「自我に目覚めれば目覚めるほど、息子からは遠ざかる」箱の中の羊 杉本穂高さんの映画レビュー(感想・評価)
自我に目覚めれば目覚めるほど、息子からは遠ざかる
息子を誘拐事件で失った夫婦が、息子そっくりのヒューマノイドを向かい入れることで起きるざわめきを掬い取ろうとした作品。そのざわめきが多方面に渡っているので、主題が何かをつかみにくいのだが、今後社会で起きうる題材に挑んだ是枝監督の意欲はよくわかる。
息子と同じ概観で反応も息子そのものAIに、息子同様の愛情を感じることはできるのか、という問いに半ばイエスで半ばノーという回答を示しつつ、ロボットの反乱というわけではないがGPSを自発的に外して、人間のいないところで暮らそうという自我に目覚めていく展開が深まるにつれ、夫婦はその自立を見送るという決断をくだす。子どもの親離れとは少し違う、AIが自我に目覚めれば目覚めるほどに、やっぱりこの子は息子とは違うという感覚になっていったのはわかる。
気になるのは、綾瀬はるか演じる妻の妹は養子を迎え入れたということ。このくだりとヒューマノイドを息子として迎え入れた夫婦を対比させて、どう受け止めればいいのか戸惑った。
実は猫の存在も気になった。近年、子どもを持たずにペットに愛情を注ぐ人は多くなっているが、愛玩動物もまた子どもの代替品であるというような部分もある。それと対比させるような描写は特にないのだが、どうして猫をある程度フィーチャーするような脚本にしたのかは気になる。
愛情とはそもそもなんだろうか。愛情に根拠も条件もなく、血がつながっていなくてもいいし、人間同士じゃなくてもいいとすればロボットが対象でもいいだろう。しかし、結局はヒューマノイドの両親には主人公たちはなれなかった。死んだ息子の代わりではなく、一人の自立した対象として愛情を注ぐ対象として見られる日はこないのだろうか。
