劇場公開日 2026年5月29日

「“時代遅れ”か、“時を超える真理”か」箱の中の羊 高森郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 “時代遅れ”か、“時を超える真理”か

2026年5月30日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

知的

是枝裕和監督(兼脚本)は「死者をAIとして蘇らせるビジネスが中国で人気という記事を目にしたこと」が本作を着想する大きなきっかけになったとし、また「もともと『フランケンシュタイン』が好きだった」とも語っている。死者をAIで蘇らせる話としては、平野啓一郎原作・石井裕也監督「本心」(2024)が記憶に新しく、あちらはVRゴーグル越しに見る仮想空間に故人を生成するという設定が2020年代の現状により近い印象を受けた。

一方で1818年に発表された「フランケンシュタイン」に端を発する主題は、人間そっくりの人工物を作れるほど科学技術が進歩したとき、それに魂を吹き込むことはできるのか、人と同じ心や自由意志まで宿すことはあるのかという問い。また、そうした思考実験を経て、そもそも人の心とは何か、人間を人間として定義する要件は何かという哲学的な思索を促す難題でもある。こうしたテーマはSF映画でもたびたび登場し、主だったところではリドリー・スコット監督「ブレード・ランナー」、スティーブン・スピルバーグ監督「A.I.」、コゴナダ監督「アフター・ヤン」などが挙げられる。

映画「箱の中の羊」ではほかに、サン=テグジュペリが1943年に発表した小説「星の王子さま」への言及がある。語り手が王子に箱の絵を描き、君の欲しい羊はこの箱の中にいると告げたら王子が喜んだというエピソードで、映画のタイトルもこれから取られている。映画の文脈においても複数の解釈が可能だが、喜びや幸せはその人の心のあり方次第、と考えるなら先述の人の心とは何かという問いとも関わってくる。

これらの問いが時代を超えてさまざまな作品で手を変え品を変え語られてきたのは、決して正解の出ない永遠の問いだからでもある。劇中の建築設計についてのエピソードで、デザインの試行錯誤を重ねる、その過程こそが大事という話もあった。ただこの手の話は、コスパ、タイパ、生産性が重視されるこのご時世、とくに若い世代には“時代遅れ”と受け止められるのかもしれない。

いやいや、そういう答えが簡単に出ない問題をじっくり考えること、向き合うことも人生には大切、それが普遍の真理なんだからと肯定的に思えるなら、映画の内容も腑に落ちるだろうか。

是枝監督作としては前作の「怪物」がすごく良かったので、期待値を上げすぎたかもしれない。原作漫画・アニメーション映画ともに最高だった「ルックバック」の実写映画化も今年公開予定だそうで、こちらも大いに期待。

高森郁哉