私はあなたを知らない、

劇場公開日:2026年8月28日

私はあなたを知らない、

解説・あらすじ

「湯を沸かすほどの熱い愛」の中野量太監督が坂口健太郎を主演に迎えて撮りあげた、日仏共同製作によるヒューマンサスペンス。中野監督が10年ぶりにオリジナル脚本を手がけ、「人を愛すること」「罪と贖罪、赦し」をテーマに、「家族」という幸せの形を追い求めた末に愛する人を殺めてしまった孤独な青年の姿を描き出す。

天涯孤独の身である28歳の西山夕平は、自分の中で決められたルーティンをこなすだけの日々を過ごし、その環境を寂しいとも思わないまま生きてきた。そんな彼の日常は、職場にやって来た新しいパート職員・東浜紗月の存在により一変する。彼女と出会い、生きる喜びを得た夕平の毎日は輝いていく。ある日、夕平は紗月から5歳の娘・朝子を紹介され、彼女がシングルマザーであることを知る。紗月と朝子との生活で、「家族」という幸せの形を初めて知った夕平の心は開放されていくが……。

坂口健太郎が夕平の孤独な青年期から葛藤を抱える40代までを演じ、紗月の娘で夕平の運命を大きく動かす朝子役で早瀬憩、紗月役で堀田真由、幼少期の朝子役で倉田瑛茉、罪を犯した夕平の弁護を担当する弁護士・町村善一役で滝藤賢一、娘の交際相手としての夕平に不信感を抱く紗月の母・道代役で原田美枝子が共演。

2026年製作/126分/G/日本・フランス合作
配給:クロックワークス
劇場公開日:2026年8月28日

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映画レビュー

4.0 【知ったからこそ、知らない】

2026年8月17日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

第1章 07:00を待つ

横向きに寝ている夕平の顔を、カメラがアップで捉える。
夕平は、眠っていない。
目を開いて、じっと何かを見つめている。
「07:00」
目覚まし時計が鳴る瞬間を、夕平は待っている。
鳴ったから慌てて止めるのではない。
自分が決めた時刻になる瞬間を、目を開けたまま待ち構え、そして押す。
この冒頭が、とても印象に残った。

夕平の日常には、目覚まし時計だけではなく、靴の履き方、高級食パン、工場での検品など、いくつものルーティンがある。
白いゴム手袋が、同じ工程を繰り返していく。
その白い手袋を検品する夕平。
色のない、無味無臭のような日常。
けれど私は、それを単なる「平凡な生活」とは感じなかった。
夕平は、日常をただ繰り返しているのではない。
自分で正確に繰り返している。
決められたことを、決められた通りに行うことで、自分の世界を保っているように見える。
だからこそ、その日常から高級食パン店が消えたとき、私は小さな変化以上のものを感じた。
唯一の細やかな贅沢さえ失われる。
それは、夕平が守ってきた世界に、初めて大きな亀裂が入ったように見えた。
そして、その亀裂から入ってくるものがある。
「あなた」

第2章 薄く透ける「あなた」

ゴム手袋の製造工場。
その壁に、映画のタイトルとしてクレジットされる「あなた」の文字が、小さく、薄く透けている。
私は、この文字を見たときから「あなた」を意識するようになった。

そして、白いゴム手袋。
夕平の世界には、まだ色が少ない。
そこへ紗月が入り、朝子と出会う。
高級食パンを食べることすら、ひどく不器用だった夕平の日常が、少しずつ変わっていく。
それは単純に、恋愛が始まったということではない。
これまでの夕平の人生にはなかったものを知ることで、夕平自身が知らなかった感情が生まれていく。
その変化を、この映画は説明だけで見せない。
画面の中のものが変わっていく。
水色が増えていく。
アパートのドアや階段。
幼稚園の帽子や遊具。
朝子たちの服。
街の道路標識。
最初は色の少なかった世界に、少しずつ色が増えていく。
夕平が誰かと出会い、その世界に触れていくにつれて、世界そのものの見え方が変わっていくようだった。

第3章 知らなかった幸福

紗月と朝子との時間は、夕平の日常に、それまで存在しなかった幸福を生んでいく。
高級食パン。
その食パンを、夕平は信じられないほどボロボロに切ってしまう。
それを見た紗月が、パン切り包丁をプレゼントしようとする。
夕平は代金を払おうとする。
紗月は、プレゼントではなく「貸す」ことにする。
そして二人は、不器用なくらい可愛らしいキスをする。
照れながら、もう一度口付けをする。
微笑ましい二人を捉えたショット。
私は、そこで一度、画面の別の場所に目を奪われた。
紗月をそっと抱きしめる夕平。その手に握られたパン切り包丁が、突っ立っている。
なぜ、幸福そうな二人のショットの中に、それを映す必要があったのか。
私はそこで、この後の不穏な展開を予感せざるを得なかった。
日常を変えた幸せの象徴だったものが、後に別の意味を持ってしまうかもしれない。

一方で、この映画には、まだ答えの出ないものもある。
真っ白な壁に、大きく真っ赤な「タブレット」の文字が何度も映る。
アパートの名前だということ以外、最後まで、その意味を見つけられなかった。
意味がないとしたら、なぜこの場所を選んだのだろう。
その答えを監督に聞いてみたくなった。

第4章 「君のために」

夕平は、相手のために動こうとする。
けれど、その行動が相手に同じ形で届くとは限らない。
同僚が身体を心配して渡してくれたおにぎりを、夕平は後で川へ投げ捨てる。
その様子を紗月が見ている。
その投げ方さえ、ぎこちない。
夕平は、人とのコミュニケーションだけでなく、身体の動かし方まで不器用なのではないか。
坂口健太郎の演技から、そんなことまで感じた。

朝子との遊園地の場面も忘れられない。
アイスクリームを買ってきてほしいと駄々をこねる朝子。
夕平は、本当は彼女を一人にしたくない。
それでも仕方なく買いに行こうとする。
独りで待っている朝子のもとへ急いで戻ろうとした夕平は、不安そうに待つ朝子の姿を見て、足を止める。
朝子はどんどん不安になっていく。
アイスクリームは溶けていく。
それでも夕平は動かない。
朝子が我慢できずに夕平を呼び、ようやく向かっていく。
私は、ここに違和感を覚えた。
監督からは、我儘を言う娘に、どんなに愛していてもちょっと意地悪になってしまうことがあることを描いたと伺った。
それでも、私には夕平の挙動や、この場面に使われた尺まで含めると、それだけでは説明しきれない危うさを感じざるを得なかった。

徒競走でも、夕平の不器用さは別の形で現れる。
朝子が一生懸命に練習していたことを知っているからこそ、不運を受け入れられず、大人げない行動をしてしまう夕平を、周囲は困惑したように見つめる。
夕平にとっては、朝子のためを思った純粋な行動なのだろう。
けれど、紗月が求めている行動ではない。
ここで、夕平の「君のために」は、愛情であると同時に、相手を追い詰めるものにもなっていく。

第5章 近づくこと、近づかないこと

この映画では、人物の心理が台詞だけで語られない。
距離そのものが、心理になっている。
アパートのドアを開ける夕平。
その動きが、そのまま面会室のドアを開ける動きにつながるマッチカットがある。
「ドアを開ける」という行為が、相手を知ること、相手の人生に関わることへつながっていくように見えた。
別れ話の場面では、紗月が階段の上にいる。
夕平は下にいる。
紗月は、別れ話をしている間、階段を降りない。
二人の立っている場所だけで、すでに二人の立場の違いが見えている。

その後の出来事も階段で起き、
上と下の配置、移動の有無、そして距離そのものが、二人の関係を変化させていく。

物理的な距離が、二人の心の距離まで映しているように感じた。
それなのに夕平には、その距離が受け入れられない。
幸せな時間を象徴していたものが、別の意味を持ってしまう。
その哀しい皮肉が心に残った。
同じものを見ていても、同じものが見えているとは限らない。
この映画の「知る」という言葉は、ここから少しずつ重さを増していく。

第6章 越えられないもの

二人の間には、何度も「隔てるもの」が現れる。
幼稚園のフェンス。
面会室のアクリル。
接近禁止令。
そして時間。
どれだけ互いに想っていても、物理的に越えられないものがある。
それでも夕平は、朝子との約束を守ろうとする。
朝子には、夕平は遠い国へ行って帰ってこないと伝えられている。
けれど夕平は、接近禁止令があるにもかかわらず、幼稚園のフェンス越しに朝子と話す。
フランス帰りの変装までして、朝子の話に合わせる。
嘘をつきたくない。
約束を守りたい。
その一心で動いてしまう。

そして、サボテン。
店員から、夏の終わりに花が咲くと聞き、夕平は朝子と一緒に花が咲くのを待つ。
けれど、その花が咲く前に、二人は会えなくなる。
実際に花が咲くまで十年以上かかる植物を渡してしまうことで、そのサボテンが13年後の再会までを一本の時間としてつないでいるように見える。
夕平が守ろうとしていたのは、単に約束という言葉ではなかったのだと思う。
何を失っても、約束だけは守ろうとすること。
夕平は、そこに異様なほど固執しているように感じた。

第7章 憎むために、知る

時間が流れ、今度は朝子自身が夕平を知ろうとする。
母を殺した男を憎むために、夕平のことを調べ始める。
憎むためには、まず知らなければならない。
けれど、知れば知るほど、夕平という人間が「母を殺した男」という一つの言葉だけでは捉えられなくなっていく。
母のことを愛していたこと。
自分のことを本当に大切にしていたこと。
約束を守ろうとしていたこと。
そして、あまりにも不器用だったこと。
朝子が知っていく夕平は、憎むために始めた調査の中で、別の輪郭を持ち始める。
それは、夕平を赦すこととは違う。
むしろ逆なのかもしれない。
知ったからこそ、母を殺したことを赦せないという感情が、より複雑なものになっていく。
知らなかったときのように、単純に憎むこともできなくなる。
朝子が知ったのは、夕平という人間の全てではない。
それでも、憎むために始めた「知る」という行為が、憎むだけでは終われない場所まで彼女を連れていく。

第8章 「私のために」

そこで、私はもう一つの言葉に立ち止まる。
「私のために」。
夕平は、自分では言葉にしなくても、行動の多くを相手のために向けていた。
朝子のために。
紗月のために。
約束のために。
けれど最後に朝子が求めるのは、「私のために」本当のことを教えてほしい、ということだった。
ここで、「君のために」と「私のために」が反転する。
夕平が相手のために生きようとするのに対して、朝子が求めるのは、自分がこれから生きていくために必要なことだ。
その先に、朝子の答えがある。

第9章 私はあなたを知らない、

「私はあなたを知らない、」
このタイトルを、私は映画を観る前とはまったく違う意味で見るようになった。
朝子は、夕平を知った。
調べた。
考えた。
想い続けた。
母を愛していたことも。
自分を大切にしていたことも。
その愛情の深さも、不器用さも。
それでも、母を殺したことを赦すことはできない。
だからといって、夕平を憎み続けながら生きていくことも選ばない。
そこで出てくるのが、
「私はあなたを知らない、」
という言葉なのだと思う。
それは、何も知らないという意味ではない。
むしろ、知ったからこそ選ぶ「知らない」なのではないか。
もしこの先、偶然出会うことがあったとしても、朝子にとっては、知らない者同士になることで、恨み続けることを選ばない距離が生まれる。
私は、この二人の距離を「赦し」という言葉だけでは捉えられなかった。
監督は、この二人にとっての幸せ、この二人にとっての赦しだけを考え続けたという。
その言葉を聞いても、私は「これが本作の赦しの答えなのだ」とは思わない。
むしろ、この二人がそれぞれの人生を生きていくために、選ばざるを得なかった距離なのだと思った。

第10章 白くなった「あなた」

そして最後に、私は冒頭の「あなた」を思い出す。
ゴム手袋の製造工場の壁に、薄く透けていた「あなた」。
それが最後には、大通りの霞んだ空に浮かんでいる。
今度の「あなた」は、薄くない。
白い。
晴れ渡った空ではない。
霞んだ空の中に、それでも白く見える「あなた」。

タイトルの一部でしかなかった「あなた」が、映画の始まりと終わりで、違って見える。
その間にあったのは、誰かを知ることだった。

私は、この映画を「人を知れば、人を赦せる物語」とは受け取らなかった。
むしろ、
知ったからこそ、赦せない。
そして、
赦せないからこそ、憎み続けないための距離を選ぶ。
そんな映画として受け取った。

もちろん、私には最後まで分からなかったものもある。
あの「タブレット」の文字は何だったのか。
遊園地で、夕平はなぜあれほど長く立ち止まったのか。
画面の中に置かれたものを、いくつも考え続けた。
けれど、すべてに答えを出す必要はないのだと思う。
映画を観終わっても残る「分からない」は、映画からこぼれ落ちたものではなく、私がスクリーンの前で感じたものとして残っている。
そして、最後の「あなた」を見たとき、もう一度、冒頭の「あなた」を思い出した。
薄く透けていた「あなた」が、白く見える。

私はあなたを知らない、
という言葉は、
知らないから言うのではない。
知ったからこそ、そう言う。
その「、」の先に何が続くのか。
私には、まだ分からない。
だからこそ、この物語が終わったあとも、その続きを考えている。

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物語の臨界を穿つ者|映画観測官

4.5 「愛」とは、こんなにも美しく、そして残酷なものなのか

2026年8月14日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:試写会

泣ける

知的

ドキドキ

ネタバレ! クリックして本文を読む
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run

3.5 男の愛に涙か、それともドン引きか

Kさん
2026年8月14日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:試写会

《試写会にて鑑賞》

「愛」「殺意」「罪と赦し」をテーマにした
とても深いヒューマンサスペンス。

タイトルが現れる瞬間が素晴らしくて鳥肌もの。

質感や光と影のコントラストが
どこかヨーロッパ映画を思わせ、
それが物語の持つ底知れぬ深みを
より一層引き立てていました。

前半での東京の街で生きづらさを抱える描写や、
会話が苦手な夕平には激しく共感。
後半は徐々に観客とズレていくところが見事だった。

紗月に関しては、
あまり共感できないキャラクターにすることで
主人公の心情を際立たせていたと思います!
まさに陰と陽。

そして、主人公の最終的な職業からも、
「もしかしたら……」という思いが
込められているように感じられました。

鑑賞後は、
タイトルの「、」の意味と人を愛することについて
深く考えさせられた作品。

ミスリードがありつつ、それが少し丁寧すぎる印象で
予想がすぐについてしまうところがいくつかあり、
個人的に泣くというところまではいきませんでした。

坂口さんのパリTスタイル面白かった🇫🇷

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K

3.5 ただの殺人犯にしか見えなかった

2026年8月13日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:試写会

傷つくことを恐れ、寂しさを抱えた若者として主人公夕平は描写されていましたが、結果だけ見ると許し難い殺人犯にしか見えませんでした。
情状酌量の余地があるような、殺人に至ってしまった複雑な理由があるのかなと思ったらそういうのもなく……
これは私がずっと遺族の朝子目線で鑑賞していたからかもしれません。

鑑賞者によって観る視点や捉え方が変わる映画なので、公開されたら様々な意見や感想を読んでみたいです。
あ、あと顔のアップがやたら多いカメラワークはちょっと気になりました。

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よもぎうどん