哀れなるものたちのレビュー・感想・評価
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ヤギ人間の謎
久しぶりにパンチのあるすごい作品を観た。歴史に残る名作だと思うが、R-18だし、絶対にテレビでは放送できない内容なので映画館で観ておいて良かった。
現実なのか、幻想なのか、曖昧な世界観。めくるめくような極彩色の景色。ストーリーが意味ありげで謎めいているところは「魔笛」を思わせる。
序盤では、「脳の移植って、まるでブラック・ジャックだな…」と思ったが、ふり返ってみれば作品全体が手塚治虫っぽいと思った。もちろん偶然だろうが…。
「どろろ」(1967~)…父親の野望の犠牲になり、肉体のあらゆる箇所を欠損して生まれた主人公が、医者により義手や義足を与えられ、新たな生を得た主人公が、戦いを重ねながら自らの肉体を取り戻していく。
「人間昆虫記」(1970~)…性に奔放な悪女が主人公。様々な才能のある男に次々に近づいては、その才能を模倣して自分のものにしてしまう。
「ガラスの脳」(1971~)…事故にあった妊婦から赤ん坊(由美)が奇跡的に助け出されたが、生まれてからずっと眠り続けている。由美は17歳になったとき突如目覚めたが、中身は赤ん坊のまま。しかし急激に精神が成長していく。
この作品のテーマは「支配」と「自由」だろうということは分かるが、深すぎてどこまで読み取れているか自信がない。
「支配」とは、表面的にはキリスト教世界における男性からの支配を指すのだろう。たとえば、自分だけでむちゃくちゃに自由に踊るベラに必死でダンカンがおいすがり、二人で踊っているように見せかけようとする、というシーンがあるが、これは、社交ダンスを痛烈に批判したものだろう。我々は文化レベルで男性が女性を支配するものだ、という常識を受け入れてしまっている。
なぜベラは男性たちをここまで魅了することができたのだろう? ベラはおそらく、「原罪がない女」という設定なのではないか。
ベラは胎児のまま、生まれることがなく、脳だけが成人女性の身体に移植された。生まれていないので、原罪が無い。
「原罪」とは、アダムのイブが神の命令に背いて禁断の木の実(リンゴ)を食べてしまった、という話だ。この実を食べることによって、人間が善悪を知り、イチジクの葉で陰部を隠した。つまり、性的な「恥」の感情を獲得した。
ベラには名誉欲も虚飾もなく、保身のために嘘をつくこともない。これは原罪が無いからだ。そして最も重要な特徴として、性的な快楽を得ることを恥や悪だと思っていない。
ベラにとっては、セックスは食事と同じようなもので恥ずかしいことや特別なものではない。動物がそうであるように。
その意味でベラは汚れることが原理的に不可能な、究極に清らかな精神をもっており、原罪に苦しむ我々はその精神に惹きつけられずにはいられないのではないか。
無垢な存在であるベラが成長していく過程は、必然性をもった段階を踏んでおり、興味深い。
まず彼女が与えられたのは、「探究心」。嘘ではあったが、彼女の両親が「探検家」だった、というところから、彼女は自分自身の本性に「探究」がある、と思い込んだ。そして、この「探究心」は彼女を生涯突き動かすエネルギーになる。
次に与えられたのは、「愛」。子供のようなベラに対して、マッキャンドレスは親のような愛情を注いだ。しかし彼女は彼女を守るための厳しく束縛された世界に反発し、自由への激しい欲求をもつ。
ダンカンにより「自由」が与えられ、肉体的快楽を思う存分に得ることができるようになった。ここでそれまで白黒だった画面が、極彩色になる。これは、それまで受動的な守られる存在だったのが、能動的な自らが行動していく存在に変わった高揚感や感動を表現しているのではないかと思う。
次に、船の上で出会った老婦人からは「知識」を得る楽しみ、「哲学」の楽しみを得る。もともと世界を知りたいという欲求を持つ彼女にとって、自然な流れだった。ダンカンは彼女にとって退屈な存在になりつつあった。
「世界を知る」ことによる必然的帰結として、「現実の残酷さ」を知る。解決しがたい貧富の差があり、世界が彼女と同じくいびつで不完全である、ということを知る。彼女は、「世界を改善したい」という、はじめて個人的欲望を超えた欲望を持つ段階に至る。
次に娼婦館の主人と、同僚から得たのは、社会に関わる2つの方法、「仕事」と「教育」である。そこで行ったことが面白い。「仕事」では、お客から子供の頃の思い出を聞くことを行い、「教育」では、人体の仕組みを学んだ。つまり、人間の精神を学ぶことと、肉体を学ぶことに励んだ、ということになる。ここでようやく、彼女の「脳」(精神)は肉体に追いつき、一人前の大人の人間になる。
マッキャンドレスのもとに戻ってきた彼女は、今度は互いに完成された人間どうしとして愛し合う。いわば、愛ver.2である。ここで二人が行った会話は、「互いに対する告白と許し」である。ここからは画面の色調は極彩色から普通になっているように思う。大人としての成熟と安定を表しているのだろう。
物語的にはここで終わりでも良いが、もうひと展開ある。父親でもあり、夫でもある存在が登場する。
これまで登場してきた男性は、彼女を支配しようとしつつも、人間的な弱さがあり、どこか憎めないところがあったが、彼は度を越した残忍さがあり、支配欲の塊、悪の結晶のような存在だ。支配者の象徴のような存在。
彼は表向き紳士で善人のようで、中身が救いようもない悪、というところが、主人公と対をなしているようだ(表向き不道徳だが、中身は清らか)。
「支配」をテーマにすすめられてきたこの物語で、最後にこの支配に対して、我々は具体的にどう対抗すればよいのか、ということを彼女が教えてくれる。
それは、「勇気」である。支配者は、暴力をかざし、「恐怖」によって従わせようとする。その対抗策は、「勇気」しかない。これが彼女の成長の最後のピースだ。
ところで、彼は最後はヤギの脳を入れられた姿になっていたが、はじめはこれに違和感があった。というのは、もしヤギの脳を彼の身体に入れたのだとしたら、彼の脳はどうなったのだろう? 結局彼を殺してしまったのか?と。
しかし、よく考えてみれば、ベラは「彼を殺したくない」と言っていたはず。であれば、やっぱり彼は殺されていないはずだ。では、彼の脳はどこにあるのか? 必然。ヤギの身体に決まってる。たぶん、あの屋敷には彼の脳が入ったヤギがどこかにいるのだ。
成長
エマ・ストーン素晴らしい✨
ダンカン役の方、笑わせてもらった笑
主人公ベラは
母親の身体で生きるベイビー
子供なので
とても残虐さと可愛いさがある
見た目は美人だし
魅力されるのがわかる
性の目覚めが早いなぁと思いつつ
成長が早いからと納得させつつ
ベラに魅力された一人ダンカンに連れられ冒険に出る
色んな人達に会い
どんどん成長する
貧困などを知り
悲しむ感情も芽生える
最初の脚を引きずりのが途中からなくなり成長したからだと思うが
そこも良くなるのかと納得させつつ
ベラという主人公を人間の成長を
見せている映画
その中で貧困から身体を売ったり
女性の一部を手術しようとする極悪な元夫が出て来たり
それでも殺さず、代わりに羊の脳を移殖させ一緒に住んだり笑
ブラックユーモアたっぷり
その中で女性の貧困、世界の貧富の差、女性を閉じ込めようとする男の欲が詰まっている
女性の一部を切り取っても
感じるのはそこの部分ではない
女は心で感じるんだ将軍
女の子のアドベンチャー
監督ヨルゴス・ランティモス
脚本トニー・マクナマラ
主演・製作エマ・ストーン
この座組と、原題・邦題の良さと、フォントのかわいさから、観る前から期待値が高かった。
エマ・ストーンの瞼と唇に3人の男が色彩として乗っかってるチラシもかっこよくて、楽しみにしてた。
字幕翻訳は、松浦美奈さま。
R18なのに、公開スクリーンが多いのは、ハリウッドのストライキのせいで公開作品が少ないことも影響してるとは思う。
が、ヨルゴス・ランティモス作品としては、いちばん広い観客を捉えつつ、言いたいことに妥協がない作品で、しかもハッピーエンド(わたしの解釈では)!なので、評価されたってことなんだろうな。
何にも知らなかったベラが、世界を冒険して、快楽も醜さも思想も過去も知って、自分の生きる道を見つけたというお話。
脳みそスライスとかグロテスクな表現もあるけど、わたしはほぼ好ましく観た。自慰と性交のシーンが多すぎるが故のR18ではあるけれども、観るものの性的興奮を刺激しようとする意図が全く感じられない表現で、他の観客がいることを忘れてしまった。
ハンナ・シグラとの会話が面白かったし、ロンドンに戻ってからのベラの言動に観入った。
ゴッド(ウィン)の嘘は許さないけど、やったことは許す(受け入れるだったかな?)ってゆうのに、痺れた。
あとマックスが、ベラが娼婦をしていたことについて語るところが、めちゃくちゃよかった。許すとかではなく、自分は相手の男に嫉妬する。行動も体もベラの自由であるべきだからって内容。あれこそが愛だと思った。
女が奔放であることを、男が許すか許さないかなんて、そんなの決める権利はないの。それがわかってる男性に現実で会いたいわ。ほとんどいないの知ってるけど。
ゴッドが食事中?食事後に吐き出すあぶくはなんだったのだろうね。現実ではない世界の色彩と、とぼけた浮遊感のある音楽と、かわいい衣装と、魚眼レンズで丸く歪んだ世界…
映像のキッチュかつグロテスクなかわいらしさと、主張の現代的必然性と、42才女である自分にとっての共感とが合間って、傑作だと思いました。
本当に哀れなるものたちは、、
ベラ、何やってるの、、と思っている間に
ベラの成熟していく知能と勇敢さにハッとさせられ
エマ・ストーンが演じるベラの強く美しく
包容力までもを感じる表情の変化に感動した
我々が観ていたものが哀れなベラと
マッドサイエンティストたち、、ではなく
女性の人権を無視した哀れなものたちと
闘う強い女性、ベラであったことに気づく
バクスターとマックスの愛もしっかり感じる
同じ人間、男性女性、身分や階級、命や人生に
上も下もないことに気づかずにいる哀れなものたち
誰の許しなのども必要ない
娼婦になる過程が描かれているけれど
それを納得して生きる、それも1つの人生
そうせざるを得ない環境の人たちもいる
与えられた環境で知識と勇敢さを武器にして
自分の人生は生きるべきなのだ
そして、作品を観終わった後にわかる
この作品を少しでも性的な目線で楽しもうとして
観にきてしまった哀れなものたちに
顔面パンチを喰らわせた(初期のベラの挨拶)
皮肉な仕掛けにもじんわり感動した
少し怖い
ベラの成長日記を除いているような感覚。
少しアリスコンプレックスがあるようにも見えましたが、男性なら登場した男達の心情が少し理解できるのではないでしょうか。
私はベラを飼いたいと思った。
セックスシーン満載でしたが、意味のないシーンというよりは成長において必要な過程にも見えました。
それと、エマ・ストーンがこの映画に抜擢されてよかったと思いました。
セックスが見れてとかの話じゃないですよ…?
奇想天外なある女性の冒険譚に目を見張る。気になるところも。
妊婦としてじさつしたベラ、その胎児の脳を移植され蘇生…ありえない物語を、ありえない美しさのエマ・ストーンが迫真の演技で演じることと、あまりにも美しく独特な美術と映像により不思議なリアル感を持ち、最後まで引き込まれた。
まずはよかったところ。
とにかく衣装・芸術が素晴らしい。ドレスやフリル好きなわたしには垂涎もののアートでかわいいドレスたち。めちゃくちゃおしゃれ。ボトムがショートパンツだったり、他にもボレロを脱いだらノースリのフリルシャツとロングスカートで成立するリアルなコーデのかわいさもあり…最高。
R18、SEXシーンは多いけど、先入観のないベラのおかげか?どこかあっけらかんとした感じ。それよりグロはわたしはかなり無理なレベルでしたが、モノクロが多いのと、なんとなく来るぞ、とわかるので覚悟できた感じ。なので避けつつ見てました。動物に対しても割とひどいです(直接何かするシーンはないものの)
そして気になったというか、ひっかかったところ。
ペラが冒険の旅の途中、しばらく売春宿で売春をするというところ。
何も知らないベラなのだから、最初はそそのかされて紛れ込んでしまうのもわかる。でも続けますよね、醜悪で自己中な男客とのセックスを。女性の人生に性産業や性暴力が「女性の人生にはこういうことあるよねー」という感じで自然に組み込まれるのが苦手なんです。性産業の存在を否定するのではないし、それをそれとして描くならいいけど、「女性の人生において」そんな普遍的なものではないし、それなしでは成長できないなんてことはない。国立民俗博物館で「性差の日本史」展を観た時のことを思い出した。ジェンダーという観点から日本史を読み解くという興味深い展示だったのだが「女性史」の中に当たり前に遊郭についての展示が組み込まれていて、違和感を持った。もちろん遊郭が存在したことは女性にとっても無視できない史実であり、当時の風俗・文化としてわたしも興味がある。しかし「女性」の歴史として組み込まれていると「?」となる。ほとんどの女性は遊郭や売春とは無縁だったはずなのに?
今回の映画でも同じ思いを持った。
そして残念なのは結局ベラが愛あるセックスをする描写はないまま終わっていることと、最後まで結婚にこだわっていることだ。当初「管理者」側であったマックスが結婚相手であり、真実の愛であるのかも疑念が残る。結婚を否定するのも良くないけれど、ようやく本来の自由と知性を得て羽ばたけるはずのベラがやっぱり結婚を選ぶのはこのお話のエッセンスとしてはどうか?と思ったのも事実。
でも、誕生して男性からの束縛管理から解き放たれ、知性を得て、学問の道を選ぶに至り、その中で性への目覚め、妊娠、帝王切開、セックス、売春…と女性性に起こり得る様々な事柄を描きたかったのだとすればこれでよかったのかもですね。ならばやはり愛あるセックスをするベラも見たかった気持ち。
エマ・ストーンはもちろん、ウィレム・デフォー、マーク・ラファロたちの演技もものすごくて、ハルク大好きなのにラファロのこと嫌いになりそうなほど(笑)
ベラを「管理」するつもりだったバクスターもマックスもダンカンも、みんなベラにだし抜かれ自らを変化させざるを得なくなるのは本当に痛快。ときどき自慰すると話すおちゃめな老婦人もよかった。
こんな映画に巡り会えるとは
2時間40分の間に、赤ちゃん、好奇心旺盛な少女、男に弄ばれる女、娼婦、医学生を演じきるエマ・ストーンはやはり大した女優だと思う。エロイシーンにとやかくいう人もいるが、それがあればこそ、最後のシーンの意味が生きてくるような気がする。
それにしても、映像が綺麗だった。
体は大人、頭脳は子供、卓越した才媛の見事な逆転劇!
第96回アカデミ-賞 11部門ノミネ-ト作品
作品賞:「哀れなるものたち」原題(Poor Things)141分
監督賞:ヨルゴス・ランティモス
主演女優賞:エマ・スト-ン
助演男優賞:マーク・ラファロ
脚色、美術、衣装デザイン、撮影、編集、メイク&ヘア、作曲
アカデミ-賞候補作を今日は鑑賞です。
特にR18指定で観客も大人ばかり。子供は見ちゃいけません!(*^。^*)
チラシも2カット持っており、トレ-ラも観ては居りましたが予想していた内容では無くかなりディ-プな作品仕上がりを感じましたね。
序盤、或る妊婦が橋から飛び込み自殺。それをゴッドウィン・バクスター(外科博士)(役:ウィレム・デフォー氏)が偶然見つけ死体を持ち帰る。妊婦の体を帝王切開し赤子を助けようとしたが遅かった。彼は何と母親の脳を取り出し赤子の脳をそこに移植し蘇生させる。つまり体は母体で頭脳は赤子。
そこからが彼女の人生の始まりである。蘇生女性がベラ・バクスター(役:エマ・スト-ン氏)である。
この物語は、彼女とゴッド博士等を中心に展開されて行く。
成人女性の体に子供の脳が宿ったらどうなるのか、どの様に進化し成長するのか、まるで悪魔的な実験の様な映画で、まさに外科博士ゴッドウィンがフランケンに見えてきます。まさしく見事なデフォ-の怪演でしたわ。
(全編を10分割し番号を振ると、大体次の通りかな)
0:妊婦飛び込み自殺で赤子の脳を移植し蘇生
1:オシッコ垂れ流し、手で物を食う、良く寝る(幼児期)
2:献体(死体)を弄び、顔面にメスを刺して遊ぶ(幼児期)
3:わがまま、性を覚え始める(少女初期)
4:弁護士ダンカン・ウェダバーン(役:マーク・ラファロ)と旅立つ、性交初体験(少女期)
5:他の男を覚え知る(少女期)
6:性の快楽にハマル、金儲けにて娼婦になる、自分の正体を知る(少女後期)
7:子供の死を見る、医大で手術献体見学、旅の終了(成人女性期)
8:博士の薦めた婚約者と結婚しようとする、元の夫現る、ゴッド死す(成人女性期)
9:DV軍人夫との決別、復讐(母と同じ感情持つ女性)
10:元夫を手術で進化させる、父の後を継ぐ外科博士をめざす(その後の女性像)
皆で暮らす生活が始まる。
人は理性が宿るよりも先に野生の本能が目覚める事が分かります。
3~6ぐらいの所が いわゆるソフトAV並な場面の連続で、エマの全裸すべてが何度も出てきたり、色んな性交描写が多く出てきます。男性も女性も映っちゃってるのと、性的場面での演出にてこの辺りは今までに無いR18感を感じましたね。
ほぼエマはアカデミ-主演女優賞を確実に狙うためにこの役を獲たと言っても過言ではないでしょう。そう思います。過去受賞者の出演作品を見ると大体そんな感じしてます。
まあ兎に角、全体的にグロく刺激は強い作品で、こんなの上映やってて大丈夫? 中盤まではマジで思いましたが海外ではポルノは当たり前。だからアジアでは少々キツイですが、これ位は普通なんでしょう。そう思います。(近年こんな作風の作品が多いなぁ)
中盤~終盤にかけて やっと最初の妊婦が何故自殺を図ったのかが分かってきます。そこからが今作品の真骨頂 逆転劇なんですね。
子供が母親の復讐を見事に成すところがゾっとしますけども そこが見ものでしょうか。
ご興味ある大人の方は
劇場へどうぞ!
フリークあるいは恐ろしいファシストの成長譚
中盤まで圧倒された。撮影も美術も衣装も演出もピカピカ、キラキラして魅力的。これはかなりの傑作なのでは?と思いきや以降は失速。
船に乗って冒険!ということで話が広がるかと思ったら、結局ずっとセックスしてるだけ。知恵の実食べても貧しき人たちを救おうと決意しても、結局セックス。ベラが成長しても同じようなシーンばかりでクドくて疲れる。
セット臭すぎる背景も、説明的すぎる劇伴も退屈さに拍車をかける。魚眼レンズのショットも思わせぶりなだけ。露悪的なのもやり過ぎると単に下品なだけ。
ベラは精神的に成長していっているようでいて、実はそうではない。単に知識量が増えているだけなので、ポンコツロボットが完璧なロボットになっていくだけ。
マシンなので、夫であり親でもある男性の脳を外科手術で動物の脳に入れ替えるという鬼畜な所業も平気でできる。彼女はこの後外科医になるんでしょうが、気に入らないやつの脳をいじくるとか平気でやるんだろう。
ということで、この作品は巷で言われているように女性の性の解放だとかフェミニズムがうんたらとかをテーマにした映画ではない。精神の自由だとか解放だとかからはほど遠い、ポンコツロボットが恐ろしいファシズムマシンに進化する成長譚だ。
とはいえ、エンタメ映画としては外連味がたっぷりで魅力的なショットが山ほどある。豪華な衣装、細部まで整えられた美術、クリエイティブ風味な撮影、エマ・ストーンの演技、キラキラ感満載だ。
アートっぽいエンタメで、Wokeやフェミニズム的要素もちりばめ、職人的なクオリティーも高く、主演が体当たり演技で一皮むけたました的な感じで、賞レース的にはウケが良い作品でしょうね。
一体、何を見せられているのか?
アカデミー賞のノミネート記事でこの映画を知ってほとんど予備知識なしに観てきました。
すべてが気持ち悪い。
広角レンズや覗き穴風を多用する画面。実験動物。登場人物は色んな意味で“狂人”ばかり。旅先の風景や客船も極端にデフォルメされ、どこか狂っている。
流れる音楽は、チューニングを狂わせた、不協和音の連続。
つまりは、スクリーンから得られる情報のすべてが、調和から外れた気持ちの悪い“狂った”ものばかり。
一体、何を見せられているのだろう?
二時間の間、終始、私の頭によぎる疑問。
観終わったあとは、脳内の迷宮に迷子になった気分。
一昔前ならカルト映画と呼ばれ、メジャーな賞に程遠く、一部の知ったかぶりの知識人モドキにのみ愛されるような映画である。
よって、点数をつけるのは遠慮したい。私にはこの映画の良さも悪さもわからないから。
と投稿してから他のレビューやヤフーの書き込みを読んで…
絶賛されている方のなかには(多分制作者や監督がそういうコメントをしているのだろう)“支配からの解放”とかベラの成長とかのコメントが多いのですが…私には、ベラの“成長の旅”って全てゴッドの予定通りだったのでは?と思えて仕方がない。
ダンカンの誘惑から始まり各地を周り最後にはゴッドの手元に、彼の理想通りの人間として戻って来る。この旅はゴッドの手のひら、あるいは広い屋敷の片隅にある(かもしれない)箱庭の中の出来事。そう思えて仕方がない。
最後の凛々しくも残酷なベラは、ベラなのか?ゴッドが理想とする創造物なのではないか?
だとしたら、支配の仕方が代わっただけで何も変わってないんじゃないか…
色々、あるぬことを考えてしまう。
私には向かない映画であることには変わりない…
今の現在だな。
医学は、神になろうとしているのか?
マーズアタックみたいに、アヒル犬や動物を遊びにして、ウィリアムデフォーもフランケンみたいだ。
エマストーンも赤ちゃんの脳をいれて、成長していき、
自慰を覚え、ヤリまくる。マークラファエロもアホ。
命を征服した現代は何処へ。
下品な作品だが、見るべき作品だ!
タイトルなし(ネタバレ)
アカデミー賞最有力候補とのことで本日鑑賞。
エマ・ストーンの体当たり演技(死語?)は凄い。主演女優賞は獲得するのではと思いました。
もう一度観たいかといわれると、観る必要はないかな。
R18指定ならモロに映ってもいいですね。知りませんでした。
評価が分かれる作品かも
モノクロで始まる奇妙な物語に、なんだ?カラーじゃないのか。と思って見始めたが、次第に不思議な世界に引き込まれていく。
そして、ベラがそれなりの人格を持ったあたりからカラーになったが、その時はその時で、ん。そのまんま白黒で続けてくれんのかい!と逆に思うようになっていた。カラーになったことで、お伽話的な物語から抜け出してしまってそうではないのだが、現実感を味わうようになっていく事と思ってしまったからである。
そして、トップレスは勿論、全裸と過激な濡れ場を多々演じるエマストーン。「ララランド」の彼女とは大違い。
ラスト、元ダンナの脳ミソを博士に移植して天才外科医バクスターはその身体を利用して生き延びかと思ったが違いましたね。まあ、助手にそんな才能ないか。
そんな男性受けする作品のようですが、公開3日目の日曜日、初回ではあるが10人程度しか観客いなかったのにはビックリ。そしてみんなシングル鑑賞のようだったわ。
映画史に残るヒロイン‼️
まず、この作品の世界観にシビれます‼️ゴシック的でホラー調、ノスタルジックでファンタスティック‼️ジャン・ピエール・ジュネ作品のようでもあれば、ティム・バートン作品のようでもある‼️まるで馬車のようなロープウェーが空中を走っていれば、とても可愛らしい客船が大海原を航海している‼️四本足で歩くアヒル、鶏の身体を持つ豚、まぁこれはバクスターの実験の産物なんでしょうが、奇妙な世界観でもありますよね‼️舞台となるロンドン、リスボン、パリ、アレクサンドリアの街並みの素晴らしい美術やセットデザイン、そして目を奪われる衣装の数々まで、ホント見てるだけで楽しくなる‼️人生に絶望し、投身自殺した妊婦‼️天才外科医のバクスターは、胎児の脳を母親に移植、ベラ・バクスターという名前で育てていく‼️監禁状態で生活していたベラは「世界を見たい」と言う欲望に駆られ、弁護士ダンカンの誘惑に乗り、冒険の旅に出る・・・‼️物語自体は女性版 "フランケンシュタイン"‼️もっとも犯罪者の脳ではなく、赤子の脳なので、見た目は大人でも中身は赤ん坊のベラ役エマ・ストーンの演技が可愛らしくて、素晴らしい‼️そんなベラが言葉を覚え、知識を身につけ、性の歓びに目覚め、自立し、様々な経験を経て、自分の価値観を見出していくまでのベラの変化を体現出来たのは、エマ・ストーンの演技力があっての事でしょう‼️熱烈ジャンプ・シーンなどの体当たりのシーンも、一皮むけた印象を観ている者に強く与える‼️冒険に出るまでをモノクロ、冒険に出てからをカラーで描く、ランティモス監督のセンスの良さも光りますね‼️特にモノクロのシーンはウィレム・デフォーの容姿も含め、デヴィッド・リンチ監督の「エレファント・マン」を思い出しました‼️ベラがカップルで踊る人たちの中、一人で踊り出すシーンはベラというキャラを象徴する名場面だと思います‼️そしてラストで、自殺未遂前の自分(母親)の夫が出現、彼の正体を知り、自分(母親)がどういう扱いを受けていたかを知った主人公‼️それを受けてのラストのカタルシスも快感この上ない‼️この作品は、性別、年齢、国籍等を超えて、自分にとっての本当の価値観を見出そうとした主人公の壮大なアドベンチャーであり、素晴らしき人間讃歌‼️是非エマ・ストーンには2個目のオスカーを獲ってほしいですね‼️
女性は強い
女の人は強いということを風変わりな視点で描いて面白かった。
●男の視点でか弱いはずの人造女性を都合よく扱おうとしてしっぺ返しに合う描写が良かった。無垢の心はそのまま奔放に行動し、性のタブーも乗り越える展開は爽快ですらある。
●人は壊れている。そういう世界だという視点も皮肉で面白い。
お金のかかったカリカチュア
男性が作ったルールや価値観を女性が壊して新しい道を切り開いていくっていうのがこの作品のテーマだと思うんだけど(実はディズニーのWishと全く同じ)、閉じ込めたり束縛したり罵ったり嫉妬したり割礼しようとしたりでここまでの世界の歴史が女性に対してやってきたことをおとぎ話みたいな映像とエマ・ストーンの演技で表現し切ってて素晴らしい!と言いたいとこだけど結局目線は男性だから性に奔放な女はけしからん!とか娼館で稼ぐ女は売女だ!みたいなトキシック・マスキュリニティがちらちら表に出てしまうのは、まだまだ世界が変わりゆく前ということなのかしらね?出てくる男たちすべてがわりと女の人のことを私物化しようとしてて(とはいえ三擦り半が爆笑ポイントなのは世界共通!)、かわいいおんなはトロフィーではないんだよなあ…などと考えさせられたり。とはいえ今年まだ1ヶ月も経ってないけどベスト候補のわけわからんすごい映画を見てしまったという印象になってるのは、文字通り世界を知ることでしっかり地に足をつけて歩き出し目に輝きが戻って話す言葉がロジカルになっていくエマ・ストーンの怪演のインパクトと美術と劇伴の凄さのバランスなんだと思った。一方で意味のない覗き穴のカットとか寄り引きが激しいズームとかぬるっとしたドリーとかは最近あまり見ないのでちょっとダルく感じてしまったかもしれない…。さて、アメリカも内戦に突入したことだし、このあたりから男が作る世界から大きく変わっていくのかな?
ベラの意志、ベラの冒険
自由になりたい!と全身で抗うベラの姿は美しかったです
美術と音楽は最高
物語はうーん…
登場した男性は全員去勢されて終わりエンド。これはイデオロギーの戦いで男性は女性を女性は男性を去勢するしか道はなくこれは後者のパターン、という風景にも見えました。私の価値観がそう見せているのかも
この結末でベラはハッピー?
ベラは世界を善くしたいと思ってたけど
あのあと世界を善くすることはできた?
この物語の哀れなるものたち=男性たちのことなのかな。わらかない
R18+は大正解。18歳未満に見せるor18歳未満が見るものではない
生成AIが吐き出したみたいな風景、服、建築は音楽と相まってとても美しかったです
エンディングのなんとなくるお○○こを想起させる映像の数々はきれいだけど監督なにやってんスか…
私はベラ・バクスター 〜 全ての女性達へ
特殊メイクを施したウィレム・デフォー演じる天才外科医ゴドウィンの登場が、観客を奇妙な世界へと誘う。
ゴドウィンと屋敷で暮らす娘ベラをエマ・ストーンが熱演。スラリと美しく伸びた脚、しなやかな身体は若い娘にしか見えない。芯の強さを感じさせるエマ・ストーンの目力は、ベラの個性を印象付ける。
ベラに寄り添う医学生マックスをラミー・ユセフが好演。
『 冒険 』と称した旅に出たベラは、外の世界に触れ、様々な体験する。不躾に語られるベラの言葉には嘘がない。彼女と金銭的に繋がる男性達が皆滑稽に描かれ、笑いを誘う。或る日、辛い現実を目にした彼女は悲しみに暮れるが、しっかりと前を向く。
エマ・ストーンの演技に対する熱量と女優魂に圧倒された。
時に哲学的な台詞も有り、一冊の本を読み終えたような感覚に。
全世界の女性達へのエールにも感じた。
ー人は残酷な獣
映画館での鑑賞
人間の生態
前半ブラックユーモアで進んでく感じはバーホーベンぽいと思ったし、中盤から話が重くなり、あまりに公平、フラットで偽善を嫌う俯瞰した視点はザラーっぽい。単に生き物として人間の生態を見てく感じは現実を描いてるなと思ったが、最後フリークスかよ!ってツッコミそうになった。人間観察が趣味の人にはオススメの作品。
以下ネタバレ!!!
科学だアップデートだとかって異種をくっつけてしまう様な不自然で倫理に反したグロテスクな事。それでも人間だから完全なる存在、神にはなれない。俯瞰しきれず情が湧いてしまうのも人間。不完全であるから。
精神年齢が低いからすぐ感情のまま誘導されてしまう。自由意志の尊重みたいな甘い言葉にコロッと引っかかる。実はその後ろで手を引いてるのは脂ぎったオヤジってのもリアルだったし、善意の募金は悪人に奪われるのも全て現実を描いてるなと思った。
主要人物全員が主人公に執着しており、それぞれの執着の仕方がよく描かれていて面白い。価値観は人間が勝手に作り出したもので自然にとっては無関係な事。
科学者には実験であり神(創造主)視点からのつもりだったけど結局は神になりきれず情が湧いてしまう。
どの執着の視点で見るかで評価も分かれそう。
個人的には全部あるなと思った。
お伽話は戒めであって自分にもこういう部分があると認識しながら見るのが良い。
見ている人が男性か女性かで主人公か、彼女に関わる男性のどれかに感情移入しがちだが、もう1つの神の視点、全体像で見る映画だと思う。そうすると主人公も含め全員哀れな人達になる。
動物は一歩外へ出たら生きるか死ぬかしか無い状況だが、人間はそうではないので生死と関係のないエゴや感情があり不完全であるから調和していくには何事にも妥協が必要。
主人公はタオイストの様な執着の無さ、完全なる自然体、神であるから人間は敵わない。
1度死んで本当の意味でバージョンアップした生物。
普通の人間はアップデートは出来ないし感情から来る執着が湧いてきてしまう。博士がそうだったように。
ロボコップみたいなもんで魂がない。超越した存在で人間とは別の生き物。どう捉えようと見た人の勝手だがここだけは間違いない。
でもこうやって生きられたら強いよねと思うのもいいでしょう。
エンディングでズラっと全員揃った絵は良いとか悪いとか言ってる訳ではなく、ブラックなユーモアもこめてこれで健全に思う?思わない?あなたはどう思う?と問われている様に感じた。だってあれ、唯一の肉親でしょ?
魂の無いロボコップから、知識が蓄積しても感情表現は動物や子供と同じ純粋なままで理性を伴った感情の起伏はなかった彼女が己の意志でいろいろ飲み込んだ上でのルールを破棄するくらい一度だけ人間としての倫理観に目覚めたか心を動かされた相手だよ?あのラストを単純にカタルシスに受け取ってしまうのは浅はか。
こういった人達にそう思わせてしまう作りがまた狡猾なんだけど…
本当のメッセージはこれだと思う。
よく考えろよ?相手が間違ってたら何やってもいいんですか?自分の自由の為に人の自由を奪ったり、自分の方が優位になりたい欲求は矛盾してませんか?
これはベネデッタのラストであなたはまだ子供ね!って一言を彷彿とさせる。理想だけでなく現実も見ないと、世の中はグレーなバランスで成り立ってるのよ?って。
科学の進歩に関して遺伝子をいじったりするのは優生学と深い繋がりを感じる。それは人が手を出していい領域じゃない。
あなたが誰かからけしからん人間と認定された時、ロボトミーされる事を容認できますか?
タブーを超えていく壊していく事でしか先に進む事が出来ないのが人間とは言えると思う。
常にグロテスクなニュアンスが散りばめられてる。
偏らず全てが陰陽の関係性。敢えて露悪的に邪悪とピュア、汚さ美しさ全て対比して描かれているし重層的な物語。
ベースはフランケンシュタインとフリークスを混ぜた様な話。
エロに関して。
エロさは全くの皆無で嫌悪感すらある。キモい…
この感覚はストーリーがほぼないのに必然性のないゴア描写だけがやたら気合い入ってるスプラッター映画をみた時の様なキモさがある。これも敢えてなんだと思いました。ここまでやる必然性を考えてみてください。
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