ドランクヌードル

劇場公開日:2026年5月1日

解説・あらすじ

ニューヨーク・ブルックリンの都市と州北部の森を舞台に、日常と記憶、幻想が混ざり合う詩的な映像で紡いだ全4章の物語。

夏の間、叔父の洒脱な家で留守番をするためブルックリンにやって来た美大生の青年アドナン。同時にギャラリーでインターンとして働きはじめるが、そこに展示されるのは、去年の夏に彼が出会った奇抜な刺繍アーティストの作品だった。過去と現在が交錯するなか、官能と創造の出会いの連なりが、アドナンの日常の輪郭を曖昧にしていく。

アルゼンチン出身でニューヨークを拠点に活動する気鋭の映画作家でファッションデザイナーのルシオ・カストロが監督・脚本・編集を手がけ、伝統的なニードルポイント技法でユーモラスな性的モチーフを描くアメリカの刺繍アーティスト、サル・サランドラの作品に着想を得て制作。色彩豊かで遊び心に満ちた刺繍アートのイメージを随所に散りばめながら描き出す。タイトルの「ドランクヌードル(酔っ払い麺)」はタイ料理「パッキーマオ」の英語名で、その強烈な辛さが酔っ払いの目を覚ますことが名前の由来のひとつとされる。

2025年製作/82分/R15+/アメリカ・アルゼンチン合作
原題または英題:Drunken Noodles
配給:ミモザフィルムズ
劇場公開日:2026年5月1日

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(C)2025 Lucio Castro Inc.

映画レビュー

3.0 アルゼンチン出身監督の独特の感性と空気感

2026年4月29日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

独りで訪れたブルックリン。主人公の青年は留守中の叔父の部屋で静かなひとときを過ごす。時折、夜の静寂を埋めるかのように彼は束の間の情事を求め、公園に佇んだり、配達員と関係を重ねたり・・・。キャストは最小限に抑えられ、なおかつ、ほとんど男性のみ(年齢は様々)。みやびに誘い合い、性を求める描写が幾度も描かれるので、何も知らないまま見始めるとちょっとビックリしてしまうかも。でもそれに慣れると、この映画を織りなす美しくも幻想的な感覚や、繊細な心象模様、章ごとに遡っていく時間軸、さらには、ちょっと笑ってしまうほど色鮮やかでで性的な刺繍アートが少し愛おしく思えてくるから不思議だ。どこか漢詩の一節を具現化したような浮遊感と、酩酊感と、孤独。うつつのものとは思えないあの眩い光と緑に満ちた世界は一体何なのだろう。一瞬一瞬に重きを置かず、夢の中をさらさらとこぼれ落ちていくかのような描写の積み重ねが印象的な一作。

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牛津厚信

3.5 妖精たち

2026年5月6日
Androidアプリから投稿

大泉滉をイケメンにした感じの主人公は、筋骨隆々の細マッチョでいながらどこか不健康。
彼らは大人の男にはなれず、永遠の夏を永遠の少年のまま過ごす運命かのよう。
ペニスからペニスへ飛び移るエロスの妖精達が、滑稽なような、刹那いような、羨ましいような…

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こうた

3.0 官能と幻想の縫い目

2026年5月6日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

ブルックリンの留守宅、北部の森での刺繍画家との出会い、森の別荘での恋人との滞在と3章立ての構成で、時系列を遡るかたちで描かれます。そして第4章でまたブルックリンに戻り、李白時代の公園?でラストを迎えます。

都会の夏の夜の涼しげな感じや森の静けさ、渓流の気持ちよさが画面からビビッドに伝わってきます。
突然牧神が現れたり、恋人が分裂してしまったりシュールな描写もあり、春画のような刺繍アートも含め詩的で飽きさせません。

ただ個人的には、放尿音やハッテン場ほかの生々しい描写には少し抵抗感があり、その分点数は抑え目になりました。

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sugar bread

3.0 なぜ邦題は ドランケンヌードルズ でなく ドランクヌードル?

2026年5月5日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

癒される

ドキドキ

クィア映画の男版と知らず、観に行った。

なんだか場違いな所に来た気もしたが、これも何かの縁と
観てみた。

NY州にあるアート教育に定評のあるバード大学の学生アドナンは、叔父さんが訪欧旅行する夏の間、猫の番を頼まれて、あと小ギャラリーのインターンとして大都会ブルックリンにしばらく滞在する。
そのギャラリーには、サルという70歳代の刺繍作家の作品が展示されており、その刺繍はユニークで官能的でクィア心に訴えてくるものだった。
 ある夜アドナンは「ハッテン場」である近くの公園に行くと、前夜自分にフードデリバリーを届けてくれたヤリエルがいて、交わりを持つ。翌日アドナンはヤリエルを自分がつとめるギャラリーに誘いサルの刺繍を見せると、痛く感動し、
自分の仲間達もアドナン家へ連れてきて、めくるめく世界となる。
別れ際ヤリエルは自作の詩集をアドナンに渡す。その中に、2人の出会いを詩にした「Drunken noodles」がある。

実は一年前の夏、偶然アドナンとサルは遭っていた。アドナンは州北部をサイクリング中にタイヤがパンクしてしまい、そこにサルが上半身裸でやってきて、修理をするためにサルの家に行き、そこでサルが創った官能的な数多の刺繍を見る。今まで人に見せたことがないと言い、衝動的に情事にふける。
「とっておきのものを見せよう」とサルが言い連れられて行った先には、2台の椅子が並んでおり、「静かにしていれば現れる」とサルの言う通りにしていると、
半人半獣フォーンに遭える。

実はサルと遭う前日、アドナンは年上パートナーのイギーとトレッキングのため森のコテージに来ていた。2人はここ半年情事がない。話の途中、70代の人と関係を持ったことがあるかと聞かれ、アドナンは非常に興味はあったがその機会はなかったと答える(これはその翌日に70代のサルと衝動的にしてしまうことと繋がっている?)。イギーは作家だが、イギーが自分とアドナンのことを小説に書こうとしていて、勝手にその文章を読んだアドナンは、イギーが分裂してしまう奇妙な体験をする。ここでイギーとは精神的に別れたのだと思う。

ラストは印象的だった。
思いもかけぬ人との別れや出会いや
偉大な芸術との出会いを経て
バーのブラックボードに書かれた李白の詩を読んで、マッカレン公園にいくと
自然と溶けあい、悟りをひらいたかのように
毒気が抜かれ
幸せな世界に行ってしまう。
デトックスできて良かった。

男版クィアも盛んなことがわかった!?

なぜ邦題は
ドランケンヌードルズ
でなく
ドランクヌードル
だったのだろう?

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にっく