映画クレヨンしんちゃん 奇々怪々!オラの妖怪バケ~ションのレビュー・感想・評価
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復活してクレヨン!
前作、前々作があまり楽しめなかったので、今回の映画も、観る前から少し不安がありましたが、その不安は的中してしまいました。
劇場は、前列のエリアを除けばほぼ満席で、『ミニオンズ&モンスターズ』とは違って、女の子を連れた親子の観客が多かったです。
ただ、私の前に座っていた女の子が、上映開始後ずっとお菓子の袋をぱちぱち鳴らしていて、気になりましたが、途中からその子が寝てしまったので、ほっとしました。
それはさておき、映画ですが、まず気になったのが映像です。
前作でも感じたのですが、絵がどうにも薄いというか、軽いというか、画面から迫ってくる力が弱く感じられます。
また、今回登場する妖怪には、ショッカーの怪人をゆるくしたようなものや、かわいい系のもの、「これ、妖怪?」と思ってしまうものばかりで、タイトルにある奇々怪々ではなかったです。
今回は妖怪がテーマなのですから、もう少し「妖怪映画」らしい怖さや不気味さがある妖怪が登場してもよかったのではないでしょうか(子ども向けの映画なので配慮しているのですね)。
残念だったのは、九尾の狐の妖怪「やこ」の吹替です。
伊藤沙莉さんの起用そのものを否定するつもりはありませんし、彼女の声には確かに特徴があり、それ自体は大きな魅力だと思います。
しかし、その魅力が、やこのビジュアルに合っていないように感じられ、準主役級のキャラクターだけに、この違和感は痛かったです。
その一方で、いかにも「らしい」と思ったのが「おしり玉」の設定です。
こういう、くだらなくて、ちょっと下品でも笑ってしまう設定は、まさにクレヨンしんちゃん映画らしいと思います。
また、「くつしたのお父さん」にも結構笑わされました(いつものお父さんのくつしたギャグにも笑いました)。
クライマックスの大バトルは、この映画の中では比較的盛り上がる場面で、ここは頑張っているなと思いましたが、やはり気になったのが、絵の薄さ、軽さです。
ここは3DCGを使って表現してもよかったのではないでしょうか。
巨大な妖怪同士が激突するような場面では、3DCGの立体感や重量感を生かしたほうが、もっと迫力のある映像になったと思います。
さて、かつてのクレヨンしんちゃん映画は、子ども向けでも、大人が観て笑えて、泣ける作品が多かったように思います。
では、なぜ最近の作品が、以前ほど面白く感じられないのでしょうか(すみません、こちらの感受性が衰えている可能性も大ですが)。
テレビではなく映画なので、設定や仕掛けをスケールアップするのには賛成です(上映時間100分は長いと思いますが)。
ところが、最近の作品では、恐竜物でも、マサラ物でも、その世界観ありきで、「しんちゃんだから面白い」のではなく、「映画の設定をしんちゃんたちがこなしている」ように見えてしまうのからではないかと思います。
総じて、今回の「おしり玉」のような、本来のくだらないギャグや、くだらない設定がもっと物語の中にあってもよかったのではと思います。
お尻を出したり、くだらないことを言ったり、家族を困らせたりするちょっと変わった子どもが、大事件に巻き込まれ、大冒険を繰り広げ、そして最後には大人も感動させる。
その「くだらなさ」と「感動」の落差こそが、クレヨンしんちゃん映画の真髄だと思います。
来年の夏は「魔法使い」がテーマの映画になるようですが、今の時点では観に行くかどうか分かりません。
とはいえ、大人が観て泣けるクレヨンしんちゃん映画の復活を期待している私もいます。
期待を超えた
正直クレしんの映画は忍者以降かなり微妙だなと見に行くたびに思いました。
今回もあまり期待はしていませんでしたが、普通に面白くてびっくりしました。
スマホで拡散するなど現代らしさも交えつつ、綺麗にまとまっていたと思います。名作!!とまでは行きませんが普通に見る分には十分満足できます。
妖怪たちとの絆が深まっていくのが見ていて楽しく、お別れのシーンでは少し悲しくなりました。
すこし違和感があるとすれば、あきらかに子供の手書きみたいなチラシを信じておバケーション村まで行くのと、みさえ達が妖怪になってもあまり驚かないと言うか、マジックだと思うのは無理がないか?と思いました。
個人的によかったと思う所はひゃくえもんが鍛えるべき所はここですよ(頭)と言っていたのが最後三半規管が弱いという形でちょっとした伏線回収?になっていたのが面白かったです。
来年も面白そうで期待してます。
良いじゃん!
毎年観てますが、今年はかなり大人を刺しに来てたと思う。
やことぎんのすけの関係性を野球を通じて描いてたの好きだったし、他にもちゃんと伏線張って回収したりして結構上手かった気がする。
途中のガチの草野球コーナーまじで笑っちゃった。
結局クレヨンしんちゃんって、子供を連れて来てる大人を泣かせる方に舵きってる作品が名作になってるわけだし、この方向性で作ってくのがいいと思うけどなぁ。
次回も楽しみです
せめて主要人物だけは声優だけにしてほしい
評価が低めだったのであまり期待せずに観ましたが、個人的にはなかなか好きな作品でした。
ノスタルジーも感じさせつつ、ありがちな説教くささもなく、終始テンポもよいので観やすかったです。ラストにおじいちゃんとの再会みたいなものがきちんと描かれていればさらに良かったかな、とも一瞬よぎりましたが、逆にあのサラッとした終わり方が泣かせよう!というくどさがなくてさわやかで好きかもと思いました。
ただ、内容は良いのに主要キャラの妖狐の棒読みが終始浮いていて、どのシーンでもずっと違和感がありました。
他の作品でもそうですが、声優陣だけで制作できない理由はあるのでしょうか。これだけの国民的アニメで、わざわざ俳優や芸人を起用しないと集客できないわけでもあるまいし、本当に疑問です。
内容が良かっただけにめちゃくちゃ勿体無いなと思いました。100歩譲ってワンシーンしかでてこないようなモブキャラとかならまだ…うーん。
良くも悪くも子ども向けクレヨンしんちゃん
子どもとゆったり見る映画としては良いと思います。
家族での愛も感じられます。
しかし、ギャグのキレはイマイチです。
以下、懐古厨の意見。
暴力表現や下ネタを排するのは文句ありませんが、
映画独特のシリアスさやギャグとのバランスは過去の名作に比べると2段落ちます。
内容も「平成狸合戦ぽんぽこ」が想起してしまい、家族関係の忘却は「オトナ帝国の逆襲」に遥かに劣ります。
ケツだけ歩きの扱いも記号化して悲しかったです、「嵐を呼ぶジャングル」の時のような面白さも勢いも無くて、このシーンで必要か?と残念でした。
隣に座っていた親御さんは途中から寝てました、私も終盤の勢いに欠けて盛り上がれませんでした。
過去作のほうが良かった!と嘆きたいのではなく、子どもも大人も楽しめる映画になってくれると嬉しいです。
懐古厨的には★2〜2.5です。
エモかった
2022年の『もののけニンジャ珍風伝』以来久しぶりの当たり回で、とても面白い上にエモくて感動した。今回はとうとう小3になった娘にも断られて一人で見る。すると妖怪の姫は500歳で姿はずっと子どものままだが、子ども時代のしんのすけのおじいちゃんと遊んでいて、子ども時代の儚さが描かれている。まさに今のうちの娘のような去年は一緒に見てくれたのに、今年は『ブルーロック』が見たいと言ってつきあってもらえない。そんなじわじわと来るものがあったのだ。
たぬきの妖怪のチビ太がしんのすけ一家を誘い出したせいで、ひろしとみさえはお尻玉を抜かれて妖怪になる。日本中の人々が被害にあったことでこれは全員がもとに戻るのだなと安心できた。妖怪どうしの内紛が原因のよくあるパターンだ。敵が強大なパワーを得て巨大化すると大味だし、その先もなさそうだし、それまでの怖さが減る。それより、みさえとひろしのお尻玉が消失するのが怖かった。
お尻玉を抜かれて妖怪になるとそれまでの記憶を失うという、それまでの人生を失うようで、だとしたら妖怪たちはどんな存在なのだ? おなじみの登場人物が妖怪になってキャッチフレーズをつけられていくのが面白い。
野原家の絆に引き換え阿部家のしんのすけときたら・・・
2026年映画館鑑賞57作品目
8月9日(日)イオンシネマ新利府
月イチクーポン1200円
監督は『コードギアス 亡国のアキト 最終章「愛シキモノタチヘ」』で演出を務めた渡辺正樹
脚本は『劇場版 明治東亰恋伽 花鏡の幻想曲(ファンタジア)』『劇場版 明治東亰恋伽 弦月(ゆみはり)の小夜曲(セレナーデ)』『お前ら全員めんどくさい!』『世界一初恋 プロポーズ編』『映画 佐々木と宮野 卒業編』の中村能子
粗筋
夏休みに父ちゃんの実家の秋田県大曲市に泊まりに来た野原家の面々
化け狸のお誘いを受けて妖怪の世界にやってきてしまった野原家は父ちゃんと母ちゃんが妖怪世界の治安維持隊によって尻子玉を抜かれて妖怪にされてしまう
尻子玉奪還を目指して妖怪世界の城を目指す野原家と人間に好意的な妖怪たちの面々
たしかに無難な話
だからこそしんちゃん映画らしくて良い
変わったことすれば「これじゃ劇場版クレヨンしんちゃんらしくないよ」とクレームをつける者を多数でてくるだろうし
減点方式の大人としては不満が残るらしいがこれ子供向けだし
童心に返って評価すると決して悪くない
テレビアニメの演出経験は充分にあるものの劇場アニメの監督は初体験の渡辺正樹氏と『クレヨンしんちゃん』初脚本の中村能子
それを思えば上々
女性脚本家が頭を掻きながらしょーもないギャグを紡ぎ出す光景を想像するだけでなんだか微笑ましい
劇場版に久々に登場した感がある野原家の近隣の住民やヤンキー三人娘やセールスレディの人たちの登場ならびにみんなでお尻歩きという状態も新参者ならではの気遣いの表れを感じさせる
その反面で野原家の秋田へ家族旅行に出掛けて妖怪たちに巻き込まれる話なのでかすかべ防衛隊の活躍は少ないのは仕方がない
劇場版も夏の花火大会のようなもの
「ちいかわ」よりこっちの方が好き
それなりに実績を重ねたプロの脚本家は違うよ
ゲストは伊藤沙莉
声当てはすでに手慣れたもの
事前情報として何の役をやるか知らずに鑑賞したが彼女の場合「フッ」とか「ハッ」的なものだけで伊藤沙莉とわかる彼女の個性的な声
妖怪の国の国王に後継者指名されている人間社会との関係は穏健派という妖怪トリオのクールな姉気分という設定の役
しんのすけの秋田の爺さんとの少年時代の交流もまたほろっとくるじゃありませんか
彼女もまた無難にこなした
大人が無難に仕事をこなす
そんなことは当たり前のようだが案外高度なことだと自分は思う
誰にでも簡単にできることではない
みさえに比べてひろしの変わりっぷりは酷い
くっさいくさい靴下妖怪
しかも水虫対策で五本指ソックスときてる所が細かい
声の配役
かすかべ防衛隊に所属する幼稚園児の野原しんのすけに小林由美子
しんのすけの母の野原みさえにならはしみき
しんのすけの父の野原ひろしに森川智之
しんのすけの妹の野原ひまわりにこおろぎさとみ
の腹家の飼い犬のシロに真柴摩利
かすかべ防衛隊自称隊長のエリート気質な幼稚園児の風間くんに真柴摩利
かすかべ防衛隊に所属する紅一点の仕切り屋の幼稚園児のネネちゃんに林玉緒
かすかべ防衛隊に所属するヘタレの幼稚園児のマサオくんに一龍斎貞友
かすかべ防衛隊に所属するぼーっとしている幼稚園児のボーちゃんに佐藤智恵
秋田県大曲市に住むしんのすけの父方の祖父の野原銀の介にチョー
5歳の頃の野原銀の介に村瀬迪与
ひろしの母の野原つるに梅田貴公美
ひろしの兄の野原せましに細谷佳正
しんのすけ達が通う幼稚園のコワオモテな園長先生に森田順平
ふたば幼稚園ひまわり組の先生でしんのすけの担任の吉永みどりに七緒はるひ
ふたば幼稚園ばら組の担任で合コンが趣味の松坂梅に富沢美智恵
ふたば幼稚園さくら組の担任で近眼のため眼鏡をかけているが外すと性格が変わる上尾先生に三石琴乃
隣のおばさんに鈴木れい子
野原家の近くに住む新婚カップルのヨシりんに阪口大助
野原家の近くに住む新婚カップルのミッチーに大本眞基子
春日部のヤンキー3人組の竜子に伊倉一恵
春日部のヤンキー3人組のお銀に星野千寿子
春日部のヤンキー3人組のマリーにむたあきこ
セールスレディの売間久里代に津野田なるみ
TVキャスターの団羅座也に茶風林
九尾の狐のやこに伊藤沙莉
妖怪イカにマユリカ阪本
妖怪カレイにマユリカ中谷
妖怪だし巻き審判にレトルト
熊田の長に仕える頭脳明晰な部下で百足妖怪のひゃくえもんに梶裕貴
人間が好きな妖怪トリオの化け狸のまめ太に遠藤綾
人間が好きな妖怪トリオの唐傘お化けの唐蔵に下野紘
人間が好きな妖怪トリオのアマビエのピン子に水瀬いのり
妖怪の国の頂点に立つ最高指導者の熊田の長に咲野俊介
ひゃくえもんに仕える土蜘蛛妖怪のつちこに小松未可子
銀の介の幼馴染の山口ふとしに石井康嗣
つちこの家来で妖怪の国の治安維持隊一番隊隊長のカッパラパーに佐藤せつじ
女性に仲川瑠夏
女性に早瀬ノエル
野原一家以外の出番と活躍が…
話はまあまあギャグ含めて面白かったが、野原一家以外、幼稚園関係者とかは妖怪にされて、どんな妖怪名になるかという面白さ以外、活躍等は無し。
カスカベ防衛隊の皆んなの出番もほぼ無しなのがつまらん。
面白い!最後だけ雑だが…
涙腺が弱くなっているので、子どもが頑張ってるだけで泣けてくる。
ただ、最後の決戦だけもろもろ雑なのがとても残念だった。
その他は終わり方含めまとまったいい作品だったと思います。
過度な期待はしない方が良い
子供が観たいとのことでしんちゃん映画を何十年ぶりに観ましたが、まぁこんなものか、といった感想。
オトナ帝国や戦国大合戦を観ていた世代からすると物足りなさは感じる。
あくまでも子供向けの映画だと考えれば、笑いあり、涙ありで合格点は超える内容。子供は喜んでいた。
ストーリーに支離滅裂感はあるし、個人的にはしんちゃん映画ならではのハチャメチャ感が欲しかったが今回は控えめだった印象。
途中で無茶な脚本変更してない?
序盤から登場する銀の介や秋田という設定に、物語の中核になるような雰囲気を感じたのですが、後半になるにつれて銀の介の存在感が薄くなり、かなり違和感が残りました。
「当初は銀の介をもっと活躍させる脚本だったのでは?」と思ってしまうほど、序盤に提示された要素と後半の展開が噛み合っていない印象です。
もし制作途中で上位の判断によって脚本や作品の方向性が変更されたのであれば、その判断が作品全体の構成にどう影響したのか気になります。
特に、現場が積み上げてきたものを上位者の判断で変更するのであれば、変更を決めた側も、その結果として生じる制作上の負担や作品の完成度について責任を負うべきだと思います。
「偉い人が決めること」自体が問題なのではなく、決定する権限と、その決定によって生じる痛み・責任が切り離されていないか、という点に疑問を感じました。
作品そのものへの期待が大きかっただけに、そこが非常に残念でした。
日本の世代間分断を描いたアニメ
戦後の日本が妖怪世界、現代日本が人間社会という対比で、世代間の分断を描くアニメ。
妖怪が人間の尻子玉を抜くと、本性が露わになる。表向きは本能を隠して生きる現代人も60年前は本能にギラついた妖怪のようなものだったということだろう。だから、妖怪になっても皮肉が効きすぎて笑えない。
ラストは妖怪たちが、自分たちの記憶を消してひっそりと去っていく。何がいいたいのかわからないのは、作る側がただ現代に対して不満をぶつけるだけの妖怪のような左巻き思想だからなのかもしれない。
悪くはない、以上
まあ普通にいい映画だと思うのだが、過去のケッ作クレしん映画を何度も観てしまっている私からすると、どうしてもギャグが物足りないと感じてしまうといった印象だった(もはや老害かもしれない)。具体的な評価を下に示す。
良い点
側から見れば無理だと思われること(この映画だと他者との共存)を成し遂げたい時は、無理でも絶対やるんだという気概が大事だということ、また、生きる上では目に見える変化ばかりではなく、目には見えないもの(絆や思い出)や、他者への思いやりの気持ちこそ大切にすべきだということを描いていると思う。嵐を呼ぶジャングルを連想させるシーンや、お・お・おのしんのすけに出てきたキャラクターなどが出てきて、今回クレしん映画初監督&初脚本のお二人が過去作を観てくれているのが伝わってきて良かった。梅さんとせましと銀の介じいちゃんの妖怪化のシーンが特に笑えて面白かった。せまし一家が出てきてくれて嬉しかった。
悪い点
ギャグがすべっているシーンがちらほらあった。ラスボスが呆気なさすぎて少し拍子抜けだった。
久し振りのクレしん映画でした…。
久し振りのクレしん映画で、今回は気になったので鑑賞しました。秋田のじいちゃんの家で、過ごす中で、妖怪と出会い、友達になっていくのがよかったです。ひろしとみさえの記憶が無くなるのを防ぐ為にお尻玉を探す冒険でした。最期の方でお尻玉が消滅し、記憶が戻らないかもの演出の後で、無事にお尻玉が戻って記憶を取り戻し、しんのすけとみさえが泣きながら抱き合うシーンはウルッと来ました。クレしん映画はこういう演出上手いなって思いました。観てよかったと思える作品でした。
魅力的な要素を活かしきれなかった、明確な脚本の力不足
【イントロダクション】
映画シリーズ第33作。本作では、しんのすけ達野原一家が夏休みにひろしの実家である秋田の銀之助の元へ訪れた先で妖怪の世界へと迷い込み、妖怪達と大冒険を繰り広げる。
監督にはTVアニメ『バトルスピリッツ 覇王』(2011)、『SAKAMOTODAYS』(2025)等を手掛け、本作が劇場用映画初監督となる渡辺正樹。脚本に同作のTVシリーズに2009年から2010年まで参加した、TVアニメ『月刊少女野崎くん』(2014)、『魔王城でおやすみ』(2020)、『映画 佐々木と宮野 卒業編』(2023)の中村能子。
【ストーリー】
妖怪の世界が人間界と隔絶されて数十年。しかし、ふとした事から人間界へと繋がる結界が破られ、そこに呑み込まれた妖怪達が人間界へと次々現れ、巷を騒がせていた。妖怪達の長・熊田の長が統治する何化妖怪城(なんかようかいじょう)では、部下の科学者であるひゃくえもん(梶裕貴)に事態の究明が命ぜられる。しかし、ひゃくえもんは熊田の長に内緒で、女幹部のつちこ(小松未可子)に協力を要請する。
一方、野原一家はひろしの実家である秋田を訪れていた。ひろしの父・銀の介の迎えで銀の介の家へやって来たしんのすけは、翌朝部屋中に貼られた“ばけーしょん村”への案内ビラを目にする。実は、結界が破れて春日部に迷い込んだ狸妖怪のまめ太(遠藤綾)をしんのすけが助けた事で、彼はしんのすけに恩返しをしたいと考えていたのだ。帰省の目的である花火大会まで余裕がある事から、野原一家は案内図を頼りに“ばけーしょん村”を訪れる。まめ太の他に傘妖怪の唐蔵(下野紘)、あまびえのピン子(水瀬いのり)が野原一家を迎え、妖術で変化したご馳走様を振る舞われる。しかし、ひゃくえもんの計画によって人間達の“おしりだま”を回収に来た河童のカッパラパー隊長率いる河童部隊の急襲を受け、ひろしとみさえは“おしりだま”を抜き取られて妖怪にされてしまう。
窮地に陥ったしんのすけ達だったが、まめ太達を束ねる狐妖怪達のやこ(伊藤沙莉)の助けにより難を逃れる。やこによると、“おしりだま”を抜かれて妖怪となった人間は、次第に人間だった頃の記憶を忘れ、満月の夜の子の刻(午後11時から深夜1時)に“おしりだま”が天に昇って消滅してしまうと、2度と人間に戻れないと聞かされる。やこの住む屋敷の書斎でひろしとみさえを助ける手掛かりを探すと、“おしりだま”が天に昇る前に持ち主に返す事が出来れば、まだ人間に戻せると判明する。
次の満月は翌日。人間であるしんのすけとひまわり、シロはやこの妖術で妖怪のフリをし、まめ太達と共に何化妖怪城を目指す。
【感想】
これまで幾度となくファンタジー世界を舞台にしてきた同映画シリーズ。更に、本作では久々の「和」をモチーフとし、夏休み興行と相性の良い「妖怪」を扱う事から、個人的に期待値が高かった。監督はともかく、脚本の中村能子氏は映画版初参加ながらも過去にTVシリーズに携わっており、脚本家としてのキャリアも豊富な事から、彼女の脚本次第では新たな名作も生まれるのではないかとすら考えていた。
しかし、実際にはどうにも要素が多く散漫化しており、敵のキャラクター性や目的も掘り下げ不足。結果、優れたモチーフながらも「凡作」といった出来に落ち着いてしまっている。
早い話、本作は製作側から「感動させる物語」というオーダーでもあったのではないかと勘繰ってしまうくらい、小手先の手段で感動に繋げようという魂胆が見え見えなのである。
本作は中盤の山場として、しんのすけが無数の“おしりだま”の中からひろしとみさえのものを探し出すという見せ場があるのだが、その展開がモロに同映画シリーズ随一の名作である『オトナ帝国の逆襲』(2001)を彷彿とさせる(勿論、狙っているだろう)ものとなっており、しかしながらあちらが35歳のひろしの人生を描いているのに対して、こちらでは5歳のしんのすけの日常を描くという人生経験の深みの物足りなさから、完全にあちらの劣化コピーとなってしまっている。やこの渡した九尾の扇子(それ自体がやこの正体の暗示となっている)によって、結果的にひろし達は無事元に戻るのだが、そうした展開の都合の良さも含め、イマイチ感動出来ない。
もっと言えば、やこは熊田の長によって妖力を奪われ、残り僅かな妖力を旅の中で使っていたのだから、しんのすけ達を先に向かわせる為につちことの戦いで妖力を使い切るのではなく、ひろしとみさえを救う為に妖力を使い切った方が、よりドラマチックになったのではないかと思う。「人間の為に命を懸ける」という行為は、熊田の長にやこに妖力を戻させる展開にも自然に繋がると思うし、九尾の扇子は大百足となったひゃくえもんに立ち向かう際に、しんのすけと九尾の妖狐とした覚醒したやこの合体技で用いた方が盛り上がったのではないか。
また、中盤でゲスト声優のお笑い芸人・マユリカの2人が声を務める妖怪カレイと妖怪イカ率いる野球チームとの突然の野球対決は、野球というスポーツが後々銀の介とやこの関係を語る上で重要になってくるとはいえ、完全にメインの物語がストップしてしまっており、「何を見せられているのだろう」という感覚に陥った。勿論、メインとは関係ない話を展開しようと、それが面白ければ問題はないのだが、試合内容もベタで面白味に欠け、“銀の介とやこの関係に繋げる為”という脚本の狙いしか印象に残らなかった。
クライマックスは、『妖怪大戦争』(1968、2005)ばりの妖怪パニックとなるのだが、中盤でふたば幼稚園の先生達含め、春日部の住人が妖怪の世界へと連れ去られて妖怪にされてしまうので、人々が妖怪にされるインパクトが若干薄れていた。先生達含め、春日部の住人が一斉に妖怪にされる件は、埼玉紅さそり隊や売間久里代が妖怪にされる終盤の見せ場に残しておいた方が良かったと思うのだが。また、コアファン向けの目配せとしてそういった名物脇役を登場させたのだろうが、そこまでやるならば本屋の店長と店員、ななこお姉さんと忍ちゃん達も妖怪化してみせてほしかった。
余談だが、妖怪にされてしまったまつざか先生の名前が“妖怪合コン荒らし”なのは笑った。まつざか先生、原作での婚約者との過酷な運命がアニメ化されていない都合上、すっかりアニメでは“売れ残り女性”の代名詞のようにされてしまったのは不憫でならないが、何の捻りもないストレートさは笑ってしまった。
敵役に魅力が欠けている点は先程指摘したが、やはり魅力的な敵役は物語を盛り上げる上で必要不可欠だったと思う。ひゃくえもんの「熊田の長より強くなって、自分が妖怪達を従えて、全ての人間達を妖怪化する」という目的は、それ自体は理解出来るが、彼が何故そうするに至ったのかが十分に示されず、取ってつけた印象がある。例えば、人間達との共存を諦めざるを得なかったやことは対照的に、ひゃくえもんは都市開発で自分達の領分を広げる傲慢な人間達に傷付けられた経験があり、それが「人間も妖怪にしてしまえば良い」と思うキッカケとなった、又は人間への未知なる恐怖(実際、唐蔵をはじめ若い妖怪達は人間との交流が禁止されている理由が「怖いらしいから」と曖昧な考えしか持っていなかった)から、相手を知ろうとせずに無闇に恐れるあまりに誤った道を選択する等、いくらでも掘り下げが出来たはずである。
更に言えば、夏休みや秋田の大自然の特別さを演出する意味でも、背景美術はもっと力を入れてほしかった。黄金期の作品には、まるで絵画のような美しさに思わず息を呑んでしまう背景もあったくらいで、そうしたリアリティは物語世界に没入させる意味でも効果的だと思うのだが、最早現代クレしんではそうした演出は見る事が出来ないのだろうか。
厳しい意見が続いたが、それでも私が本作に及第点を与えるのは、ひとえにラストの展開の気持ち良さにある。エンドロール前、しんのすけが銀の介に少年時代の野球ボールを返す際、銀の介は子供時代の自分とやこが再び邂逅する姿を見る。ボールを受け取った銀の介の「夏ってのは不思議な事があるもんだ」という彼らしい気取らない台詞で締める様も良い。
また、ポストクレジットで、縁側にしんのすけのカンタムロボ水筒の頭がまめ太達によって返された際、蓋を取るとまめ太を思わせる葉っぱが宙を舞い、やがてしんのすけとまめ太が初めて会った場所でまめ太と九尾の妖狐姿のやこが後ろを通り過ぎる演出は、それが妖怪という不可思議な存在である点含め、クレヨンしんちゃん映画には珍しい粋な演出でアリ。
本作のメインヒロインとなる九尾の妖狐・やこが可愛い。しんのすけが好む大人の女性ではなく、実年齢はともかくしんのすけと同じ幼子の見た目をしているメインヒロインというのは、過去の映画シリーズでも珍しい部類。ゲスト声優の伊藤沙莉のハスキーボイスは、最初こそ違和感が強く、やこは本作のメインヒロインとして常に出番があるので辛いかと思ったが、彼女の姉御肌な性格とマッチしており、物語が進むに連れて馴染んでいった。
【総評】
コロナ禍を経て、GW興行から夏休み興行へとシフトした『映画クレヨンしんちゃん』シリーズ。本作は、その中でも最も興行時期に合った「夏休み」「大自然」「妖怪」という魅力的な要素を持ち合わせつつも、それらを纏め上げる脚本の力が不足していたが為に、凡作と言わざるを得ない完成度に落ち着いてしまった残念な一作だろう。
最早、現代クレしんで黄金期のような作品に出会う事は不可能なのだろうか。
感激の嵐
7/31 初日舞台挨拶で初視聴。
8/11 2回目
今年見た映画で「一番好きな」作品です。
※以下、良し悪し、気づき&考察
※特に考察は長文書いてます
---良し---
・妖怪の魅力がとても美しく表現されていた
キャラデザは、味方妖怪は可愛くポップなデザイン、一方で敵側はおどろおどろしい容姿をしていた。(つちこの顔が特に怖い)はじめ、PVで事前公開されていた野原家達の妖怪姿を観た時、「これ...敵も可愛らしい、ポップなデザインだったら妖怪らしさが抜けてThe子供向け!って印象になりそうだな...妖怪の良さが薄くなりそうだな...」と思っていたので、今回敵サイドの妖怪が凄く怖い雰囲気に化けてくれてたので良かった。
・妖怪の名前がテロップでデン!って出てくる
これはアッパレだと思った
鬼太郎や妖怪ウォッチが流行った時期は、「妖怪図鑑」みたいに色んな妖怪を覚えたり、「妖怪メダル」などコレクションしたりと、何かと妖怪は名鑑としての楽しみ方のイメージが強い気がしている。なので妖怪化されると同時に妖怪の名前が表示されるのは粋な演出で、次はどんな名前の妖怪がでてくるんだろう?ってワクワクが止まらなかった。これこそ妖怪アニメの魅力だと思ってる。
・ファンには嬉しい原作ネタが多くてGood!
初回で確認できたのは
つるばあちゃんのろくろ首芸、銀ちゃんののっぺらぼうお面、お・お・おのしんのすけの妖怪も(セリフはなかったかな?)
・しんのすけおなじみの「ケツだけ歩き」がスゴイ真価発揮出来てて良き。
【嵐を呼ぶジャングル】を思い出した。団羅座也さんがケツだけ歩きするなんてレア過ぎる。
これを機に「ケツだけ歩き」が現実で流行ったらどうなるんだろ。事実、おしり歩きは健康ストレッチとして紹介されているので、ちょっとおもしろそうだけども
・まめ太可愛すぎん?????
ずっっとまめ太を目で追ってました
見た目も言動も全部可愛すぎです
最初の人間界へ降り立ったまめ太が隠れた看板が「たぬきそば」という小ネタも好き
・唐蔵とシロのコンビ、好き
もふもふシロがまず可愛いのと
自然に仲良くなってる唐蔵がまあ~愛おしい
細くなるの好き
やこちゃんもそうだけど、可愛いキャラ多いよ今作!
・せましおじさん登場に涙
個人的ですが
一番好きな声優さんなのでガチで嬉しかった。
(鬼滅の映画を観た理由も、細谷さんが出るって聞いたのがきっかけ)
細谷佳正さん、ありがとう...
・ひろし、妖怪になっても紳士すぎる
やこが500歳だって事がわかった時、「おばあちゃんなんだな」ではなく「ものすごい人生の先輩だったんだな」という優しさ。惚れる
・エンドロールの背景イラストがエモすぎる
去年のカスダンも良かったけど今年はスゴイ...泣きそうになった
---悪し---
▶巨大な大百足と化したひゃくえもんVSしんのすけ戦。
しんのすけが巨大化して巨大バトルになる展開は良かった。(雲黒斎や3分、ロボとーちゃんを思い出す。カンタムをハイライトしてる作品には偶然か、ラストは巨大対決なんよね。)
しかし巨大化したしんのすけがあんまし強化された感がなくて、もう少し特別演出が欲しかったかも。声も野太い声になるとかもなく、「そのまま」しんのすけが大きくなっただけだったので
・倒し方
尻に挟んでケツだけ星人をして三半規管をめちゃくちゃにする~って倒し方だったんだけども、もう少し派手な倒し方であってほしいと期待していた分、ちょっと残念。
三半規管って、今の子どもに伝わるんかな...(笑)
・あっさり感
すぐ倒しちゃってて...
巨大対決らしくもう少し尺欲しかったな、と思った
▶ピン子のキャラ設定
ピン子は力持ちで空を飛べる
...というキャラだと思っていたが
崖に落ちるシーン、なぜ飛べるのに落ちた?
力も強いから一人でもよじ登れそうだが...?
「えーらやっちゃ」のシーンで、カッパに囲まれてたけども
自慢の怪力で薙ぎ払うのかと思いきやそうしなかった
足が2パターンに変形するのも、特に説明がなく
「ピン!」しか話せないから唐蔵が翻訳者になってた
もう少し強みというか、目立たせてほしかった(ちょっともったいなさを感じた)
---気づき---
・まさかのOP無し!?とべとべ手巻き寿司以来なんだけど...
そういう方針にするのか、景観や雰囲気的にあえて外したのか...?
・例年お決まりだった「懐メロ」が今年はなかった。(キミノヒトミニコイシテル、LOVEマシーン、デンジャーゾーンと続いてたが)
これも景観を意識なのか?
・ぎんのすけの「いぶりぶりぶりぶりがっこ~」はケツだけ星人の元祖かも
脚本の中村能子さんは「ケツだけ星人は銀の介のギャグセンスを受け継いだのでは?」と想像したとのこと。センスを受け付いてるのかも。
・他作品のパロディ、無かったかも...?妖怪人間ベムとか鬼太郎とか妖怪ウォッチとか色々期待してたんだけど、大人の事情かな...?
・銀ちゃん5才児の姿って、何気初...?
TVアニメ回詳しくないけどどうなんだろう...?
・トラウマシーンは無かった...?
6がつく年のクレしん映画にはトラウマシーンと言われるシーンがあったが、今年は無さそう。ちょっと期待してたけど、子供向けによりシフトしたってことかな...
・FRUITS ZIPPERの2人、声あてたのどのシーン...?2回観ても気づけなかった...エンドロールでは「女性」となっていたので、おしりだま騒動の人間の中にいたのかも?
---考察----
・まめ太がしんのすけを誘った理由は『お礼がしたかったから』でOK?
そのしんのすけをおばけ~しょん村へ招くために、「チョコビ食べほーだい」のチラシを用意した。そのチラシに「お」を小さく書いたのは、自分たちが妖怪だということを悟られないように、大人と一緒に来ることを想定してバケーション村とよませ、怪しい村では無いですよ、っていう見せ方をしたのかもしれない。それを1人で計画したんだとしたらまめ太頭いいな?(唐蔵とピン子はいやいやって感じだったし、やこちゃんはそもそもしんのすけたちが村に来るってことを知らなかった)
・ラスト、銀之介は野球ボールのことを覚えていたんだろうか?「夏は不思議なことが起こる季節じゃのう」で物語は終わる。その答えがわからないまま終わるのでもやもや...ご想像におまかせします的なラスト展開はカスカベボーイズみを感じて僕は好きです。
やこはしんのすけを「銀のすけの孫」と認識したのはいつ?
おそらくはしんのすけのブリブリを観た時だと思う。
銀のすけのギャグ「いぶりぶりぶりぶりがっこ~」を観てきたやこが、しんのすけのぶりぶりを観た時に孫認定したのかもしれない。「これを返しておいてくれ」と野球ボールを渡すシーン。世代を超えてでも銀のすけに渡すことが出来て良かった...
・やこの力で、妖怪に荒らされた人間界を元の状態に修復。ただまめ太が行っていた「忘れてほしくない」って、人間と遊んだ時間も忘れてしまうってことなのかな?だとしたら銀之介がやこたちと遊んだ記憶も...?どちらにせよ切ないラストでした。
・やこたちは、結局本物の妖怪だった?
最後の最後、最初にやこと出会った場所までしんのすけが葉っぱを追いかけていったんだけど、ココも考えさせられる。
「妖怪」か「元・人間」か...どっちだったのか判断つかない。どっちだ...?
・ひゃくえもんに取り込まれたおしりだまは全部持ち主に戻った?
コツコツ集めていたおしりだまをひゃくえもんが全部取り込みエネルギーに変え大変身。その後しんのすけに倒されて花火のように散り、カスカベ住民のおしりだまは返った。その前に集めてた他のおしり玉も返ったと見て取れるが、妖怪の国に迷い込んだ「元・人間」は人間に戻れたのか...?それとも、やこの言ってるとおり子の刻までにおしり玉を取り戻せなかったものは一生妖怪となっている...?そして戻れない分のおしりだまの行方は...?
・EDでねんどアニメ!安心した...EDにねんどを回すのはラクガキングダム以来。やはり景観意識か。ねんどアニメで見せたやこちゃんの満面の笑みには嬉し泣き
・次回作は[魔法使い]、[お菓子]、[空]がテーマっぽい。そうきたか...!
カードで召喚するしんのすけ(カードキャプターさくら的な)
スゲーナスゴイデス的な魔法のカードが登場して、魔法を使ってく展開か
そのカードがグッズ化されそう
ドラえもんで空テーマやってたのでクレしんもいつかやりそう!と思ってた
海テーマもまだクレしんには無いので、そのうちあるかもね
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総評して
期待以上に面白い作品でした
子ども中心ではなく大人でもしっかり楽しめるよう
考察出来そうなポイントがいくつもあったのが素晴らしい。
一方で、喜怒哀楽が激しくなるストーリー。
さらに余韻の残るラストだったため
良い意味で[連続して観れない作品]だと感じた。
まさに「感激の嵐」。
妖怪に会ってみたくなる、
奇々怪々で、素敵な作品でした!
面白いけど、惜しいと思う部分もちらほら
全体的にはよかった。特に妖怪っ子たちとの友情や共闘がかわいく面白かった。
でも、野原家が秋田にいる意味とか、野球の思い出とか、各要素を活かしきれていない感じがして、もったいない。もっとダイナミックで魅力的な見せ場のある映画にできたと思う
王道に戻った感じ
ヘンダーランド、うんこくさい、オトナ帝国など好きな自分には、カンタムロボの水筒も、みさえの口紅でイタズラするしんのすけ、じいちゃんのイタズラにびっくりするみさえ…くすっと笑えてクレヨンしんちゃんってこれだよなぁと思いながら見てました。ストーリーも王道で、家族愛に泣き、花火も良かった。映画オリジナルキャラクターがまだ昔を超えれてない感はあるし、メインキャラの声優を俳優さんにするのは辞めてほしいなぁと思う。ただ今回の映画は本当に良かった。
#キャラクターが活かしきれていない。
最後のラスボスを倒す展開だけは、
正直あまり納得できませんでした。
キャラクターがたくさん登場したにもかかわらず、最後はしんちゃんが巨大化して、作中で何度も見せられてきた「ぶりぶり」でとどめを刺す流れだったので、新鮮味や盛り上がりをあまり感じませんでした。もちろん、ぶりぶりはしんちゃんを象徴する大切な要素ではありますが、何度も登場しているものを最後の決め手にされても、「またこれか」という印象の方が強かったです。
個人的には、敵がおしり玉を取り込んでいたことや、作中でハリセンのような道具がおしり玉を取り出せる設定があったので、その道具をもっと活かしてほしかったです。
例えば、やこだけが人間界で遊んでいたとは考えにくいです。作中ではやこだけに焦点が当てられているため、まるでやこだけが人間のことを知っているような印象を受けました。
しかし、実際には他にも人間と関わりを持った妖怪が何人かいて、それぞれが人間界について知識や経験を持っていても不思議ではありません。
そうした妖怪たちが最後だけでも、しんちゃん達と協力しながら物語に関わる展開があれば、世界観にもより深みが生まれ、物語の広がりも感じられたと思います。
また、やこの巨大化する能力でハリセンを巨大化させ、みんなで協力して敵からおしり玉を取り出し、とどめを刺すような展開なら、これまでの設定も活かせますし、「みんなで勝った」という達成感も生まれたと思います。
また、終盤は周りのキャラクターがほとんど何もできず、ただ見ているだけのように感じられたのも残念でした。せっかく個性豊かなキャラクターが揃っているのに、最後になると存在感が薄くなり、無力感ばかりが目立ってしまった印象です。
特にやこは力を取り戻したにもかかわらず、
その力を取り戻したことによる活躍や変化があまり描かれず、「力が戻った」という設定が十分に活かされていないように感じました。
もっと能力を発揮する場面があれば、
キャラクターとしての魅力もさらに引き立ったと思います。
さらに、かすかべ防衛隊も登場はしたものの、
最後はしんちゃんと協力して戦うような熱い場面がありませんでした。
ただ登場させるだけではなく、それぞれが持ち味を活かしてしんちゃんを支え、最後の勝利につながる展開があれば、より感動できたと思います。
結果として、多くの魅力的なキャラクターを登場させながら、最後の決戦でその良さを十分に引き立てられていなかったのが一番もったいないと感じました。
ラスボス戦だからこそ、主人公だけではなく仲間全員が力を合わせて勝利する展開の方が、作品全体の締めくくりとしても満足感が高かったと思います。
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