ペパーミント・キャンディー
韓国のイ・チャンドン監督の名を一躍有名にした初期の傑作
激動の韓国現代史を背景に、ある男の20年の記憶を辿る時間旅行。記憶の旅は人生のもっとも美しく純粋だった時に辿り着く。
映画レビュー
PRO
希望に満ちゆく物語が、私たちの心を暗転させる“逆再生の妙”
岡田寛司(映画.com編集部)さん | 2020年5月4日 | PCから投稿
絶望の淵に立つ男が、迫りくる電車を目前に「帰りたい!」と咆哮する――まさに衝撃的、そして不可解さに満ちた場面で幕を開ける本作。7つのエピソードに分け、キム・ヨンホの20年にわたる人生が描かれていきます。
“逆走する電車”のモチーフが象徴するように、本作は「現在→過去」という手法によって紡がれていきますが、これがかなり痛切な描き方。20~40代をひとりで演じきったソル・ギョング(圧巻の芝居!)の表情には、ストーリーが進む内に“希望”が満ちていきます。しかし、これは裏を返せば、その“希望”が時間の経過によって失われていったということ。幸福を“獲得”しているはずなのに、私たちはそれらが“剥奪”されることを知っている。物語は“明るさ”を取り戻していくのに、私たちの“心”は暗転していく。「逆再生スタイル」は、他作品でも事例はありますが、何よりも演出&脚本が素晴らしいです。思わず唸ります。
また「現代→過去」という構成上、各場面で「何故こんなことをしたのか?」という疑問を抱くはず。鑑賞者はその問いを携えて、過去へ過去へと突き進んでいきます。勿論、これらの疑問の真相は、きちんと明かされます。「何気ない仕草は、この時代から来たものなのか」「このアイテムには、こういう思い出があったのか」等々。単なる伏線回収――と言ってしまえば、それまでですが、キム・ヨンホの人生を「過去→現在」で捉え直すと“時が経過しても、残っていたもの(or残ってしまったもの)”という意味合いが生まれ、妙に物悲しくなってしまうんです。
余談:キム・ヨンホの20年は、韓国現代史とともにあります。その中には「光州事件」の存在も…。近年では、この事件を題材とした「タクシー運転手 約束は海を越えて」という傑作も誕生したので、そちらも是非チェックを!