった。
本作の主演の一人、ハビエル・バルデムが演じるメキシコ移民の作家レオも、若年性認知症を患い、かなり症状が進行している。一人ではもはや生活できず、娘のモリー(エル・ファニング)とヘルパーの助けがなければ生きることもままならない。周囲への反応が鈍く、ぼんやりしているように見えるレオはしかし、頭の中で、メキシコ時代に愛していた女性(サルマ・ハエック)との日々や、執筆に行き詰まりギリシャの海辺で過ごしたときを思い出し、後悔の念にとらわれている。
現在のレオの表情は乏しく、時折混乱したりおびえたりする様子を、認知症の身内がいる/いた人なら胸を締めつけられるような思いで見るはず。バルデムの演技は真に迫っており、回想シーンでの健常だった頃との対比も印象的だ。
人生の重要な分かれ道――家族のこと、パートナーとの関係、仕事のうえでの決断など――で、あの時に選ばなかった道をもし進んでいたらどうなっただろう、と折に触れふと考えてしまうことは、ご多分に漏れず私にもある。アルツハイマー型は遺伝するケースも多いと聞く。この先記憶が薄れていっても、後悔は消えずに残るのだとしたら……と鑑賞しながらやるせない気持ちになった。