たしかにあった幻

劇場公開日:2026年2月6日

解説・あらすじ

「あん」「朝が来る」の河瀨直美監督が6年ぶりに劇映画のメガホンをとり、「愛のかたち」と「命のつながり」を題材に、日本の失踪者と心臓移植の現実を重ねてオリジナル脚本で描いた人間ドラマ。

フランスから来日したコリーは、神戸の臓器移植医療センターで働きながら小児臓器移植医療の促進に取り組んでいた。しかし西欧とは異なる日本の死生観や倫理観の壁は彼女が思っていた以上に厚く、医療現場の体制の改善や意識改革は困難で、無力感や所在のなさを感じていた。そんな彼女にとって、屋久島で出会った恋人・迅が心の支えだったが、彼の誕生日でもある7月7日の七夕に突然姿を消してしまう。1年後、迅が失踪するはるか前に彼の家族からも捜索願が出されていたことを知ったコリーは、彼の実家がある岐阜を訪れる。そこでコリーは、自身と迅との出会いが宿命的であったことを知る。一方、心臓疾患を抱え入院していた少女・瞳の病状が急変する。

主演は「ファントム・スレッド」「蜘蛛の巣を払う女」などで知られるルクセンブルク出身のビッキー・クリープス。謎めいた恋人・迅を寛一郎が演じ、尾野真千子、北村一輝、永瀬正敏、小島聖、岡本玲、利重剛、中嶋朋子が共演。

2025年製作/115分/G/日本
配給:ハピネットファントム・スタジオ
劇場公開日:2026年2月6日

オフィシャルサイト

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(C)CINÉFRANCE STUDIOS - KUMIE INC - TARANTULA - VIKTORIA PRODUCTIONS - PIO&CO - PROD LAB - MARIGNAN FILMS - 2025

映画レビュー

3.5 客観的に見るために

2026年2月14日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

外国のフランス人医師の視点は興味深かった。日本人の恋人との距離感も日本人同士でも難しい中、明らかにズレがあるのだろう。
重いテーマなので恋愛関係の話はなくてドナーに焦点を当てたストーリーの方が個人的にはありがたかったな。

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Miya-n

4.0 たしかにあった

2026年2月12日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

興奮

ドキドキ

ネタバレ! クリックして本文を読む
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共感した! 3件)
にっく

4.0 生きるということ

2026年2月12日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

生きるとは。死ぬとは。姿は消えても、心にはずっと残る。心臓移植と失踪という二つのテーマを屋久島の美しく、雄々しいシーンと重ね合わせて画いている。寛一郎が、いいね!

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DnaH

4.0 フランス人から見たら日本の「失踪宣告」は機械的だし、リスクも大きいと取れるんじゃないかな。

2026年2月12日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

河瀨直美監督が、日本の小児医療における臓器移植の問題と、失踪者の問題を取り上げた意欲作。コリーと迅が出会った屋久島の自然の映像が散りばめられ、一見、日本人の死生観をベースにしているようにみえるが、あまり気にしなくても良いと思う。前半の、コリーがカンファレンスで患者の母親たちのインタビューを紹介して日本の臓器移植の問題を問いかけるところ(そして出席者たちはあまり取り合わない姿勢だったりする)、コリーが迅の義両親を訪ねるところ、そして後半の久志少年の心臓移植手術と、主要シーンがあたかもドキュメンタリーのように淡々とした口調で感覚的ではなく客観的経験談として提示されている。視点人物をわざわざフランス人としたのはその客観性に厚みを加えるためであったに違いない。
臓器移植については他のレビューでも色々取り上げてられているので失踪者の問題について触れておく。
日本の1年あたりの失踪者数は10万人程度であって、これは人口あたりではアメリカやイギリスに比べ相対的に少ない。日本では今のところ、人身売買や臓器売買が顕在化していないということはあるだろう。ただ日本特有の問題は失踪宣告がほぼ家族だけの証言でできてしまうところにある。失踪の期間は、家族が行方不明者届を警察に提出したところからカウントされる。そこから7年間音信がないと家族が家庭裁判所に申し立てれば失踪宣告がされてしまいその人物は社会的に抹消される。つまり内々で人ひとりを葬り去ることができる可能性がある。迅の義両親のように、実子に全て相続をさせたいがために、捜索に熱心にはならず(言葉では一所懸命捜したとは言っているが)期日が来ることを待ち受けているという状況は起こりうる。この場合、コリーは1年間、迅と同居していたので当然、その証言は反証価値はあると思われるが、そこには重きを置かないというか、通常の民法上の手続きでは粛々と失踪宣告まで進んでしまう。おそらくはこれは家の中の恥は外には出さないという日本人固有の感覚が根っこにあるのだと思う。
そんなことを考えながら観ました。面白い映画だと思います。

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あんちゃん