映画レビュー
PRO
“孤独”へのユーモア溢れる眼差しが優しく響く
和田隆さん | 2020年11月2日 | PCから投稿
冒頭からユーモアが溢れている。なんと46億年前の地球史のはじまりから映画はスタートし、そこから一気に現代の街の夜景にジャンプ。そして、薄暗い部屋でひとりお茶を飲む老婦人が映し出される。こんなぶっ飛んだ展開から始まる沖田修一監督の最新作「おらおらでひとりいぐも」は、ひとりの女性を通して“孤独”とは何かをじっくりと、やさしい眼差しで見つめた人間賛歌の物語だ。「おらおらでひとりいぐも」とは、「私は私らしく一人で生きていく」という意味。
主演の田中裕子さんの存在感、佇まいがこの映画を唯一無二にものにしている。「いつか読書する日」「火火」以来15年ぶりの主演となるが、昭和、平成、令和を駆け抜けてきた75歳の主人公・桃子さんの“孤独”をしっとりと時に愛嬌たっぷりに、そして強さを持って好演。孤独な寂しい日々を紛らわすための独り言、心の声なのか、それとも痴ほう症の前兆なのか、そんな危ういバランスを絶妙に演じている。
部屋の襖を開けると別の世界が現れたり、マンモスが登場したりと突飛な展開もあるが、沖田監督は現実と桃子さんの頭の中(心の中)を軽やかに行き来してみせる。“孤独”の先で見つけた新しい世界とは何か、不安や寂しさを受け入れて新たな一歩を踏み出していく姿は感動的だ。
PRO
突き詰めれば“ひとり”。ひとりとひとりの連なりが生命の歴史
高森 郁哉さん | 2020年10月31日 | PCから投稿
原作者・若竹千佐子が桃子さんという主人公の思索を通じて伝えるそうした哲学的なメッセージを、脚本を兼ねた沖田修一監督はアニメーションやCGも駆使し、視覚的に直観しやすいユーモラスなビジュアルで表現した。コメディやドラマを比較的オーソドックスな話法で作ってきた沖田監督だが、今作ではストーリーを映像で語る「映画」のフォーマットでどこまで遊べるか、正統な映像表現手法をシュールレアルな描写や唐突なギャグで脱構築できるかに挑戦してもいる。
地球46億年の歴史と桃子さんの人生は、一見遠いようで、俯瞰すれば脈々と続く命のバトンで繋がっている。人間は生まれる時もひとり、死ぬ時もひとりだが、家族や出会った人々など、有限の時間を一緒に過ごした人と、過去の自分自身の記憶は共にある。単に独居老人のありようにとどまらない、人生への向き合い方についての含蓄に富む豊穣な映画体験だ。
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陽だまりのように優しく、温かく、ちょっとだけ奇想天外
牛津厚信さん | 2020年10月29日 | PCから投稿
沖田作品はいつも陽だまりのようだ。たとえ主人公の心に生きる上での悩みや悲しみ、孤独がのしかかろうとも、決して吹きっさらしのままにはせず、いつしかなんとも言えない温もりがその身をそっと包み込む。樹木希林を演出した「モリのいる場所」の自由さにも驚かされるばかりだったが、今回、田中裕子演じる「桃子さん」の中でゆっくりと移ろいゆく記憶や想いに寄り添う過程にも、確かな優しさと温もりがにじんでいた。一人きりになると決まって現れる「心の声」の表現も毎度おかしくてたまらないが、そこから奇想天外なマジックリアリズムへと突入したり、上京直後の夢と希望、家族みんなが居た頃の懐かしい記憶が急に沸き起こったり、はたまた彼女の人類史への興味関心もダイナミックに映画を息づかせる。140分近い作品だが、もっと寄り添って見つめていたいとも感じる。またも人間のこと、歳を重ねることを好きになれる名作を、沖田監督は届けてくれた。