映画レビュー
PRO
暗殺事件から浮かび上がる国際政治とメディアの闇
村山章さん | 2021年3月31日 | PCから投稿
金正男暗殺事件が起きたクアラルンプール国際空港第二ターミナルには、LCCの代表格だったエアアジアのハブ空港だったことから何度となく乗り継ぎに使ったことがある。毒を塗られた金正男が助けを求めた案内カウンターで、忘れ物の問い合わせをしたこともある。なので、この事件が起きた時には、ニュースで映る景色が見知ったものばかりで、白昼堂々の大胆さに慄いた。
本作は、その時の実行犯として逮捕された二人の女性の裁判にフォーカスしたドキュメンタリー。実行犯だけど殺してない。なんとも矛盾に聞こえるが、彼女たちが「日本のいたずら番組の撮影」だと思わされていたことは、ほぼ確実な事実として受け取っていいだろう。
この映画自体が、驚くような新事実を暴いているわけではないが、この無力な女性ふたりの苦境から、いかに国際社会が個人をないがしろにして動いているかが浮かび上がる。また、ふたりの出自や性格の違いが、事件の実情を超えて、世間にどんな印象を与えてしまうのかも。映画は現実を変えるほどの力はないかも知れないが、現実と虚像の差異を、非常にわかりやすく伝えてくれる力作だと思う。
PRO
監視カメラとSNSの映像で暗殺事件の経緯を目撃できてしまう現代の怖ろしさ
高森 郁哉さん | 2020年10月30日 | PCから投稿
空港内各所の監視カメラにより、“下手人”としてスカウトされた若い女性2人と北朝鮮工作員らがリハーサルとして他の旅行者にいたずらを仕掛ける様子から、当日の2人と工作員の動き、金正男氏が空港に入り2人からVXを顔に塗られ、医務室に移動し昏倒するまで、映像にしっかりと残されていたことに驚く。女優を夢見るベトナム人ドアンはSNSを利用し、工作員から事前にイタズラ動画の訓練を受けている様子を投稿してもいた。ドキュメンタリーの主要部分が、再現映像ではなく事件そのものを記録した映像で構成されていることに、恐るべき現代性を感じる。
事件に関わった北朝鮮側8人は、一部がマレーシア当局に取り調べられたものの、結局全員が何の処罰も受けず帰国した。自国の要人を暗殺するのに、他国の純朴で貧しい女性を功名心と金で釣って実行犯に仕立てる手口に憤りを禁じ得ないが、北の犯罪が現代化していることを思い知らされもする。