わたしの聖なるインドのレビュー・感想・評価
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いずれ世界の超大国になる国の今。
今作は、大学での学生紛争で幕を開ける。
何を争っているのかは徐々に明らかになってくる。
それは、現政権がイスラム教徒から市民権をはく奪しようとしていることへの抵抗運動であった。
いわれのない暴力で、段々と生きる術を狭められるイスラム教徒たち。
何故現政権がそんなことをするのかは見えてこないが、イスラム教徒たちが困窮する様は理不尽だと思う。
都会と田舎の格差、男尊女卑、カースト、貧富の差、人口の増加による弊害。
問題山積のインド政権が迷走しているのかもしれない。
巻き込まれているイスラム教徒は、今日の糧さえ困るのだ、他の大国の二の舞にならないように祈るしかない。
6年前に、一度だけインドを訪れたことがある。
現地で驚いたことは、山ほどある。
ニューデリー国際空港バス乗り場付近に、野良牛や野良犬(ほぼ狂犬病)がたくさんいること。
祭りの日は、花火の打ち上げとパレードが夜通しあり、翌朝道路はゴミと花だらけになること。
片側3車線の主要道路で、朝は都心に向かう車線が多くなり、夕方は郊外に向かう車線が多くなるよう中央線をドライバーたちが阿吽の呼吸で動かすこと。
街中で信号待ちしていると、車の窓を物売りの少年が叩くこと、その子は裸足なこと。
これから大国になるであろうインドのパワーをビンビン感じました。
ゼロを発見し、ブッダが悟りを開き、準公用語が英語の国、インド。
未来は明るいと信じている。
極右化
ヒンドゥーのカースト制に抗う燃えあがる女性記者たちを見たのが2023年だった
こちらは主にムスリムの女性達ではあったが🇮🇳の女性達はなんと逞しいことよ
ここ最近の出来事かと思っていたらコロナ禍前から 🇮🇳では宗教問題こんなに複雑だとは驚きだった 戸籍は無いらしく12桁の識別番号とのこと その成立で揉めてた?つくづく何を行っても差別の絶えないお国柄だなと そしてこの間見た🇲🇲のロヒンギャの人々もだったがムスリムの人達にアジア諸国は寛容ではなく、苦難が絶えないという悲しい現実
人民党また大勝したらしいがムスリムとの歩み寄りは一番の課題とのこと 🇮🇳に希望はあるのか...
愛国という名の暴力に抗う人々│それでも隣人を見つめる
冒頭から、ハンカチを目頭から離せなかった。
「祖国から追い出されるかもしれない」
それに抗うための、ムスリムたちによる非暴力の抗議活動を追ったドキュメンタリー。
世代や文化、宗教を越えてインド全土に広がった、ムスリム女性たちの歴史的ムーブメント。
その対極に映し出されるのは、『愛国』を掲げた一部の暴力や排他的言動。
モディ首相は2014年から政権を率いており、現在は第3次政権に入っている。
「世界最大の民主主義国」と称されてきたインドは権威主義化が進んでいるとの指摘もある。
監督自身のルーツや状況を踏まえて観ると、この法改正に対する批判の切実さや、
恣意性を感じさせる構造がより鮮明に浮かび上がってくる。
映画のパンフレットに綴られたインド国内の衝撃的な事実の数々に、言葉を失った。
2023年には、「ジャーナリスト保護委員会」と関連団体が、
『世界最大の民主主義国家インドは、メディアにとって世界で最も危険な国でもある。』
とワシントン・ポスト紙に全面広告を出した。
インド国内では現政権の支持が根強いものの、
国際社会では民主主義の後退を懸念する声が広く上がっているという。
日本におけるインド情勢の報道がいかに限られているか、という現実を突きつけられる。
この作品がムスリム側の視点から作られた映画でありながら、事実を歪めるために意図的な編集を施した作品には思えなかった。
各種報道の影響もあるが、暴徒化するヒンドゥー教徒グループの中で、カメラに向かって暴言を吐く人を映しながら、監督自身の落ち着いた声は語る。
「もし私が『ヒンドゥー教徒は全員こうです』と言えば?」
─その言葉に怒りは感じられず、監督自身が自分と向き合う様子や、葛藤が根底に見えた。
ムスリムとしての痛みや危機感の中にいながら、相手の集団の中にいる個々人をも人間として見ようとするスタンスを、観客である私たちにも求めていた。
冷静に、「なぜこれほどの暴力が正当化されているのか」という構造的な問題に目を向けてほしいというメッセージに聞こえた。
シャヒーン・バーグで何千人もの人々が昼夜問わず座り込みをした抗議活動の場には、ガンディーの大きな写真も掲げられていた。
その抗議の広がりは、ムスリム女性たちの団結と慈愛に対する敬意が大きく影響しているように思えた。
女性たちの言葉に耳を傾けていると、
CAAだけではなく、他の政策に対する不満も積み重なっているようだった。
最後に、キッチンに立つ女性が、「これはゲームだったのよ。注ぎすぎた水が溢れた。」と言いながら笑っていた。コップに水を注ぎ、溢れさせながら。
結局、2024年3月11日に市民権改正法は施行され、同年6月には第3次モディ政権が発足した。
しかし、BJPの単独過半数は下回る結果となった。
先述の女性が語った、「溢れた水」は少しずつ状況を変えているのかもしれない。
家の中から飛び出し、危険を顧みず抗議したインド人女性たちと、
『メディアにとって世界で最も危険な国でもある』と言われるこの国で、この記録を残したノウシーン・ハーン監督に敬意を示したい。
note(YouKhy)ではもう少し詳しく書いています。
カオスです
宗教
1947年に壮大な血を流したインドとパキスタンの分離。一応、ヒンドゥー教とイスラム教とが別れ別の国として歩む様になったかに見えた。
しかし、インドにはムスリムの人達が少数残っておりイスラムの価値観を大切にしながらインドの地で生活して来た。肥大化したヒンドゥー主義はイスラムの存在自体を無視し、他の宗教には寛大であるかのように振る舞う。勿論、それは虚飾でしかない。マジョリティがマイノリティを迫害するのは国を問わず、歴史が証明していることを本作で改めて思い知らされた。
インドがこれから健全な民主主義国家として発展して行けるとは思えないし、周辺国家とも摩擦を引き起こしながら進んで行くであろうことが予測される。
悲観もするが事の成り行きを冷静に見るムスリム女性
2019年、インド・ニューデリーのイスラム教徒居住区のシャヒーン・バーグで行った、ムスリム女性たちが中心となった100日以上にも及ぶ座り込み運動の軌跡。
ナレンドラ・モディ政権発足以降、顕著となったヒンドゥー至上主義。立場的に弱い女性、とりわけムスリム女性にしてみれば市民権はおろか存在すら軽んじられてしまう。座り込み運動の中心が彼女達になるのも至極当然というもの。
「わたしの聖なるインド」という邦題、そして原題『Land of My Dreams(わたしの理想の国)』には、母国の現状をカメラで捉えたムスリム女性監督の皮肉が込められているのは明らか。ただ、本作で活写される女性たちは総じて機知に富んでいる。悲観はしているが事の成り行きを冷静に見ている。ラストでの1人のムスリム女性の一言が粋。
24年に第三次モディ政権となり、イスラモフォビア(イスラム教やムスリムへの憎悪、宗教的偏見)化はさらに深刻化。インドが「わたしの理想の国」となる日は来るのか。
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