開戦前夜のレビュー・感想・評価
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もがきながら敗戦に向かっていく作品
戦闘シーンがほぼ描かれていない戦争映画。
戦争が始まる前に負けている、という独特な切り口。
そして、ちゃんと戦争映画らしく何かが狂っています。
「数字を見れば誰でも無謀と分かる簡単なこと」
「誰かがきっと戦争を止めてくれる」
賢い人たちは皆この気持ちで、それぞれが最善を尽くそうとしているのに戦争は止まらない。
個人個人がどんなに優れていても、国という群体になるとうまく動けなくなる様が描かれていて興味深いです。
特に、研究で扱っていなかった市民感情という名の恨みつらみは難しい。
損得感情で見れば愚かであっても、恨みの根源は愛であって、愛をないがしろにするのは果たして人と言えるのだろうか?
結論は出ないまま、少しでも皆が幸せになると信じて(あるいは諦めて)地獄の光景に突き進む。
観た後は、随分気持ちが重くなります笑
市民から見ると軍や軍上層部は悪で無能に見えるが、視点が切り替わればそんな単純無ことでは無い、という事がちゃんと描かれていて好印象でした。
また、主役が変わると見せかけて、実は内閣総理大臣(役)がずっと主役だったというギミックも見事でした。
同調圧力が戦争をも起こす。そして利権問題は無くならない。
ホームページ【映画『開戦前夜』公開にあたって】は、読んでおいた方がこの映画を観に行きやすくはなるでしょう。本作では原告が訴えている実在の人物を想定しては無く、名前も階級も違う架空の人物で問題は無いと判断し、公開に踏み切ったという訳だ。事実ベースのフィクションとは言っているが、東條英機や近衛文麿に昭和天皇も出てくるし、内容が内容なだけに遺族が映画公開に納得していないのはやはり気になる。が、観て良かったと思う、俳優陣の演技に胸を打たれたから。しかし、公開を止めようと戦った一般人が居る事は皮肉にも映画のメッセージと被った。
模擬内閣の総理大臣にあてがわれた宇治田洋一を演じた池松壮亮は、相当な緊張感を持って役に挑んだと思われる。ホームページの本人コメントもぜひ読んで欲しい。池松さん流石の演技力で、やっぱりこの役は彼しか出来ないと感じた。
國村隼の声の透明感から来る恐ろしさがヒリヒリ来たし、佐藤浩市はここに来てまた更新され凄いとしか言いようがない。皆さん旨くて興味深く楽しめたが、技巧を感じさせない真っ直ぐな佐藤隆太がいちばん刺さった。途中退場した笠原秀幸も髪型含めいい意味で気になった。
音楽が物語の雰囲気を作り上げていて、カチカチと刻む音も石井監督ならでは。
いつの時代も報道が騒動を煽る、新聞や雑誌は売れ、視聴率も稼げる。影響を受けた誰かが不幸になるのは目を瞑る。不都合な事実は伝えない。本作は報道に関わる人にこそ観て欲しい。コロナワクチンでもマスコミが煽り同調圧力に支配された。その後体質が変わった人も周りに結構居る。
今や素人が流す動画にも踊らされる。友人は去年7月5日の一人歩きした災害予言を真に受け、その日は家から一歩も出ないと頑なだった。
群衆心理は驚くほど操られ流され易い。会社などの組織も…宇治田の様に空気を破り、正しい事を言う勇気を持てる人間で居られるかと、強く問われている。
映画の最後に、テロップで戦争による本土と広島、長崎の死亡者の数は示されていたが沖縄の死亡者数は示されていなかったと思う。それは何故だろうか、脚本・編集も兼ねた石井監督に問いたい。県出身の二階堂ふみが主人公宇治田洋一の妹・小百合役にキャスティングされ、ナレーションも務めていたのは何かしら含みがあるのかとは思ったが、無いのかっ。
社会派で今必要なメッセージ性の強い重い題材なので、もっと客観的視点で深みを増す為にも他の脚本家と共同でも良かったかもしれない。撮影方法というか、スクリーンから感じる雰囲気には石井監督の強みは余り感じられなかったように思う。
心に嘘をつかず、雰囲気・権力に抗った若いエリート達の群像劇としては石井監督っぽかった。そんなに監督の映画は観てないけど何となく分かった。『開戦前夜』では脚本をもう少し頑張れと思った。いちおう言っとくけど応援してます。
戦争で亡くなられた方の魂が救われるように心よりお祈りします そして今起きている戦争が一秒でも早く終わりますように
時流と気流
通常スクリーンで鑑賞。
原案(昭和16年夏の敗戦)は読了済み。
必敗すると分かっていたのに、何故日本は戦争に突き進んでしまったのか。当時の日本の周辺情勢が「戦争止むを得ず」の状況だったからと云うのも一因だろうが、いちばんの要因は目に見えぬ「空気」だったのではないかと本作は問い掛ける。
空気を読む、と云う言葉がある。この空気とやらはとても厄介なもので、たとえその行いが間違っていると頭の中では分かっていても、同調圧力が否定を許さず、仲間外れを恐れて何も言えなくなり、やがて自分も濁流に呑み込まれてしまう。
多くの場合、赤信号みんなで渡れば怖くないの理論で、大勢が言っているから正しいと自らは思考停止して、空気の沸騰と共に熱狂の度合いが上がり、取り返しのつかないことになるのである。
空気感に抗おうとした者(総力戦研究所)と抗えなかった者(東條英機)の残酷すぎる対比が、本作の描きたかったことではないかなと思う。
圧力に屈せず、自らの意見を闊達に議論して、当時の閣僚たちにありのままの研究結果を披露した若きエリートたちの勇気と行動には頭が下がる。
東條英機は熱心な天皇の臣下を自認していたと言われる。天皇が避戦を唱えるならばそれを叶えるまでと粉骨砕身するが、彼は最終的には(彼ら軍部がつくったから自業自得と言えなくもないが)世間の空気に抗えず、戦争に踏み切るのだった。
難しい判断だっただろうと思う。沸騰する国民感情を無視して戦争しない道を取れば暴動やクーデターが起き国家が転覆するかもしれない。そして、天皇は戦争を望んでいない。東條英機は全く好きではないが、もしも国民と天皇の板挟みにあっていたとしたら、相当な苦悩をしただろうと同情する。
この「空気」の孕んでいる問題は、過去の出来事とは言えないのが恐ろしい。特に、インターネットやSNSが発達した現在が、その空気感が容易に醸成される危険性に最も直面していると思う。ついつい人は、みんなが言っているから正しいと思いがちだ。それが時には善いことを齎す場合もあるが、悪い結果を齎すこともまた多くあることを、改めて過去の教訓として刻まなければならないだろう。
[余談]
日露戦争での、大国への勝利体験が軍内部の過剰な自信の根幹にあったことは想像に難くない。
その「勝利」がどのような形であったかが忘れ去られ、勝利したと云う事実だけが独り歩きした⋯
特に陸軍にその傾向が強かったようだとものの本に書いてあったの。なるほどなと納得できた。
日露戦争は開戦前にどのような形で終わりを迎えるかを周到に計画し、それを実行、実現させた。
しかし、先の戦争ではそのような計画は存在しなかったし、ひとつひとつの戦略が場当たり的だ。
とても同じ国とは思えない。勝利の美酒と云うものの恐ろしさを痛感する。複雑な心境である。
必敗
必敗するシミュレーションをした上で、どうしたら被害を最小限にできるかや、開戦しなかった場合の植民地となる未来についてもシミュレーションして報告会で提案してほしかった。
報告会のシーンもこれまでの内容を繰り返すだけで新しい内容もなく盛り下がってしまった印象です。
最後に東條の日露戦争をひきあいに出す場面も、事前に想定できる範囲だったので反論できたでしょ。
何度も出てきた計算しているシーンが何のためにあったのか意味がわかりませんでした。天才的な感じを出す演出にしてもチープに感じました。
東條の頭の違和感がずっと気になって話に集合できませんでした。わざわざ髪型を寄せなくてもよかったたのに。
今の日本にも言える中身
タイトルなし(ネタバレ)
戦争ほど、残酷なものはない
戦争ほど、悲惨なものはない
するのも人間
しないのも人間
止めさせるのも人間
無責任かつ責任転嫁の極致
愚かな人間どもをまざまざと見せつけられた
英知を集めた総力戦研究所
皮肉なことに研究結果がすべて的中してしまう
唯一、研究結果に含まれていなかったことが想定外の原爆投下とは…悲しすぎる
本作はもし開戦したら…というスタートだが
前田建設ファンタジー営業部(2020.1公開)はもし実際に作ったら…という映画
こちらは楽しく観られる
石井裕也監督
人はなぜラブレターを書くのか(2026.4公開)
と並行して撮っていたのかな
「反戦」ではなく「合理」。客観データが脳を書き換える
映画の余韻に浸りながら、「若きエリートたちが戦争反対したのに、当時の軍部や国民世論の『空気感』に逆らえなかった」といった、よくある薄っぺらい悲劇論で終わらせてしまうには、あまりにも惜しい傑作である。本作の本質は、そんな情緒的な空気感の話ではない。高度な政策シミュレーションという装置によって、個人の認識がドラスティックに書き換わっていくプロセスを描いた、極めて知的なサスペンスなのだ。
もちろん本作はフィクションであり、劇中では若者たちの葛藤がドラマチックに強調される。しかし、小説ではなく学術研究などが伝える史実はもっと冷徹だ。先行研究の論文によると実在した総力戦研究所の本来の目的は、縦割り行政を打破し、国家を一つのシステムとして動かせる指導者を育てる「教育」にあった。劇中で語られるような戦況予測が目的ではなく、あくまで「教育機関」として設立されている。
研究生の若き官僚や将校たちは、当初は主戦論を抱えていた。しかし、物資の補給量や日米の圧倒的な生産力格差といった客観的データをロジックで積み重ねるうち、彼らの意識は根底から変容していく。彼らが至ったのは、平和主義による「戦争反対」ではない。「この国家システムと物資量での日米戦は、数理的に100%不可能である」という、科学的な「開戦不可能論」への認知のアップデートだったのだ。のちの太平洋戦争の展開と酷似した「予測の的中」は、彼らが未来を予言したからではない。省庁の縦割りを排してデータとロジックを戦わせれば、ここまで精緻に現実を模写できるという「シミュレーションの精度の証明」に他ならない。
力による現状変更や勢力圏の拡大など、現在の世界で再び顕在化している「帝国主義的なムーブ」を考える際、本作はあまりにも生々しい教訓を突きつけてくる。「どれほど冷徹な予測データや合理性があっても、国家の構造的欠陥や指導者の認知の歪みを前に、意思決定は狂いうる」という危機は、いま世界中の大国が直面している現在進行形の課題そのものだからだ。
歴史のディテールを知るほどに劇中の若者たちの眼光の意味が変わり、二度美味しくなる。現代に生きるすべての人が「今」観るべき、文句なしの価値がある一作だ。
タイトルなし(ネタバレ)
日本が南部へ進むことで、アメリカが輸出規制をかけたことに対して憤る国民を見ながら、「(日本国民は)自分達は被害者だと思っているが、アメリカ人もそう思っているだろう」と言うセリフ。
日本必敗が濃厚と軍に報告した時に、大和魂はないのか!と一喝されるも「大和魂はあるが、アメリカにもヤンキー魂がある」と返答したりと、人と人が戦うんだと、生々しく感じた。
当時、正義の戦争と信じて疑わなかった国民もたくさんいたんだろうな。
あと、実際はどうなのか知らないけど、戦場に出るって言うのに歩兵って軽装すぎて、守るものがない。
歴史に消えていく人たちって感じがして苦しかった。
国力の差が20対1だったとは
猪瀬直樹の、昭和16年夏の敗戦、を原案に、総力戦研究所と日米開戦への流れを描いた事実にフィクションを絡めた作品。
1941(昭和16)年4月、真珠湾攻撃の8カ月前、官僚・軍・民間から選りすぐられたエリートたちが、内閣総理大臣の直轄機関・総力戦研究所に招集された。彼らに与えられた任務は、模擬内閣を組閣し、日米が開戦した場合の戦局をシミュレーションし、その結果を内閣に報告することだった。宇治田を始めとするメンバーたちは、データを駆使した議論の末、日本必敗という衝撃的な結論にたどり着いた。しかしエリートたちが導き出した敗北の予測は、マスコミや世論の開戦に向けた圧力の中・・・そんな話。
どこまでが事実で、どこからがフィクションかは明確では無いが、今も昔も新聞社などのマスメディアは当時もマスゴミなんだとよくわかった。煽るだけ煽って責任は取らない無責任新聞社だらけ。アメリカとの国力の差が20対1だったとは、それなのに米英が日本を目の敵にして嫌がらせしてきたのは腹立たしい。
今の中国みたいなもんだな、と感じた。
石油を止められ、やりたい放題されて、満州から引き上げていれば開戦は阻止できたのかもしれないが、それまで膨大な金と犠牲者を出してきた事を国民にどう説明したら良かったのか。
本当に戦争しなかったら良かったとは思うが、どうしていたら良かったのか、誰か80数年経ってでも言える人が居るのだろうか。
戦争反対と抑止力を持たせない運動しているお花畑の人たちに聞いてみたい。
東條英機もアメリカとの開戦に反対だったのがわかったし、彼をA級戦犯と戦勝国に決めつけられたのは、東京裁判を観ても納得いかない。
宇治田役の池松壮亮、仲野太賀、岩田剛典、中村蒼、三浦貴大、佐藤隆太、江口洋介、國村隼、佐藤浩市ら豪華俳優陣は見応えあった。
結局そこに行き着く
開戦の裏で
戦争は儲かる?
一昨日、大阪のテアトル梅田で「開戦前夜」という映画を見た。
開戦か、それとも戦争回避か。
映画の中心となる「総力戦研究所(1941年4月設立)」 は実在した。
内閣総理大臣の直轄機関で官僚・軍人・民間から日本最高水準の頭脳が集められ、国家機密レベルのデータを駆使して日米開戦後の行方を予測する「模擬内閣」を作った。総理、陸海軍大臣などを割り当てて議論した。
その結果「日本は必ず敗北する」という結論を導き出した。極めて異例の“戦争シミュレーション”があったのだ。
・南方の石油井戸は占領できる。でもそれを日本に運ぶ船、タンカーがない。敵に撃沈され、新たな船も造れず、石油は枯渇する。
・必ず負けると分かってて、なぜ、戦争に突っ込んだのか?
・帝国中枢部はなぜ開戦の決断を下したのか?
・その責任は誰にあるのか?
東條は東條なりに、国家を背負っていた。彼も当たり前だか苦悩していた。
戦争経済、戦争特需。ロシアもウクライナとの開戦当初はGDPが伸びた。
国体護持。和平交渉で西欧列強の後塵を拝するより、負けて灰燼に帰す方が長い目で見たら国益に叶ったのか。
その時の生きて生活していた、そして亡くなった戦没者〃310万人〃の人に、国家はどう報いるのか? 責任を取ったのか?
一度流れ出した、世論は誰にも制御出来ない。
必ず負けると数字は告げた。
その後、あの模擬内閣の役割は何だつたのか。
1971年4月3日から9月25日まで、日テレ系列で放映された本格戦争ドキュメンタリーアニメの作品に「アニメンタリー決断」というのがあった。
戦争の節目に指揮官達が下した「決断」に焦点を当てた、全25話だ。異色という他ない。
現在なら子ども向けのアニメでこれを制作し放映するなど考えられない。私が過ごした幼少期の時代性を如実に感じる。
それを見ていた、ばあちゃんは負け戦を、こういう番組を何でテレビでやるんか?と、いつも文句を言っていた。(因みに日露戦争に勝って提灯行列をした話、ニッポン勝ったロシャ負けたの話は何回も聞かされた。
結果を知ってるからこそ、落ち着いて、ある意味、エンタメとして、映画を鑑賞できる。これがもしもウクライナなら、ガザなら、現在進行形なので見られない。作れない。戦時高揚映画になるはずだ。
あれから81年、81回目の夏がまたやってきた。先の大戦をどう後世に伝えるか、その伝え方、興味の持たせ方に焦点は移って行く。
原爆忌、昨日の朝日新聞、「私よりお国を優先させた大日本帝国憲法は、戦争を起こし、結局失敗した。同じ事をまたやりたいの? 憲法は市民ではなく暴走しがちな国家の権力を縛る鎖だ。」とあった。
生き残るための最悪の選択だが
初日に観に行き、ずっと考え、当時の背景を調べてました。
やはり、現代の日本に生きる私たちとは、まったく異なる社会意識、国民生活だったのだと思います。
当時の日本は、天皇制の大家族的な国、
日清、日露の戦争で勝利し続け、内外に多くの犠牲者を出しながらも他国を侵略し、海外(とくに中国)で多くの権益を獲得し、勢力を拡大し続けてきた国。
当時の国民は総じて慎ましやかな暮し、
石油などの天然資源のないこの国は、この貧しい暮しをなんとかしようと、資源獲得のための戦争を仕掛けてきた国だったし、けっこう強引にやりたい放題であったと思います。敗戦国の国民を苦しめての繁栄を進めていたのも事実だったと思います。
国民も戦争に勝てば、新天地が生まれ、国内景気が良くなる実感も持っていたと思います。
そうした時、今まで、多くの戦費、戦死者を出しながらも、獲得してきた権益を手放せ、手を引けと迫られ、戦わずして、アメリカ、イギリスの属国となることがどれほど、屈辱的で、恐怖だったか、自らが侵略し、征服し、他国でやってきたことを考えると。
多くの戦死者を出した国民にも説明できない。
なぜ、「アメリカとの戦争は必敗」「戦争すれば壊滅的に負け、国としての体をなさなくなる」との研究報告を前に、
なぜ、戦争を回避できなかったのか?
今の私の感覚からしたら、戦争を決断したことは、なんて「愚かな行為」「人命軽視の無責任な判断」との感想になるけど。
当時の世論は、「戦争はやむ無し」の意見も少なくなかった。
この史実から学ぶことは、なんだろう、今も世界は、戦争が多発している。
現代の戦争は、無人攻撃機やドローンが進化し
攻撃手段が、兵士から機械へと変化している。
お金さえあれば、戦争を始められ、続けられる時代になってきている。
これからの時代、自国が戦争しませんとしても、同盟国が戦争を始めたら、巻き込まれないとは限らないと思います。この課題は、そう単純で、簡単ではないと思います。人間の本質的な部分にかかわる事だと思います。
フィクションですが史実と絡みあったリアリティーを感じる大作でした
昭和20年8月15日 玉音放送
原案のノンフィクション小説「昭和16年夏の敗戦」は未読。太平洋戦争開戦前に実際行われた開戦シミュレーションの様子を描いています。
ドキュメンタリーを脚色した再現ドラマとしては興味深いのですが、ほぼ密室の舞台劇であり、劇場で観たい作品ではありませんでした。
開戦のきっかけはアメリカの石油禁輸ですが、その背景には日本による中国・東南アジアへの侵略拡大があり、そちらを掘り下げてほしいところ。「負けると分かりつつ、後に引けない立場だった」という見方が前面に出ており、侵略の経緯への踏み込みが薄く感じました。
個人的な見解ですが…
第一次世界大戦で戦勝国となった日本は、世界恐慌による深刻な経済不況の中で、大陸に自給自足の圏域を求めるようになり、その結果、日中戦争が泥沼化。さらに東南アジア侵攻まで手を伸ばしたことが、その後の破局につながったのだと思います。反省すべきは太平洋戦争の開戦よりも、その前段階にあったアジア大陸侵攻のほうが大きい。
戦争は絶対悪。勝敗の見込みではなく、戦争そのものを回避する努力こそ最優先されるべきだったと思います。
誰が戦争に追い立てたのか
奇しくも今日は8月6日。
日本の敗戦を決定づける原爆が投下された日に、この作品を鑑賞するのも何かのご縁。
しかし、これは日本の戦争映画としてこれまでの「戦場の悲惨さ」を訴えるものではなく、当時内閣の直轄する「総力戦研究所」という、各分野の精鋭を集めて実在した機関が、日米が開戦した際のシミュレーションを行っていたという猪瀬直樹のノンフィクション小説を、諸事情により若干の改編を施して映画化した作品。
このシミュレーションで割り出された日本の行く末が、正しかったことを観客は当然知っている。この話が上手くできているのは、それをもって「なぜ当時の政治や軍部のトップは分からなかったんだ」という視点から始まるものの、「いや、彼らは当然分かっていた」というところから話はドライブしていく。
誰がこの国を戦争に追い立てたのか。
軍部の意向に沿わない立場を表明すれば、見せしめにすぐ戦場の最前線に送られてしまう。
守るべき家族のいる民間人や官僚が、直属の上司が目の前で見守る軍人が、この会議を通してそれぞれの正義に向かって進んでいく。
前半は演技も演出もかなりステレオタイプでげんなりしていたが、後半はドラマとして見ごたえがあった。
この映画では「時代の空気」に最高権力者でさえ逆らうことができない苦悩が描かれたが、これは現代社会の政治だってそうだし、会社組織だって同じ。
SNSの様な匿名で正体も数も分からない不特定多数の声が世論やマーケットを支配し、それに権力者たちは抗うこともできず、現場はそのひよった上役の指示に振り回される。
もしくは、最初から規定されたゴールにただ辿り着くことを目的として、その正当化のために詭弁を弄して無為で形だけの議論を繰り返す。最後には「君のためを思ってのことなんだ」という恫喝で首根っこを押さえられる。
この映画はそんな、現代にも続く皮肉を描いてくれたのは良いが、時代の空気に抗えない権力者たちの苦しみや悲哀をどこか「肯定」した内容になっていた点で、印象としては少しマイナスせざるを得なかった。
私個人としては、「そんな覚悟で人の上に立つな」と思ってしまう。多くの人の命を預かる者が、現実を見つめることなく無責任な政治を行うことは、明確な国民への背信行為だから。
どこに視点を置くかで見え方の違う映画だが、この手の映画は話が分かりにくいものやちゃんと知識がないと理解できないものも多い。そういう意味では民間人を主役においたことでとてもカジュアルに分かりやすくできているし、次から次と登場する有名俳優を楽しむ喜びもある。
虚しさの残るラストも印象的で、多くの人に戦争映画として観て頂きたい作品だった。(上映館数が少ないのは何とかならんかな)
シミュレーションが正確であっても止められない
現代にも通じる組織の怖さ
日米開戦前に優秀な若手エリートたちを集めて、アメリカとの戦争をシミュレートさせる。とても面白い試みだが、どこまでが史実なのだろう。「総力戦研究所」という機関が実在したのはわかるが、それがどこまでの範囲でどのように研究していたのか。
歴史に詳しくないが、日本が無謀な戦争を仕掛けボロボロになって負けるという史実はわかっている。しかも精神論で勝てると本気で信じていた軍部の人間が多かったことも。本当にアホな話だ。
そんな現代の感覚からで見ると、若きエリートたちが様々なデータをもとにアメリカとの技術力、資源、人口といった国力の差を検討した結果は至極まともなものに思える。特に石油を手に入れた後、問題は輸送手段だという指摘はハッとさせられた。兵士と武器だけで戦争するわけじゃない。物流を考えずに、商品が売れるわけないってことだ。
彼らが出した結論を無視して戦争に突入したのか!と改めて愕然とする。自身のメンツや周りの雰囲気、引くに引けない部分があったこともほんの少しは理解できる。でもその決断で何万人もの人が亡くなることになるのだから戦争に舵を取ったことは受け入れがたい。
80年以上前の話なのに、スクリーンの中で繰り広げられているのは現代にも通じる怖さを感じる。自由に議論しろといいつつ都合が悪くなると恫喝する、反抗する者は僻地へ追いやる、君のためを思って言ってるんだと脅す、案を出しても若さを理由に聞く耳を持たない。現代日本においても企業や自治体で見られる光景かもしれない。そう考えると日本社会の根深い問題に恐ろしくなる。
日本国特技「プロパガンダに付和雷同」勿論今も
こういうのをNHKはテレビ放映しているのか。知らなんだ。違うトコだけど『VIVANT』も観たことないどころか『ヴィヴァント』かいな、程度の頭なので、暗闇で金払った感がないと2時間とか観ていられません。
テレビって家の構造的に見下ろすから見下すんだよね、心理的に。余計な説明するけど前者は「みおろす」後者は「みくだす」
余談だけれどDONNA SUMMER、極初期は『ドンナ・サマー』だったんですよ、日本国では。上記『ヴィヴァント』受けたエピソードです、ってまた余計な説明でした。
これからは新聞のテレビ欄はしっかりチェックするようにしようと思う。新聞は取っているのだ。
にしても白眉は佐藤浩一。キングダムで呂不韋やってたと思ったら、今度は東條英機。どちらが先かは知りませんが、ま、それはどーでもよいか。ある意味、ヒトラーを演じる重みに匹敵しますよね、これ。しかも宇治田同様かなり苦悩する人間として描かれ演じている。昔の『トカレフ』思い出しました、自分は。
簡単にネるヲンナみたいでこれ多いですが、今作も満点でございます。
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