his

   127分 | 2020年 | G

スクリーン2

「愛がなんだ」の今泉力哉監督が、男性同士のカップルが親権獲得や周囲の人々への理解を求めて奮闘する姿を描いたドラマ。春休みに江ノ島を訪れた男子高校生・井川迅は、湘南の高校に通う日比野渚と出会う。2人の間に芽生えた友情はやがて愛へと発展するが、迅の大学卒業を控えた頃、渚は「一緒にいても将来が見えない」と別れを告げる。出会いから13年後、ゲイであることを周囲に知られるのを恐れ、田舎で孤独な生活を送る迅の前に、6歳の娘・空を連れた渚が現れる。居候させてほしいという渚に戸惑う迅だったが、いつしか空も懐き、周囲の人々も3人を受け入れていく。そんな中、渚は妻と娘の親権を争っていることを明かし、ずっと抑えてきた迅への思いを告白する。迅を「映画 賭ケグルイ」の宮沢氷魚、渚を「沈黙 サイレンス」の藤原季節が演じる。

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監督: 今泉力哉
脚本: アサダアツシ
企画: 新村裕 アサダアツシ
出演: 宮沢氷魚藤原季節松本若菜松本穂香外村紗玖良中村久美鈴木慶一根岸季衣堀部圭亮戸田恵子
日本 / 日本語
(C)2020映画「his」製作委員会

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映画レビュー

杉本穂高

PRO

社会にある「普通」の抑圧を浮かび上がらせた

杉本穂高さん | 2021年10月30日 | PCから投稿

脚本が大変に良く練られている作品だと思う。同性愛者が現代社会を生きる上で直面する現実が描かれ、親権における男女の扱いの違いがそこに加わり、「普通」って何なのかを問う。地方をステレオタイプに描かないのもいい。
日本の離婚裁判において、親権は母親に与えられることが多い。それは、子育ては母親がするものだ、という強固な固定観念が存在しているから。しかし、この映画に登場する夫婦は、男性側が育児をして、女性が働いている。男性は、ゲイの自分が子どもを持つということ自体、人生の選択肢になかったが、その選択肢が自分にもあると考えた末の結婚だった。子供に対する複雑で切実な思いが非常に上手く描かれていた。
親権が母親に渡りやすいのは子育てをしているから。しかし、このケースでは父親の方が有利となる。結果、妻側の弁護士は、ゲイのカップルが子どもを育てるのは「普通」じゃない、という方向の戦略で争うことを選択する。妻も差別はしたくないと思っている、しかし、現在の親権裁判ではそれが「合理的」な選択となってしまう。
「普通」の生き方、「普通」のカップル、「普通」の子育てとはなんだろう。社会にある「普通」の圧力を見事に浮かび上がらせている作品だ。

清藤秀人

PRO

宮沢氷魚の自然体が新たな可能性を示唆

清藤秀人さん | 2020年1月31日 | PCから投稿

一度は別れたゲイのカップルが、突然の別れを告げられた側が自身のセクシュアリティを隠して暮らす田舎で、再び突然の再会を果たす。あれから、相手は結婚し、別居し、傍に愛娘を連れていた。そうして始まる第2の同棲生活(+1)は、彼らの事情を深く追求せず、隣人として受け入れる山里のコミュニティの、他者に対して垣根を設けない寛大さによって支えられていく。一見、理想論にも思える設定は、脚本家のアサダアツシがかつてゲイの仕事仲間から言われた、「恋愛っていいなと思えるドラマをいつか書いてよ」という願いに答える形で生まれたもの。でも、この物語は養育権を巡って夫婦が対決する法廷の中で、シングルマザーとして子育てする妻側の言い分と事情もきっちり描いて、理想と現実の間にきっとあるはずの"落としどころ"を発見している。いろいろ事情はあるにせよ、人はどんな形でも寄り添えるに違いないという、理想を超越した確信のようなものが伺えるのだ。同時にこれは、自分を捨てた恋人を葛藤しながらも受け入れる主人公の、究極の恋愛ドラマでもある。演じる宮沢氷魚の自然体が、このジャンルの新たな可能性を感じさせて秀逸だ。

牛津厚信

PRO

今泉流の愛や家族、周囲の人々との絆の描き方がとても心地よい

牛津厚信さん | 2020年1月30日 | PCから投稿

今泉作品には、飄々とおかしい雰囲気のコメディもあれば、人間関係を真摯に暖かく描いたドラマも多い。本作は後者の部類に含まれるのだろうが、男と男が育む愛に、前妻やその間に生まれた娘までもが相まって、この複雑な関係性の中に唯一無二の絆が立ち上る瞬間を愛おしく描いてみせる。

当事者のみでは解決し得ない問題をどうするか。この難問にぶちあたった時、自分の世界や考え方に閉じこもるのではなく、視野をちょっとだけ広げて、周囲を巻き込んだ「社会」に目を向けるのがとても心地よい。脇を固める役者陣もとても印象深く「人間っていいな」と思わせてくれる。そこでふと気づく。本作には悪人が一人もいないのだ。

誰もが善き人でありたいと願っている。だがほんのちょっとベクトルの向きが違って、最も近しい人の苦しみが生まれてしまう。そんな事態に焦点を絞る後半、かすかに『クレイマー、クレイマー』の香りを感じたのは私だけだろうか。