オールド・オーク

劇場公開日:2026年4月24日

解説・あらすじ

イギリスの巨匠ケン・ローチが、「わたしは、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」に続く「イギリス北東部3部作」の最終章として撮りあげたドラマ。

イングランド北部にある炭鉱の町で、最後に残ったパブとして住民たちから親しまれる「オールド・オーク」。町が活気にあふれていた時代から約30年が過ぎ、現在は厳しい状況に陥っているが、店主のTJ・バランタインは試行錯誤しながら経営を維持していた。しかし町がシリア難民を受け入れはじめたことで、人々が安らぎを見いだす場所だったはずのパブが、居場所を争う場へと変貌してしまう。そんな店の先行きに頭を抱えていたTJは、カメラを携えたシリアの女性ヤラと出会い、思いがけず友情を育んでいく。

ローチ監督と数々の名作でタッグを組んできたポール・ラバーティが脚本を手がけ、温かくもリアリズムあふれるまなざしで描き出す。パブの店主TJ役に、「わたしは、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」にも出演したデイブ・ターナー。2023年・第76回ロカルノ国際映画祭で観客賞を受賞。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

2023年製作/113分/G/イギリス・フランス・ベルギー合作
原題または英題:The Old Oak
配給:ファインフィルムズ
劇場公開日:2026年4月24日

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第76回 カンヌ国際映画祭(2023年)

出品

コンペティション部門
出品作品 ケン・ローチ
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(C)Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023

映画レビュー

4.0 食と花、そして写真

2026年5月5日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

 冒頭、シャッター音と共に、寂れた田舎町の写真が次々に映し出される。そこに被る、口汚い会話。写真は、カメラマン志望のシリア人女性が撮ったものだ。内戦を逃れ、イギリスへ流れてきた人々の不安と、彼らに浴びせられる地元民の苛立ちがない混ぜとなり、冒頭から不穏な空気が満ちる。
 町の唯一の溜まり場「オールド・オーク」を営むTJは、カメラを壊されたヤラを見過ごせず、ためらいながらも関わりを深めていく。二人を近づけるのは、かつての炭鉱町の賑わいを伝える、彼の兄の写真。物語を凝縮し、「その一瞬」を捉えているからこそ、写真は雄弁だ。彼女と写真を見返し、語り合ううちに、蓋をしていたTJの心に、変化が生まれる。
 帰る場所のないシリアの人々の支援活動から、同じく行き場のない地元民たちの窮状も見えてくる。家に食べ物がろくにない子、寄付品に嫉妬する子。自分に余裕がなければ、他者に心をくだくことは到底できない。様々な積み重ねを経て、いよいよTJは一歩を踏み出す。食堂は賑わい、町に新しいうねりが生まれたかに見えたのだが…。
 冒頭の深い溝、繰り返し描かれる地元民のと刺々しい言動から、2時間後にどんな結末に至るのか、ずっとハラハラしていた。ケン・ローチ監督の過去作を想えば、安易なハッピーエンドには至らないはず。図らずも苦い結末だとするならば、そこにどんな希望が示されるのか…。
 終盤は、息もつかせぬ急展開。愛犬と日々歩いてきた海辺から、ふたたび海に向かおうとし彼に、思いもよらない事件が降りかかる。
 食がエネルギーをもたらし、花は想いを育てる。花はすぐにしおれてしまうかもしれないが、贈られたときの喜びは色褪せない。花から種を取って蒔けば、想いはさらに広がっていく。町に根付いてきた聖堂の美しさに心打たれ、祖国で失われたものの重さに涙するヤラに、改めて争いが奪うものの大きさを感じた。彼らが織り上げた旗が、長く引き継がれ、いつまでも空高く掲げられることを願わずにいられない。

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cma

4.5 安易な解決を描かない、ケン・ローチ監督&ポール・ラバーティ脚本の誠実さ

2026年4月30日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

本作を含むケン・ローチ監督の直近3本は「イギリス北東部3部作」と呼ばれているそうで、舞台となる地域だけでなく、苦しい暮らしを余儀なくされる人々への温かな眼差しと、そうした人々を生む国や社会の冷淡さに対する静かな怒りと抗議も共通する。ただし「オールド・オーク」に関しては、炭鉱業が廃れた斜陽の町に親の代から暮らしてきた住民らと、自治体の受け入れ政策により増えてきたシリア難民の間に生まれる摩擦や衝突という、“社会的弱者vs.社会的弱者”の対立になりかねないより複雑で難しい問題にアプローチする姿勢に、「麦の穂をゆらす風」や「天使の分け前」を含め長年組んできた脚本家ポール・ラバーティに製作のレベッカ・オブライエンを加えたケン・ローチ組の成熟を感じる。

相容れるのが難しそうな2つの集団の間で、古い樫の木のごとく深く根を張り立ち続けるのが、パブの店主TJ。TJは親しくなったシリア人女性ヤラを通じて難民たちの窮状を知り、店の一部を開放して地域の連帯につながるような食事会に協力するのだが、そのことが常連客らの反感を買ってしまう。

斜陽化する地方の問題と、移民・難民の受け入れに伴う摩擦や軋轢の問題という2つが絡んだ難題ゆえ、「オールド・オーク」は安易な解決を描かない。ささやかな希望のきざしを提示するにとどめるのが、ケン・ローチ組の誠実さなのだろう。

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高森郁哉

4.5 長きにわたるキャリアで紡ぎ続けた物語の到達点として

2026年4月26日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

引退作と言われる本作でローチがこれほど重厚なドラマを編み上げているとは。思えば、初期代表作『ケス』は炭鉱町で行き場のない少年期を送る主人公の物語だったが、今回の舞台はまるで同様の炭鉱町の数十年後を見ているかのようだ。すでに産業が消滅し、街には何もない。職や食料に飢えた人がいる。そんな地に政府は難民を押し付ける・・・。すなわち、本作にはローチが見つめ続けてきた、労働、コミュニティ、紛争、難民、尊厳などのテーマが散りばめられているのだ。これらをすぐさま解決する明確な手立てはない。代わりに巨匠が提示するのは、84年のストライキの記憶とsolidality。加えて、皆が集う「場所」の重要性だ。この奇をてらうところのない、しかし一貫した揺るぎなさ、個への慈しみあふれる眼差しが胸にくる。長きにわたり彼が紡ぎ続けた物語の到達点として、誰もが耳を傾けるべき骨太で、力強い締めくくり方がそこには刻まれていた。

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牛津厚信

5.0 年ベス候補3本目

2026年5月10日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

分断された世界を目の前に、タイトルの「古い樫の木」のように硬い、ケン・ローチ監督の信念が伝わってくる作品。
ラストの展開など、きっと賛否は分かれるだろうけれど、自分は、細部まで神経を行き届かせた、素晴らしい脚本と演出だったと思う。
年ベス候補3本目。

<ここから内容に触れます。いつも以上に長いですので、お時間があったらお読みください>

・「分断」は、ホントに世界のスタンダードになってしまっているんだなぁ…。
冒頭からずっと描かれる外国人排斥のヘイトや「自己責任論」など、日本のSNSなんかで垂れ流されてる文言とそっくりで、既視感すらあった。

・わかりやすい身近な誰かのせいではなく、複合的・構造的に苦しい状況に追い込まれていることは、みんなに自覚があるのだろう。ただ、それに抗う方法はわからず、気力や財力もとうの昔に奪われて、誇るものがナショナリズムしかないミジメなマチズモたちの攻撃の矛先は、必然的に弱者に向かう。
「弱い者の頭を踏みつける方が楽」という言葉が刺さるが、若者や子どもたちがそれを学んでしまうのは、悲しすぎる。

・一番攻撃的なヴィックが、かつて、みんなで連帯して闘ったストを逃れようとしたことを、今もごまかし続けるようなズルい自己中というのが、とてもしっくりくる。
ただし周囲の人々ももう歳なので、知ってる人たちや知ってる環境の中で、今まで通りに生活したいという気持ちから、ヴィックみたいな者に同調して、余所者を排斥する方向に進んでしまうのは万国共通で、現在の我が近所にもみられる風景なのは、寂しい限り…。

・そんな中でも、難民という立場にありながら、自分を卑下しないヤラの描かれ方に勇気付けられる。壊されたカメラは、泣き寝入りせずに、堂々と「弁償してくれ」と訴えればいいし、受けた支援は、自分自身ができる別の形(写真だったり、食事だったり)で、他の人に分け与えていけばよいのだ。

・そのできる支援の一つ、バランタインに食事を届けるシーンは、泣けた。
「食べるまで帰らない」って、なんて素敵な言葉なんだろう。

・ドラマ「カルテット」に、「泣きながらご飯を食べたことがある人は、生きていけます」って名言があったけど、「あなたの生きる意思を、私は見届けたいの。なぜなら、あなたは私にとってかけがえのない人だから」っていうヤラの心の声が聞こえてくるようだった。
ケン・ローチ監督の、「そうした、ちょっとした踏み込みが大事なんだよ」というメッセージが、ど直球で届いてきた。

・民族楽器の生演奏付きのスライドショーや、子ども食堂のシーンも素敵だったけれど、自分が最も心揺さぶられたのは、大聖堂でのシーン。

・バランタインは、父の言葉として「教会が偉いんじゃない。大聖堂を使った職人たちが偉いんだ」と語りながら、ヤラは「どうやって石を積み上げ、光を取り込もうとしたのか」と、1000年前の人々が、叡智を結集してこの大聖堂をつくり上げたことにふれながら、同時に、イスラム原理主義を唱えるISに、シリアの人々が大切にしてきた遺跡を破壊された「取り返しのつかなさ」を語る。

・人々の思いの結晶も、価値のわからない愚か者たちの暴力で、一瞬で破壊されてしまうというのは、形あるものに限らない。民主主義も、平和主義も、基本的人権も、その価値をキチンと認識していないと、取り返しのつかないことはすぐにでも起きてしまうのだということが頭をよぎった。

・力を持つ者が振るうそうした暴力に対して、力を持たない者たちができることは何か。それは、協働と連帯なのだと、監督同様に自分も思う。

・「本当にただで食べられるの?」「今日だけじゃなくて?」という子どもたちの声に応えられなかった切なさ。それでも、最後には希望の光が見えた。

・パブという言葉は、パブリック(公共)が語源だそう。
分断ではなく連帯。やっぱりそれが、パブリックのあるべき姿だと思う。

<ここからは、内容ではなく、「映画」としての感想>

・具合の悪くなった少女を、ヤラが助けて家まで送り届けるという自然な展開から、彼女の家の台所や冷蔵庫にはまともな食べ物もないということを観客に発見させる描き方に痺れた。

・写真をスライド的に使った冒頭のシーンとか、シリアの様子を、兄の友人からの「現地の動画」という形で見せるところとか、過不足ない整理の仕方も惹かれる。

・TJの相棒の犬「マラ」が、大型犬に噛み殺されるシーンなど、SNSの暴走を制御できないIT長者たちや、シビリアンコントロールの効かない軍部などが連想される。しかも、そのマラは、TJを自死から救った存在だった等、幾重にも意味を重ねているエピソードのチョイスが、物語を豊かにしていて、鑑賞の満足度がすこぶる高い。

・セリフも響く。
「シュクラン」もよかったのだけれど、自分は、チャーリーに対して、バランタインがかける「I know.」が本当に沁みた。
あんな仕打ちをされたのに、見捨てていないんだよなぁ…。

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sow_miya

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