涼宮ハルヒの消失のレビュー・感想・評価
全18件を表示
絶対に報われはしない彼女たちの恋のはなし。
リバイバル上映を機に再鑑賞。
ハルヒアニメは大好きな作品で、当時大学生だった私(年齢バレるけど気にしない)にとってのオタクカルチャーの入り口になった作品でもあり、もう何回も観てて思い入れも強いのでまたスクリーンで観られるなんて嬉しかった…!!
冒頭のおなじみ日常ほのぼのBGMと、OPテーマ「冒険でしょでしょ?」を久しぶりに浴びてテンション上がってしまった。
しかし本作の内容については公開当時劇場で観たのに割と忘れちゃってた部分が多かったので、今回新たな気持ちで観られた。
これさ、そういえば長門をはじめSOS団の報われない3人の恋心を拾い上げた作品だったね…。
※たぶん人によって色んな見方があると思うので私個人の解釈です
ただの一人の女の子になってキョンと過ごしてみたかった長門が、思い人(キョン)へ問題提起する話だった(思い出した)…。
今回改めて観て、本作のメインというかキーパーソンは長門なんだけど、古泉くんとみくるちゃんの思いも拾い上げてたのがグッときた。
絶対的で敵うことのない恋敵(ハルヒ)のいない世界で、一人の女の子としてキョンと関係を築きたかった長門の、切なくもいじらしい世界への造反…。
しかも回りくどいことをしてまでも、その新しい世界の是非はキョンに問うて決定を委ねるというね…。
せ、切ねぇ…!!!とあまりの長門のいじらしさに劇場で涙を流しながら後半を観ていた。
(しかもそこまでしても当のキョンにはいまいち伝わり切ってないのがまた切ない&物語の構造としてずるい…。)
長門はもちろんなんだけど、みくるちゃんと古泉くんも切ないんだよな。
長門によって変えられた世界で、男の子としてハルヒの近くにいたのに、キョンが現れたことで自分は「そうじゃない」ことを明確に自覚し、キョンに「(ハルヒの特別な存在になれたあなたが)羨ましいです」と呟いた古泉くん(ここ、電車の音が重なって聞こえにくくなる演出が上手くて切なくて「うぅぅ…」ってなる)。
そう、今回思い出したけど、古泉くんのハルヒへの思いってアニメ本編では割とぼかされてたというか、明確に恋情ですよっていう描写を避けられてた気がするんだよね。これを明確にしちゃうといわゆる(主人公・キョンの)ハーレムものとして成立してるように見えるSOS団の関係性の絶妙なバランスが崩れるからだと思うんだけど、「消失」では割とここを明確にしてきたことに私は当時本作観てびっくりしたんだよなあ。
(というか当時はキョンと古泉くんのBL的関係を楽しんでたのもあってその描写が受け入れがたかったというのもあったな。)
あと未来人としての使命の中で、束の間一瞬にいられたキョンにもたれかかりながら聞こえないように想いを呟いたのであろう(ここセリフ内容は明らかになってないみたいだけど私はそう思っている)みくるちゃん(みくるさん)。
みくるちゃん(みくるさん)は世界を改変した背景にある長門の思い(キョンへの思慕)に気づいてるし、たぶん少なからず共感してるところもあるから、この後に長門とキョンが話してる時に辛そうな顔してるのがまた切ない…。
終盤、キョンが自分の気持ち(「やれやれ」としつつハルヒの言動に巻き込まれることを楽しんでるんだろ?)に自問自答してるシーンも本作の一つのクライマックスではあるんだろうけど、ここは正直蛇足だと個人的には思う(視聴者はそんなキョンのこじらせ具合とひねくれ具合なんてずっと前からわかってるので)。
ちなみに本作、ハルヒの圧倒的な正ヒロインとしての魅力もちゃんと描いてるのが上手くて残酷だよね。
そこがまた良い。
あと観に行ったのが平日の夕方だったけど、おおよそ同世代のハルヒファンと思われる男性たちが結構いて、リアタイしてた人たちなんだろうなと胸が熱くなったな。
観終わってからは本作の余韻に浸りつつ、放映当時のゼロ年代末期の空気やその当時の交友関係を思い出してしまって懐かしい気持ちになった。
あと懐かしいといえば、本作に登場するWindows95の起動音、あれ聞いただけで色んな記憶がぶわーっと出てきてしまい、しばらく作品から意識が逸れてしまった。笑
リバイバル上映で再視聴
本作は公開された頃確か配信で見たことがあったと思う、ハルヒという作品自体とりわけ好きでも嫌いでもなかったが、長門有希というキャラクターの内面をほぼ描写なしに語っているところが洒脱だなぁと思って、この涼宮ハルヒの消失は好きな作品だったと思う。
リバイバル上映されるとあって、懐かしい気持ちで、それほど期待したわけでもなく鑑賞してみたが、当時みた印象とは随分違うところもあった。
兎に角、キョンが酷い、これが偽らざる印象だ。
ハルヒがいなくなってしまったことに狼狽するキョン、それは仕方がないのかもしれないが、いままで散々あり得ない超常現象を体験してきて、ハルヒによって世界が崩壊してしまうかもしれないという構造を受け入れて生きているはずなのに、そこまで取り乱すものだろうか?
しかし、クラスメイトの胸ぐらを掴み、怒鳴り散らし、力任せに女性の肩を掴み、etc……兎に角、見ていて嫌悪感がすごかった。
挙句の果てに、4つの鍵=SOS団メンバーを揃えたキョンが、世界修復プログラムを起動するくだり。なーんにも説明せず一方的にこの改変後世界を終わらすのかよ、まわりの人間に何の確認もなく?ほぼ殺人に等しい選択にもなりうることだと思うんですけどね。
兎に角、徹頭徹尾自意識の苦悩と傷つきにのみ囚われ続けるキョンが本当に嫌いだった。ハルヒや長門はこの男の何が好きなのか。
元々キョンのことは好きでもなんでもなかったが、このアニメの粗暴なキョンは本当に受け付けなかった。時代を経るにつれ暴力的な描写への免疫が下がっているのかもしれない。
そんなことを感じさせてくれる鑑賞体験だった。ありがとう石原監督。
かわいいSOS団にまた会える!
アニメシリーズは見ていて、初見。
1番印象に残っているのはラストの病院の屋上でキョンが長門に「お前を取り戻すために涼宮ハルヒを使ってどんなことでもする」と言ったとき、長門が「伝える」と返事したところ。そこでうわーと涙が溢れた。キョンはハルヒにも長門にも、また会えるためにならなんでもするんだよ!キョンは長門のバグを「感情」で済ませてたけど、もっと具体に「恋」じゃないのか?
映画前半はキョンがすごく可哀想。後半も朝倉に刺されたり散々だけども。私達もキョンと同じであのハルヒを求めているから同じように感情移入をしてしまう。こっちの世界のハルヒに会えた時。カフェで「その方が面白いじゃない!」という笑顔。ポニーテール。キョンと一緒にニヤニヤしてほっこり。辛いこと乗り越えて、目覚めたら、ハルヒが横で寝ててくれて、ぼさぼさの髪でしかってくれて、それで報われる。
ジョン・スミスで全てが繋がるSF要素も面白かった。普通の人間のキョンが持つ最後の最後の切り札になったのも、なんだか心強い。
ちょっと長かったけど、そこが丁寧に作られているといういいところでもあるのかも。それから、自分との葛藤シーンはエヴァ味も感じさせて好きだけどど、自分に踏まれるキョン、そこまでされるほど彼はなにか酷いことをしてるか?という気持ちになってしまった。これを機に素直になれたからいいのかな。キョンこそがツンデレだったんだなと気づけたのも面白かった。幸せの青い鳥って知ってるか?
すっごく可愛い長門とハルヒに会えるカタルシスを味わえるこの映画を映画館で見られれてよかった。カタルシス…キョンが不幸になればなるほどハジけるってもんだと実感した。
色褪せない名作映画
この映画を勧めてもらうまで、「涼宮ハルヒ」という作品については『God knows...』のライブシーンしか知らず、明るい日常アニメだと思い込んでいました。しかし、前日にアニメを全話視聴した上で映画を鑑賞し、正直に申し上げて大変感動いたしました。
今ではこの世界観が大好きです。作中でキョンがSOS団との日常を大切に想っていたように、私自身も彼らとの日々なしではいられないと感じるほど魅了されてしまいました。
原作がまだ続いているとのことですので、これから小説やグッズを集めたり、楽曲を聴き込んだりして、もっとハルヒの世界に浸りたいと思います。これほど素晴らしい作品に出会えたことに感謝しつつ、続編の制作を心から願っております。
クリスマスというか忘年会的な
日常系のほのぼのアニメと思ったらタイムトラベルやらのガッツリややこしい非日常アニメでした
面白いか面白くないかと言われたら主人公がギャーギャーギャーギャーやかましいわ発情期かよ(キョンだけに)って感じで好感が持てず面白くない
なんでコイツこんなにエラそうなの?
涼宮ハルヒ初見だからさっぱり付いて行けず憂鬱になる
意識を消失しかけたが耐えました
前半のSOS団がない世界が現実でそれまでがキョンの幻想かなって感じで見てました
過去の話とつながっていて知ってる人は面白いかも
結局階段オチからの夢オチと見せかけて
長門の闇オチってことかな
そうかも
ジャップのことなのかな
戦争兵器なのですが科学的なものにプラスして攻撃したい相手のことを
憎ませたりしてその怨念の生き霊を
のせて攻撃するので
相手には本当にオカルト現象が起こりますが
生き霊は死滅するのでされてる方はほっといても大丈夫です
最近の超音波攻撃にしても
その人が考えていることや
思っていることがわかるので
このようなものは
認めないが正解です
ハルヒはそれらを阻止している人達です
奇想天外で読めないが武器です
エンディングのアカペラのうたの歌詞に
あるように人は自由であるべきです
切なさと「情報の濁流」を巡る、極めて私的な決算
『涼宮ハルヒの消失』(リバイバル上映)
世間ではやれ「京アニの最高傑作」だの「聖地巡礼の金字塔」だのと、耳にタコができるほど絶賛されてきた本作ですが、改めてこの2026年という地点から眺めてみると、実に「業の深い」作品だなと溜息を抑えることができません。
1. 2時間42分という「狂気」の熱量
まず、この上映時間です。162分。いい大人が集中力を維持できる限界を軽々と超えてくる。しかし、その長尺が「キョンの孤独」を描くためには不可欠だった。
冬の西宮の、あの底冷えするような空気感。長門の指先が本をめくる、その静謐な作画の積み重ね。これ、当時の京都アニメーションが持っていた「執念」というか、もはや「呪い」に近いクオリティです。現代のタイパ重視のアニメーションでは、まずお目にかかれない贅沢な時間の使い方と言えるでしょう。
2. 「道具」が「意志」を持ってしまった悲劇
本作の核心は、宇宙人という「インターフェース」に過ぎなかった長門有希が、エラーの蓄積――要するに「恋心のようなバグ」によって世界を書き換えてしまった点にあります。
これは、管理社会におけるシステムの反乱であると同時に、極めて個人的な「承認欲求の暴走」でもある。彼女が作った「普通の世界」の温かさと、そこにある朝倉涼子という「歪み」。このアンバサダー的な立ち位置の変化が、観る者の倫理観をゴリゴリと削ってくるわけです。
3. 「やれやれ」の終焉と主体的選択
主人公・キョンの「やれやれ」という傍観者的な態度は、本作において完全に崩壊します。
自分が望んだのは、平穏な日常なのか、それともハルヒという理不尽が支配する非日常なのか。この「どっちを選ぶんだよお前は」という突きつけは、かつての中高生たちに「自分の人生を自分で選ぶ」という重い責任を突きつけました。
まとめとして、これは極めて私的な「青春の清算」であると総括したいと思います。正直、タイパ至上主義の現代的な視座で見れば「展開がもっさりしている」、「理屈がねちねちと回りくどい」という不満も噴出するでしょう。しかし、それこそが本作の真髄なのです。一本の強固な歴史を「上書き」する際に生じる摩擦熱と、その痛切なプロセスを愚直なまでに描き抜こうとした、いわば執念の産物なのだと理解しています。
もし、昨今の洗練されすぎたアニメーションに喉の渇きを覚えているなら。あるいは、自らの人生を「既定事項」の反復に過ぎないと冷笑しているなら。四の五の言わず、この情報の濁流に身を投じてみるべきだと具申する次第です。
未来人として禁則事項なしに時間移動、自分との対面ツアー再び・・
レビュー書いている途中で消えるとめげる。時間を戻したくなる。本作は異色のSFxラブストーリー。放送20周年記念でのリバイバル上映がとても楽しみ。
2月はまどマギ「廻天」、ドルビー再上映「進撃」も控えていてアニメ月間になりそう。これら作品群のどれも特徴的で比較したとしてもどれも替え難いです。
「消失」で印象的なのは、高いレベルでの設定・構成・演出・物語・映像表現の全ての上に成り立っている《叙情性》かな。もともとノベル派だったので予め原作は読んでいましたが、それでも作中での日常が実は非日常で、それが日常へと大きく転換していく時の奇妙な感覚と切なさは強く記憶に残っていて、映像表現ならではの凄みを感じさせました。
今回は未来人として禁則事項なしに10数年の長め時間移動、過去の自分との対面ツアーにもなりますが・・感性が擦り切れていないといいな〜。 大丈夫だ大丈夫、きっと、たぶん。大丈夫としてラノベ連載30周年記念の7年後のリバイバルにも待機します。
アニメーションのメディウムを極限まで活用した京アニ屈指の名作
「涼宮ハルヒの消失」は、表層的には青春アニメの延長線上に見えるかもしれない。しかし、この映画の真価は、その構造的野心にある。原作でも評判高い『涼宮ハルヒの消失』を映像化するにあたり、京アニは単なる再現に甘んじることなく、アニメーションのメディウムを極限まで活用している。雪に閉ざされた冬の街並み、静寂に満ちた教室、日常の僅かな異変──これらを通して、監督は観客に“世界そのものの変容”を視覚的に体感させる。
物語は極めてシンプルだ。ハルヒ消失という一見単純な設定を媒介として、キョンだけが元の世界を記憶するという状況に置かれる。しかし、この「シンプルさ」は巧妙に計算されており、観客は常に“もし自分の知る世界が忽然と変わったら”という存在論的焦燥を経験することになる。青春ラブコメの衣を纏いながら、映画は驚くほど哲学的である。
キャラクター描写においても、映画は一種の抑制美を貫く。キョンの内面描写は、過剰な感情表現に頼らず、静謐な視線と微細な動作によって紡がれる。長門有希に至っては、ほとんど沈黙の中でその人間性の輪郭を描き出す。この静寂と沈黙の演出こそが、本作を単なるファン向けの娯楽に留めない、文学的映画に昇華させている所以である。
さらに特筆すべきは、映像と音楽の調和である。背景美術は、極限まで抑制された色彩と繊細な光の描写により、世界の変容を間接的に強調する。菅野祐悟のスコアは過剰な感傷に陥ることなく、むしろ感情の輪郭を引き立てる。ここに、アニメーション映画が持つ可能性の一つの極致を見ることができる。
総じて、「涼宮ハルヒの消失」は表層的なジャンルの枠を超え、存在論的思索と日常の奇跡性を同時に描き出す稀有な作品である。原作ファンのみならず、映画芸術を評価する者にとっても、鑑賞後に残る感覚は深く、簡単に言い表すことはできない。いわゆる“ライトノベル原作アニメ映画”の枠組みで論じること自体が野暮であり、この映画の本質はむしろ、その繊細な哲学性と演出技巧にこそあるのである。
涼宮ハルヒの消失というよりかは、長門有希の衝動といった感じ
二時間近くの映画だったが、飽きることなく楽しめた。
アニメは数年前に見てそれっきりだったから、忘れていないか心配だったが。
回想劇が入っていたからか、置いてけぼりにならずに見ることが出来た。
BGMのジムノペディ第一番と第二番が冬の情景 映画の雰囲気と
いい塩梅にマッチしている。
今まで事なかれ主義を貫き、ハルヒにつれ回られていたキョンが自ら主体的に行動し
変わった世界から元の世界に帰ろうとするところが見どころかなと思う。
終盤のキョンの自問自答シーンは、圧巻。
長門は文芸部でキョンと二人だけで過ごしたかったのかもしれないなと思った。
「有希」ってキョンに名前を呼ばれたら反応してるし。
色々と考察できる映画だなと思った。
(キーになる栞が挟んであったハイペリオンはどんな話なんだろう……)
映画単体としては良い出来
原作未読。数年前に配信でテレビシリーズを観て、そのまま本作も観た。それから久しぶりに二度目の視聴。テレビシリーズ2期(と言って良いのか?)の、あのエンドレスで嫌気が出て、まぁ、何とか完走。期待せずに本作へ。今回も配信での視聴
160分と長いのに中だるみも無く、作品に集中出来る。
まぁ、タイムリープやパラレル(厳密にはコレは違うけど)ではどうしても矛盾は出るけれど、特に気にならずに観られる。
驚くのがテレビシリーズではイマイチ目立たない長門の可愛いらしさ。まるで某作品の「笑えば良いと思うよ」のシーンの様。逆にキョンにとってのヒロイン朝比奈さんの出番の少なさは寂しいかな。
シリーズ物なので、テレビシリーズか原作を見ておいた方が良いのは前提だけど、この映画単体は良作と言って良いと思う。
ただ・・・・事実かは分からないけど、「消失」を映画に回す為にエンドレス地獄を作ったのかと思うと・・・・・どうしたんだ京アニ!と思わざるえない。アレが無ければ、リアルタイムでは観て無かった自分でさえ、名前を知っていた涼宮ハルヒシリーズが二期で終わるなんて事は無かっただろうに。
TVシリーズと続けて観て、堪能できた!!
TVシリーズ(2009)と続けて観ましたが、長々と楽しめました。TVシリーズでは本筋は進んでいないじゃん!?と思いましたが、映画では観測者の一人である「宇宙人」が行動に出た感じで納得しました。「未来人」とは大人にならないと、まともに話せず笑えます。「超能力者」は影が薄過ぎます。TVシリーズ込みですが、まどマギやシュタゲと並ぶSF作品だと思いますが、エピローグの一人語りがひたすら長く、集中力が続きませんでした。SOS団の面々でいつも通りやってくれた方が良かったです。続けて「長門有希tyqんの消失」を観ましたが、そちらはかなりつまらなかったです。長門有希ちゃんの声がBBAなのもキツいです。
オタクの観るものと侮るなかれ!
DVDで鑑賞。
原作は既読、テレビシリーズは未見。
原作は中学生の時に読みました。
テレビアニメの劇場版にしたらかなりの長尺で面食らいましたが、原作に概ね忠実に描くのならこの尺でも納得かと…
原作の見事なSF設定に感動したことを今でも覚えていますが、映像になったことで緻密な伏線や切ない結末がさらに深みを増し、新鮮な気持ちで改めて感動させられました。
「どうせオタクしか喜ばない映画だろ?」と思っている方がいるとしたら、それは大いなる偏見であり、損だな、と…
SFファンも唸らされるであろう本作の質は、日本のアニメをさらに高い次元へ進めたんじゃないかなと思いました。
[以降の鑑賞記録]
2022/09/04:Netflix
※リライト(2022/08/20)
※修正(2024/03/13)
雰囲気とかは悪くないけど
長門がカワイイ。
キョンはハルヒといる日常を「楽しい」と認めたくなたっかのかな?あそこまで自問自答しないと「楽しい」と言えないのはよくわからなかった。
やはり、SFは解釈の自由度が高すぎるからしんどい。
あと、キョンの言い回しは好きになれないなー。
作者が作品をよく理解している
よくぞ映画として作ってくれました。
TVで小分けにするべきではない大作でしょう。
各キャラが違う時間軸にいることになっていますが、それぞれのリアクションが不自然ではなく、作者が自分自身の作品をよく理解しているんだと思います。
キョンが一人ぼっちになってしまった不安感や、ハルヒが楽しげになったからのホッとする雰囲気が、観ている自分たちの気持ちとリンクしていて、軽快な流れでした。
古泉切ねぇ
予想外に楽しめました。
TVアニメは最近何かと嫌なことが多かったのですが、この消失で離れかけていたファンをうまく呼び戻したと思います。
ストーリーはもちろん、BGM、演出も良かったです。
ただ・・・作画に少し不安定さがみられました。
京都アニメーション独特のフワっとした絵(うまくいい表せない)は、美少女アニメにはうってつけかもしれませんが、崩れがちなのであまり好きではないです。
(どれとは言いませんが、)中身のないアニメじゃなく、こういうストーリーのある作品をきちっとした作画で作ればいいのに・・・(Kanonのような)
ともかく、最近のアニメ映画の中ではなかなか良かったと思います。
ハルヒはセーラー服のキャラクターしか知りませんでした。
ハルヒはセーラー服のキャラクターとなんかで読んだあらすじしか知りませんでした。ただ見る前にパンフレット読んで、登場人物とキーワード(朝倉の件とか3年前の七夕とか)は予習しましたが。それでも十分に面白かったです。まずカメラアングリやカット割り、実写的な背景など絵が最高にきれいでしたし、はじめはミステリー仕立ての学園ものとして楽しめました。後半に入ると急にSF的展開になりましたがドラえもんとかアニメは見ているのでついていけました。ヒロインのハルヒがあまり出ないので、ハルヒよりもいつも後回しにされて待たされる少女の方が健気で切なかったです。時をかける少女のような主人公をめぐる三角関係のラブストーリーとしてこの映画を観られました。(その後原作も見たうえでもう一度映画を観ましたが、はじめて見たときと全くの別の物語にみえてきました。)知らない人が見ても面白い映画ですが、原作のファンとは別の見方になってると思います。
まさに傑作
見る前は、出来が悪かったら嫌なのであまり期待していませんでした。
いざ見てみると。
傑作と呼ぶに相応しい出来でした。
「涼宮ハルヒ」シリーズはライトノベル原作で、既刊9巻。
さらにコミックが3種類連載中で過去に2作が連載されていた。
アニメも2期・全28話が放映されました。
自分は上記の全てに目を通していますが、正直原作に関してはあまり覚えていない。故に映画「消失」は色々と新鮮な気持ちで望んだ結果、期待以上のものが帰ってきた。
アニメ映画としては長めの2時間50分近い上映時間。
それだけのスケールのため、きっちりと作り込まれた内容。
個人的にはキョンの独白シーンと、教室での朝倉に食ってかかる場面、同じく教室で谷口に詰め寄る場面が鳥肌ものでした。
地元民としては、阪急電鉄と思しきマルーンカラーの電車も馴染み深くて嬉しい。
恐らく劇場に足を運んだ方の9割以上が何らかの方法で基礎知識を頭に入れていたと思うが、シリーズ未見の方には本作はどう映ったのだろうか。
漫画やライトノベル、ゲームが原作でアニメーション映画になる作品は通常の実写映画と少し形が異なる。
実写映画は見にきた人すべてに設定を劇中で理解させた上で楽しまさせなければならない。
しかし原作ありのアニメ映画はあくまでメディアミックスの一環なので、そのほとんどがファン向けの作りになる。
原作未見の方も楽しめたのか。そこが分からなかったのでA+ではなくAにさせてもらった。
ファン向けの作品としては十二分にA+です。
最後に、エンディング曲は秀逸でした。
全18件を表示








