映画レビュー
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「演じる」のではなく、「生きている」
和田隆さん | 2020年8月19日 | PCから投稿
日本では2004年に初公開されたイ・チャンドン監督の「オアシス」(2002)は、恋愛映画の概念を覆すような、詩的でありながら破壊力を持った作品です。ソル・ギョングが演じる社会に適応できない青年と、ムン・ソリが演じる脳性麻痺の女性の極限の純愛を描き、第59回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)、ソリがマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞しました。
主演ふたりの演技には驚愕します。ギョングが演じる刑務所から出所したばかりの青年ジョンドゥは、落ち着きがなく、周囲をイラつかせ、29歳ながら子供のように無邪気で、家族からも煙たがられてしまう。ソリが演じる脳性麻痺のコンジュは、白いハトや蝶々が飛んでいるように見える部屋で、壁にかけられた異国の絵を眺め、ラジオを聴いてひとり夢想する日々。
そんな社会から厄介者扱いされていた二人が出会い、彼らなりの愛を育んでいく姿に心打たれます。ギョングもソリもこの難役を「演じる」のではなく、「生きている」ようにしか見えません。チャンドン監督の名作「ペパーミント・キャンディー」(1999)でも共演していますが、同じ役者だとは気づかないくらいです。
そして、脚本も手掛けているチャンドン監督の演出には唸らされます。障がい者を扱ったデリケートな物語ですが、二人の純愛を極限まで描き切ることで、映画的なファンタジー、もしくはコメディの領域にまで高めてしまうのです。車椅子の上で自由に動けずにいたコンジュを映していたカメラがパンしてジョンドゥを映していると、コンジュが健常者の姿になってフレームインし、普通のカップルのようにじゃれ合うシーンなどは秀逸。現実と幻想の境界線を軽やかに越え、交じり合わせてしまう映画表現には胸が熱くなり、改めて映画の力を感じることができます。