スマッシング・マシーンのレビュー・感想・評価
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パートナーとの生々しいやり取りで浮き彫りになる「壊し屋」の繊細な内面
総合格闘技の知識が全くないので、ドウェイン・ジョンソンの演技やカズ・ヒロの特殊メイクの、マーク・ケアー本人への寄せ具合を楽しむことは残念ながらできなかった。だがさすが元格闘家と思わせるドウェインの仕上がった筋肉や試合のシーンは迫力満点だったし、PRIDEの舞台として日本の風景や俳優が登場し、B'zまで流れたりして、競技のことがわからなくても退屈はしなかった。
「霊長類ヒト科最強」「スマッシング・マシーン(壊し屋)」と呼ばれた男が秘めていた心の弱さ。いや、弱いというより、彼はただ普通の人間だっただけなのかもしれない。格闘技に身を捧げる選手は、普段から厳しい鍛錬を己に課し、試合本番では時に命を危険に晒すが、一般人とかけ離れて頑丈な心を持つわけではない。
意識障害に陥って病院に担ぎ込まれ、駆けつけたコールマンの顔を見たケアーが、しばらく気丈に振る舞ったものの急に嗚咽を漏らす様子を見て、胸が苦しくなった。
実話を元にした作品にありがちなことではあるが、全体的にケアーの体験の描写は結構淡々とした印象だ。薬物依存を克服するドラマは作品の柱のひとつのはずだが、序盤で本人が薬の副作用や禁断症状に苦しむシーンはなく、オーバードーズで意識障害になったことをドーンがコールマンに連絡するという間接的描写のみ。
リハビリセンターに通う決心をする瞬間であるとかリハビリの様子などのシーンもない。実話ベースなので仕方ないが、克服した結果PRIDEで優勝するといったドラマチックな展開もない。
一方で彼とドーンとのやり取り、特に喧嘩の場面は終始生々しく、その場に居合わせているような息苦しさがあった。スポーツ選手の挫折と復活のドラマにつきものなのがパートナーの内助の功。見る方もその手の美談をつい期待してしまうが、ドーンはそういったステレオタイプとは真反対だ。
とはいえ彼女はケアーの競技生活に全く非協力的かというとそんなことはなく、朝スムージーを作ってあげたり遠征先から呼び出されたらすぐ駆けつけたりしている。ただ、そういう献身が報われていないという気持ちが湧いてくると、試合前だろうが爆発してしまうのだ。
ケアーの方もドーンの献身は理解しているが、試合前やリハビリ明けには彼女の悪気のない無神経さに苛立ってしまう。
相手のなんてことない一言に突っかかり、そこから互いがヒートアップして引っ込みがつかなくなってゆくという、カップルの喧嘩がこじれる典型的なパターン。これめちゃくちゃわかる(汗)。ドアを破壊されたことはないけど。
とはいってもケアーは体を張った仕事をしているのだから、さすがに試合直前はドーンの方にこらえてほしいという気持ちがあった。喧嘩のシーンが3回くらいあったと思うが、最後の喧嘩直前には「え、またこのタイミングでやんの?」「しかも拳銃ってさあ……」と、ついケアーに同情してしんどい気持ちになった。ただでさえ試合前の緊張感でカリカリしているのに、身内に精神的負荷を増やされるとは。
ただ、ふたりのやり取りからはドーンの性格だけでなく、ケアーの神経質さ、心の弱さもまたくっきりと浮かび上がってくる。こういった繊細さが薬物に依存する一因になったのかもしれない、そんなことまで連想させた。
金継ぎの器は薬物依存の苦しみから立ち直るケアーを象徴するようなアイテムだったが、それを破壊して、その後瞬間接着剤で修理したのには度肝を抜かれた。そこは金継ぎでやってほしかったが、反面ドーンらしさがよく表れていたとも思う。
wikiによると、この物語の直後と思われるが2000年に二人は結婚し、2005年に子供が生まれたが、2006年には別居、直後に離婚したようだ。うーん、まあそうなるだろうね。
二人の衝突は見ていてフラストレーションが溜まったが、それだけドウェインとエミリー・ブラントの演技が上手いということでもある。神経質でネガティブな感情表現をするドウェインは新鮮だったし、最近観たばかりの「プラダを着た悪魔2」とはまるで別人のブラントにも驚いた。(スタイルのよさにも改めてびっくり)
総合格闘技の知見がある人はまた違う感想になるのだろうが、比較的淡々と出来事をなぞってゆくストーリーの中で、ケアーの繊細さとドーンとの共依存的な関係のリアリティが際立っていて、二人のありのままの物語を見たという実感があった。
人間の弱さに価値を置く痛切な人間ドラマ
サフディ兄弟の破れかぶれな勢いとアナーキズムみたいなものをどっちがより担っていたのかは、もしかしたら兄ジョシュの『マーティ・シュプリーム』と弟ベニーの本作によって明確になったかも知れない。というのも、『マーティ・シュプリーム』にはこれまでの勢いを煮詰めたようなところがあり、一方本作には、ベニーが共同クリエイターを務めた「ザ・カース」にやどっていて悲哀をまぶした居心地の悪さが確実に宿っていたから。
言わば『マーティ・シュプリーム』は身勝手な成功願望を加速させていく男を一種のヒーローとして描いていて、こちらの映画では、そこから降りることで得られる精神的な解放を描いている。そして、解放に至るまでの針のむしろのような状態を、懇切丁寧に、そして決してカタルシスが得られないように巧妙に描いている。
言わばジョシュの方がイカれていて、ベニーの方が繊細、というのは乱暴な分け方にすぎるとは思うが、人の弱さに価値を置く本作のアプローチはとても共感できるし、ラストの本人登場に至るまでは、すべてが白昼夢であったかのような演出と演技と映像と音像、悪酔いしそうな浮遊感に、監督としての手腕を感じずにはいられない。
1990年代後半の空気感が総合格闘技を介して蘇る
ドウェイン・ジョンソンは伝説の格闘家、マーク・ケアーの実像に迫った同名のドキュメンタリー映画を観て、劇場映画化に踏み切ったという。だから、彼は主演は勿論、製作にも名を連ねている。
ジョンソンが『野獣のような男』と評するケアーは、人間離れした肉体と格闘技のスキルを駆使して相手を駆逐していく傍らで、鎮静剤の過剰摂取やフラッシュバックに苦しみ続けていた。恐らくジョンソンは、マッチョアイコンとしてキャリアを築く過程で、ケアーの内面に分け入ることで俳優としてのシフトチェンジを目指したのだろう。それはある意味で成功している。試合を重ねていくほどに自分の世界だけに没入していく悲しくも物静かな演技は、作り上げた肉体が凄すぎるだけに妙な説得力がある。
格闘技が技比べからエンタメへのシフトしていく時代の空気感が、本作の見せ場かも知れない。それは主に、総合格闘技"PRIDE"発祥の地、日本を舞台に描かれるので、日本の格闘技ファンは懐かしく感じるはずだ。リング上のポストに掲げられた"ビックカメラ"や"スカパー"の広告は、そんな時代を再現したもの。ドウェイン・ジョンソン入魂の1作は、1990年代後半がリングを通して蘇るノスタルジー映画の要素も付加している。
半分はPRIDE2000のドキュメンタリードラマ!?!?...
妙に薄味
1990年代から2000年代に掛けて日本中を席巻した総合格闘技に僕は全く関心がなかったのでその存在を知らなかったのですが、一時は無敗を誇り「霊長類ヒト科最強の男」と呼ばれた実在のファイター、マーク・ケアの物語です。本人もレスラーであったドウェイン・ジョンソンが彼の役を演じると言う事でも注目を集めました。
ファイターの物語と言えば、才能・努力・栄冠・傲慢・没落・再起・再びの勝利というのが王道とも言うべき展開ですが、本作は少し違っていました。既に頂点にあった彼が、日本のPRIDEで敗れるところからお話が始まり、その後も様々なプレッシャーでドラッグ中毒となり、再起を期するものの結局「俺は敗れた」を認めるまでを、ファイターとしての経歴を縦糸に恋人との関係を横糸に描きます。
人物への斬りこみ方には興味を惹かれるのですが、肝心の格闘場面がえらく薄味に映りました。観る者に力が入るリング上の場面で劇伴音楽が邪魔でちっとも盛り上がりません。勝つにしても負けるにしてもそこは重要な場面じゃないのかな。しかし一方、度々繰り返される恋人との口論の方には熱が籠っており、お互いの言い分をもっと聞きたいと思えました。
格闘技ファンならばもっと楽しめたのかな。
ドゥエイン・ジョンソンがカッコイイ
格闘技ファンでなくても楽しめます。
PRIDEは知ってますが観た事もなく、K1等、他の格闘技も好きというわけでもないですが、ただ髪の毛の生えたドゥエイン・ジョンソンが新鮮で興味を持ち鑑賞しました。(こんな理由でスミマセン)
ドゥエイン・ジョンソンに髪の毛があると、一気に若返って男前感がハンパ無く上昇しますね。カッコよかったです。でも、劇中の終盤、惜しげもなく剃ってしまい、いつもの彼に再会。スキンヘッドの彼も好きですが、正直、勿体ないなと思いました。
主人公が実際に日本のPRIDEで活躍した人という事で、東京の風景や日本人が多数出ており、地元意識を心地よくくすぐる展開でした。アクション映画などの架空の話にありがちなインチキ臭い日本ではなく、日本人が見ても違和感のない描写も好感です。
本作の主人公、冒頭の活躍からみて、無敵の超人が東京で大暴れする話かと思いきや、結構悩ましい展開でした。痛みに苦しみ鎮痛剤を多用し体調不良、思わぬ敗北、わがままで煩い彼女、挫折続きの展開に主人公が気の毒になりました。
それから、あの無敵のスーパーマンみたいな主人公を、日本人が倒したというのは意外でした。映画の中の絵面では、日本人では絶対勝てそうにないのですが、凄いですね。
映画にする題材だったのか
プロレス、格闘技ファンとして、いまさら感のマークケアーを主人公とした映画で、ロック様が演じるということで、何かあっての映画化と期待して観ましたが、テーマ、脚本、キャスティングなど魅了されるものがなかった。藤田役は酷かった。演技はまあまあだったかな。
達成感と、負ける姿の清々しさ
これはこれで面白い
微妙だなー
PRIDE世代には堪らない一作!!
今の日本では格闘技と言うと新日本プロレスであり、女子ならスターダムといったプロレスが主流だが、20数年前の1997年から2007年までの10年間はPRIDEやK-1といったガチの格闘技が全盛であった。(この時代、多くのプロレスラー参戦があったがことごとく敗れ続け、成功したのは日本では桜庭和志くらい!?)
そんな時代のUFCスターであったマーク・ケアの自伝に基づくストーリーはまさに自分の世代にとっては眉唾の一作であり、懐かしさも含め 本当に楽しめた!!
格闘技や音楽家の自伝というと、兎角 NO.1を維持する為の本人や家族の苦悩に焦点が当てられるが、本来この手の作品は格闘シーンであり、コンサートシーンの熱狂こそに興味が注がれるものだと思うのだが・・・・・・・
その意味では主演を演じたザ・ロックことドウェイン・ジョンソンはまさに嵌り役であり、彼が主演したからこそそのリアリティも迫真に近づいたのだと思う!
毎回思うのですが、外国映画での主人公の役作りにはただただ頭が下がる思いです!!
PRIDEは見てたけど
あしたのジョー2
光浦靖子に全部持って行かれた(笑)
主演ドウェイン・ジョンソンの圧倒的な「本気度」
映画ファンから絶大な支持を集めるスタジオ「A24」が手掛ける実録スポーツドラマ。
総合格闘技の黎明期にあたるUFCなどで「霊長類最強」とまで呼ばれた伝説のファイター、マーク・ケアーの栄光と、その裏側にあった壮絶な挫折を描いた伝記的映画。
主演ドウェイン・ジョンソンの圧倒的な「本気度」 特殊メイクで顔の輪郭まで変え、いつもの無敵のアクションスターとしての笑顔を完全封印。
肉体的なダメージだけでなく、精神的な痛みや苦悩を抱える一人の格闘家を泥臭く熱演しています。彼を支える妻を演じたエミリー・ブラントの演技も。
実話ベースの重厚なヒューマンドラマや、格闘技界の光と影、そしてA24作品特有のダークで濃密な空気感。
「格闘技映画」ではなく「男女の痴話喧嘩の切り貼り」
マーク・ケアーの格闘家としての栄光や没落よりも、恋人ドーンとの不安定な関係を中心に描いたヒューマンドラマでした。
しかし、そのために映画の大半がケアーとドーンの口論や衝突に費やされており、「負け続けた原因はここにある」と言わんばかりの内容になっています。
ドキュメンタリーやインタビューで語られていたステロイド問題や薬物依存、UFC時代の活躍や晩年の没落にはほとんど触れられておらず、マーク・ケアーという人物や当時の格闘技を深く味わいたい観客には物足りません。
また、マーク・コールマンやPRIDEの歴史を知らないと理解しづらい部分も多く、シーン同士のつながりやキャラクターの心理描写も十分とは言えません。そのため、場面を継ぎ接ぎしたような印象を受けました。
一方で、感情的なケアーとドーンに対し、彼らを支え続けるマーク・コールマンとバス・ルッテンは非常に献身的に描かれており、むしろ聖人のような存在に見えます。
キャスティングは全体的に本人への再現度が高く、マーク・コールマン(ライアン・ベイダー)と藤田和之を除けば非常によく似ています。
作品としては好みが分かれるものの、演技やキャスティングの完成度の高さは、アカデミー賞メイクアップ部門の候補に挙がったことにも納得できる内容でした。
あの頃の興奮がよみがえる。
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