「不老不死の対価に何を差し出すか」映画ちいかわ 人魚の島のひみつ ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 不老不死の対価に何を差し出すか

2026年8月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

難しい

カワイイ

普段ならこの手の作品は
夏休みの子供向けアニメとの色眼鏡で食指も動かぬのだが、
本作は評判が良い。

多くの識者が、褒めている。

過去にも
〔嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲(2001年)〕
〔嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦(2002年)〕
などは世評につられ押取り刀で駆け付け、
笑って涙して劇場をあとにした記憶がある。

本作も同様に世評が高く、
「考察」も相当数披瀝されており、
それらの内容には関心ないものの、
多くの人の気持ちを動かす作品には興味惹かれる。

とは言え、事前知識皆無もいかがなものか?と、
主要なキャラクター等は、
さらっと予習し劇場に向かう。

同館では本編前の映画館マナーCM「ちいかわマナー講座」で
お馴染みではある(今回、上映はなかった・・・・)。

鳥が運んできたチラシに書かれている
「討伐で報酬」「限定ラーメンやスイーツ食べ放題」の言葉につられ
南の島にやって来た『ちいかわ』たち。

そこにはお馴染みのメンバーを含む多くの参加者が集まっていた。
もっとも、ミッションの具体的な内容を聞き、
ほとんどが逃げ出してしまうのだが。

討伐対象は島に居付く巨大な「セイレーン」と人魚。
「セイレーン」は付き従う三匹の人魚のうち一匹が行方不明になったことが
島民の仕業と決めつけ、その犯人を捜していた。

島民との対立はエスカレーションし、
両者は村の広場で対峙する。

『ちいかわ』たちの活躍もあり、「セイレーン」は島から駆逐される。
めでたしめでたし。

大まかな筋はこの通りも、
一匹の人魚が居なくなった背景には、
「人魚の肉を食べると不老不死になる」との言い伝えが関係する。

いわゆる「八百比丘尼伝説」で
『高橋留美子』の〔人魚シリーズ〕でもお馴染み。

〔人魚シリーズ〕では
肉を食べた誰もが不老不死になるわけではないリスクと
そののちの圧倒的な孤独感がテーマの一つ。

本作では孤独の回避と併せ、
身体に現れるある変化も一つの肝となる。

不死と孤独は一種の等価交換。

多くの人が望むことが
皮肉にも宿痾のもとになるとの教訓だ。

もともと島民たちとの関係はウイン=ウインだった。

まったりした食物が満腹になるまで提供される代替として、
「セイレーン」は植物を活性化させる能力を使い
島に豊饒をもたらす。

その関係が一匹の人魚が行方不明になったことで破綻し
敵対するようになる。

では、人魚がいなくなった理由は何かと遡れば、
そもそもは「セイレーン」の驕りがあったわけで・・・・。

本編の九割では
『ちいかわ』たちの「セイレーン」討伐が描かれ、
残りの一割とエンドロール後に人魚消失の顛末が語られる。

尺としては僅かの時間も、
どちらが主題なのかは言わずもがな。

深い愛情が時として悲劇を招くことを、
如実に示してくれる。

ジュン一