映画レビュー
PRO
再現された記憶が、いまの自分に与えてくれるもの
牛津厚信さん | 2021年6月10日 | PCから投稿
崩れかけた関係性を修復するには、過去の最も愛おしい記憶を呼び覚ますのが最善だ。それは長年の愛をモチーフにした物語の定番ではあるものの、本作はやや複雑な舞台設定の中でこの流れをうまく踏襲してみせる。要となるのは映像製作会社の新サービス。美術セットや俳優たちを使ってオーダーメイドで「顧客の望む時代、空間」を再現し、生の手触りをそっくりそのまま顧客に味わせてくれるという。果たしてD.オトゥーユ演じる初老の男が再現したい記憶とは何か。あふれ返る70'sファッション、音楽、カフェの雰囲気ーーーーその虚構性を認識しながら、なぜか心にリアルな感情が再燃しはじめる過程が美しい。と同時に、裏方スタッフの見せる感情のもつれやドタバタも見どころの一つ。「ワンダフルライフ」や「トゥルーマン・ショー」などの設定や断片などもわずかに思いおこしつつ、観客をそれらと全く異なる味わいへ導いていく非常にユニークな作品である。
PRO
“恋に落ちる瞬間”を追体験させるサービスという秀逸なアイデア
高森 郁哉さん | 2021年6月10日 | PCから投稿
「トゥルーマン・ショー」「トータル・リコール」「脳内ニューヨーク」にそれぞれ使われていたユニークなアイデアを少しずつ拝借して組み合わせ、フランス流の恋愛喜劇を構築したという感じだろうか。新聞に風刺画を描く仕事を失い、妻にも愛想を尽かされた初老の男ヴィクトルは、息子にプレゼントされた“タイムトラベルサービス”を試すことにする。それは、利用者が戻りたい過去の時間と当時の出来事を伝えると、映画撮影セットと俳優を使って忠実に再現してくれるサービス。利用者本人もセットに入って、当時の自分を演じる。
ヴィクトルが指定したのは1974年5月16日のリヨン。運命の女性とカフェで出会い、恋に落ちた瞬間を追体験するのだ。なんともロマンティックな設定ではないか。サービスを提供する会社の創業者で監督も務めるアントワーヌは、恋人の女優マルゴを運命の女性役に起用するのだが、彼女とヴィクトルが演技を超えていい感じになりかけるとやきもきしたりして、そのあたりの笑わせ方もうまい。
青春真っただ中という層を除けば、大抵の大人、特に中高年になるほど、折に触れて若い頃の恋愛を思い出し、今あの時に戻れるならどうするだろう、違った選択をしていたらその後の人生はどう変わっただろうかなどと夢想してしまうのではなかろうか。本作に登場するサービスがもし実在したら、裕福で時間のある層が結構利用しそうだ。
ベル・エポックとは「良き時代」を意味するフランス語。狭義では19世紀末から第一次世界大戦前までのパリが繁栄していた時代を指すそうだが、本作ではセット内に再現されたカフェの店名でもある。
古き良き時代を懐かしむノスタルジックな要素も確かにあるが、それだけではない。変えられない過去の積み重ねが現在なのだと改めて認識することで、今日と明日を少しでも良くできることを映画は教えてくれる。