「ドッキリなのか献身なのか、観客まで迷子になる」逃げろお嬢さん こひくきさんの映画レビュー(感想・評価)
ドッキリなのか献身なのか、観客まで迷子になる
面白くなりそうな設定に惹かれたぶん、観終わって少しもどかしさが残りました。逃亡中の元アイドルと、彼女との遭遇をドッキリだと思っているファン。この二人ならではのおかしさも、心が通う瞬間もある。ただ、笑っていいのか、切実なドラマとして受け止めればいいのか、最後まで気持ちの置き場所が定まらなかった。そんな意味で、惜しいと感じた作品です。
酒井法子事件を思わせる元アイドルの逃亡を題材に、彼女に偶然出会ったファンの反応を描いた本作。温泉営む康太の前に、長年応援してきた元アイドルの鮎川舞子が現れる。夫が薬物事件で逮捕され、彼女自身も行方不明と報じられている。普通なら大変な事態ですが、康太は「これはドッキリではないか」と疑っている。推しが突然目の前に現れるなど、現実よりテレビの企画の方がありそうだ。ここは分かるし、面白い。
舞子は人生の崖っぷちにいるのに、康太はどこかにカメラがあると思っている。一方は逃亡劇、もう一方はバラエティ番組。二人が別々の台本で同じ場面に参加しているようなもので、この認識のズレには笑いを生む力があります。舞子には地獄でも、康太には夢のような企画。その噛み合わなさを、もっと見ていたかった。
ところが映画は、この仕掛けを徹底して転がすわけでもなく、二人の静かな交流を描き始める。井口理の朴訥とした佇まいにはおかしみがあるし、深川麻衣が疲れた表情から心を開いていく様子にも見るべきものはあります。ただ、勘違いを笑えばいいのか、二人の心情を真剣に受け止めればいいのか、どうにも落ち着かない。
宿のスタッフとの信頼関係も気になります。一緒に宿を回している仲間であれば、別館に行ってまず事情を確認する段階があってもよさそうです。話しても無駄だと思ったのか、巻き込まれたくないのか、康太を心配したのか。その理由が見えず、警察を登場させるための役回りに感じられてしまいました。
終盤、逮捕状が出たことを知った舞子が、ショックでストーブに倒れ込みそうになる。慌てて彼女を支えた康太は、ここでようやく、これは演技でもドッキリでもないと悟る。ところが、外にはもうパトカーが来ている。推しとの夢のような時間が、本物の事件に変わった途端、現実への対応まで求められるわけです。
それまで観客は、本物の事件なのか、それともドッキリなのかと揺れながらも、ドッキリだと信じようとする康太を眺めてきました。本来なら、ここで勘違いの笑いが消え、切迫したドラマへと切り替わるはずです。ところが、それまでの映画も、その勘違いを十分に笑いへつなげていたわけではない。だから康太が現実を悟っても、笑いが凍りつくような衝撃にはならない。薪を手に警察を追い払おうとする混乱は分かるのですが、コメディからドラマへ転じる鮮やかさも、二人への切実さも、どうにも弱い。
舞子が過ちを犯しても、彼女に励まされた康太の人生まで偽物になるわけではない。その思いには共感できます。だからこそ、まずはコメディに振り切ってほしかった。勘違いを十分に笑わせた後で、それが崩れても、彼女への感謝だけは残る。その流れなら、康太の行動にも、もっと気持ちを重ねられた気がします。
『逃げろお嬢さん』というタイトルの勢いに、こちらも乗っていきたかった。面白くなりそうな予感が最後まで残っていたぶん、二人の逃避行を笑いと切なさで受け止めきれなかったことが、もどかしいのです。
ff外から失礼します。
ドッキリが現実だと分かる瞬間が曖昧だな〜と感じていたのですが、確かにストーブのシーンが節目ですね。
「心の声が聞こえなくなったでしょ?」って監督とか意図してそうだけど、やっぱ演技力もだし、そこまでの演出がされてないから言われるまで気付かなかったです。
それにしても全体的に弱い。序盤の車内での涙の意味深さもほぼ感じられず、あの中盤のコミカル脚本が彼の人間性への観衆の深掘りを妨げている感じもして、全体的に残念ではありました。嫌いではないですが。
こんばんは。
こんな(失礼!)作品でも、こひくきさんは丁寧に読み解かれており、良い所も(探した?w)きちんと評価していてすごいなと思いました。
私も割と良い所を探してレビュー書きますが、本作は本当ーにムリでしたorz
主演の理(King Gnuボーカル井口理サトル)が好きなのですが、いくら推しでも"つ!ま!ら!な!い!"って思う事もあるんだなと思いましたw
私では本サイトのサクラさんにはなれませんわーww
いつも共感ありがとうございます。
こくひきさんのおっしゃる通りで最後までコメディよりに終わって欲しかったです。
自分としては伊藤ちひろ監督の作品が好きなのでこの評価になりました。


