「過酷な潜水艦任務をリアルに再現し、極限状態の恐怖を表現したドイツ的重厚さ」U・ボート Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
過酷な潜水艦任務をリアルに再現し、極限状態の恐怖を表現したドイツ的重厚さ
第二次世界大戦の初期においてイギリス首相チャーチルから最も恐れられたと言われる、“深海の狼”ことドイツの潜水艦Uボートの乗組員の過酷な戦争体験を密室劇のドラマとして描いた、ウォルフガング・ペーターゼン監督(1941~2022)の海洋戦争映画。1960年代に始まったドイツ映画のニュー・ジャーマン・シネマの主要メンバー(ライナー・ウェルナー・ファスビンダーやヴェルナー・ヘルツオーク、そしてヴィム・ヴェンダースなど)と同世代ながら、舞台演出からテレビドラマの演出を経歴とするペーターゼン監督は、そのムーブメントにカテゴライズされず、今作以降ハリウッドに移り「ネバーエンディング・ストーリー」(1984)や「トロイ」(2004)などヒット作を連発しています。しかし、この戦争映画の創作には、第二次世界大戦の前線における史実を再構築し、戦争の虚無感を強烈に印象付ける迫力と信念が感じられて、シリアスを極めた力作となっています。1982年の日本公開の時も、大層評判を呼んだ作品でした。後年に、長尺5時間のテレビシリーズがイギリスとドイツで高視聴率を得たと言いますが、戦後40年を経過し敵味方の垣根を越えて第二次世界大戦を冷静に省みた記録でもあります。全体としては反戦映画の結末でも、描かれたものは狭い空間に閉じ込められた兵士の、生と死の表裏一体の極限状態でみせる人間の生々しい姿でした。攻撃と脱出をくり返し生死を彷徨う巨体の物体である潜水艦そのものが戦場であり、そこで繰り広げられる兵士ひとりひとりの忍耐力や勇敢さ、そして底知れぬ恐怖感を、迫真の演出と演技で表現したドイツ映画でした。
原作は、海軍戦時特派員としてU96潜水艦に実際に乗艦したロータル=ギュンター・ブーフハイム(1918~2007)が1973年に執筆した『das Boot』。このブーフハイムは美術学校出身から報道画家となりフランス大西洋岸の部隊に配属され、この戦争実体験から小説家になった経歴の人。映画ではヴェルナー少尉として登場し、時は1941年の秋の設定です。ここで簡単に時代背景を確認すると、第二次世界大戦は1939年9月1日のドイツ軍のポーランド侵攻が開戦で、翌年1940年の6月22日にフランスがドイツに降伏しました。出航したフランス西岸軍港ラ・ロシェルは、パリ解放の1944年8月以降もドイツ軍が保持していた潜水艦基地であり、映画「ロシュフォールの恋人たち」のロシュフォールとは約30㎞の距離です。そこから北大西洋に進み、イギリス軍の護衛船団に守られた連合国(アメリカの参戦前でも物資支援あり)の輸送船を撃沈して、スペインのビーゴ港に寄港命令を受ける。そのスペインは1936年のスペイン内戦でドイツ・イタリアから軍事支援を受けたファシズム政権でしたが、第二次世界大戦初期は表向き中立国でした。ドラマの中で唯一の安息のシーンでも、ドイツのウェーザー号が偽装商船で内密な補給を受ける戦時下の緊迫感があります。このビーゴ港は、ポルトガルの北に位置したスペイン最大の漁港・商業港で、イギリス、トルコ、フランスと何度も襲撃された歴史があります。そこからラ・ロシェルに帰港するはずが、ドイツ海軍司令部からの命令は、地中海の要衝であるジブラルタル海峡を突破して同盟国イタリアへ行くことでした。映画の中では艦長が自殺行為に近い指令の真意に納得できないように描かれています。調べると、ドイツ潜水艦で81隻中62隻がジブラルタル海峡を渡り地中海に入ったものの、最終的には連合軍の戦艦からの攻撃などで全滅したそうです。また海流の激しさから大西洋に帰還するのも実質不可能という事でした。これは予想されるアメリカ参戦によりドイツ本国がイタリア経由で攻撃されない、または少しでも時間を稼ぐために配置された戦略であり、Uボート船員の犠牲を強いるものだったと想像できます。経験豊富な艦長は、そのすべてを理解し任務遂行に全身全霊で立ち向かう。脚本も担当したペーターゼン監督の描きたかったことは、ファシズム体制の軍司令部の自国兵士の命を犠牲にした戦略の非情さにあります。ここで思い出すのが、50年前に観た戦前ドイツの国策映画「最後の一兵まで」(1937・カール・リッター監督)です。第一次世界大戦のドイツ軍もいる敵軍全滅を強行した“ミヒャエル計画”を描き、ラスト司令官が放つ(我々の価値は、犠牲の深さによって計られるのだ)の台詞で終わります。結果論として、敗戦国のドイツと“進め一億火の玉だ”や“一億総玉砕”をスローガンにした日本軍と似ているものがあります。決死の覚悟までは理解できても、犠牲ありきの戦いで勝てるわけがありません。戦況悪化に伴い、それがドイツと日本とも戦死者を増やしたことは間違いないでしょう。
映画の艦長のモデルとなったハインリヒ・レーマン=ヴィレンブロック(1911~1986)が計8回航海作戦したU96(映画はUA号)は、中型ボートで659隻の中の一つ。第二次世界大戦でドイツが製造・運用した潜水艦の総数は1000隻超えたと言います。(因みに大日本帝国海軍は130隻強)U96ボートは将校4名、下士官40名から56名の要員で、限界深度は250mから295mです。映画のクライマックスである、ジブラルタル海峡で沈没する280mの可能性が無い訳ではありませんが、実際はジブラルタル海峡で敵攻撃で2度座礁したのは、50mと70mといいます。ヴィレンブロックが優秀な艦長で1941年に30歳で勲章を受け、1942年には陸上勤務となり、戦争の終わり頃には少佐となりノルウェーのベンゲルにあった第11潜水艦群司令官に就き、戦後は西ドイツの商船船長で活躍しました。このように映画は史実よりドラマティックに、より極限状態のフィクションとして創作されたドラマ性を特徴としています。
今回鑑賞した149分版は、そのドラマ性において見応えがありました。これは、戦後ドイツが贖罪とした戦争責任の重しを抱えながら、反戦としての人間群像を丁寧に描いているからです。ファーストクレジットでUボート乗組員4万人のうち3万名が戻らなかったとありますが、これが潜水艦出航の時の艦長の盟友トムゼン大尉の見送る表情に表れています。最初は笑顔でも、直ぐに何処か悲し気な表情のカットを入れています。下士官の平均年齢19歳の若者たちを子供十字軍と揶揄する艦長との壮行会では、総統率いるドイツ軍への批判が含まれた会話をしています。これがあって荒波の北大西洋でトムゼン艦長の潜水艦と遭遇するシーンの、同じ境遇で培われる人間の共鳴が感動的に描かれる訳です。艦橋(セイル)で波にさらわれ骨折する者、ジブラルタル海峡ではそこで機銃掃射を受け重傷を負う者。連合軍の護衛艦隊への魚雷攻撃で成果を上げたのも束の間、敵魚雷攻撃を受けて艦内が破損したり火を放ったり浸水したりで窮地に至り、耐え切れず錯乱状態になるヨハン機関兵。この張り詰めた緊張感の静寂に響くソナーの音の恐さ。この映画ほど音に戦慄するシーンを重厚に描いたものは経験がありません。深海の気圧でボルトが飛び怪我をする者と、想定される事故の過酷さの対比として、花屋のフランス人婚約者にしたためる手紙をまとめてヴェルナー少尉に託す士官候補生ウルマンのエピソードがいい。艦長の計らいで潜水艦任務を解くはずのヨハンとヴェルナーが軍司令部に却下されるところにも、非情な上意下達の軍組織が表現されています。
重厚なクライマックスを前半とラストに構成された脚本の密度は、鑑賞者をある意味金縛りにします。その中で最も印象的だったのが、炎を上げて燃える敵商船が沈没しないのを確認して魚雷攻撃を加えるシーンでした。敵生存者が海に飛び込むのを目の当たりにして後退するUボート。戦場の残酷さに言葉を失うシーンでした。ジブラルタル海峡で280mまで座礁するクライマックスは、潜水艦の損傷が余りに酷く、簡単に修復するのは難しいのではと思いますが、立ち直ったヨハン機関兵の尽力もあり動力を得て奇跡的にラ・ロシェル港に帰還します。でも奇跡は二度ない戦場の現実をエピローグにしたのは、敗戦国ドイツ映画の掟とも取れる宿命です。ペーターゼン監督の集中度の高い演出と密室で追い詰められた演技のリアルがこの映画の命でした。潜水する時に海水を取り込むと同時に乗組員が一斉に艦首に走るところや、浮上して酸素補給で魚のように口をパクパクするところなどは、興味深く見ました。音楽は「ネバーエンディング・ストーリー」のクラウス・ドルディンガー(1936~2025)で、憂いと勇壮を合わせた印象に残るテーマ曲です。撮影はユルゲン・プロホノフ(1934生まれ)で、潜水艦内のシーンは勿論、海上の映像も違和感なく映像化されています。実物大のセットも素晴しく、攻撃を受け激しく揺れる映像の迫真性もお見事です。主演の艦長役ユルゲン・プロホノフ(1941生まれ)、ヴェルナー少尉のヘルベルト・グレーネマイヤー(1956生まれ・本職がロック歌手とは驚きです)、機関長のクラウス・ヴェンネマン(1940~2000)、ヨハン役アーウィン・レダー(1951生まれ)と主要俳優は其々に好演です。史実から創作された小説を映画的な構成に凝縮したドイツ的重厚さが特徴の戦争映画で、潜水艦の再現度と疲労困憊の俳優陣の撮影の過酷さがリアルな表現に昇華した、文字通り渾身の傑作でした。
Gustavさん
コメントへの返信を頂き有難うございます。
心からそう思います。
本作で描かれていたように、血と埃と泥に塗れた、それが戦争ですよね。
無人機による攻撃が加速している今、そこには人が居て、傷付けられ、死んでいく。
あたかもそのような事が起きていないかのようなニュース映像も多く、その攻撃を正当化する大国のリーダー達。
圧倒的な軍事力で他国を捩じ伏せる。
最早、この世界的な流れを誰も止める事が出来ない事が、恐ろしく残念でなりません。
Gustavさんへ
今回の話の勢いで「橋」のベルンハルト・ヴィッキ監督のこと調べたら、彼は「史上最大の作戦」のドイツ側パートの監督さんだったり、「パリ・テキサス」には医師役として出演していたことを知りビックリでした。
未熟な小生には、まだまだ知らないことが多く、この映画世界に飽きることは当分無さそうですね😊
返信は御不用です。
Gustavさんへ
また丁寧に色々と教えて戴き、ありがとうございます。
戦争関連の西ドイツ映画と言えば、古くは「橋」などを思い出しますが、自省的観点での作品群を踏まえて、ようやく、この「U・ボート」のような、民族の誇りも組み込んだ名作が生まれたのでしょうか。
そんな意味では、なかなか自省的作品を
生む歴史を踏まえることの出来なかった日本には、なかなか戦争映画としての名作誕生は難しいのかも知れませんね。
今後共、“映画.com”でのお付き合いの程、宜しくお願い致します。
Gustavさんへ
此の度は、多分この“映画.com”にデビューし始めた頃のものだったかと思いますが、そんな小生の短いレビューに対して共感を戴き大変恐縮いたしております。
実は、この作品の初回の鑑賞につきましてはレビューで告発させて戴きました通り、観られたのは前半の一部と最終場面だけだったのですが、何か優れた作品だったのだろうとの想いがあったのか、パンフレットだけはしっかりと購入して帰ってきていました。
その後、2回位この作品を観ることが出来ていたと思いますが、今回の鑑賞後、Gustavさんの、このパンフレット以上の解説を拝見しまして、よりこの作品への理解が進んだように思います。
此の度の貴重なレビュー、本当にありがとうございました。


