映画レビュー
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人間の哀しさ
杉本穂高さん | 2022年5月31日 | PCから投稿
映画は人間を描くものとすれば、本作ほど人間としっかりと見つめた作品はそうそうない。理想化も矮小化もしないで確かにここにはありのままの人間が映されている。収監され不名誉を恥じていた男がささいな良いことをして誉められたいと思うのも、過去に傷のある奴を怪しく感じてしまう大衆心理も、人助けのためなら嘘をついて誤魔化してもいいだろうと考えるのも、小さな疑惑が膨れ上がり、いつの間にか尾ひれがついて大きな悪を想像してしまうのも、ちっぽけな人間のなせる業。誰もが断片的な情報に踊らされ、それぞれの立場から見えるものだけを正しいと思い込む。ほんのわずかなボタンの掛け違いが続いてしまうと人は人を信用できなくなる。本当に紙一重のことに過ぎないにもかかわらず、その積み重ねが大事を生んでしまう。人間の営みは本当に哀しい。しかし、社会とはこのように日々営まれているという説得力がすごい。
人物の配置とプロットが大変に上手い。人間ドラマとはこう作るのだというお手本のような傑作。
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興味深い”人間の探究”
牛津厚信さん | 2022年4月14日 | PCから投稿
最初からなぜか男の浮かべる微笑が頭から離れない。仮出所した主人公はシャバの空気がよっぽど嬉しいのか、ずっと笑みを浮かべている。久しぶりに彼と会う婚約者もまた同じように笑みを浮かべる。彼らの過去については我々観客にもほとんど分からない。肝心の”金貨入りバッグ”を拾った経緯もしっかり回想されるわけではない。ファルハディー監督はおそらく、あえて私たちを一般市民と同じ立場に立たせ、右から左から噴出してくる主人公にまつわる噂や、それに乗っかろうとする者たち、果てにはSNSの反応を受けて、彼の印象が刻々と変わりゆく様を体感させているのだろう。その正体は一体どこにあるのか。先の微笑の存在が本心を見えにくくさせる。しかしながら、この世の中にスネに傷を持たぬ者など存在するのだろうか。英雄の証明とは、悪魔の証明と同じくらい難解なもの。騒動と混乱を経て、最後に男がたどり着く、微笑とはまた違う表情が印象的だった。
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「白い牛のバラッド」に並び、世界クラスの普遍性を備えた今年観るべきイラン映画
高森 郁哉さん | 2022年3月31日 | PCから投稿
2月に日本公開されたマリヤム・モガッダム監督兼主演作「白い牛のバラッド」に続き、またもイランから骨太の社会派ドラマがやって来た。アスガー・ファルハディ監督は、「別離」が米アカデミー賞でイラン映画として初の外国語映画賞を獲得するなど、かの国の特殊性にとどまらないワールドクラスの普遍性はお墨付き。新作の「英雄の証明」も、岩山の壁面に刻まれた壮大な遺跡群を誇る古都シラーズを舞台にしながら、マスメディアとSNSによって無名の人物が一躍英雄になったり、またたちまち転落の危機にさらされたりといった、まさに今の情報過多な世界に起こりうるストーリーを描いている。
先述の「白い牛のバラッド」とは、囚人と刑務所、主人公の子が抱えるハンディキャップ、謎めいた関係者など、プロット上の共通点もいくつかあるが、予測のつかないストーリー展開という点でも一致する。大手媒体に掲載された評であらかたの筋を説明してしまっているものも見かけたが、事前にあまり情報を入れずに観る方が良い映画だと思う。
それにしても、主人公ラヒムが世間に英雄として持ち上げられ、今度は悪い噂で叩き落されそうになり必死に切り抜けようとする姿を、観客もまた我が事のように心をひりひりさせながら見守ってしまうのは、似たような実例をいくつも見聞きしてきたからではなかろうか。経歴詐称で表舞台から消えた経営コンサルタント、問題ある言動が暴露され干された芸能人、虚偽の発表やずさんな経営が発覚した新興企業創設者……。
そして、このような騒動が起きた時、当人だけでなく、家族や親しい人々も否応なく激しい渦の中に巻き込まれることも的確に描いている。とりわけ、吃音症を抱える息子シアヴァシュが追い込まれていく過酷な状況に、ファルハディ監督の“すごみ”を見せつけられた気がする。
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名匠アスガー・ファルハディ監督、安定のクオリティ
駒井尚文|映画.com編集長さん | 2022年3月11日 | PCから投稿
2度のオスカーに輝くイランの名匠アスガー・ファルハディの、見る者の心をじりじりと焦がす傑作。舞台はもちろんイラン。悪意のない嘘が及ぼす影響、テレビ局に強要された演出、SNSでの炎上と風評被害など、主人公に降りかかる出来事は日本で今私たちが見たり聞いたりしていることと何ら変わりません。テレビ画面やスマホの画面をほとんど映さずに、この物語を簡潔に語ってみせるファルハディ監督の演出に痺れました。