撃たれた自由の声を撮れ

劇場公開日:2026年8月15日

解説・あらすじ

タリバン支配下のアフガニスタンで自由を求め続ける女性たちの闘いの日々を記録したドキュメンタリー。

2021年8月、タリバンがアフガニスタンのほぼ全土を掌握し、20年にわたる民主政権が崩壊した。タリバンの復権により、再び女性たちは外で働くことができなくなり、教育の機会を奪われ、少女たちは年の離れた男性と結婚させられ、家に閉じ込められるようになった。ラシュミンとナスタランの姉妹は無数の不平等に立ち向かうべく、他の女性たちと共に街に出ては声を上げる。銃を構えた男たちにも怯むことなく、アフガニスタンの現状を発信するためスカーフにスマートフォンを隠して撮影する。親族宅などを転々としながら抵抗を続ける彼女たちだったが、家父長制が支配する社会で、父はデモに参加する女性たちを軽蔑し、隣人からの密告にも怯える日々を余儀なくされる。そんな過酷な状況に身を置きながらも、ラシュミンは次世代に同じ苦しみを経験させたくないとの想いに突き動かされ、街へ飛び出していく。

監督はアフガニスタン出身の女性映画作家・プロデューサー・ライターで、現在は亡命生活を送りながら祖国の女性たちの声を世界に向けて発信し続けるザイナブ・エンテザール。

2024年製作/70分/G/アフガニスタン
原題または英題:Shot the Voice of Freedom
配給:東風
劇場公開日:2026年8月15日

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映画レビュー

5.0 迫真の臨場感に震えと涙が止まらない

2026年8月16日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

驚く

教育を受ける権利、職業選択の自由、我が国では小学校で教えられる基本的人権が女性たちから奪われ、平然と踏みにじられる光景をスマートフォンが捉えます。
原題の通り、撃たれることを恐れながらも現実を世界に知らせるために撮り続けられた映像記録。

​剥奪された権利を求めて声を上げる行為は、身内や隣人からの非難を浴びますが、それでも彼女たちが闘い続けるのは、沈黙することは不満なく暮らしているという宣伝への加担であり、子供たちの未来を奪う行為だという信念の為です。その勇気に感謝を示すのが次世代の子供たちだけだとしても、彼女たちは行動することを選びました。

​屈辱的で衝撃的な結末に涙が止まりません。その後示された微かな希望に、続く苦難の道を思いつつも縋りつきたくなりました。

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さとうきび

5.0 【2615文字】「ハワの手習い」と似た論点が多いが、連続または2日で是非どちらも。

2026年8月15日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 今年74本目(合計1,816本目/今月(2026年8月度)17本目)。

 本作品「撃たれた自由の声を撮れ」は、姉妹作品ともいえる「ハワの手習い」と続けてみました。似た論点が多い分野ですが、こちらは女性のデモ権や集会の権利といった(日本でいうところの)憲法論のほうが多くなります。適宜、参考になる限り日本の憲法や判例を参照しますが、アフガニスタンという「女性の権利が著しく制限されている国」において、日本の憲法のかかる条文や最高裁判例は当然に有効に適用できませんので、あくまでも「日本ならどうなるか」程度の扱いです。

 まず、この映画は「映画の趣旨上、当事者の安全さを大切に撮影したため、カメラ等を隠して撮影したため、見苦しいところがあるが、その事情」ということが最初に表示されます。そりゃ確かに女性の社会進出を拒むタリバン政権のデモ「それそのもの」をいきなり撮影することはできないでしょうし、仕方がないところです。また、タリバン政権からの報復が想定される部分について「モザイクのかかる部分」が存在します。ただ、これらについてはそれがあろうとなかろうと映画の理解に大きく関係はしませんので、採点除外します。

 映画の趣旨としては、タタリバン政権がアフガニスタンのほぼ全土を掌握した中での当地でのアフガニスタンにおける、女性の学習の権利を訴えるデモ(メインはそれになるが、究極的に目指していたのは、女性の教育を含む、女性の権利・平等な社会参加を求めるデモ)と、それを阻止しようとするタリバン政権側の攻防が描かれるドキュメンタリー映画にあたります。女性の権利が2021年8月のタリバン復権以降、著しく狭められた点は、「ハワの手習い」でも書いた通りです。このため、この点が付随的(30%くらい)に描かれていた「ハワの手習い」と違い、こちらは大きな論点になってきます。

 アフガニスタンは、世界において「女子・女性の中等・高等教育を国家的に禁止している世界で唯一の国」と言われます。このことは映画の描写からでもわかります。こうした現在(現在においても唯一とされる)において特殊な国である一方、日本から見ると「アフガニスタンってどこだっけ?」となるような「少し遠い国」のことを扱った本作品は見る価値がかなり高いのではないかな、というところです。

 かなりドキュメンタリー映画に近い部分があり(というより、実質的にドキュメンタリー映画か)、あれもこれも書くとネタバレになりますので個々書くことは避けるものの、最近のタリバンの復権と、それに伴う旧政権の崩壊等にアンテナがあると理解度が高いかな、と思います。

 採点に関しては以下を気にしました。ややわかりにくく混乱を招く部分なので、「映画固有の瑕疵」として★をつけていますが(補正なし)、ここは常識的に補えるかな??といったところです。

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 ★ (減点0.1)「カーブル」がどこかわかりづらい可能性がある
 日本では「カブール」という表記で学習した方のほうが多いと思われます(外務省も「カブール」と表記)。「カーブル」という表記自体が誤りというわけではありませんが、アフガニスタンに馴染みのない観客も想定するなら、最初の1回程度は「カーブル(日本で一般にいうカブール)」等の補助があってもよかったかな、と思います。

 (参考/減点なし/イスラム教とタリバンの女性政策について)
 なお、アフガニスタンはもともとイスラム教徒が多数を占める国であり、タリバン以前にもイスラム法(シャリーア)は法制度上重要な位置を占めていました。よって、タリバンが登場して初めてイスラム法が存在するようになったわけではありません。ここで重要なのは、イスラム法を国家がどのように解釈し、どの程度国家の制度・統治に反映させるかという点です。タリバンはイスラム法に基づく統治を掲げていますが、タリバンが独自に採用する非常に厳格なイスラム法解釈を国家統治に反映させ、女性の教育、就労、移動、社会参加等を大幅に制限しています。(映画の最後に出てくる女性の学習権を認めていない、等の文章は実質これを指す)。したがって、「イスラム教だから女性の権利が制限される」と単純に理解するのではなく、タリバンによるイスラム法の解釈と、それを国家統治に反映させる政策を見る必要があります。

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 (減点なし/参考/日本はいかにすべきか)

 2026年時点(執筆時点)でもタリバンがアフガニスタンを事実上統治していますが、日本が軍事力によってこの問題を解決しようとすることには、日本国憲法9条との関係で重大な法的問題が生じます。

 しかし、このタリバンの全面支配により、多くの方が日本を含む各国に逃れてきており、そうした方については、日本の難民認定等の実務においても、難民認定者の中でアフガニスタン出身者が相当数を占めています(※)。国連等による人権状況に関する資料も公表されており、こうした出身国情報が難民認定等の審査において重要な資料となることも考えられます。

 (※)入管庁「令和6年における難民認定者数等について」等

この点について映画内では描写されていませんが、実際に調べてみると、タリバン復権後に日本へ逃れ、難民認定等による保護につながったアフガニスタン出身者もいます。もちろん、難民認定は個々の事情に基づいて判断されるべきものですが、外国人の在留・難民申請等をメインに扱う行政書士の資格持ちの立場からも、こうした問題は強く意識しておきたいところです。

 本人の責任によらない事情によって迫害のおそれ等が生じ、帰国が困難となる人々については、難民認定制度等を適切に運用し、必要な保護につなげていくことも、日本ができる国際貢献の一つではないかと個人的に思います。もちろんどこまで受け入れるかは、最終的には国会等で議論され、という部分からとなりますが、経済大国である日本において、迫害等のおそれについて十分な説明が可能で、かつ本人に責任のない事情によって帰国が困難となっている方については、難民認定制度等を適切に運用し、必要な保護につなげていくことも、日本ができる国際貢献の一つではないかと思います。

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