この世界に残されて

   88分 | 2019年 | G

一緒にいたいと思うのは、いけないことですか

ホロコーストで家族を失った医師と少女。二つの孤独な魂が寄り添うとき、絶望は希望へと変わる。

ナチスドイツにより約56万人ものユダヤ人が虐殺されたと言われるハンガリーを舞台に、ホロコーストで心に深い傷を負った孤独な男女が年齢差を超えて痛みを分かち合い、互いに寄り添いながら希望を見いだしていく姿を描いたハンガリー映画。1948年。ホロコーストを生き延びたものの家族を失った16歳の少女クララは、42歳の寡黙な医師アルドと出会う。クララはアルドの心に自分と同じ欠落を感じ取り、父を慕うように彼に懐く。同じくホロコーストの犠牲者だったアルドも、クララを保護することで人生を取り戻そうとする。しかしソ連がハンガリーで権力を掌握すると、世間は彼らに対してスキャンダラスな誤解を抱くように。そして2人の関係も、時の流れと共に変化していく。

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映画レビュー

牛津厚信

PRO

さりげなくも秀逸なラストシーンが深い余韻を残す

牛津厚信さん | 2020年12月30日 | PCから投稿

初めて触れる感触の映画だった。舞台は1948年、ハンガリー。ホロコーストの記憶を作品全体に漂わせながらも、本作は登場人物の心に刻まれた深い傷跡をフラッシュバックで呼び覚ますような真似はしない。本編時間は88分なので、これに過去の出来事を盛り込んで100分ほどの映画にすることもできたはず。だが、そうしなかった作り手の意志が、この映画を特別な存在へと高めているのは確実だ。時に「不在」とは「強い存在」を意味することがあるが、本作はこの「何を描くか」という線引きを大切にしながら丁寧に描写を重ねていく。描かれないからこそ我々は彼らの表情に何かを読み取り、相手の人生に寄り添いたいとこれほど必死に願い続けるのだろう。そうしているさなかも、あふれんばかりの陽光が差し、作品に透明感や静謐感をもたらし続ける。さりげなくも大切なことに気づかせるラストシーンが素晴らしい。その余韻が今なおずっと胸に響き続けている。