ベルリン・天使の詩

ALLTIME BEST

劇場公開日:2021年11月5日

解説・あらすじ

「パリ、テキサス」のビム・ベンダース監督が10年ぶりに祖国ドイツでメガホンをとり、1987年・第40回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した傑作ファンタジー。壁崩壊前のベルリンを舞台に、人間に恋してしまった天使の運命を、美しく詩的な映像でつづる。人間たちの心の声を聞き、彼らの苦悩に寄り添う天使ダミエルは、サーカスの空中ブランコで舞う女性マリオンに出会う。ダミエルは孤独を抱える彼女に強くひかれ、天界から人間界に降りることを決意する。ブルーノ・ガンツが主演を務め、テレビドラマ「刑事コロンボ」のピーター・フォークが本人役で出演。脚本には後にノーベル文学賞を受賞する作家ペーター・ハントケが参加した。1993年には続編「時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!」が製作された。

1987年製作/128分/G/西ドイツ・アメリカ合作
原題または英題:Der Himmel uber Berlin
配給:東北新社
劇場公開日:2021年11月5日

その他の公開日:1988年4月23日(日本初公開)

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第40回 カンヌ国際映画祭(1987年)

受賞

コンペティション部門
監督賞 ビム・ベンダース

出品

コンペティション部門
出品作品 ビム・ベンダース
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(C)Wim Wenders Stiftung – Argos Films

映画レビュー

5.0 なぜ詩(うた)なのか

2024年5月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 私がもっとも好きな映画です。私のようなものでも、具体的な説明抜きで理解したような気分になれるから。もっとも、正しく理解出来ているか、正直怪しいところでは、あるけれど。
 それほどに、好きではあるけど、実に難解な映画だと思います。説明がなく、難解だからこそ、思索、考察が止まらない。見るたびに発見がある。何度も見たにもかかわらず、4K版劇場公開と聞いて、新作映画をほったらかして選んでしまった。
 手書きで詩が歌われる。ドイツ語だろうか、でも、その節回しで童歌のような詩であるとわかる。まず、子供に帰れということか。
 続いて、恐れ気もなくビルの屋上に立つ男。恐れ気もない。つまり、死ぬ恐れはない。見え隠れする翼。映画のタイトルも助けて、天使であると理解する。SFXとして、実に地味な演出だけど、超常的な存在であることは理解出来る。派手な演出は要らない。見るものがそうと理解出来れば、それで良いということか。それ以後も、派手な特撮など行わずに、人混みのなかで誰が天使かを悟らせるのも面白い。
 加えて、それを見上げる子供たち。見上げるのは子供だけ。誰もが何処かで聞いたことのある噂。子供だけが見える超常的な存在。その理由は私には判らないけど、子供の頃にしか判らないこと、子供だからこそ感じたこと、子供だから恐れない、苦しみをしらない。
 そして大人達の思惑が飛び交う。実質的で、現実的で、物理的な苦しみに苛まれる。大人になればなるほど、その苦しみが積み重なる。生きづらさ。生きるのは実に辛いことだ。
 天使達はその合間を巡りながらも、喜びを見出していく。メモに取り、何気ない発見を語り合う。そして、主人公の天使は「見せたいものがある」と誘う。同僚を導いたのは寂れたサーカス。
 寂れたサーカスで繰り広げられるささやかな見世物。誘われた同僚がどう感じたのか知らないけれど、誘われた本当の理由が見出される。主人公の天使は、人間の女性に魅せられていた。恋をしたのだ――という理解で正しいでしょうか。サーカスの締めくくりで、子供たちだけが風船を追って舞台に降りるのも印象的。大人はその有様を見守るだけ。
 本筋とは外れているかもしれないけれど、特に空中ブランコのシーンが素晴らしい。華麗に宙を舞う彼女を、落ち着かなく見上げる天使。加えて、サーカスの団長でしょうか。タキシードに蝶ネクタイで、ジッと緊張した面持ちで見上げる姿。地面にネットを張らずに行われる曲芸、万一があれば飛びついて受け止める覚悟なのだろう。客にそれを悟らせない。でもブランコの彼女と同様、一瞬でも気を抜けない状況で微動だに出来ない。しかし気持ちは落ち着かなく歩きまわる天使と同じ気持ちだろう。その三人の様。
 他にも素晴らしいシーンは多々あります。鏡越しに見つめ合う二人のシーンは、ハリウッド版でもあったんだったか。まるで彼女が天使の存在に気付いているかのような。そんな筈があるはずもないのに。
 やがて天使は現実に生きることを選ぶ。多くの大人達が生きづらさを感じつつ生きている人生を選ぶ。「一つずつ学んでいこう」と意気揚々と歩き出す。私たちに、生きる喜びを改めて見出そうよと誘い掛けるかのように。壁の落書き、一杯のコーヒー、空気の冷たさ、傷の痛みですら、生きている実感として喜びとなる。見知らぬ人と交わす言葉、不思議な出遭い、やがては恋をし、愛し合えたなら最高じゃないか――なんて、私たちもそんなに上手くいけば良いのですが。
 そして、映画は詩で閉じられる。なぜ、詩で始まり、詩で閉じられるのだろう。判らないけど、様々な言葉で綴られる詩を感じ取るように、様々な出来事で綴られる映画を詩のように感じ取りなさいということなのだろうか。
 一番好きな映画だけど、理解出来ているようで、やっぱり難解ですね。童歌で始まり、最後は老人の言葉で締めくくるのも象徴的です。歳をとると子供に還るようなところもありますから。スタッフロールで囁かれる囁くような様々な歌声も印象的だった。うーん・・・難しい。面白い。素晴らしい。

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猿田猿太郎

4.5 声を紡ぐ

2024年4月19日
PCから投稿
鑑賞方法:その他

ヴィム・ヴェンダース監督作品。
なぜ今まで観てなかったんだろうと思うぐらいいい映画でした。
映画の可能性に満ちた作品。

天使のダミエルとカシエルには人々の内なる声が聴こえる。
その声は様々だ。他愛無い思いから悲惨な心情、愛の希求など。
そんな彼らの声が天使を媒介にして映画で語られる。
声が語られることは重要である。ベルリンの壁が今なお存立し、戦争の痕跡が残り続ける現在に、生を語り絶えず現前させること。それが歴史を堆積させることに繋がるのである。

だが天使は媒介者として、永遠の者として、言葉それ自体として、存在するがために、自らの声を語ることができないのである。なぜなら生き続け存在し続けるのだから声として自らの生の痕跡を語る必要がないからである。

だから天使のダミエルは人間になることを決心する。音楽を奏でるミュージシャンのように、そして恋するマリオンのように、自らの「声」で語る存在になろうとするのである。

また終盤のダミエルとマリオンの出会いのシーンでは、決断することが人間たらしめることをマリオンが語る。

「先の運命が分からなくても決断する時…」
「私達の決断は、この街のーすべての世界の決断なの。」
「今しか 時はないわ。」

過去でも未来でもなく、今しか生きることが私たち人間は、絶えず決断し、声を紡がなくてはいけないだろう。そしてその声が語られるためにも、天使を信じなくてはいけないだろう。見えない天使に触れるP・フォークのように。

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まぬままおま

5.0 モノクロに戻らないで

2026年5月17日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

悲しい

怖い

知的

天使はモノクロの世界で、人間はカラーの世界。
前半は天使の世界で話が進んでいくためほとんどモノクロ。
もっとも、第二次大戦中の記録映像が含まれ、こどもの死体が出てくることから、モノクロでなければキツイ。
後半はカラーとなり、不思議なことに人間の情感が豊かになったような演出が施されている。
当時のドイツ人の心象を映像化したような気がする。
なお、ピーター・フォークはそのままの自身として出ており、「コロンボだ!」と道行く人から言われるのが一服の清涼剤になっている。

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いやよセブン

4.5 この映画を観るたび、ダミエルと一緒に、私が私であることについて探してしまう。

2026年4月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館、VOD

知的

斬新

癒される

「子どもが子どもだったころ…」
 私も子どものころ、思った。空はなぜ青いのか。先生はプリズムで説明してくれたけれど、プリズムでそうなるとどうして青く見えるのか。私は私で、どうして他の人ではないのか。私と世界が分かつのはどうしてなのか。…。授業も聞かずに、窓の外の空を見ながら、考えていたっけ。だからといって答えは見つからない。ただ、授業を聞いていないことを先生に叱られるだけだった。テストで点数が取れなくて呆れられるだけだった。
 そんな懐かしい思い出がくすぐられる。
 今なお、社会的にはそれなりに背負うものがあり、仕事でも、家庭でも、地域でも、それなりの役目で規定されてはいるものの、本質的なことは五里霧中。
 様々なものを見聞きし、今の自分に課せられた、それなりの役目は果たしているものの、
 ダニエルのように、他の、実在している人の有様に目を奪われる。けれど、それは自分ではない。

精霊(天使)が亡霊に見えてくる。
 そんな中で繰り返される「子どもがが子どもだったころ…」「私は何者なのか」というフレーズ。

心弱った人に、あんなふうに寄り添ってくれるのか。
それでもの時もあり。そんな時の天使の嘆きに胸が締め付けられる。

昔見た時の記憶よりも、筋があったのが、意外。

まだ、ベルリンの壁があり、西ベルリンと東ベルリンに別れ、戦争の傷跡が生々しい頃。
 ダミエルが、人間になってから、ベルリンの壁の近くを彷徨う。近づいてくる兵士たち。『ブリッジ・オブ・スパイ』で描かれていたようなことが起こるのかと鑑賞している私に緊張が走る。
 だのに、ダミエルの表情。
 そのギャップ。

「客を見ない」とファンから言われるロッカーのパフォーマンス。
 ヒトとのつながり?
 歴史とのつながり?
 ヒトを見続ける天使との対比?
 それを表したくって、採用?

静かに静かに展開する映画。眠くなる人も出るだろう。
筋も説明してしまえば単純。ひねりもない。
なのに、なぜか惹きつけられ、ふとした時に見たくなる。

歴史的なこじつけをしてみれば、
第二次大戦を経て、東と西に分断されたベルリン。
東ドイツの中に、西側諸国によって作り出された孤島・西ベルリン。西的な繁栄をしていたとはいえ、周りを敵に囲まれた不安定な都市。
しかも、ある日突然壁ができ、自分たちの意思にかかわらず、大切な人と引き離された人々。
東と言えば、様々な統制が行われ、お互いを監視する制度もあり。
 そんな緊張感も、この映画が公開された年の12月、ソ連とUSAがINF全廃条約に調印するなど、徐々に冷戦が崩れていった頃。2年後にはベルリンの壁が崩壊する。
 そんなことを考えると、それまで見たり、聞いたりしても、幽霊のように言わざる、感じざるを通してきた東西ベルリンの人々が、ダミエルのように、自分自身を取り戻していく過程にも見える。

とはいえ、そんな解釈よりも、たんに、映画のリズム・語り・映像に身をゆだねて、自分を、人とのつながりを探す映画なのだろうと思う。
 だから、こんなに、時代を越えて、人を惹き付けてやまないのだろう。

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とみいじょん

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