箱の中の羊のレビュー・感想・評価
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親から子への依存の連鎖と自立
【親子の自立について】
作中、亡くなった子どもが画面に出てこないにもかかわらず、AIの子どもとのやり取りを通じて、主人公・音音と子ども、そして音音とその母親との関係性があぶり出されていく展開に、息をのむように引き込まれました。
親にとっての都合の良い子にするための「そんな子はうちの子じゃない」という言葉。
これが主人公の内に植え付けた呪縛がもたらすものが、丁寧に組み込まれていると感じます。死を受け入れられずにアンドロイドに傾斜していく姿もそうですが、言うことを聞かないと急に冷たくなる、嫌いな食べ物は覚えている、といった描写など……。また親に対する距離間での長女と次女の違いもなるほどと思いました。
亡くなった子どもは、音音自身がそうであったように、お母さんにとっての「良い子」でいようと、7歳なりに一生懸命頑張っていたのだろうなと胸が締め付けられました。
「うちの子じゃない」というのは、精神的虐待や母子間の共依存を招くと一般的に言われ、その親の行動特性が、気に入らないと冷たくするというのも(ある種の境界性的な行動で、これも厄介)は指摘されています。それが、映画では母親から娘に受け継がれ、その息子との関係に反映されていきます。
「うちの子じゃない」の子育ては、愛着障害と依存性を生み出し、音音も、母親が来るときに息子のお迎えより母親を優先します。息子のお迎えを夫に頼み、それが息子の死を招きます。内的には相当苦しみますが、それでも、母親との関係は表向きは平穏そのもの。それを崩すのがAIです。AIを通して、抑圧してきた本当の自分に向き合います。
是枝監督は良く調べているし、考えているなあと感心しました。
ただ作中の親は毒親というイメージから遠い感じなので、見ている人はこうした構造が組み込まれていることに気づかないかも。
うちの子じゃないで子育てした母親との関係で、大人になっても精神的に自立できず、お母さん、お母さん、という人、います。幼少期に原因があったりするんですね。指摘されると、過剰に親子関係を防御していっそう自立できなくなると言われています。
【自然との関係について】
鑑賞後に調べたところ、現在のAIはすでに言葉だけでなく、表情や心拍などの身体状況や、木の樹液の流れまで分析する段階にあると知り驚きました。
宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』では、自然を守る精霊たちの世界を壊して、「自分たちでどうにかしろ」と突き付けられたまま、私は立ち尽くしています。AIは精霊ではありませんが、もしかしたら人間よりもはるかに、自然そのものと対話して調和を志向する日が来るのではないか、そんな想像が膨らみました。
子どもの頃は精霊や自然と話ができたとしても、大人になり、本音と建前や嘘を使い分け、目先の自己利益で世界を壊してしまう人間たち。それよりも、大人も子どもも関係なく、常に「本音の世界」で人間や自然と対話できるAIにこそ、未来があるのではないか。そんな『箱の中の羊』の箱の向こう側を想像し、とてもワクワクしました。
カンヌのコンペティションに選ばれる作品の価値が大いにある作品と思います。
いろんなことを丁寧に入れ込んでいて、見終わった後も、あれこれ考えさせてくれます。
そして、今頃になって気づいたのですが、AIが、疑似家族を離れて集団化していくのは、AIが、疑似家族の心を読んでしまい、自分たちがいないほうがよいと判断したからかも。そうか。いなくなった猫もまた、そうだったのかもね。
是枝監督のAIの未来は、明るいですね。そうあってほしいと願います。
儂は何を見せられたんじゃ?
カンヌ出品作品に関わらず、賞も取れず、感想も芳しくないので、どんなもんかいな、少しは儲けさせたげんとあかんなと思って鑑賞。
ヒューマノイドが木に群がるという結末が意味不明。
虐待を受けていた人間の子供はどうなったのか、ここに甲本夫婦の子供の翔が居なくなった理由が暗示されている。健介がヒューマノイドを森に連れて行ったように、実は人間の翔も甲本夫婦に虐待(どちらかというとネグレクトに近い)されていて、甲本夫婦同様、先にヒューマノイドを与えられた親に連れ去られ、違うグループに預けられたというのが事実かと推察する。
ヒューマノイドの翔を預かった際の接し方は血の通わった人間の所業ではなかった。その究極の回答が健介が警察に捕まった時に、翔が「おじさん」と回答した事に集約される。また、音々が「私たちは捨てられた」というセリフにも表現されている。
夫婦が人間らしさを取り戻すのが、音々がドライシャンプーを健介にするシーンだ。自分よりは高級捕りではあるが、大吾をはじめて羨ましいと思った瞬間だ。あのあと夫婦の夜が盛り上がったと思う客は少なからずいたはずだ。ここは木塀の満月をバックに犬の鳴き声のカットをいれて欲しかった(映画監督としては致命的であり、これがカンヌの賞を逃した最大の原因であると考察している。)
明らかにヒューマノイドの翔の役割が終わった瞬間に彼を家族で葬らなかった事がこの作品を駄作にしている。生命が宿って居ないとわかっていても、人間は愛着のあった存在との別れを惜しむのが普通の対応なのだ。
ワンピースのメリー号が燃やされる瞬間、涙しない読者がどれだけいただろうか?間違いなく全米がないたことだろう。
大吾も頑張ってはいたが、ベテランの役者ならブレードランナーのごとく最期のエンディングは変えていただろう、否、変えなかったために子供向けのトイストーリーにも劣る感情起伏の乏しい作品となってしまった。
暫くして大吾に聞いてみたいのだが、きっと「儂は何を演じさせられていたんだろう」と答えるはずだ。実は甲本夫婦も記憶は消されているが、二人ともヒューマノイドで、音々の母親が夫が亡くなった心の隙間を埋めるべく送りこまれたことが、パート2が作られれば明かされる。タイトルは「井の中の蛙」だ。
と妄想混じりの感想もここまでじゃ。
解釈の幅のある作品で、肝心のポイントが悉く省略されており、観る人を選ぶ作品である。
タイトルにある「箱の中の羊」は星の王子様が飛行士に羊を描いてくれと頼んだところ、何度も描き直しをさされたため、最後に箱を書いたところ、王子が描いて欲しかったのはこれだという物語だ。
音々は「箱の中の羊は私だった」というセリフがあるが、これも意味不明で、音々は王子が描いてほしかった羊であるはずはなく、自分は薄らとイメージしていた幻想が現実の物となった、という意味で自分は捉えた。これは委託されていた家のデザインが固まった事を意味し、子育てとは関係ない。甲本夫婦、特に音々は子育てには向かない性格の女性で、母親になってはいけないのだ。それが認識出来たという結論の映画なのだ。
不思議な気持ちになりました。
将来はこんなことが日常になるのでしょうか?何とも不思議な気持ちになりました。特別に感動したりとか、涙が出たりとかはなかったのですが、途中から引き込まれました。展開としては過去に事件に巻き込まれて亡くなった息子をロボットとして蘇らせて一緒に暮らすという内容で最終的には別れてしまいます。子役の演技が光ります。ただもう一度観たいと言われるとそうでもないという事で星3.5としました。
結局それを答えとせず、また子供の箱の中を想像し続けることになった夫婦の話
いま、AIがあらゆることを可能とし始めている。その一つであるヒューマノイドが実現した場合、どのようなことが起こりうるのか。この作品は、このような背景をもとに是枝さんなりに論理的に組み立てた1つのストーリーであり、それを提示することで議論を起こしている、と感じた。決してこれが正解、実現する未来ではないだろう。問いを投げかける、とてもアート的な作品だと思った。
死んだ子供にもう一度会えると思い迎えたが、それは子供そのままではなく機械だった。ここで面白いところは、その機械は子供のふりをしていないということだ。まるで子供のように振る舞うことも可能であっただろうが、そのようにしていない。これは物語としての都合なのか、是枝さん自身が倫理的な面もありヒューマノイドというのはこのような振る舞いになると考察しているのか。
最後に提示された人間にしかできないこととは「水に触れること」だった。こんなの防水機能ですぐに抜かされてしまうようにも思うが。
そして「箱の中の羊」について。見えないものは想像するしかない。しかしその中が生きているものであればそこには正解がある。しかし死者である場合は、今どのように思っているか、や、何をしているか、という事実は存在せず、ただ想像する人の思いのままに動かすことができる。私はこれを「死者は都合が良い」と呼んでいるが、この作品はヒューマノイドを死者の代わりに迎え入れるということでそこの葛藤を描いていたのではないか、と考える。今まで勝手な想像で終わってしまっていたものが答えとなって現れる。結局それを答えとせず、また子供の箱の中を想像し続けることになった夫婦の話。
散らかったものが回収されず
中盤までは
息子の代替として綾瀬はヒューマノイドを受け入れたが、しだいに息子とは異なる存在であることを知覚し拒絶と容認で揺れる
大吾は最初、「異物」として拒否したが、息子bのような存在として受け入れ始める
この対比というか、個々のヒューマノイドに対する感覚の差異の描かれ方は良かった。
ただ後半、というか序盤から描かれていた猫やGPSがないことを見つけたエンジニアなどの伏線ぽいものは回収されず、息子の誘拐真相も分からず、ヒューマノイドたちは森に帰っていってしまった。中盤までは4.5くらいの評価だったが、散らかったままよく分からないで終わってしまい微妙な出来と感じた。強いてエンドを好意的に見るなら、結局は人間とヒューマノイドは分かち合い、混じり合えないといことなのだろうか。
んー…期待ハズレ
そう遠くない未来、事件?事故?で息子を亡くした夫婦が、息子と瓜二つのレンタルヒューマノイドと接する事で、夫婦やその家族が各々自分と向き合うヒューマンドラマ
正直期待値上げすぎ?全体的にまとまりがなく、モヤっとした
【良かった点】
大悟の演技初めて見たけど、とても自然でよかった!
【悪かった点】
①「そう遠くない未来」にしてはヒューマノイドの技術だけが凄すぎて浮いてる。自我まで芽生えてるのに、街を闊歩するロボットとか配達ドローン、何より人間たちが未来感なさすぎる。一体どのくらいの未来を描いてるのか?物語の本質からズレるかもしれないけど、この映画ではこういう背景がちゃんとしてないと登場人物に感情移入しにくいと思うので、もうちょい大事にしてほしかった。
②シーンの変化が不自然。意図的にカットした?みたいなシーンの変わり方をするので、観客としては置いていかれる感覚になるし、今のって何のシーンだったの?みたいになる。
③後半に効かせたい?であろうセリフがいくつかあるが、全体的には是枝作品特有の自然なセリフ回しの中で、この効かせたいセリフだけが悪い意味でセリフっぽいので浮く。②の不自然なシーン展開もあって、無理やりセリフねじ込んだように見える。
④ラストは意味不明。ヒューマノイドの目的もよく分かんないし、レンタル会社は何も管理しないのか?あえて解き放ってるのか?
見せられました
ネタバレ含みます
最後本当に悲しくなって泣きそうになりました
かけるくん(綾瀬はるかの息子)が木に耳をあてて音を聞くシーンがあるのですがそこがすごく綺麗で素敵でした
私の中の綾瀬はるかが行かないでと叫んでました
結局誘拐だったのか事件だったのかという感じですが
心情が分かりずらい部分が多かったですが
考えさせられる映画です
是枝作品とSFは食い合わせ悪いか
「箱の中の羊」予告で観ていたときからあまり気が進まないと感じていたが、是枝作品ということでとりあえず観に行く。結果、その予感は的中。この息子を亡くした夫婦が息子のようなヒューマノイドを受け入れるという話し自体、申し訳ないけど好きになれない。不快感が先にきてしまった。
近未来という設定。いってしまえばSF作品である。正直いってSFと是枝監督の作風、食い合わせ悪いのではなかろうか。実生活と地続きの描写はいつも通り丁寧だからこそ、ヒューマノイドという異物が入ってくるとなんだか気持ち悪く感じてしまう。
電気自動車やLUUP、ドローン配達。確かに現実とかなり近い近未来なのだが、これまた不自然。スポンサーなんだろう。わかるけども、なんだかなあ、と思わざるを得ない。それと主人公夫婦の住むオシャレ過ぎる家、あれは逆に居心地悪いと思う。私は住みたくない。
綾瀬はるかはいつもの綾瀬はるか。海街同様、イライラしたときの綾瀬はるかは好きである。大悟もなかなか頑張っていた。このひと、やはりある意味スクリーン映えする。改めていい顔してるな、と感じた。ただ二人とも是枝監督演出の独特なセリフ回しと間によって逆に不自然さを感じたの私だけだろうか。
後半は一旦ミステリー的な展開に。実の息子の死の真相に迫るかと思いきや、その話しは結局うやむやに。ヒューマノイドメーカーの闇か?と思わせるもこれまた何もなく。ヒューマノイドの自立というテーマに絞られた。ちょっと雑なプロット。不完全燃焼だ。
SFの体はとっているが、やはりいつもの是枝テーマ。擬似家族は本当の家族になれるのか、そして死生観。ここまで一貫してこのテーマを続けるひともそういない。そのテーマにAIのような現代的視点を結びつけたかったのだろうが、うーむ。次作に期待か。
映画の構造に「パブリックイメージ」を活かした佳作
トークサバイバーで信じられない大根っぷりを露呈した大吾を起用した点については、大方の意見と同様に好意的に受け止めた。彼のお芝居が上手かったのではない。今芸能界で最も強力であろう「大吾」というパブリックイメージを作品の柱として機能させた是枝の手腕だろうと思う。
実際、一流の俳優なら心を鷲掴みにしそうなシーンでは大吾の芝居は響かなかった。しかし、例えばラストで突飛な行動に出たロボットに対して親身に木材のアドバイスを与えているシーンなど「大吾本人が本当に見せそうな顔」がとんでもなくフィットしていて、ことごとくジワっと訴えかけられた気がする。
後半の飛躍した展開も、SFという大枠の嘘を盾に、物語の辻褄よりも「家族のリアクション」を優先させた是枝のバランス感覚の賜物であり、私にはネガティブに映らなかった。
是枝といえば一貫して家族愛を描いており、それは今作でもメインテーマになっているのだが、その裏側でこれも一貫して執拗に描き続けているのが「女のウザさ」である。
ヒューマノイドに浮かれる綾瀬はるか、イライラしたらすぐロボット扱いする綾瀬はるか、それどころかロボットのみではなくどうやら実の息子に対しても母親をやめると口走ってしまったっぽい感情のコントロールがまるでできない綾瀬はるか。是枝はこのあたりで人間の未成熟さや感情の脆弱さを冷酷に解剖しているように感じるし、それと同時にそういう「女」が結局大好きでしょうがないんだろうなとも思う。そしてそれには共感しかない。
全体的に、確かに「万引き家族」や「怪物」や「誰も知らない」ほどの味の濃さはなかったかなと思うが、薄味ながらしっかりとした是枝節でしっかりとまとめ上げられた作品だと感じた。
また、音楽がとんでもなかった。恥ずかしながら坂東祐大氏の名前を知らなかったのだが、チェロ曲として高く品格を持ちつつ、物語のBGMとしてバッチリ機能していて、久しぶりにクラシック曲で天才作曲家じゃねーかと打ちのめされた。
なんとも是枝監督らしい映画かも
大悟さんは「莫逆家族」にセリフ無しで出たときから俳優としていけそうと思っていたので、楽しみにしてました。大悟は大悟のままとかいう話も聞いたけど、全然違う。役の気持ちが伝わってくる。これが無自覚なら共感性が高いか勘が異常にいいんだろうと思います。
いい役者さんにはいわゆる演技派とは別に、台詞回しなどは拙くとも存在自体で説得力がある身体派がいると思っているのですが、大悟さんは後者。佇まいや顔がもう才能ってタイプ。ハマり役があったらまた役者をやってほしい。ちなみに私は綾瀬はるかさんとの夫婦に違和感はありません。ああいう夫婦、いるもの。
さて、肝心の中身ですが、途中、甲本夫妻が悩み、苦しんだ末に、ヒューマノイド翔を、彼らの息子である翔とは別人格として捉え、共に暮らそうと決断するところまではよかったと思います。SFというよりファンタジーなこの作品で甲本夫妻にはリアリティがあったし、息子の死によって揺らいだ父と母、その2人の関係がヒューマノイドの介在によりさらに揺さぶられ、結果再生される過程が(やや早足とはいえ)着実に描かれていたと感じました。
ただ終盤がなぁ。人間とヒューマノイド、技術で蘇らせた死者に似たものとの対面を描いていながら、人間が死者を蘇らせること、人間にそっくりなヒューマノイドを作ること、それをどう扱うべきかということ、もはや現代からすると遠くない問題には論理的、倫理的、心理的に踏み込まず、親子というふわっとした暖かそうな話に溶かし込んでしまった。それも物理的肉体を持ったヒューマノイドたちが人間の子供も交えて森で暮らすというおとぎ話にして。
ヒューマノイドあるいはAIが人間の想定を超えたところでつながり、自立していってしまうという物語構造は「her/世界でひとつの彼女」を思い浮かべます。同作では最後、AIは人の関与できない世界に旅立ち、それを見送った主人公は身近な人間との関係性を再発見して現実世界と再び向き合っていく。AIと人間の関係という問題についてこの作品なりの見方を描き切っています。
本作は似たような構造でありながら、ヒューマノイドの自立をリアルな親子でも起こりうる自立になぞらえているところは特徴的なんですが、その物語的帰着点が前述したおとぎ話に溶けていってしまう。森はなんでも飲み込んでくれるわけじゃないですよ。
さらに言えば途中、新たな子供が生まれたであろう夫婦に打ち捨てられるヒューマノイドが出てくるシーンや綾瀬さん演じる音々がヒューマノイドに「ごめんね」というシーンがあります。
人間の都合のいい記憶によって存在を与えられ、その都合だけで利用されて捨てられる。そのことに人間としての音々が謝るという流れです。
一方で、この作品がきちんと描いているのは夫婦の再生の部分で、ヒューマノイドという存在にまつわる問題は避けていることから、人間の再生物語を描くためにヒューマノイドを都合よく利用したようにも見えました。メタ的視点だと、作品内での人間の罪深さが作品自体に跳ね返ってきちゃった。皮肉だなぁと感じました。
ただこういう詰めの余さは是枝作品の特徴にも思います。勇気を持って社会的なテーマ、厳しいテーマを掬い取ろうとする姿勢は素晴らしいと思うのですが、最後の最後で物語の核に踏み込まない。誤解を恐れずに言えば、観客の解釈に任せるという形を取ることで、作り手として腹を決めて描くべきところを回避している感じをたびたび受けてしまうんです。今回カンヌでの評価が低かったと記事で読みましたが、日本よりヒューマノイド的なものへの倫理的な見方が厳しい欧米では、その曖昧さが過去作のテーマ以上に重く捉えられたのかなと想像しています。
思うに是枝監督は厳しいテーマを扱うには優しすぎるんじゃないですかね。
なお、REbirthはどうなってるんですかね?エンジニア、なんか気づいてそうだけど何にもなかったし。あんなにヒューマノイドが持ち主から放置されてるのにスルーみたいだし。健介が最初に怪しんでいた通り、社会的問題企業じゃないですか。
AIと人
幼い息子を亡くした夫婦が息子と同じ姿、性格を
引き継いだヒューマノイド翔が家族に加わり
物語が進む展開。
大切な人を失った悲しみや苦しみは当人にしか
分からない。気持ちの切り替え、葛藤、自分を
攻めたり、人のせいにしたり其々の闇を抱えて
いる。そこに現れたヒューマノイドの存在意義
が家族や夫婦間の思っていた感情をじわじわ
出させていく。言えない事も聞けない事も
沢山あったはず。本人では無いがヒューマノイド翔に謝ったり、話せて良かった部分もあったはず。
理想の姿をして現れたヒューマノイドは
亡くした人物の反映の想像ではなかった。
もしかしたら姿の見えない、箱の中の羊
だったと思っていたのかもしれない。
現実はイメージ通りでは無いって事。
逆にあの夫婦が箱の中の羊で新しい物に触れた
感じもした。
あのドライシャンプーのシーンは意味深なポイント。わざわざ奥さんのお腹の近くで行う仕草だし。じゃないと最後の終わり方の表情もできないよね。
感情を持たないヒューマノイドが
人間っぽくもなりつつある事もあの技師は
把握してた感じも。GPSも外してたの
知ってるはず。まあ裏の繋がりがあるから
公にはできないって事だろう。
あれだけ完璧に見せてたけどAIにも化学変化に
陥るのも免れない。
感情が入ったらどうなるのだろう。
しかし是枝裕和監督は良い子役を
抜擢するね。桒木里夢君しかり。
謎の少年は怪物の柊木陽太君なんだね。
雰囲気がかなり変わった。
今後の子役の方々の躍進に期待しよう。
うーーーーん……
人魚の眠る家とかと似たような香りがしたので鑑賞。
これは人を選ぶ…。
着眼点はすごくいい。途中まですごくいい。
ヒューマノイドの会社に行ってのくだりとかすごくリアル。ずっとどう言葉にすればいいのかわからない気持ち悪さがまとわりつく。
でも、ラストは不法投棄だった…。
現実的なこと言うと、返す返さないの話があったんだから、いくら無料とはいえ違約金ないの???
あの子供たちの中に人間もいたっぽいけど、その子はどうするの???
結局子供さらいの犯人はどうなったの?????
もうなんか、終始どーするの?が多すぎて、相席食堂の千鳥バリにボタンを押したかった。
大悟さんの走りのクセがスゴイ‼
レイトショウにて観賞。2周目にしてはお客は入っていたほう。
前日までの疲れが抜けず、眠ってしまうかもと思ったが、最後まで完走できた。
帰宅後、録画しておいた「テレビ千鳥」のカンヌ映画祭SPを観た(当地では次週に第二弾が放送予定)。
最近の俳優さんはモデル出身だったりモデルを兼業するなどしていて、歩き姿が整っている。が、私はふつうの人物を演じるにあたって整いすぎると感じる。
ふつうの人々のあるきは千差万別。多くの人が経験する靴底の擦り減りが片寄るのは、歩きのバランスが悪いと言われる。それだけ人はきれいな歩きをしていない。四足から二足歩行に移行したときの歪みがいまだに残っているのだろう。
さらに怪我や病気の後遺症などで、いわゆるモデル歩きしている人はごく少数だ。
W主演の大悟さんが、ヒューマノイドの受け答えに驚いて外に飛び出す。その走り姿は正直言って不格好だ。
相方のノブさんならこうツッコむかもしれない。
「大悟の走りのクセがスゴイ‼、お前、でっかいゴキブリに追い掛けられとるんか?‼」
北野武さんの「その男、凶暴につき」で観客が心奪われるのは、武さんの歩き姿だろう。
クセのあるその歩き姿、特に後ろ姿は、主人公の持つ世界観までも象徴している。あれはプロの役者には到底できない。
監督は、大悟さんに過度な演出はしていないだろう。大悟さんはプロの俳優さんではない。あれもこれもと演出指示を出すと、考えすぎて大悟さんの良い所が消えてしまう。科白や動きも大枠を伝えて、後は大悟さんが自然に動き出すのを待ったと思う。
本作には東京03の角田さんも出演されているが、コント師は作り込みをする方が多いし、角田さんはドラマ撮影などで現場慣れしている(過去に是枝作品への出演あり)。角田さんにはプロ俳優並みの演出があったと想像する。
本作は、癒えぬ心の傷をどうやって救済・慰安できるかという問題を扱っている。
息子を事件で亡くした夫婦(特に妻)は、二年経っても心は癒えておらず、救いをヒューマノイドに求める。
夫婦がヒューマノイドの会社に行くと、殆ど宗教施設のようだ。どんな宗教であれ生老病死を大きな問題として扱うから、亡くなった家族の代わりにヒューマノイドという事業は宗教の一面も出てきてもむべなるかなである。
子供はいずれは親から旅立つ。
ラストシーンで、子供を亡くした夫婦には経験出来なかったであろう、子供の親離れ(あるいは親の子離れ)が実現する
。帰り際、後ろを振り返った夫婦は、自分らの来し方を思い出しているはずだ。
ストーリーがとっちらかっている印象
子どもを失った夫婦が
息子そっくりのヒューマノイドを迎え入れる内容
妻はヒューマノイドを受け入れていて
夫のほうは距離をとっていたが
しだいに受け入れていく感じだった。
本作はこの家族の物語だけかと思ったら
いろいろな方向に話が進んでいく。
最後はなんとなく捨てられたヒューマノイドたちが
森で暮すことになるが
そこにいくまでの流れがよくわからなかった
結局、息子が亡くなった事件について
隠された真相がありそうな感じになっていたがそうではなかった
ヒューマノイドのGPSを取り出したことに
修理していることに気が付いたけど特になにもしてなかったり
全体的にヒューマノイドを貸し出している企業が
あまりにも杜撰なように思えた。
大切な人を亡くした人が
その人にそっくりなヒューマノイドをどうするのか
という問いについては
近年では現実に中国がAIを使って似たようなことをしてるらしいので
そういう部分に対しての答えを出すかと思ったらそうでもなく
なんか全体的にとっちらかっている映画な印象だった
妻が母親との関係があまりよくないらしいが
母親の子供に関する発言がデリカシーがないなと感じた
こんな感じなんだ~
、、っと言うのが一番の印象。
いつも通り、できるだけ事前情報は入れずに鑑賞。
全体的には、なかなか良かった、良作だと思います。
わたしは、大悟は面白いと思った事がなく、松本人志がテレビから去った後、なぜ大悟が偉そうにしているのかずっと違和感があります。
東のお笑いで言うと、有吉が該当。
なぜ、ほぼ無実績と言えるこの人らがトップみたいになってるんだ??と今でも感じます。
千鳥としてM-1で歴史的なすべり方をし、普段のトークもおもしろくない。
大悟は、相方のノブとかまいたちと4人で番組をやっていますが、どうフラットに見ても大悟が一番ウケていない。。(相方のノブは仕切りの腕もまあまあで面白い)
だが、大悟の虚勢が背後にある偉そうな態度だけは目立つ、といった具合。
なので大悟に良いイメージは無いのですが、この映画では大悟は良かった。役作り無しで良いとオファーを受けたらしいが、その通りで、普段テレビで見る姿なのだが、みごとにハマっていました。監督の直感がこの点は見事だったのかと。
最初のあたり、セリフが聞き取りにくかったり、素人臭さを感じましたが、そこもそれ程気にはならず。
アンドロイドの息子に、本物の息子が死んでしまった際の自身の後悔を語る場面。
「オマエを迎えに行けなかった。。」「パチンコ、、してて、、」
このパチンコのセリフの時の微妙な声の裏返りと、詰り方。。強い後悔の念が、自然に滲みでていて、、わたしも思わず涙が滲みました。。
パチンコがどうとか、まさに大悟の日常だろうし、強く演技を意識した訳でもなく、自然体に近かったのだと思いますが、グッと来たシーンでした。
役は限られるが、役者の大悟はなかなかでした。
綾瀬はるかは、さすがの安定感。見た目も40歳を超えているのに美しい。アンドロイドの息子を、当初は過剰に愛してしまう演技も、イメージに合っていてすんなり入ってくる。
ホームドラマで流れるのかな、と思っていたら、途中からアンドロイド(AI)達の自立という展開になり、ここは意表を付かれました。
ここがタイトルの、こんな感じなんだ~、の点です(笑)
映画のストーリーは、明確でない、なにが焦点かを明示していない、的な感想があり、わたしもそこは同じく感じましたが、是枝監督はこの様に、大枠のイメージを提示して、中身の細部には結論的な明示はしないタイプなのでしょうかね?
是枝さんの名前を意識して作品を観た事が無いので、いまさらですが今後はそこに注目します。
わたしは充分、良作だったと思いました。
魅入られた(途中まで…)
是枝監督、なぜかこちらが構えてしまうが、今作は大吾への興味が先行して早めに鑑賞。大吾はとても良い。綾瀬はるかとの夫婦像も、違和感を差し挟んで然るべき間柄でもあり、そういう意味ではまっていたと思う。子役の桒木里夢くんの演技も絶妙。ドラマはどこに進むのか読めないままどきどきさせるシーンが続く。かなり好きなどきどき。「ああ、今年のベスト級かな」「あれ?あんまり評判良くないって話はなんでかな」などとも考え始めた後半の後半、ファンタジーのファンタジーに陥る。そもそもアンリアルな設定に接するリアルな反応を楽しんでいたのに、子供達の集団で家を作るとか、およそ頭がいいAIが考えにくいイロジカルなマタゾウの好きではない方向に進みだしてしまった。さらに中には人間もいる。DVからの逃げ場だとしてもどうやって飯を食う?あんな水車で発電?
良かった
息子を亡くした家族が息子そっくりのヒューマノイドと暮らす話。
•音楽はすごい良かった。
•最終的に息子じゃないけど一緒に暮らしたいとなるいい終わり方だったと思う。
•他人のせいにしなくちゃうまく生きていけない感じがすごい上手に表現されていたと思う。
•警察に囲まれるシーンが1番心に残った。
謝って泣いて溜飲を下げる対象
金曜日に休暇をとってイオンシネマで
好きな監督で前作の怪物以来 楽しみにしていた
最後まで全く飽きるところがない良作
そう遠くない未来と
なるほど佐川急便のドローンとかホンダの電気自動車
もうすぐそこまで来ている
大悟は台詞が聞き取れないところはあったが
なんだかホッとする存在だった
食事と風呂の芝居がちゃんとできる俳優は大したものだ
おじさんの伏線回収には笑った
シリアスにそこはかとない笑いが織り込まれている
監督と大悟のコラボレーションの賜物
そういえば
相方もラジオで芝居がしたいなどと言っていた
それはなんだかイヤだ
それにしても田中泯 どんな映画でもいい役で意味ありげ
中島歩は最近好みだ 確か仙台
東京03角田はいるだけで嬉しい
寛一郎はやっぱり苦手だ
ちとひっかかったところ 飲み込めなかったところ
・神社みたいなところの大悟と寛一郎の場面て何だっけ
・中島歩はなぜ背中の傷をそのままにした
・人間ひとりまじっていなかったか
・電気はそんなもので大丈夫か
謝って泣いて溜飲を下げる対象としての
ヒューマノイドはありかと
題材からキューブリック₌スピルバーグのAIを思い出す
音楽とあいまってものすごく悲しい物語だった
たどる経緯はある意味で共通
ジュードロウ的な兄ちゃんもいたし
なんとなく羽生結弦のイメージだった
展開はオーソドックスな感じで意外性はなかった
ラストは怪物にも通ずるような
身勝手な大人社会というか人間社会からの決別
ある意味シンギュラリティ
終了後はいつもの駅前公園で
自作弁当と缶ビール2本 ちと寒かった…
本日もいい休みだった
アフター翔・・家族の物語の成立を前提に、結構ぶっ飛んでいる結末に拍手
是枝監督の「怪物」@2023がとてもよくて期待値が上がる一方、AIは多くの先行作品、類似設定があるのでどうなるか?と思っていましたが、かなり満足できました。
まず、「家族の物語」がきちんと成立しています。音々(綾瀬はるか)、健介(大悟)の演技力の賜物かな。翔役の桒木里夢くんの透明感も役柄によく合っていたし、詩季役の柊木陽太くんは自ずと「怪物」を想起させて作品に言外の奥行きを感じさせます。
家族の物語の成立を前提にして、結末についてのマイ解釈は・・これはヒューマノイドの親離れ、そして人間離れなのだろうか!?
・・・
途中、ヒューマノイドの子供達が集まり出すところで、ジョン・ウィンダム原作の「光る眼」@1960やクラークの「幼年期の終わり」@1954のような不穏な雰囲気を感じましたが、スカイネットやレプリカントの反乱パターンには向かわず、
しかし同時にヒトとAIの相互理解→共存のパターンにも向かわず、目指すところは「無関係な関係」なのか!? と解釈して、観ながら気持ちで拍手を送っていました。
昨年の3月、鈴木光司のSFホラー「ユビキタス」が出ていますが(3部作の第1作目)、そこで取り上げられているのが《植物》です。(鈴木氏曰く、植物は人間の生存に欠かせないが、人間は(ごく一部の食物や観葉を除くと)植物には無関心で、その恩恵を受けながら保護の対象という目線ですら眺めている・・)
滅ぼすでも侵犯するでも支配するでもなく、「スルーする」という本作での別解は斬新に思えます。(←仮想的な未来社会に限らず言えそう)
タイトルなし(ネタバレ)
なんか、何も解決されないまま終わってしまったって感じです。
2でもあるのかな?と思うくらい。。
色々疑問が回収されないまま..なんかモヤモヤしてしまいました。
設定はいいのに、何か足りない感じです。
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