「「木と口は杏」」口に関するアンケート leoさんの映画レビュー(感想・評価)
「木と口は杏」
※以下、ネタバレを含みます。
『近畿地方のある場所について』で注目を集めた背筋(せすじ)の短編小説を、Jホラーの名手・清水崇監督が映画化。鑑賞前は「また一つのJホラー作品かな」という印象でしたが、実際は観客を巻き込む"参加型ホラー"として非常に興味深い作品でした。
物語は大学生たちの証言を中心に進み、刑事と記者が事件を追う構成です。前半は怪異よりも学生たちの複雑な人間関係が描かれ、恋愛感情や嫉妬が絡む青春サスペンスのような雰囲気があります。しかし、中盤から一気にホラーへ転調し、「呪われた木」を巡る怪異が次々と描かれていきます。
図書館のパソコン画面に映る木や、墓地で木の根元を掘り続ける女性、「地獄は下にありますから……」という不気味な言葉、そして首が異様に伸びる演出など、清水崇監督らしいJホラーの恐怖は健在でした。
ラストでは、それまで証言していた5人の大学生が、実は全員「呪われた木」で首吊り💀殺をしていたことが判明します。観客が見ていた証言は、死の直前にスマートフォンへ録音された最後の肉声だったという構成には驚かされました。
そして本作最大の謎が、行方不明となった杏という存在です。
終盤では、翔太が作った尋ね人のチラシから杏の写真が消え、「呪われた木」の写真へ置き換わります。さらにエンドロール前には、「あなたが見ていた杏はなんだと思いますか?」というアンケートが表示され、選択肢には「死んだ女」「呪いの木」「ヒミツ」が並びます。
ここで興味深いのは、「杏は誰ですか」ではなく、「杏は**何**ですか」と観客に問いかけている点です。
私は、この演出は「杏は最初から存在しなかった」と断定するためではなく、「杏という存在そのものが、観る者の認知によって変化していく」ことを示しているのではないかと感じました。
パンフレットで清水崇監督は、「呪いとは人間の認知によって生まれ、強化されるもの」と語っています。何でもない木でも「神木」と信じられれば神木になり、「呪われた木」と信じられれば、人は近づかなくなる。劇中で記者・西が語る「石はただの石でも、お地蔵さんと言われればありがたがり、呪いの石と言われれば怖がる」というセリフも、この考え方を象徴しています。
つまり本作が描いているのは、怪異そのものよりも、「人が意味を与えることで怪異が成立する」という構造なのではないでしょうか。
エンドロール前のアンケートには正解がありません。しかし、そのアンケートに答えようと考え始めた瞬間、観客自身も物語へ参加させられています。映画が終わったあとも「杏とは何だったのか」「5人はなぜ録音を残したのか」を考え続けてしまう。この余韻こそが、本作最大の魅力だと感じました。
派手なホラーではありませんが、考察好きにはぜひおすすめしたい一本です。
