シン・仮面ライダーのレビュー・感想・評価
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父よ、母よ、妹よ
ダブルタイフーン、命のベルト。とはいえ、私が見た仮面ライダーは、精々アマゾンライダーをチラ見したぐらいでしょうか。なので、仮面ライダーはどうあるべきなのかは私が語れることでは無いかもしれません。
でも、実際に素手で殴りつけ、直に脚で蹴り倒し、それが敵を殺傷するほどのものであるならば、どのようなことになるものか。それは映像の話ばかりで無く、ライダーの心を蝕むところから始まる。それが仮面ライダーを突き詰めるべき「シン」シリーズの作品なのかな、と感じました。
様々な場面で当時の特撮らしいサウンドがサービス精神っぽく用いられていますが、なにより、主演のぎこちない口調がなんだか好きです。これこそが正しく当時の特撮っぽくて良いですね。
そして当時の主題歌の流れるスタッフロール、いったい幾つ庵野監督の名前が登場するのかと、数えるのもご一興ですね。頑張ってるなあ、庵野さん。そして最後の「終」ロゴでビシッと締めます。有り難うございました。
優しさを持つヒーロー
池袋の4DXで鑑賞。
私は仮面ライダーをよく知らないで観ましたが、元祖なアクション映画として楽しむことができました。
派手なCGをあまり使わず、肉体で戦うシーンが多かったため、ここから俳優達の本気が伝わってきました。また、音楽も攻めたものではなく、渋い落ち着いた曲調になっており、昔ながらの特撮のイメージが表れていて新鮮でした。
また、アクションだけでなく、暴力と優しさについても考えされられました。主人公の本郷猛が暴力よりも優しさを大事にして戦う姿から、生き残るためには暴力で倒す選択があるにも関わらず、相手を傷つけたくない気持ちを優先した彼に共感できました。また、ヒロインのルリ子もクールな表情で行動している所がかっこよかったです。
ただ、全体的に血が噴き出す場面が多く、虫が大量に出てくる場面もあるため、このようなグロテスクなシーンが苦手な方は注意した方がいいかもしれません。
今回は4DXで観たので、通常で観るよりもアクション映画への没入感がありました。バイクで疾走するシーンでは心地よい風が劇場内に流れ、悪と戦うアクションシーンでは座席が激しく揺れて仮面ライダーと一緒に戦っているような感覚になりました。他にも、変身するときに背後から熱風がきたり、香り効果も意外な場面で使われていて驚きました。
仮面ライダーの基本を大事にしつつ、若い世代でも楽しめる要素を盛り込んだ特撮アクションになっていました。
それと余談ですが、上映終了後に周りから拍手が起きました。私はびっくりしましたが、ここから仮面ライダーが多くの人に愛されていることを実感しました。
Movie of ANNO, by ANNO, for ANNO
「シン・仮面ライダー」観てきました!!
ひと言で言えば、
「庵野監督の 庵野監督による 庵野監督のための映画」です。
1971年4月からはじまった仮面ライダーシリーズ。1960年生まれの庵野少年は当時11歳。まさにリアルで仮面ライダーに夢中になっていた世代です。
本作はそんな初代仮面ライダーへのオマージュが存分に取り入れられた映画となっています。昭和の特撮感を残しつつ現代CG技術も駆使したそのバランス感が絶妙。音響もちょうどいい塩梅。エンドロールの主題歌3連発からの「終劇」の文字に胸熱必死です!アラフィフ以上はこれだけでも十分に満足して帰れるハズ。
「エヴァ」や「シン・ウルトラマン」で庵野作品を好きになった初代を知らない若い世代には、少し肩透かしをくらう仕上がりになっているかもしれません。
賛否が分かれる作品となりそう。
ただ本作品、
非常に豪華な出演者がちょい役で紛れ込んでいます。それを探すだけでも十分楽しめます。
・見つけられた人
長澤まさみさん
・見つけられなかった人
菅田将暉さん、松坂桃李さん、安田顕さん。
どこにいた?
たぶんあの中の人…
では、
この映画を観るべき人、観なくてもよい人をまとめます。
【観るべき人】
初代仮面ライダーを知っている人
戦隊モノ、変身モノが大好きな人
庵野秀明作品は欠かさず観ている人
【観なくてもよい人】
上記以外の人
庵野秀明監督「シン・シリーズ」最新作!!
初代仮面ライダーを知ってる貴方は映画館へ
仮面ライダーへのオマージュと愛にふれる時間
さぁ、高らかに歌おう♪
{ 仮面ライダー♪〜×2 ライダー♪〜×2 }×2
※まだ観ようか迷っている方の少しでも参考になれば幸いです♪
中間領域の映像に、いかに説得力を持たせるか
巨大化ではないヒーローを、庵野秀明監督のビジョン、実写とアニメーションの中間領域の「トクサツ」空間でどう描くか、これは大きな挑戦だったと思う。仮面ライダーも元々特撮番組ではあるが、ミニチュアものとは映像のあり方が異なる。『シン・ウルトラマン』は巨大化するので、ユニークな遠近感やミニチュアや合成を駆使して特異な空間の創出にある程度成功していた。
実写映画ではあるけれど、庵野秀明監督の作品は現実の再現を目指さない。トクサツ的リアリティラインの再現を目指そうとする。それゆえに3DCGもキッチュ感をわざわざ強調する(シンプルにリアルの再現よりもセンスが要求されるに違いない)。この美学が等身大ヒーローの場合に上手く調整できるかどうかが難しいポイントだったのでないかと思う。結論的には『シン・ウルトラマン』や『シン・ゴジラ』の時ほど上手くいっていないと思う。
それでも、庵野秀明監督の絵のセンスがいいので、全編飽きずに見れてしまうのはさすが。キャスティングの嗅覚も冴えている。浜辺美波じゃないとあのヒロインは成立しなかったかもしれない。女性キャラクターのリアリティのなさは生身の役者に演じさせると気になる時があるが、浜辺美波はそのリアリティのなさをこなしてみせた。
冷めて内省的な変身ヒーローに、半世紀の隔たりを思う
小学生の頃はテレビ放送の「仮面ライダー」人気が結構大きくて、変身ポーズやライダーキックを皆で真似したり、サイクロン号の人気に便乗?して売り出された電子フラッシャー(電池で光る方向指示器)付きの自転車を比較的裕福な家の子が買ってもらって羨ましがられたりしたことを覚えている。本作の本郷猛はなぜ変身ポーズをとらないのかと鑑賞中は疑問だったが、あとでWikipediaの「仮面ライダー」の項を見たら一文字隼人が登場してから変身ポーズが導入されたと書いてあった。そのあたりもオリジナルのシリーズに忠実だったかと感心した。
脚本・監督を庵野秀明が務めたことも大きいのかもしれないが、池松壮亮が演じる本郷猛は、オリジナルの藤岡弘が演じたキャラクターよりも冷めていて内省的な印象で、高度経済成長期の昭和と震災やコロナ禍を経た令和5年の今、半世紀分の隔たりが反映されてもいるのだろう。柄本佑が演じる一文字隼人の軽妙なノリ、SNS風に「いいね」とサムアップさせるあたりも憎いアップデートだ。
本作、スクリーンでの試写はパスしてしまい配信での視聴となったが、テレビ画面サイズで観るのも悪くないスケール感かなと思う。子供の頃にテレビで元のシリーズを観ていたことが刷り込まれているのかもしれないが。
客層からは漏れていると思うが、惚れ惚れはする。
困っている。庵野秀明というひとが作る以上、度を越したマニアックな要素が入ってくるだろうし、世代的にはちょい後追いなので、その意図をすべて汲めるとは思っていなかったものの、思っていた以上の難物がきた。ライダーの造形、美しいトランポリンアクションなど昭和特撮に馴染んだ身にはたまらない要素が詰め込まれている一方で、ハニメーションを彷彿とさせるアニメ風アクションが混ざってきたりして、作品のバランスが掴めずに翻弄されるのだが、確かにどれもこれも濃厚に庵野秀明であって、強烈な作家性がモロ出しになっている作品だとは思う。
じゃあ面白いかというと、面白くはない。もう庵野的なものの先を見せてほしいというこちらの勝手な気持ちもあれば、予算のせいなのかそもそもオリジナルへのリスペクトからきた意図的なものなのか、にじみ出るチープさに心から乗っかれないもどかしさもある。この映画や物語が、どうしても切羽詰まったなにかに刃を突きつけているようには感じられず、形式や作法がいちいち空虚に思えてしまったからかもしれない(空虚さは庵野作品にはつきものとは思うが)。
さりとて思い出すのはライダーのカッコいいジャンプだったり宙返りだったり、やたらとカッコいい瞬間ばかりが脳裏に焼き付いている。それは動き、構図、画調といったさまざまな要素が組み合わさっているからで、それはそれでいい映画じゃないかと思えてくる。でも見直したらやはり、面白くはない、と思うんだろうし、それでも魅了される瞬間がときおり表れては、つい惚れ惚れとしてしまうんだろう。
大人向け仮面ライダー。過去の仮面ライダーの整合性を最新に再構築したという点からは評価に値する作品。
本作は冒頭の映像などからPG12と指定されている「大人向け仮面ライダー」となっています。
子供向けな作品であった1971年放送開始の特撮テレビドラマ「仮面ライダー」は、予算や技術の面などからも、いわゆる「子供向けテレビクオリティー」にならざるを得ない面がありました。
それを今回、「シンシリーズ」としてリブート版を作る意義として、キチンと整合性を再構築し、あらゆる事象を論理的に作り上げたという点において本作の意義は十分にありますし、大人の鑑賞に耐えうる作品にしたのは評価に値します。
「仮面ライダークオリティー」を高めたという視点から評価は最高峰として認定できます。
ただ、一般の映画として楽しめるかというと、これはかつての「仮面ライダー」シリーズにどこまで愛着を持っているのかによって変わると思われます。
庵野秀明監督らしく、これまでの「エヴァンゲリオン」などを感じられる背景のシーン等、「らしさ」全開でしたが、これは視点を変えると、今後の展開への「伏線」なのかもしれません。
強いて言えば、戦闘シーンは「実写版」での限界も感じられました。アニメーション映画であれば凄いシーンの連続になったのでしょうが、実写であるが故に動きが必ずしもスムーズではなく魅力が減る部分でもあります。
あくまで、かつての「仮面ライダー」の世界観を踏襲し、それを最大限リアルに仕上げた作品として見るのが正解なのでしょう。
池松壮亮の奮闘ぶりに感嘆 女優陣の振り切った姿も見逃せない
庵野秀明監督作ゆえ、一筋縄ではいかないのは誰もが承知のうえであろう。
シン・仮面ライダーはシン・ゴジラ、シン・ウルトラマンと異なり等身大のキャラクターのため、それゆえの難しさはあったはず。
それにしても、池松壮亮の奮闘ぶりには感嘆せずにはいられなかった。
1フェーズどころか、2フェーズ上がったのではないか…と感じるほどに、痛みの分かる主人公を見事に体現してみせた。
また、女優陣(浜辺美波、西野七瀬ほか)の振り切った姿には、声が漏れそうになる。
私はIMAXで鑑賞したが、個人的にはビッグフォーマットでなくても十分に楽しめたかもしれないということは記述しておく。
そろそろアニメ作ってくれよ
この監督は俳優を動かせないんだから、演技させない演出が素晴らしいのに、演技を求める脚本でがっかり。更に言うとテンポが悪い。
特撮の原体験を映像化するのに飽きてる感が溢れ出てます。
ハラハラもドキドキもスカッと!も何もありません。
そろそろちゃんとアニメを作って下さい。
出来ればテレビアニメを。
映画はもういいです。
許せない。
当時劇場で2回鑑賞したのち、配信で2回視聴、さらにBDを購入してTVフォーマット版まで視聴した。
それだけ向き合った上でなお、この感情は消えていない。許せていない。
原作を再解釈しつつマニアックな要素を内包したまま、作品的にも商業的にも成功した例などいくらでもある。
庵野秀明自身が手がけた『シン・ゴジラ』は、その最たる成功例だろう。
あの作品は、怪獣映画の文脈を踏まえつつ政治劇・群像劇として再構築し、大衆性と作家性を見事に両立させていた。
つまり、「オタク的であること」それ自体は、作品の質を損なう理由にはならない。
ではなぜ、『シン・仮面ライダー』はこれほどまでに歪な印象を与えるのか。
その本質は、仮面ライダーという巨大なIPを背負いながら、その器を使って語られている内容が、あまりにも庵野秀明個人の内面に寄りすぎてしまっている点にある。
本来、私がこの作品に期待していたのは、「仮面ライダーというコンテンツの新たな礎」となり得るようなものだった。
しかし実際に提示されたのは、暴力装置として改造された孤独な青年が、他者との関係性の中で徐々に優しさや倫理観を獲得していくという、極めて私的な物語だった。
この構造自体を否定するつもりはない。
だが問題は、それが「仮面ライダー」という題材において最優先で語られるべきテーマだったのか、という点にある。
結果として本作は、ヒーローと怪人の対立や戦いのカタルシスといったシリーズの根幹を希薄化させ、「庵野秀明の自己投影的な物語」を見せられている感覚を強く残すものになってしまった。
ショッカーに対する優しさや思いやりなど不要。無限に続くショッカーとの戦いに向かう1号と2号の2台のバイクのバックショットで映画を〆るのが見たかったのに
提示されたのは朝焼けを浴びながら下関でツーリングしている2+1号!?
あのラストは何だ?何が「心スッキリ」だ。サウナ上がりのオヤジじゃあるまいし!
鑑賞しているこちらは、ドロドロのヘドロ溜まりだよ。
その歪みは、演出や構成の随所にも表れている。
『シン・ゴジラ』で見せたような、濃密な台詞応酬、精密な状況描写、緻密なカット設計は、本作ではほとんど機能していない。
むしろ、長台詞による説明過多と、唐突で断片的な場面転換によって、物語の流れは分断されている印象すらある。
特に深刻なのはアクション演出の弱さだ。
仮面ライダーは本来、「地に足のついた」ヒーローであるにもかかわらず、本作の戦闘には重量感も実在感も欠けている。
CGは軽く、スピード感も乏しく、どの戦闘も何かが欠けている。
特にチョウオーグ戦に至っては、その実在感のなさが露骨だ。
なんだあの見栄えの汚いプロレスは、池松壮亮という俳優の持つ個性を、まったく活かしきれていない。
『宮本から君へ』で見せたあの泥臭い肉弾戦を演じられる俳優を、なぜあそこまで雑に撮れるのか。
さらに言えば、本作には既視感があまりにも多い。
親子や兄弟といった血縁の葛藤、他者との距離の取り方といったテーマは、『エヴァンゲリオン』『式日』をはじめとする本人の過去作で繰り返されてきたものだ。
それをまた仮面ライダーでやる必要が本当にあったのか。
もちろん、評価すべき点が皆無というわけではない。
冒頭のショッカー下級構成員およびクモオーグ戦のパンチやキックの破壊力が明確に伝わる暴力描写は秀逸だった。
また、2号のキャラクター、浜辺美波の存在感、ベルトやバイクのデザイン、人物だけが動く止め画の静謐な画作りなど、確かな魅力も部分的にはある。
個人的にはKKオーグのキャラクターも非常に好みだ。
しかし、それらはあくまで断片的な良さに過ぎない。
細部への異常なこだわりと、全体設計の欠如。
そのアンバランスさこそが、本作の最大の問題点だろう。
副次的な情報としてシン仮面ライダーのドキュメンタリーを視聴したが、
その中で庵野秀明が段取りのようなアクションシーンを撮りたくないというわがままを何度も言っていた。
だが現実には、段取りに見えないアクションとは、段取りを徹底的に突き詰めた先にしか成立しない。
実際、より若い世代の監督が手がけた『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』では、
同じく池松壮亮を用いながら、本作をあらゆる面で凌駕する凄惨でバイオレントなアクションが成立している。
それは「段取りを消す」のではなく、「段取りを極限まで洗練させる」ことで到達した表現だ。
アクションシーンというのは、設計としてはダンスシーンに近いように思う。
『HiGH&LOWシリーズ』の集団戦のアクションシーンがよく出来ているのは、集団でのダンスやパフォーマンスを魅せる文脈をそのままアクションに応用できているからだろう。
翻って『シン・仮面ライダー』のアクションはどうか。”振付”つまりは段取りの洗練が決定的に欠けているように見える。
そういった技量が足りない事を理解しているのであれば、全部諦めて愚直にファンをくすぐる程度の低俗なものでも作って大多数を納得させりゃあよかったのに、
気難しいしかめっ面でこんなもんを作るから庵野秀明本人自体が低俗に見えるのだ。
TVフォーマット版の最後の追加撮影部分、この段取り臭しかない映像、ファンしか「わかってるなあ」と思わないようなかわいい映像、あれを本編でやればよかっただろ。
絶対撮影楽しかっただろ?本編も楽しんで撮ればよかったのに、
意味もなく俳優やアクション監督に全部委任してこんな駄作が出てきても、誰に何の特になるのか。
結論として、『シン・仮面ライダー』の問題は「オタク的であること」ではない。
庵野秀明が持つ作家性が仮面ライダーという作品を飲み込み、映画のバランスが完全に崩壊してしまったことにある。
その結果として生まれたのが、私にとっても、そして仮面ライダーというシリーズにとっても、何の得にもならないまま着地したこの作品だ。
加えて、本作は東映の重要なIPである仮面ライダーを扱う以上、相応の責任を伴うべき作品でもあったはずだ。しかし完成したものは、その期待に応えたとは到底言い難い。
許せない。
スルメ映画
これは2回目かな
特撮、ヒーローものは好物なので鑑賞
〈WOWOW〉
結構忘れてたし、こんな小難しい内容だったけという印象!
ヒーローものだから、単純明快かと思いきや"プラーナ"とか、"パリハライズ"とかなんかよく分かんないワードが飛び交い、物語が複雑化されていた
以下
良かったとこや気になったとこなど
◯ 緑川 ルリ子(浜辺美波)
「幸せという字から一つ引くと辛いという字になる」
という幸せの概念
◯バイク乗車時の本郷のシルエット◎
池松壮亮は顔がちょい濃ゆく、一昔前の俳優感があり、原作の空気感をいい具合に作品全体にもたらしていたと思う
◯コウモリオーグの残念な見た目、雑魚すぎる戦闘力😩
◯全ての空中戦は見応えあり
特にフィニッシュ!
ライダーキックは超絶ダサカッコいい◎
◯言葉遊び、脚本にセンスを感じない
例えばサソリオーグ(長澤まさみ)のルー大柴みたいなイージー英語やハチオーグの"ルリルリ"、"あらら"、緑川の繰り返される"用意周到"など
つまんねえ!
◯長澤まさみと大森南朋(クモオーグ)の無駄遣い
サソリオーグは完全に出オチ
◯一文字(柄本佑)の悲しい過去にも触れて欲しかった
本郷達に協力する説得力が生まれるから
◯緑川の最期の言葉
「マフラー似合ってて良かった」
でもあれだけ用意周到、用意周到って言ってのに、簡単にカマキリ男にヤラレタたのは草
◯本郷vs大量発生相型変異バッタオーグとのバイクバトル! ファミコン版くにおくんみたいで良かった⭕️
しかし、その後の一文字を伴った肉弾戦は、トンネル内のせいか、暗すぎて何が起きてるのか分かりづらく、もったいなく感じた⤵︎
◯ラスボス、緑川イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号(森山未來)とのバトル
一文字が頭突きでマスク割るの良かった👍
◯作品の色味や質感、カット割や曲に原作へのリスペクトが感じられて、それが現代版といい感じにクロスオーバーして、まさに"シン"といったムードを生み出してた◎
など
まとめ
アクションパートは基本全て見応えあります
ただ特撮、ヒーローものの割には、小難しい専門用語や知識が飛び交い、内容は濃くなるも、テンポは悪くなってしまっていたと思います
2度、3度と観ていく中でおもしろさが増していくスルメ的作品かなと思いました◎
仮面ライダーもエヴァ化?
庵野さんは、どんな作品もエヴァ化させる名人だよね。シン・ウルトラマンにしたってエヴァ化してたし。1号ライダーの本郷猛ってたしかこんなキャラじゃなかったんだけど。男気キャラなんだけどなぁ。シンジくんだろ。どう見ても。緑川ルリ子がどう見ても綾波。複雑な環境で育ったコミュ障っぽい少女的な。SHOCKERって悪の組織じゃなかったっけ?世界を平和にするため働いてる組織って、ゼーレかよ。そのゼーレみたいなSHOCKERから逃げてきたという2号ライダー。1号ライダーに勝負を挑むんだけど、これがさ、まるでトウジ。転校してきたばかりのシンジくんをボコボコにしたあのシーン。「悪いな転校生。新入りをシメとかな示しがつかんのや」そう言ってトウジがシンジくんを殴ったシーンを思い出す。そしてハチオーグ。
これ完全にアスカじゃん。しかも等身大サイズの零号機改。コアを破壊すると倒されるって、SHOCKERの怪人って使徒か?
分身の術を使い無数の緑川ルリ子を登場させた蝙蝠男。おまえは無数の綾波を生み出したマギシステムか?ってツッコんでしまった。分身の術を見破られそんなはずはない!って叫ぶ蝙蝠男の姿は、カスパーが裏切った!!って叫ぶリツコさんとダブる。リツコさんが言ってたっけ。神様を小さくし、人に似せて作った。ただ一つ魂が宿ったのがエヴァだって。神様を小さくしたけど、人のかたちにならなかったものが使徒だって。そうならSHOCKERの怪人も人になれなかった生き物なのか。ルリ子のお兄さんがラスボスのサソリオーグ。なんかゲンドウさんみたいなキャラ。SHOCKERを設立した理由がお父さんの緑川博士とともに平和な世界を作るためだったって、
だけど家庭をかえりみず
研究に没頭したお父さんのせいでお母さんがなくなったって、それミサトさんだよ。S2機関を発明した葛城博士のことじゃん。なんだかんだ言って
SHOCKERってネルフだったのか。シンエヴァよりおもしろかったからオッケー。
シン・学生時代庵野物語ンゴー
良かった点・オマージュありきのバージョンアップアクション素晴らしかった!(只CG多すぎ)
るりるりとハチハチとサソサソかわゆすなので星一つ増やしておいたンゴー
悪かった点・ここ一番重要、何でPG12にしたん?あんな血飛沫出さんでもいくらでも表現方法あるやろ?一番大事なオマージュ、ライダーは子供が観るが抜けているでの本当は星一つもあげたくなかったぞ💢
ビミョーな点・柄本佑さんは何も悪くないのだかやはり佐々木さんに寄せた2号ライダー俳優さんにしてほしかった、庵野が学生時代に作った2号ライダー庵野自身に寄せたかったのかな?柄本さんファンには申し訳ないが学生時代の庵野君と柄本さん似ている(庵野君どれだけオナニストやねん)
総評・とりま藤岡さんと佐々木さんに正座してこれでよかったのか?話聞きに行きなさい庵野君!!体育座り厳禁💢
共感しづらい
表層だけの変身(へん~~~しん)
難解な言葉を並べることで深みを出したつもりなのだろうか。
セリフの数々に、まずうんざりさせられる。
だが問題は言葉遣いだけではない。
ストーリー構成は単調で、脚本は冗長、そして何よりキャスティングが作品と噛み合っていない。
誤解してほしくないが、役者が悪いのではない。
問題なのは、その俳優を、その役に当てた判断そのものだ。
本郷猛、一文字隼人、立花藤兵衛、滝和也、そして緑川ルリ子――
いずれもキャラクターとして「滑っている」。
立花はおやっさんであってほしいし、滝は、そこにいるだけで懐かしさがこみ上げてくる存在であるべきだ。
だが本作では、感情がまるで立ち上がらない。
特に立花と滝に関しては、『シン・ウルトラマン』の感覚がそのまま持ち込まれているように見え、違和感というより怒りを覚える。
ここまでくると、この作品は、
仮面ライダー第一世代への目配りを欠いたまま、その記憶だけを借用しているように思えてくる。
それは敬意とは言い難く、むしろ冒涜に近い。
そんなに我々の世代が羨ましいのか。
それとも、憎いのか。
「エヴァ」の監督はいったい、何をしたかったのだろう。
正直なところ、完全に迷走しているようにしか見えない。
年齢的に考えれば、仮面ライダーは彼にとって小学校高学年の作品で、
その歳、自分は、Xやアマゾンのライダーをすでに卒業していた世代でもある。
そう考えると、この「シン・仮面ライダー」は、
監督自身の体験が最も薄い場所から作られてしまった作品なのではないか、という疑念が残る。
登場人物の表層だけを取り出して並べても、それは大人が解釈した仮面ライダーにすぎない。
必要なのは分析でも再構築でもない。
仮面ライダーを本気で求めていた、あの頃の「子供の心」だ。
意味もなくライダージャンプやライダーキックをしたくなる、あの衝動である。
どうも本作は、男女のショッカー隊員がベレー帽をかぶっていた、
陰影が強い初期ライダーの世界観にこだわりすぎたように思える。
だがそれは「シン」ではない。
それをやるなら、「コア」と呼ぶべきだろう。
それにしても――
ロボット刑事Kはどこへ行った?
ついでながら、
せっかくここまできたら、あの時代の少年少女がワクワクした「キューティーハニー」を「シン・キューティーハニー」で作ってほしい!と思っていたら、作ってるやん! (笑)
見てみようっと。(なんやねん)
シン・仮面ライダー
仮面ライダーも敵のオーグも良い。が…
こういうのが仮面ライダー
最近の子供向けという言い訳で女性オタク向けに成り下がったアホのような仮面ライダーを一蹴する作品。
仮面ライダーは別にイケメンを眺める為の装置じゃねぇ。
人間を超える『暴力』を持った辛さ、孤独。
それでも人間で居ようしてその力の責任を果たそうとする者。
それが俺が子供の頃に憧れた仮面ライダー。
この作品には最近の仮面ライダーが完全に忘れてしまっている暴力(敵も仮面ライダー自身も振るう力)の恐ろしさとそれと戦おうとする美しい心が全て描かれている。
そしてだからこそ丁寧な描写で話の中から『必然性』を持って突入する戦闘シーンの説得力は段違いだしその映像自体も『暴力性』を強調した冒頭、人を超えた力を強調する中盤以降、最後は生身の人間として必死に生きようとする泥臭い肉弾戦と三つの描写が絡み合い全てが『戦闘で仮面ライダーを表現すると言う事はこういう事だ』と伝えている。
本気のライダーファンが作った本気のライダーであると思うしこれが合わない人はそもそも仮面ライダーという『本来は異端な』ヒーローのメッセージを受け取れない人だと思う。
ヒーローである前に人間であり人間が藻掻くからヒーローたり得る。
という普遍の法則を丁寧に示してくれる作品。
心の中に正しく正義を愛する心があるなら必ず響く作品。
主人公は誰?(笑)
面白いことは面白かったが、仮面ライダーよりも浜辺美波のほうが主役だったような(笑)。最初はまた専門用語みたいな難しい言葉連発でこっちがついてけないまま話が進み、そこがちょっとあれだったが、元祖『仮面ライダー』初期や石ノ森章太郎の原作マンガ版みたいなダークな作風は良かった。怪人が泡になって消えちゃうのもオリジナル版初期の演出だし。
あとロボット刑事みたいなやつが出てきたと思ったらKって名前で、やっぱロボット刑事Kじゃん!て思った。そう考えると、その前のJもキカイダーっぽいデザインだったが、そういやキカイダーの名前はジローでイニシャルはJだなと思ったり。立花藤兵衛は出てこないのかと思ったら、竹野内豊が立花で斎藤工が滝。てっきり『シン・ウルトラマン』からのゲスト出演かと思ってた。長澤まさみもサソリオーグだったんだな。観てる時は誰だかわかんなくて、エンドロール見たら名前が出てきた。他にもエンドロールに名前があったけど、どこに出てたかわかんなかった人たちは、本郷奏多がカマキリカメレオンオーグ、仲村トオルが本郷猛の父、安田顕が父を殺す犯人、松坂桃李がKの声、大森南朋がクモオーグの声らしい。
ただハチオーグが出てきたあたりからライダーよりも浜辺美波が主役みたくなってしまった。とはいえハチオーグ(&サソリオーグ)を飛ばすといきなりラスボスとの戦いになっちゃうしなあ。怪人の数も多すぎて若干話が長く感じたが、かといって怪人を減らすと話が唐突になっちゃうし難しいところだ。あと森山未來のチョウオーグがいかにも森山未來でしかないってのもどうも。ロボットKも思わせ振りに出てきながら、特に意味がなかったような。とはいえ全体的には『シン・ウルトラマン』ほどの出来ではないものの『シン・ゴジラ』よりはずっと面白かった。
全917件中、1~20件目を表示












