ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Qのレビュー・感想・評価
全159件中、1~20件目を表示
【77.2】ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 映画レビュー
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』は、アニメーション史上、これほどまでに観客を突き放し、同時にこれほどまでに作家の孤独な内面を露呈させた作品はないという意味で、極めて特異な位置を占めている。前作までの高揚感を鮮やかに裏切り、物語の舞台を14年後の荒廃した世界へと一気に跳躍させた判断は、商業映画の枠組みを超えた一種の暴力的なまでの芸術的決断である。本作が提示したのは、救済のあとに訪れる残酷な空白であり、過去の栄光を一切認めないという徹底した自己否定の精神である。この作品の存在こそが、シリーズを単なるエンターテインメントから、逃れようのない実存的悲劇へと引きずり込んだと言える。
脚本とストーリーの構造は、意図的な不親切さと欠落によって構築されている。観客は主人公である碇シンジと完全に同期させられ、何の説明もないまま絶望的な戦場へと放り出される。かつての仲間たちが向ける冷徹な視線、変わり果てた世界の惨状、そして自分自身の存在が破滅の引き金であったという過酷な真実。これらが執拗に積み重ねられる展開は、映画表現におけるストレスの極致を体現している。しかし、その暗闇の中で描かれる渚カヲルとの交流は、刹那的な美しさを放つ。救いを求める意志が、結果として再び最悪の事態を招くという円環構造は、ギリシャ悲劇にも通じる冷徹な教訓を突きつけるが、一方で物語としての自律性や観客への説明を著しく欠いた構成は、作家の独白的な側面が強く、評価を二分する要因となっている。
庵野秀明総監督による演出は、もはや実写とアニメの境界を消滅させる段階に達している。無機質な戦艦ヴンダーの発進シークエンスにおける重量感の描写や、抽象化された赤い大地のビジュアルは、観客の視覚を圧倒し、論理的な理解を拒絶する。編集のテンポも極めて独特であり、静止画に近い静寂と、爆発的な情報の氾濫が交互に訪れる。美術面では、廃墟となったネルフ本部や月面の情景が、世界の終わりを詩的に描き出し、そこに漂う虚無感を決定的なものにしている。
音楽の鷺巣詩郎は、本作において合唱を多用した宗教的かつ荘厳なスコアを提供し、物語の悲劇性を神話の領域へと押し上げた。劇中で象徴的に使用されるピアノの旋律は、周囲の絶望的な状況とのコントラストにより、かえって深い悲しみを誘う。また、エンディングを飾る宇多田ヒカルの「桜流し」は、失われたものへの鎮魂歌として、これ以上ないほど深く、静かに観客の心に寄り添い、本作の難解な読後感を一滴の涙へと昇華させている。
キャスト陣の演技は、この極限状態の物語に圧倒的な実在感を与えている。主演の緒方恵美(碇シンジ役)の演技は、もはや一つの現象である。前作で英雄的な自己犠牲を見せた少年が、一転して「何もするな」と拒絶される。その戸惑い、焦燥、そして再び何かを成し遂げようとする危うい希望が崩れ去る瞬間の慟哭。彼女の声は、単なる台詞の朗読ではなく、魂が削れる音そのものとして響く。特に、カヲルの死を目の当たりにした際の言葉にならない絶叫と、その後の完全に生気を失った空白の演技は、アニメーションの歴史において類を見ないほど残酷で美しい。
石田彰(渚カヲル役)は、絶望の底にいるシンジにとって唯一の福音となる存在を、浮世離れした透明感のある声で演じきった。彼の優しさが、結果としてシンジをさらなる深淵へと導いてしまうという残酷なパラドックスを、石田は甘美でありながらもどこか諦念を含んだトーンで表現している。林原めぐみ(アヤナミレイ(仮称)役)は、文字通り「空っぽ」の器としての役柄を、抑制された演技で体現した。宮村優子(式波・アスカ・ラングレー役)は、14年の歳月を経て成熟しながらも呪縛を抱えた内面を、苛烈な口調の中に滲ませた。さらに、大塚明夫(高雄コウジ役)のような重厚なキャリアを持つ俳優の参加が、劇中の時間の重みを観客に直感させる重要な役割を果たしている。
本作は、第36回日本アカデミー賞において優秀アニメーション作品賞を受賞した。これは単なる続編ではなく、観客という存在そのものを試す鏡のような映画である。庵野秀明が描いたこの深い闇は、時代が抱えていた不安を鋭く切り取り、今なお色褪せない異質な光を放ち続けている。私たちはこの映画を通じて、希望を持つことの恐ろしさと、それでもなお歩き出さなければならないという人間の業を、あまりに鮮烈な形で目撃することになる。
【最終表記】
作品[EVANGELION:3.33 YOU CAN (NOT) REDO.]
主演
評価対象:緒方恵美(碇シンジ役)
適用評価記号と点:A9
助演
評価対象:石田彰(渚カヲル役)、林原めぐみ(アヤナミレイ(仮称)役)、宮村優子(式波・アスカ・ラングレー役)、大塚明夫(高雄コウジ役)
適用評価記号と点:A9
脚本・ストーリー
評価対象:庵野秀明
適用評価記号と点:B6
撮影・映像
評価対象:庵野秀明、増尾昭一、福士享
適用評価記号と点:S10
美術・衣装
評価対象:山下いくと、加藤浩、菊地正典
適用評価記号と点:S10
音楽
評価対象:鷺巣詩郎
適用評価記号と点:S10
編集(加点減点)
評価対象:庵野秀明
適用評価点:0
監督(最終評価)
評価対象:庵野秀明
総合スコア:[77.2]
浦島たろさん🐢
月1エヴァ。
出遅れたシールもらえなかったorz
だけどもうきっと無いってわかってたから
それ程ショックは受けませんでした。
若干後ろに倒れそうになっただけでした。
皆さん:Qはキライなんでしょう?w
分かります分かります。
だけどワタクシ。。
:Qが1番好き!!
エヴァは好きで全媒体擦りまくっておりますが、そこまでコアなファンでもないし詳しくもないし、わからない事だらけ。
庵野信者でもありません。
だから賛否の否が多い本作。
皆さんのご意見もごもっとも!
分かります分かります(^。^)b
だけど、なんか、感覚的に、とても好きな
"エヴァ"なんです。
はっ???
意味がわからない(°▽°)
えっ???
どういう事??(°▽°)
ずっとイライラさせられる。。。w
ストーリーにも製作陣にもネガティブな感情さえ持ってしまう:Q
だけど、初見の????からの
!!!!の衝撃が、今も、忘れられません。
そして難解なこの世界。
ある時突然"わかった!"カモ。。という謎のゾーンに入っていって、ぐちゃぐちゃになったパズルのピースがびた!!!っとはまった瞬間があったのです。
言葉に出来ない感覚なんですが、
おおおーー!!ってなったんですw
庵野監督の"本気"に触れた感覚になったんです。
シリーズの中でも特に:Qは"理解しよう"という気持ちで鑑賞する作品ではないと思うのですが(え?)分かりたい分かりたいって気持ちにナリマセンカ??
え。なりませんか。。orz笑
とにかくですね。
庵野監督が本気を出してます♪
「さよなら全てのエヴァンゲリオン」した今でも尚:Qは色々"燃えちゃう"作品だと思うので、個人的な感情や考察見解は怖いので書きませんw
よって 今回はネタバレなしで、当たり障りのない、クソほど面白く無いレビューになってしまいましたチーン。。
だけど、今でも:Qはよく流してる。
皆さんより(約1名除きw)多く見ている自信あり。
大好きな作品ですサイコー!
月1は良い
月1エヴァ第五弾、旧劇のトラウマが・・・
月一エヴァもついに第五弾、公開当時のトラウマを思い出しました。
序、破ですっかり甘やかされた観客を絶望のどん底に落とした本作。
前作、「破」の最後に出てきた予告編の映像は一切出てこない。悪く言えば騙し予告。
舞台はいきなり前作から14年後、前作と本作の間にあったはずの物語がほぼ全く分からないまま事態は進行。救いのない展開、暗いトーンのまま物語は進む。
華やかだった「破」との落差、情報が限られ、説明不足で意味不明なまま、気付けはエンドロール。上映後の観客の様子が今でも忘れられません。それから次回作まで9年、長い暗黒時代を過ごすことに・・・
当時は辛い気持ちになった本作ですが、今では懐かしく感じます。
続編のシン・エヴァンゲリオンで、エヴァの呪縛から解放された今となっては、この問題作「エヴァQ」も温かい気持ちで鑑賞できました。
今回の月1エヴァでは、冒頭、新エヴァンゲリオン公開後に作られた新規短編と、入場者特典のコミック版の物語が追加されており、特にコミック版からQ本編へそのままつながり本編が始まる。ここは最高に良かったですね。それから次回作の予告編も良い感じにアップデートされていました。(公開当時のやる気を感じない予告編映像にはかなり失望したものです)
そしてついに次回で月1エヴァも完結!
新エヴァンゲリオンの再公開、楽しみに待ってます。
月1エヴァ上映のQは最高でした!!
新劇場版で一番話についていけないのが、Q
シン・エヴァを観てから見直して、ようやく意味が分かったところも多かったです
なんで「破」の最後でカシウスの槍で貫かれた初号機が宇宙にいるのかさっぱり分からないですよね
エヴァMk.6がセントラルドグマにいた件などは、実は「破」の本編の後のQ(Quickening)の予告編で語られているなんて、知ってる人は知っている話なのですが
それで、今回の上映の何がよかったかというと、3.0(-46h)の後、3.0(-120min)から切れ目なく引き続いて本編が上映されて、いきなり宇宙のシーンから始まるQの物語を、その前段から続けて観られたこと、そして、シン・エヴァ予告編の最終版が上映されたことが、とてもよかったです
エヴァ2+8号機は本編では登場しなかったので、Qでのシン・エヴァの予告編は、エヴァ正史となる破でのQの予告編とは扱いが違って当然で、それを今回の上映でしっかり実践してくれたのだと感じました
アスカがマリのことを、-46hでは「新入り」と呼び、Q本編では「コネメガネ」と呼んだのは、マリがヴィレに入ったのが加持さんのコネだからでしょう
ほら、「破」の冒頭のマリの登場シーンで、加持さんが「お前は問題児だからな」とか言っていたし、ヴィレと加持との関係はQでも少し出たきましたよね
しかし、こうネタばかり出てるかところがエヴァであり、特にQは本編が説明不足な分、語りたくなっちゃうんですよね
時間を経て腑に落ちる『ヱヴァQ』
碇ゲンドウによる綾波ユイへの執着の物語
月1エヴァで不毛な徒労、いや、崇高なる儀式に参加してきました。
Qを鑑賞するのは少なくとも4回目です。バージョン3.333は初見ですが、映像がリテイクされて4Kになったとか、IMAX対応したとか言われていますが、本質的には「わけのわからないものを、より鮮明に、高画質で網膜に焼き付けられる」という、一種の拷問に近い体験です。ストーリーラインを追おうとすると脳がショートするように設計されており、冒頭から宇宙空間での強襲揚陸作戦、聞いたこともない専門用語の羅列、そして主人公に対する徹底的なパワハラ。普通の映画作法で言えば「脚本の破綻」なのですが、庵野監督はこれを「視聴者にシンジ君と同じストレスを与えるための装置」として機能させています。つまり、映画を観ているのではなく、「ブラック企業(ヴィレ)と、カルト宗教(ネルフ)の抗争に巻き込まれた派遣社員の悲哀」を、最新の映像技術で追体験させられているようなものです。
しかし、悔しいかな、画面作りが圧倒的すぎる。「男の子ってこういうの好きでしょ?」という要素、つまり巨大戦艦の発進シークエンスや、ダブルエントリーの第13号機、槍を抜く瞬間のカタルシス。これらを、あそこまでフェティッシュに、執拗に描かれると、我々のような古いオタクは抗えないわけです。理屈じゃないんですよ。「意味はわからないが、ヴンダーが浮上する瞬間の音響と画が凄まじいから、まあいいか」と、思考停止に追い込まれる。これはもう、映像によるドラッグであり、知能指数の高い作り手による「雰囲気で押し切る力」の極致とも言えるでしょう。
そして、乱れ飛ぶ中二病的な台詞の数々。「ガフの守り人」だの「リリンの王」だの、実生活で口にしたら即座に社会的地位を失うようなワードを、石田彰や坂本真綾が良い声で囁く。これ、冷静に考えると中身は空っぽなんですが、「意味深なことを言っている空気に浸る」こと自体が、このコンテンツの消費行動そのものなんですよね。分からないことを楽しむ、いわば「考察」という名の無料の遊び場を、制作側が意図的に提供している。我々はまんまとその掌の上で転がされ続けているわけです。
結局のところ、『Q 3.333』とは何だったのか。
それは、「理屈を捨てて、網膜と鼓膜だけで庵野秀明の脳内を泳ぐアトラクション」であり、ストーリーの整合性を求める観客に対する、極めて豪華な「お断り」の看板だったのだと思います。何度観ても「意味不明」という感想にたどり着くことこそが、この映画の正しい楽しみ方であり、そこから抜け出せない我々の業の深さを再確認するための踏み絵。そう割り切るしか、心の平穏を保つ術はないのではないでしょうか。
やっぱり画質
TOHOシネマズのプロジェクターが悪いのか?いやそんなことはない、直前に上映されていた予告の中でゴールデンカムイだけはやたら画質が良かったと記憶している。
本編始まるとやっぱりまた線がボヤボヤしている。古いアニメを観ている感じ。
時たま3.333になるに当たって再撮影されたところか?「おっ」と思わせるカットもあったけど、基本的にボヤボヤ。あとは、HDRを意識したのかなと思わせる発光表現のある箇所も良かったと思う。
…うーん、2012年のBlu-rayがこなれてきた頃の作品ならもう少し画質が良くても…と思ってしまう。
あとこれは最近映画館に通い出したからどうなのか分からないんですが、シネマスコープサイズの映画なのに上下16:9の余り黒帯まで光が当たってるから暗いシーンでめちゃめちゃ線が出て気になりました。これちゃんとシネマスコープで上映されてる?16:9からの切り出しだったりしない?
映画本編はどうやらシンエヴァ上映前に行われたイベント上映の3.333が元になってるようです。最後予告のあとに西暦2021年1月23日公開との文言が出ました。ここはそのままなんだ。
…とここまで来て調べてみたら、Qは1280×544に落としてから撮影していたらしい。……あそう。そこから3.333では2048×870での再撮影が行われたとのこと………うーん?
数年前池袋のグラシネIMAXで観た時は確かに解像感が最新だ!と思った記憶があるのですが、今日の上映はまさに最初の1280×544と言われてしっくり来てしまう程度にはボヤボヤに感じられました。う〜ん…。
今日の上映のマスターが気になります。
あと、この映画は爆音でないと本来の魅力が出ませんね。音量足りませんでした。
AV的な話はこれくらいにして。
今回の再上映では本編の前に(-46h)、(-120min.)と前日譚2編が時系列順に上映される特別仕様。こちらは初めて鑑賞した。
音楽も新規に作られていて贅沢。観た事ない仕様の2号機や、ミドリにハッパをかけるアスカなどが見どころ。フルCGだと思っていたので、アクションシーンで2号機の顔のアップが手書きで書かれていたのが嬉しかった。かっこよかった〜。
何より驚いたのが-120min.の方で、このエンディングと本編を繋いできた!!えっ、作品跨ぐ繋ぎってして良いんだ!?最高でした…すごい興奮した。最高の演出でした。贅沢なQのオープニングを観れて良かったです。
本編はまあ、当時DVDで3.33を何度も観ていたので。でも今観るとシンエヴァの「これはこうなんだ!」→「そうなんだね、やろう!」みたいな初耳情報をスッと受け入れるキャラクターのご都合描写みたいなのの片鱗はもうあったんだなって。
僕は割とそれが口に合わなくてシンエヴァは没入出来なかったんですけど、Qも割とそうだなと冷静に見直すことが出来ました。
ただまあやっぱ映画としてのテンポの良さとか、追い詰められていくシンジの描写の丁寧さとか、演奏シーンの希望に満ちた美麗さ、新機体が動く高揚感とか、エヴァ対エヴァの泥臭いバトルシーンの手書きアクション作画とか、一番楽しいエヴァなんですよね。ほんとに。
破もシンも大事なとこCGでガン萎えした(走り込んで急停止する初号機とか、特撮する初号機とかがごめんなさい)ので、やっぱこれだよな〜〜という感じ。人物作画は割とそれなりの雑さだったり、宙に舞った骸骨の作画がデフォルメされてたり、可愛い雑さはありますが逆にまだ可愛いレベル。手書きだから良いよ…。
音楽もやっぱ一番好き。セントラルドグマに潜っていくところの曲が何気一番Qぽいんじゃないかなあ。
もっと爆音で聴きたかった…。
序を観て、こりゃ画質ひどいな、破はもう何度も観た2.22なら飛ばしてQなら最新画質になってるだろ、と思っての今日のこれだったんで、シンは余計にもう期待できない…。
終作は観に行くか微妙です。庵野秀明監督のコメントとかあれば観に行くかなあ。
エヴァンゲリオン新劇場版 Q
ますます暗い!シンジくんつらい!Qって何!?しかしレベルは最高水準!!空中戦艦ヴンダー登場!カヲル大活躍!「シン」への布石!
今回の上映バージョンは高精細な映像で再撮影・再編集された 3.333。
さらに、円盤の特典映像で「シン・仮面ライダー」同時上映で劇場公開された「EVANGELION:3.0(-46h)劇場版」、こちらも映像特典だったモーションコミック「EVANGELION:3.0(-120min.)」もQ本編前に時系列順に同時上映!大スクリーンで堪能できました!
常に最先端、トップレベルの作品であるエヴァ劇場版の第3作!
空中戦艦ヴンダー登場!カヲル大活躍!
確かに凄いが…ますます暗い!悲惨!シンジくん、ますますイジイジとして救われない。
カヲルとの出会いと友情に、つかの間の安らぎも…。
とことんやられっぱなしのシンジくんがつらい。
「序」は素直にヤシマ作戦のカタルシス!
「破」は悲惨ながらもカタルシス!
「Q」は…ってQって何?
がんばれ!シンジ!まけるなシンジ!
月1エヴァも、ついにあと1本!
第4作『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』も、サービス、サービスぅ!
美しいエンディング
冒頭はマリの歌から、という気持ちで臨んだので、思いがけない始まり方にびっくりしました
そっかBlu-rayの特典映像
今から何をしようとしてくれているのか、わかりやすく説明してくれた感があります
私はリアタイしているのはこのQからなのですが、当時リアタイのスクリーンでの上映は初めてだったのでワクワクして公開を待ち、上映前にはたくさんのグッズやポスターを売店で買い、臨みました
ラストまで観終えてポカーーンとしてしまい、しばらくは席を立てませんでした
こ、これ、どうなんのよ?
某サイトでの名言が頭の中に渦巻きます
「Qってなんだよ!!?」
これほどシンジ君の気持ちを代弁する言葉はないでしょう
今日もやっぱりポカーーン
ねぇねぇ、カヲル君がやめようって言ってんじゃん!
言うこと聞こうよ、シンジ君…
こんなにやめようって言ってたっけ?
数えたら4回くらい言ってた笑
ここでもずーっとひたすら頑張るアスカ
悪態つきながら必死なアスカ
実はエヴァはアスカのための物語なのか?
と考えてしまう
それにしても
宇多田ヒカルさんとエヴァの融合性の尊さよ…
美しい歌声と哀しい歌詞に涙が溢れます
さて
ここから最終のシンまで9年の空白
同じようにまた来月を心待ちにします
シンエヴァ体験後は安心して見れます
初見ではないけれども謎だらけ
4部作の3番目、月1エヴァの再上映の機会で鑑賞しました。
初見ではないですが、それにしても謎だらけです。主人公のシンジ君同様に、映画の観客も未知の世界に放り込まれてしまいました。次作のたった1本で何かわかるのだろうか、何か解決するのだろうかと非常に不安になってしまう作品だと思います。
リアルタイムで鑑賞された方は、前作公開後3年もたってから突如これほどまでの謎を投げかけられ、さらには次作公開まで9年も待たされることになり、心境穏やかではなかったのではないでしょうか。
当時であれば★3はつけられなかったと思いますが、今は続きがあることがわかっていますので、ひいき目評価の気がしますが★3にします。
前々作「序」・前作「破」の内容を熟知している方以外は、できれば本作鑑賞前に再度おさらいしておくことをおすすめします。とはいえ1週間の期間限定再上映ですので、ご自身のご都合に合わせて後悔のないようご判断ください。
14年前には有った変な実写版パートがなくて、DVDの前日譚が入っているお得な映画。こっちの方が良いんじゃないの?庵野さん。
子供の小さかった時は、エヴァは難解だと判断して一人で観に行っていたけど、中学生になったので多少は理解できるだろうと思って連れて行ったのがQが初めて。公開された2012年には箱根湯本にえう゛ぁ屋が開店したりズブズブの「エヴァリスト」にとっては目まぐるしい1年でしたね。
今回も新劇場版が始まった時にはお前らまだ生まれてねぇだろ、という感じのクソガキ、もとい、お子様が大挙してやってきて、にわか談義に花を咲かせているのが、微笑ましいというか「うっせぇわ(by Ado)」でした。そういうのはお家に帰ってから話そうね♡
TOHOシネマズ川崎で鑑賞したけど、「破」までは一番大きいスクリーンで1日1回の上映だったのが、3面のスクリーンに分けて上映するとか、劇場側も混雑には配慮していたみたい。当然自分はデカいスクリーンで観たけど。
ほんとにもうその通りだ
今回はこれまで見て来たQのレビューで“一番”的を得た感想を引用したい、今となっては次作シン・エヴァで逆転ホームランをかましたが、荒れに荒れてた当時見た筆者の憤りを苛烈にパーフェクトに表現している。これを超える文章は出せない。
↓以下引用
私の記憶に間違いが無ければ、以前のスタッフインタビューでは万人に理解しやすくエンタメ色の強い作品を作るという旨の発言があったと思います。
序?破は確かにその通りに、内なる葛藤や人とのコミュニケーションの難しさを描くという「エヴァらしさ」を残しつつもTV版や旧劇場版よりも格段に理解しやすくシンジ君や周囲の人間の弱さや成長を描いた良作でした。
ではQは?と問われれば…
ため息も出ない。あるいは「またやりやがった」と評するのが適当な作品でしょう。
では何がいけないのか?
端的に言えば、説明不足の四文字で事足ります。
前作の破から突然14年の経過、それは良いでしょう。
破のラストでシンジ君が取った行動により世界が危機的状況に、それも破の赤木博士の説明で納得できます。
しかしQでシンジ君が目覚めて以降の展開は不自然極まり全く納得できない。
まずヴンダー内部での描写。
一般乗組員はもちろんの事、葛城ミサト、赤木リツコ、アスカまでもが何一つ説明せずただただシンジ君を敵視しあるいは黙殺するような態度を貫きます。
もちろん説明が無いので視聴者にも情報は入ってきません。
次いでネルフ内部。
ボロボロの施設に一般職員は見当たらずゲンドウ、冬月、綾波、カヲルの四名のみ。
ここではカヲルによって世界の状況をチラ見する事はできますが、具体的な説明はやはり無し。
冬月による説明も綾波が碇ユイのコピーである事を明かすのみで他はスルー。
大半の視聴者はそんな事くらいとうの昔に察しはついているし、今聞きたいのはそこではない。
後は何も知らされないままエヴァに乗り「槍を二本抜けば世界を元通りにできるよ」「でもやっぱりあの槍違うかも」というカヲルの発言に右往左往しながら戦闘して最後には放り出されるという按配です。
全編通して視聴者の情報量と主人公である碇シンジ君との情報量はほぼ同じ。
つまり何も分からないまま何か大事な事を知っている風の人たちの争う姿を見せられ続けるわけです。
当然BGM的にも戦闘シーンの派手さ的にも「ここが盛り上がりどころなんだろうな」という所は分かります。
しかし情報量が少なすぎて何をどうしているのかさっぱり分からず何も共感できません。
旧来のファンの中にはこのような分からない事だらけの状態を素晴らしいと絶賛する方もおられるようですが、私はとてもこんな作品を褒める気にはなれません。
またこのような作品の傾向が不愉快な風潮を広めつつもあります。
ファンの間では周知の事ですが、旧来のコアなファンの間では難解な作品作りに対して様々な考察を繰り返しそれを議論して楽しむという文化がありました。
ただ良くない事にこの考察と議論を好むファンの中には、こうした議論遊びを好まない、あるいはできないファンを「ニワカだ、理解力が足りない」と蔑視する人間も多く見られました。
私は議論遊び自体を否定しようとは思いません。
しかし数値もグラフも製作者による答え合わせも存在しない状況で成されるあらゆる考察は「そんな風にも読み解ける」程度の物であり、ただの予想に過ぎません。
それを自分だけが真理を見抜いたかのように感じて他に唾吐くような態度を取るのは滑稽です。
例えば本作でも好き勝手にバラ撒かれた意味ありげな単語のひとつに「アダムスの器」という物があります。
劇中で散々繰り返されたこの単語ですが、誰か一人でもこの単語にAという事象を取り上げBだからCという万人が理解できる説明をつける事ができるでしょうか?
不可能です。
名詞?を連呼していただけなんですから。
万事こんな感じで進行し分からない物の上に分からない物を重ねるような作品に正しい考察など出来るわけがありません。
それこそ製作者の種明かしでも無い限りは。
前2作と違って、難解でわかりにくい
3日間で4部作を見た。
前2作は、専門用語があっても、そこを気にせず楽しめる出来だったけど、今作からいきなり、状況がわかりづらい、専門用語が理解し難い、という状況になってくる。
「どんな話だったか」を理解するために、解説や考察サイト、動画を見なければいけないのは、「作品を楽しめている」とは言えない。
全159件中、1~20件目を表示











