フェザーズ その家に巣食うもののレビュー・感想・評価
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カンバーバッチ、英国俳優としての使命感と挑戦
愛する妻を失った悲しみと、突然家事子育てを一手に引き受けることになった混乱とストレスを、名優ベネディクト・カンバーバッチが迫真の演技で表現する。それゆえ観ている側も精神的に参ってしまいそう。さらに、漆黒のカラス人間“クロウ”がおどろおどろしい演出とともに繰り返し出現し、観客の混乱とストレスも増すばかり。万人受けする映画でないのは確かだ。
原題の「The Thing with Feathers」を見て、甲斐バンドの往年の名曲「翼あるもの」を思い出したが、邦題の一部分「その家に巣食う」はホラー的な印象を与えてミスリード気味か。英作家マックス・ポーターによる原作小説の題は「Grief Is the Thing with Feathers」(邦訳題「悲しみは羽根をまとって」)で、「the thing(怪物)=悲しみ」と親切に教えてくれているものの、製作にも携わったカンバーバッチが題からgriefを外したのは興行的な事情だとインタビューで明かしている。
「スター・トレック」や「アベンジャーズ」といった超大作シリーズに起用され国際的なスターになったカンバーバッチだが、中学の頃から芸術奨学生として演劇の英才教育を受け、舞台俳優としてキャリアを築いてきた筋金入りの演劇人。その後テレビ、映画と活躍の場を広げてきたが、ハリウッドスターの仲間入りを果たしても守りに入らず、製作会社SunnyMarchの共同経営者としてプロデュースにも積極的に携わってきた。ハリウッド的な型にはまらない、英国伝統の芸術文化をふまえた新たな挑戦を目指しており、マックス・ポーターのデビュー小説を原作に、やはり長編劇映画デビューとなる英国人監督ディラン・サザーンを起用したことも、同国の若きクリエイターたちの活動を支援するカンバーバッチの使命感の表れであるように思う。
映画「フェザーズ その家に巣食うもの」は先述の通り、観る人を選ぶ作品かもしれない。試行錯誤にとどまった感もある。それでもやはり、作品と演技に真摯に向き合い、英国文化を高めようとするカンバーバッチの挑戦は尊敬に値するし、将来の飛躍のためには試行錯誤も必要なのかもしれない。
痛烈な闇と哀しみに呑み込まれるカンバーバッチ
これほど痛烈な闇に飲み込まれ、なおかつ身を切るほどの哀しみに溺れるカンバーバッチの演技は初めてかもしれない。妻はもういない。そのショックをまだ受け入れられずにいる主人公。しかし人生は続く。何より彼には幼い息子たちを育てる責任が伴う。コミックアーテイストとしての仕事も。浅野忠信主演の『レイヴンズ』でカラスの化身が主人公の元を度々訪れたように、本作でもカンバーバッチを追い詰めるのはやはり真っ黒なカラス(クロウ)だ。パッと見では死神のような不穏な存在に思えるが、時間の経過と共に抗わず受け入れるようになると、今度は己を守ってくれる尊い存在のようにも思えてくる不思議。そう、決して敵ではないのだ。心理ドラマ、はたまたダークファンタジーとも呼ぶべきこの絶望の地平線で、ほんの少しずつ悲しみや苦しみが癒され人間性が前を向き進み始める展開が静かな感動を呼ぶ。彼ほどの俳優が主演したからこそ重厚に輝く一作である。
暗い
「つめた〜い」「あったか〜い」同時に押して鴉出てきたらこええよ
フロイトの提唱した「喪の仕事」の段階に沿って?主人公の内面が仕事の創作物と合体して、グラフィカル・アートっぽい生き物が現出して男組家族を驚かせながらも見届けるみたいな話。書いてて自分が半信半疑なのだが、寂しいようなあったかいような、正真正銘の「中途半端」を表現したかったのらしい異色の共同サイコドラマ。
抽象的な感情を“カラス”で描いた良作
好き嫌いが大きく分かれそうな作品ではあるものの、個人的にはかなり好印象だった。特に印象に残ったのは、抽象的で捉えにくい感情を、カラスという具体的で視覚的にも強いモチーフによって表現していたところだ。不安や恐怖といった内面的な揺らぎを、観客がひと目で受け取れる形に変換していて、その演出には独特の力があったと思う。場面によってはやや誇張が強く、過剰に感じる部分もあるが、その過剰さが逆に感情の生々しさを際立たせてもいた。現実的かどうか以上に、心の中で増幅される感覚そのものを映像にしているようで、その点がこの作品の魅力だと感じた。ラストもエンドロールの曲まで含めて爽やかに締めくくられており、重たい題材や不穏な空気を扱いながらも、後味は意外なほど良い。万人向けとは言いにくいが、強く印象に残る良作だった。
CROW×悪魔
オカルト映画だと思ったのに…。
オカルト映画と思ったら、結末は全然違った。
紛らしことこの上ない。
妻と死別した画家の統合失調症との戦いの軌跡を描いた作品である。
ただ、統合失調症を、主人公の画家が描く、悪魔のような鴉に擬人化しているところが、
この映画のツボになる。
いろいろあって、結局、最後は病魔に取り憑かれる寸前で立ち直る。
暗闇と雨の世界から
青空と海と白浜の世界で火葬した妻の遺骨を散骨し、
解放されるというお話で内容は合っていると思う。
重ねて言おう、紛らわしすぎる!
なぜ病魔(悪魔鴉)打ち勝てたのかそのあたりのことはよくわからなかった。
運が良かったのか、たまたまか?
作者の答えはエンドロールで流れる女性シンガーの
心が軽くなる歌の中にあったのだろうと思うが、
きちんと汲み取ることができなかった。
でも、統合失調症の病自体がよくわかっていないのだから、これでいいのかもしれない。
いや、やっぱり、もっと分かりやすい表現であるべきだと思う。
世間の誤解を招くことにつながるのでは?
弱った心につけ込む悪霊。
不思議な世界観…
moonshadow
カンバーバッチ主演作品ということだけ頭に入れての鑑賞。
特典はポストカードでした。
カラスがやってきた日から日常が一変するといった感じの内容で、大型二足歩行カラスに襲われたり、変な怪物に襲われたりなんかしますが、基本的には親子の物語になっているので、怪物に襲われるシーンは一種の刺激として成長を促すような作りだったのかなと個人的には思いました。
子どもたちが成長していく過程、シングルファーザーだからこその葛藤、怒りをぶつけての創作活動、生き様の試練として怪物が立ちはだかるんですが、結構ダメージを食らうので痛そうでした。
ラストカットの子供達との海のシーンは綺麗でした。
要所要所のカットはとても綺麗だったので、怪物が今作においてはメタファーだと思うんですが、少しノイズになってしまったのかなと思ってしまいました。
親子ものですがそんなにのめり込めずでした。
バチバチに怪物とやり合うスタイルを期待していたので、まぁそりゃそうかといった感じですが。
鑑賞日 4/6
鑑賞時間 10:55〜12:45
映画的な不親切
最愛の妻を(子供らにとっては母を)亡くした喪失感、襲い来る哀しみ、鬱。
それらマイナスの感情をイマジナリーとして形にしたのがカラス(クロウ)であると。
カラスを追い払おう、追い払おうと足掻けば足掻くほど、カラスの力が増していく。
しかし、感情を殺して忘れ去ろうとすると、その意志の力が悪魔(デーモン)と化してカラスに襲いかかる……
己の内面の哀しみの感情(=カラス)を忘れるのではなく、むしろその感情すら大事に身に抱えたまま未来に生きていく決意を、コミックアーティストが自らの物語(作品)として昇華。
観客が、「主人公の作り出した物語を映像化した映画をメタ的に見せられている」と気づくのは最後のほう。
その構造に気づかないまま観ていると、「メンタルの変調した人(鬱患者)の見ている幻視を滔々と見せられてるだけ?」「なんでカラスなの?」って疑問に苛まれたまま時間が過ぎていくだけだと思われます。
というか、比喩が多く、またちょっとビジュアルがアート寄りなのもあって、監督サイドが、わざと気づかせにくく作ってる節がある。
親切じゃない。
本作を楽しめるか否かは、そのわかりづらさを面白く思えるかどうか、かもしれません。
私は理解したうえで、映画的な不親切があまり好きになれませんでした。
ちょっと独りよがりだし、ずっと暗すぎ。最後の海のシーンに救われる。...
ちょっと独りよがりだし、ずっと暗すぎ。最後の海のシーンに救われる。主人公だけでなく、3人のカラス共同妄想。でもそれが彼を救う。子どもたちがいい。子どもという存在はいいと改めて思う。その中間的な未定型なあり方。
DAD
これはホラー?セラピー?
突然妻に先立たれた男。二人の息子を抱え、手探りで新たな生活を始めようとしていたある日、正体不明のカラス男が現れ……
てっきりホラーかと思っていたのですが、いざ見てみると男に寄り添っているようで、まるでセラピーのようでした。
それにしても作中で男や息子たちの名前が全く出てこなかったのは衝撃でしたね。
クソデカカラスマンは可愛かったですが、画面の明滅は激しかったので要注意かもです。
手厳しい漆黒のグリーフケアマネージャー
一本だけ残る歯ブラシ、黒こげのトースト、洗濯かごの汚れたままの体操着。妻の不在を的確に描写していく。
育児を回さないと、部屋も散らかってきた、仕事は手につかないし体も動かない、弟や友人の気遣いはありがたいが正直煩わしい。
そして「カラス」が現れる。男の内面イメージの具現化なのだが、子供たちにも見える(と男は感じている?)。深すぎる悲しみの伝染なのか。
「カラス」の声としゃべり方がとても個性的だと思ったらデヴィッド・シューリスがやっていたとは。
制作総指揮に名を連ねたカンバーバッチが、近親者を突然なくした辛さを見事に表現している。全編出ずっぱりで。
ただ演出面では「カラス」や「デーモン」の到来が繰り返され、映画的にはやや単調になってしまったように感じた。もちろんホラーではないのだが、アート系のそれだとしても、もう少し工夫があってもよかったのではないかな。
つ、辛い⋯
観ていて辛くなる、重い作品でした。
ポスターデザインからてっきり「ホラー系」だと思い、でもベネディクト・カンバーバッチだから、そんな安っぽいホラーではないだろう、と勝手に思い込んでいましたが、見事に予想から外れていました。
要するに愛する人の「喪失」から再生する物語ですが、何が辛いかと言うと、ベネディクト・カンバーバッチ演じる父親が子供たちに辛くあたるところでした。
愛する人を突然亡くした父親の悲しみは分かるのですが、子供たちに当たり散らしたり、ないがしろにしたり、ぞんざいに扱うのは、それは何か違うな、と。
哀しいのはわかるけど、哀しいのはあんただけじゃない、もっと自分の子供のこともちゃんとケアしてあげろよ、と。
まさに「悲しみを処理できない」大人の象徴でしたね。
自分の苦しさに飲み込まれて、同じように傷ついている子どもたちの存在が見えなくなっている。だからこそ、観ている側としては子どもたちに感情移入して、余計にしんどくなる構造になっていました。
要所要所で姿を現すカラスは、厳しすぎるカウンセラーみたいな存在でしたね。
優しく癒すわけでもない、完全に破滅へ導くわけでもない、むしろ「逃げずに向き合え」と突きつけてくる。
だからカラスを倒したのは、悲しみを「克服した」ではなく「受け入れた」ということになるのかな?共存できる状態になったということなんでしょうね。
つまり、最終的に「ちゃんと悲しむこと」「ちゃんと向き合うこと」に皆が少しずつ近付いていく、という着地になっていたように感じました。
最後は子供たちの笑顔も戻り、父親も立ち直って良かったな、と思いましたが、あれは「元通り」ではなく、「壊れた後の新しいバランスに辿り着いた」状態だと思いました。ここからやり直していくしかないよね、という再出発の笑顔ですよね。
しかし、やはりベネディクト・カンバーバッチはうまいですね。″共感できるけど好きになれない″人物をリアルに演じていました。力量のない人が演じるとただの「ひどい父親」で終わる可能性がありますが、カンバーバッチが演じることで「この人、どこか壊れてしまったんだな」という「奥行き」がしっかり自然に乗っていました。
覗く内側
幼い息子2人と夫(主人公)を遺し突如亡くなった妻
悲しみに打ちのめされながらも前を向こうとする主人公に襲いかかるのは…
………
主演ベネディクト・カンバーバッチが呑み込み吐き出す〝
うまく立ち回れない苛立ち〟が軋む音をたて棘のある蔓になり一帯にはびこっていく
それを扇動し執拗に迫る彼自身の内側(心)のメタファー
夢中で自分に捧げていた時間
見失っていたもの
決して戻らない事
突き放し溺れさせ
包むように拾いあげ
葛藤の渦で行き来する主人公
その対峙の先を
固唾をのみ心拍を上げ下げしながら見つめる
メタファーの凶暴性や不気味さより
彼が希望を手放すのではと感じたときの畏怖
どうかそこに呑まれないで
大切な人のために
あなたのために
乗り切って
見過ごした妻の寂しげで静かな横顔がちらつく
未来にさす光を信じたい内省の具現化を
渾身の演技で味わうドラマだった
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