グレース・オブ・ゴッド 告発の時
第69回ベルリン国際映画祭で審査員グランプリ(銀熊賞)を受賞
フランソワ・オゾン監督がフランスで実際に起こった神父による児童への性的虐待事件を描いた社会派映画。
映画レビュー
PRO
冷静沈着に、叙情性を抑えて人間や組織を見つめるフランソワ・オゾンの演出が冴えわたる
牛津厚信さん | 2020年7月29日 | PCから投稿
神の恩寵と題されたこの映画は、人々を救うはずの信仰を傘に、その言葉とは天と地ほどかけ離れた行為が行われていた実態を告発するヒューマンドラマである。オゾン監督は叙情的な音楽や演出を抑え、あえて冷静沈着なタッチで状況描写を重ねていく。一つ特徴的なのは、数十年を経て対峙する神父が、決してわかりやすい悪役然として描かれないこと。また、教会組織も真相解明のために力を尽くしているように見える。だが結果として事態は進展せず、表向きには全くの無風のまま。かくも非を認めない組織のあり方が被害者の苦しみを悪化させる一方で、告発者たちが自らの手で立ち上げ、勇気と使命感を強固に連帯させていくのもまた組織の力なのだ。それらを構成する告発者3人の生い立ちや生き様を群像劇タッチで描き出し、彼らが合流していくダイナミズムを添える筆致が秀逸。今なお係争中の題材でありながら、本作には揺るぎない視座で全てを見渡す風格を感じる。
PRO
オゾンが本年中の日本公開にこだわった理由は。
清藤秀人さん | 2020年7月26日 | PCから投稿
30年前、自らに性的虐待を行った神父が今も子供たちに接していることを知った被害者が、教会側に対応してもらえず、刑事事件として告発することを決意する。そこから、同じ被害者たちの証言を集めていく過程で浮かび上がるのは、少年にとって信頼する相手から加えられた虐待の後遺症が、長い時を経てもなお、心の傷として深く残っていること。しかし、人間の本能を独自の生々しいタッチで掘り下げることを信条としている監督のフランソワ・オゾンは、今回、驚くほどオーソドックスな形で事実を積み上げていく。観客の想像力を掻き立てるようなスリリングな演出ではなく、愚直なくらい、実際に起きた事件の経緯とその周辺を詳細に伝えるのだ。それは恐らく、映画が描く"プレナ神父事件”が、今まさに係争中だからなのだろう。過去に起きた事件の検証ではなく、現在進行形の裁判をリアルタイムでバックアップする。そうすることで移ろいがちな人々の目を、聖職者と、そして、宗教の矛盾に向けさせようとした本作は、オーソドックスだが挑戦的。オゾンが本年中の日本公開に強くこだわった理由はそこにある。
PRO
フランソワ・オゾン監督初の実話! 「スポットライト 世紀のスクープ」の社会問題が多面的に見えてくる
細野真宏さん | 2020年7月16日 | PCから投稿
本作は、2019年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞したフランソワ・オゾン監督作。
フランス映画は日本人との相性がそこまで良いわけではないようで、公開本数も少ないのが現実。
そんな中、フランソワ・オゾン作品は、今回のように大きな賞を受賞していない場合でも日本で、ほぼ公開される稀有な監督。
本作は、「監督初の実話」ということで、どんな風な作品になっているのか興味を持っていました。
まず、本作と似たような題材に、2016年のアカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞したトム・マッカーシー監督の「スポットライト 世紀のスクープ」があります。
「スポットライト 世紀のスクープ」は、アメリカのキリスト教会で多発していた「カトリック司祭による性的虐待事件」という、一種のタブーに食い込んで独自に報道したボストン・グローブ紙の記者らの活躍に焦点を当てた作品です。
ボストン・グローブ紙は2002年から記事を公開し始めるのですが、それは「氷山の一角」に過ぎず、どんどん広がりを見せ、「スポットライト 世紀のスクープ」のエンディングでは世界中で蔓延していることが示されています。
本作は、まさに、それのフランス版で、記者ではなく、被害者が立ち上がっていく様を描いているのです。
私たちが押さえておきたいのは、これが今でも続いている現実です。
「スポットライト 世紀のスクープ」であぶり出されて終わりではなく、今回の「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」で扱われている実話も、まだ裁判中で未だに世界で続いているのです。
このフランスでの「氷山の一角」の話は、改めて「カトリック司祭による性的虐待」の問題の根深さを痛感させられます。
被害者側からの視点なので、「スポットライト 世紀のスクープ」とは違った別の角度から多面的に問題の構造が見えてきます。
まだまだ、この問題から私たちは目を背けてはいけないのですね。
本作はハリウッド映画のようにどんどん引き込まれていくような作りではなく、割と淡々としていますが、見ておく価値のある作品だと思います。
PRO
学ぼうとすると溝にはまる「宗教」。未だに謎がいっぱい。
山田晶子さん | 2020年7月15日 | スマートフォンから投稿
フランスで実際に起こった神父による児童への性的虐待事件を描き、第69回ベルリン国際映画祭で審査員グランプリ(銀熊賞)を受賞した作品。
幼い頃の性的虐待によって、長年、深いトラウマを抱えて生きてきた男たちが、「過去の出来事の告発」に挑み、様々な試練に立ち向かう衝撃の実話をフランソワ・オゾン監督がフィクション化。
ドキュメンタリーにすると、彼らの苦悩を何度も引き出す形になってしまうため、役者が演じるフィクションにした点は成功している。さらに、ドキュメンタリーよりもストーリー性が出てくる分、主な登場人物の人間ドラマが伝わり、「告発」の大きな壁に立ち向かう各々の心理状況がより共感できた。
仕事や家族を持ちながら、体裁や時間とも戦わなければならない現実を乗り越えていく彼らの姿は、見る者に勇気を与える。
同時に、告発する側もそれぞれの環境や価値観で意見が合わなかったり、一般的な信仰心と対立することとなってしまう場合があり、本件が「終わりが見えない深いテーマ」であることも本作は訴えている。
重たい内容ではあるが、ファッションはそれぞれ個性的で清潔感があり、1個人を尊重するフランスらしく人間関係においては、程よい距離感が保たれている部分も参考になった。