オデュッセイアのレビュー・感想・評価
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何千年経っても、人間は同じ問いの前にいる
すごいものを観てしまった。
自分もオデュッセウスと共に長い旅をしたかのような気持ちになり、映画の新しい境地に足を踏み入れてしまったかのような、没入感と迫力だった。
製作費405億をかけ、世界初の全編IMAXカメラでの撮影。
今人類ができる最高峰の技術を使い生まれたこの作品は、ノーラン監督の細部にまでこだわるプロフェッショナルさと、俳優陣たちの熱演で、凄まじい作品に仕上がっていた。
正直、私はノーラン監督に対して大絶賛するほどのファンではない。
監督特有の、時間軸があちこちに飛ぶ構成はどちらかというと苦手だし『オッペンハイマー』や『ダンケルク』といった、実話をベースにした作品だと、いまいち盛り上がりに欠ける印象を抱いていた。
なので今回も、とりあえず全編IMAXカメラの映像美を堪能しようというぐらいの気持ちで観に行ったら、なんてこった。
映像だけじゃく、ストーリーもめちゃくちゃ面白い。
私の苦手な時間軸飛び飛びも自然でわかりやすく、構成も良い。
そして古代ギリシャの神秘的な世界観がありつつも、西洋最古の冒険叙事詩が、見事令和のファンタジーアクションと融合し、エンターテイメントとしても満足感がすごい。
あまりの面白さに、鑑賞中のニヤニヤが止まらなかった。
そしてストーリーだけではなく、この物語から伝わるメッセージもまた現代の私たちに響く。
勝つためなら、越えてはいけない一線を越えてもいいのか。
『オッペンハイマー』を観た時にも感じた、ノーラン監督の一貫した問いを、今作でも強く感じた。
原子爆弾を生み出したことでアメリカに勝利をもたらしながら、人類を核の時代へと進ませてしまったオッペンハイマー。
そして、知略によってギリシャ軍を勝利へ導きながら、勝つために神々の掟さえ利用したことに苦悩するオデュッセウス。
世界の秩序を保つために皆が守ってきた一線を、自国の利益を理由に越えてしまった時、その一線は以前と同じものではなくなる。
そして何より恐ろしいのは、その一線を超えたことで「勝利してしまう」ことなのだと思った。
勝利とは何なのか。
正しさとは何なのか。
目的のためなら、どこまで許されるのか。
紀元前の英雄譚を観ていたはずなのに、私には決して遠い昔の話には思えなかった。
今もこうして、国際法を守らずに一線を超えてくる国がある。
世界の秩序を守るために存在する掟やルールは、誰か一人の都合のためにあるものではない
だからこそ、それを守ることには意味がある。
何千年も前の物語を通して、今を生きる私たちにその問いを突きつけられたような作品だった。
観終わってもまだ、ノーラン・ワールドから戻れない・・・。
楽しみにしていたクリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』。
感想はひとこと👇
やっぱり期待を裏切らない。巨匠ノーラン監督は健在だった。
ホメロスの『オデュッセイア』という言葉くらいは知っていましたが、ほとんど予備知識のないまま、今回は通常上映・吹替版で鑑賞しました。
まずもって、172分という大作に脱帽。
今回も水分・睡眠コントロールばっちりで臨みました。
エンドロールに並ぶロケ地の数を見て、まずびっくり。
ひとつの映画とは思えないほどの壮大なスケール。どのシーンからも、ノーラン監督のこだわりが伝わってきます。そして、その高い要求に応えきった製作陣や俳優陣の底力もすごい。
ここまで自分の作りたい映画を、巨大な規模で作り切れる。
やはりノーラン監督は巨匠だなと思いました。
キャメロン監督同様、「ザッツ・エンターテインメント」を本気で作る、獅子座の映画監督。
鑑賞後、興奮冷めやらぬ私がまずやったのは、
『オデュッセイア』の叙事詩についてYouTubeで復習すること。
さらにクリストファー・ノーラン監督について調べ直し、
極めつけはNetflixで『オッペンハイマー』まで再鑑賞。
気づけば、丸一日ノーラン漬けに……😅
家には帰ったはずなのに、ノーラン・ワールドから戻れない。
出演陣も豪華絢爛。
マット・デイモン、アン・ハサウェイ、トム・ホランド、ロバート・パティンソン、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロン……。
日本映画でいえば、まるで『キングダム』状態(笑)。
中でも、やっぱり主演のマット・デイモンは素晴らしかった。
いい歳の重ね方をしてるなぁ、としみじみ。
復習して分かったのですが、『オデュッセイア』は西洋世界では何度も語り直されてきた、とても有名な物語。ストーリーそのものは、意外なくらいシンプルです。トロイア戦争を終えた英雄オデュッセウスが、さまざまな困難を乗り越えながら、妻と息子の待つ故郷へ帰ろうとする。
ただ、家に帰る物語。
でも、その「帰るまで」に何を見るのか。
神に逆らうのか。誘惑に負けるのか。仲間を失うのか。それでも帰るのか。
物語がシンプルだからこそ、その解釈には大きな余白がある。
だから何千年もの間、さまざまな作り手がこの物語に挑み続けてきたのだと思います。
そして今回、ノーラン監督が選んだひとつの答えが、長編映画として史上初となる、全編IMAXフィルムカメラでの撮影。2000年代初頭、『トロイ』の監督候補だった頃から、トロイの木馬をどう見せるかというイメージを20年以上温めていたそうです。映画として結実するまで、本当に長い旅だったのだなと思います。
日本でIMAX独自の1.43:1画角を体験できる劇場は東京と大阪にたった2館しかありません。超貴重~✨
Dolby CinemaやScreenXなど、少し贅沢な映画体験のできるスクリーンもありますが、
私はまず、いつもの見慣れたスクリーンで作品そのものを受け止めるのが好きです。
通常上映でも、映像の迫力は十分。
まずは物語をしっかり味わう。
そのうえで二回目に、“贅沢スクリーン”で浴びる。
私はその見方が好きです。
そして次は、ぜひIMAXで観たい🎬
どんな時も、人間は大いなる自然や神には抗えない。
もし抗ったとき、そこにはどんな罪と罰が待っているのか。
神話の世界でありながら、人間の欲、慢心、愛、そして「帰る場所」への執着がずっと流れている。
そこが、この物語が何千年も生き残ってきた理由なのかもしれません。
ちなみに、今ちょうど別作品でも話題のセイレーンも登場します🧜
古代ギリシャでは、人魚というより「人と鳥を合わせたような姿」で描かれることが多かったそう。
……いらん豆知識(笑)。
音響だけは、少し私の好みではなかったけれど、それ以外は見応え十分!!
洋画の中では、今年いちばん面白かった作品です。
『オッペンハイマー』に続き、またアカデミー賞を賑わせそうな勢いまで感じました。
これぞ、ザッツ・エンターテインメントな映画🎬
本作は配信まで待たず、ぜひ映画館の大スクリーンで観てほしい一本です。
……と、ここまで書き終えて、私のノーラン熱もようやく平熱に😅
やっと、お家に帰れます♪
古典の懐、ノーラン監督の信念
ノーラン作品は映画館での鑑賞が定石。とはいえ基本長いし、最近特にややこしいのが多いしで、ちょっと身構えてしまう部分もあった。
ところがこの「オデュッセイア」、一応原作の骨子だけ予習した前提ではあるが、拍子抜けするほどわかりやすい(対ノーラン作品比)。その上スペクタクルの連続で、クライマックスの活劇もある。3時間弱という長さも全く気にならなかった。
過去作では極寒の惑星に取り残されたり(「インターステラー」)火星に取り残されたり(奇しくも邦題「オデッセイ」)その他諸々、割と散々な目に遭ってきたマット・デイモンだが、本作でも結構悲惨な目に遭う。
一つ目巨人キュクロプスの洞穴にうっかり入り込んで犠牲者を出した上に呪いをかけられたり、道中に猛獣が配置されて見るからに怪しい魔女キルケーの家に上がり込んで、部下をブタにされてしまったり(千と千尋か?)。受難の内容にいちいちエッジが効いている。
では、何故デイモン演じるオデュッセウスはこのように次から次へと困難に晒されたのか。直接的にはポセイドンの呪いということになるが、原作はいったん脇に置きこの映画の解釈として考えると、これまで時に部下の命を犠牲にし、トロイの木馬作戦においてはシノンを欺き「ゼウスの掟」までも破ることで武功を挙げてきた彼の因果応報であり、人間的な欲と罪悪感との板挟みを象徴する道程だったのではないだろうか。
木馬の傍でひとり敵軍と対峙したシノンは、本来は詩人ウェルギリウスの叙事詩「アエネーイス」の登場人物だ。「アエネーイス」でのシノンは木馬の中身を知っており、トロイア軍にこれは供物だと嘘をつく。
ノーラン監督はそのシノンを、徴兵のくじ引きでアンティノオスに騙され、その不正をオデュッセウスも見逃したことによって身代わりにされ、また木馬の中身を知らされないまま彼の知略の捨て駒にされた犠牲者として描いた。シノンは冥界を訪れたオデュッセウスを激しく糾弾する。
こういった描写によって、力を持つものが無自覚に生んだ犠牲への罪悪感、それを自覚する過程での我欲と倫理観のせめぎ合い、といったテーマが浮かび上がる。これは、ノーラン監督の前作「オッペンハイマー」にも通底するもののように思える。
映画のラストでオッペンハイマーは「私たちが世界を破壊した」と言って深い後悔を滲ませた。一方、オデュッセウスはテレマコスに王位を譲り、トロイア戦争の死者を悼むため西方へ向けて旅立つ。これもまた自らの行いへの後悔からくる行動であり、懺悔の旅路である。
科学技術や政治権力などの、本来ひとりの人間の手に余るような「力」に触れると、時に謙虚さや慎重さをおざなりにしてしまう。そんな人間の姿は、現代社会においてなお珍しいものではない。ノーラン監督が今映画化した意義をそのあたりに感じるし、成立から3000年近く受け継がれてきた物語の懐の深さ、スペクタクル作品としての色褪せない魅力に引き込まれた。
ところで、トリビアをひとつ。映画の本編上映前には必ずプロダクションロゴがいくつか流れるが、TSGエンターテインメントという出資会社のロゴは、オデュッセウスが12本の斧の穴に矢を通す(本作では交差した斧が並べられていたが)エピソードを描いたものになっている。YouTubeで「TSG Entertainment」を検索すれば見られます。あーこれか、となるはず。
本作は長編映画史上初の全編IMAXフィルムカメラ撮影となっている。これまで何故それが実現できなかったのか。資金的な問題かと漠然と思っていたら(それも一部にはあるのだろうが)、IMAXフィルムカメラの爆音問題が壁になっていたようだ。爆音というのは、撮影監督のホイテ・ヴァン・ホイテマが「暴走した芝刈り機」と形容するレベルの駆動音で、同期音声での台詞の収録が不可能なほどだったという。
近年、ノーラン監督やジョーダン・ピール監督の助言も踏まえて開発され、本作の撮影に使用されたラインナップ「キーリー」は、旧型に比べ騒音が約30%改善された。静かな会話の場面においてはさらに「ブリンプ」という防音ケースを装着するなどして、全編IMAXフィルムカメラ撮影を実現したそうだ。
(エンドロールで献辞の名宛人となっていたデイヴィッド・キーリーはIMAX社で長年最高品質責任者を務め、本作映像の品質承認も行なった人物だが、昨年8月に他界した。)
それでもカメラ本体の大きさや重さ、マガジン1本で3分しか撮影できないという制約など、ノーマルな撮影とは比較にならない困難が伴うことに変わりはない。加えて、ノーラン監督の実写へのこだわり。
配信全盛の時代にこれほどの信念と情熱を持って映画館で映画を観る楽しみの究極を追求してくれるノーラン監督には、日本の片隅のいち観客として感謝しかない。
Smartly Disguised as Hollywood Fanfare
Nolan winds his brooding spin around one the world's longest surviving tales in this belief-suspending fantasy. The film muses on the evolution of morality, almost as if it is pretending its an ancient Greek religious drama. The film reminds that flawed humanity is older than any state. As a technical spectical, the IMAX presentation of the epic is as eventful as spacetime folding back on itself.
構成のぎこちなさを超えてくるIMAXの臨場感
実は初見のときはあまりピンとこず、大阪のエキスポシティのIMAXレーザーGTで観て評価が相当上方修正された。思えば『ダンケルク』もそのパターンだった。お話としてはある程度馴染んだオデュッセイアの新解釈で、知ってるエピソードの羅列ではあるのだが、キルケーの辺りから現代的な視点が新たな刺激を呼び覚まし、クライマックスに至ると行き過ぎた世界に継承を鳴らす『オッペンハイマー』とほぼ同じテーマであったことが明かされる。「今回もまた?」という気持ちもあれば、ノーランの真摯さと捉えることもできる。が、見せ場が数珠つなぎにしたいささか無器用な構成ではあると思う。
ただ、フィルム時代のIMAXが持っていた「フレームが消失して目の前に映像だけが広がる感覚」に魅せられているノーランのはずなのに、IMAXとボケを多用しまくった絵作りとの相性がよくないように感じてしまっていた。のですが、エキスポシティの画面以外の余計な情報が目に入ってこない設計で観ると、ボケ味も含めて臨場感がただごとではなくて、世界観に放り込まれる醍醐味が語り口のぎこちなさを超えてきた。できれば池袋のIMAXも左右の壁の装飾を排してマットな黒にするなりして、画面だけに没頭できるようにして欲しい。やっぱり壁への映り込みでどうしても画面の端を「枠」として認識してしまうんですよね。
圧倒的な映像体験に息を呑む。もうその言葉に尽きる
視覚的体感とはまさにこのこと。IMAXスクリーンが放つ海洋の獰猛なうねりをはじめ、各場面がもたらす映像の豊かさとスケールに息を呑んだ。非線型のストーリーゆえわかりにくいという向きもあろう。だがそもそもホメロスの原作からして非線型。もしやノーランはこの構造を、自分がよく用いる語り口の原型のようにすら感じたのではないか。そして時系列でないからこそ、この過酷な旅路は圧倒的な体験となって我々の胸を軋ませるのかもしれない。世界の果てまで赴き撮影された数々の映像もさることながら、こういったリアリティの渦中に一つ目巨人などの異形の者たちが違和感なく入り込むのだから興奮はひとしお。と同時に、これは現代に向けて勢いよく放たれた一矢でもある。科学の世紀を描いた『オッペンハイマー』から人類最初期の叙事詩の世界へ。いずれも悲惨な戦争と言いしれぬ悔悟の念が絡み合い主人公の生き様を陰影深く織り上げている点が印象的だ。
スケールは大きいが内省的な内容
全編IMAXフィルム撮影であることを全面的に売りにしている作品だが、意外と会話している登場人物を切り返しで見せるみたいなシーンも多い。こうしたシーンをIMAXの画角で見せるというのは、果たして映画鑑賞としてどういう体験なのだろうと考えた。
一つ目の巨人など、スペクタクルなシーンではもちろんIMAXのスクリーンの大きさが活かされる。巨人はとりわけ縦にデカいわけだし。でも、172分の上映時間の中でそうでないシーンもいっぱいある。2人の人物が緊張感を持って会話しているみたいなシーンでは、むしろ大きな画角じゃない方が緊張感が生まれやすいのでは、などとも思ったりもした。とはいえ、この画角の映像は映画館でしか味わえないので、劇場体験という点でとても貴重なものではある。しかし、万能ではないよな、とも思った。
作品自体は面白かった。英雄の帰還は、物語の王道の一つ。なぜこんなに長い間帰ってこなかったのかを、単なる冒険譚にせずにトラウマからの回復期間として描くのはなかなかユニークだ。スケールはでかいが意外と内省的な内容になっている。
ノーランは古典から現代を紡ぎ出した
クリストファー・ノーランの最新作は古代ギリシャの詩人、ホメロスの叙事詩をベースにしている。この素材選びはノーランとしてはかなりチャレンジングなように思えるが、映画の構成とテーマは意外に一貫している。
主人公であるイタケの王、オデュッセウスがトロイア戦争を戦い終え、長い年月をかけて故郷を目指す過程で、ノーランは過去、現代、そして、未来と時間軸をシャッフルして、まるでトランプの神経衰弱ゲームみたいな楽しい混乱を観客にもたらす。その手法は『ダンケルク』で見せた"陸の1週間、海の1日、空の1時間"の交差ほどは設計的ではないかもしれないが、過去作との類似点を発見するとなぜかホッとする。
目新しさでいうと、強い影響を受けたという特撮の巨匠、レイ・ハリーハウゼンの作品に寄せたクリーチャーの登場がけっこう衝撃的だ。まして、I MAXフルスクリーンに手作り感満載の怪物が悲しげな表情で現れると、思わず身をすくめてしまう。ノーランがこんなことをやるなんて。
映画のテーマについて考えると、トロイアまで遠征し、多くの人命を犠牲にし、帰路に就くオデュッセウスを介して、個人、または国家の野望がいかに秩序を破壊するかを描いている点が重いと感じた。それはそのまま、今の時代を覆う危機感に繋がるからだ。これは前作『オッペンハイマー』とも共通する。
さらにノーランは、ゼンデイアやルピタ・ニョンゴやジョン・レグイザモ等、様々な血統を持つ俳優たちに重要な役を振ることによって、古代ギリシャの叙事詩、に対する観客のハードルを上手に下げている。また、トランスジェンダーの俳優として再スタートを切ったエリオット・ペイジを勇猛果敢な男性兵士役に起用するバランス感覚も絶妙だ。結果的に隅々にまでオールスター・キャストとなったのには理由があるのだ。
クリストファー・ノーランは再度のオスカー受賞も期待される『オデュッセイア』で、古典から現代を紡ぎ出した、と言えるのではないだろうか。
英雄の冒険と苦悩をIMAX絵巻で展開させるノーラン活劇の円熟味
振り返ると、クリストファー・ノーラン映画の主人公たちは英雄としての栄光の影で深い苦悩を抱えていた。正義や勝利のため、天賦の才と並外れた勇気で仲間を率い鼓舞し、幾多の試練を乗り越え冒険やミッションを輝かしい成功へと導く。だがその過程で、敵も味方も大勢死なせ、悲劇をもたらして恨みを買い、自身の存在意義さえ疑う。
冒険活劇の源流ともされる古代ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」をノーラン監督が映画化したのは、古典の英雄譚を自らの手でよみがえらせる行為を通じて、自作で描き続けてきた英雄像を総括する意味があったはず。さらには、特撮映画の初期作品「シンバッド七回目の航海」などを最初に観た時の興奮や感動を、ノーランが得意とするIMAXフィルムカメラ撮影を経て大スクリーンに再現する、原点回帰の心持ちもあっただろう。
映画「オデュッセイア」で描かれるのは、トロイの木馬で有名なトロイア戦争や王位をめぐる争いといった歴史上あり得たであろうリアルと、神々や怪物が人間と関わったり戦ったりするファンタジーが地続きの世界。ノーランはこれまでもSFや戦争物でIMAX大画面を活かした迫力のアクションシーンを生み出してきたが、巨大なモンスターが同監督のIMAXスクリーンに出現する画力のインパクトは圧巻だ。戦争と怪物退治と権力闘争をシームレスに共存させるストーリーテリングにノーラン監督の円熟を感じた。
クリストファー・ノーラン万歳!!!
映画なんてもういらないんじゃないか?って思うぐらいつまらん映画に囲まれている自分、この監督と同じ時代に生まれることができて(1970生まれのタメ)心の底から良かったと思います。「IMAXで見て欲しい」みたいなことをノーラン監督が言うから高くて躊躇するも、誕生月クーポンが使えることに気づいて本当に良かった!!!画面でかいし、音もアホみたいにデカくて予告編でジブリが流れた時は「うっせーぞ、コラ!!!」と本気で思ったけど(宮崎アニメ嫌いですから)ノーラン監督はIMAXを知り尽くしているのか、画面の大きさと音量の大きさ全く気にならない!!!いろんな方がとっくに批評されていると思いますので内容については書きません。とにかくこれは凄い映画だし、泣いたし、面白いし、会う人全員に勧めてます!!!他の映画全てが霞む(かすむ)ぐらいの、本当に凄いヤバい映画でした!!!私を信用して欲しい!!!
勝利の代償
とても重厚で無駄なシーンが一切ない完成度の高い作品だと思った。3時間近い上映中、ずっと集中して観ることができた。観賞後はどっと疲れが出たが、翌日になってもあれはどういう意味だったのだろうかとつい考えてしまう。
オデュッセウスは賢いが故に戦いに勝利し、勝利したことで過酷な代償を払った。トロイの木馬で城壁内に入り込むことは、相手の信用を逆に利用した形だ。そして場内に入れば戦争に関係ない人々をも虐殺した。その後、帰国の途中で味方を全員亡くした。
クリストファーノーランの描くオデュッセイアは単なる英雄の知略を礼讃するものではない。戦争の身勝手さを示しているのではないだろうか。
戦争に勝利したことでうまれた悔恨と弔いの旅を描いた作品だと思った。
オデッセイ?
3時間があっという間。歴史への扉を開く傑作
全てにおいて完成度の高い作品だと感じた。3時間という長い上映時間でありながら、観る人を飽きさせず、中だるみもほとんど感じさせない。
原作を読んでいなくても、最初の数分で登場人物や人間関係を探りながら観ていけば、物語が進むにつれて自然と理解できるようになり、次第に引き込まれていく。時代を行き来する構成でありながら分かりやすく、次々と起こる出来事も決して期待を裏切らない。そして最後には十分な時間を使って、それまでの伏線を丁寧に回収していく。期待した通りの爽快感のある結末で、観終わった後も非常にすっきりとした気持ちになった。
映像の美しさも素晴らしい。全編を最新のIMAXフィルムカメラで撮影したという点にも、監督の映像への強いこだわりが感じられる。フィルムにはデジタルとは異なる独特の色や質感があり、豊かな映像表現ができる。残念ながら日本ではIMAXフィルムで上映されているわけではないが、それでも「ここまでこだわって撮るのか」と思わせられる。映像の美しさと、次々と展開していく物語のテンポの良さに、改めてこの監督は天才だと思わされた。
そして何より印象に残ったのは、約3000年前の物語でありながら、そこに描かれる人間の感情や欲望、愛情、嫉妬、誇りといったものが、現代の人間とほとんど変わらないことだ。時代も文明も大きく違うのに、人間の本質は変わらない。そのことを壮大なスケールで楽しませてくれる作品だった。
また、この作品の面白いところは、古代ギリシャの歴史や文化に自然と興味を持たせてくれることだ。映画をきっかけに自分で調べてみれば、世界史の勉強にもつながる。それでいて、史実や原作に忠実であろうとするあまり堅苦しい作品になることなく、しっかりとエンターテインメントとして成立している。『オデュッセイア』が世界文学の原点の一つと言われるだけあって、原作そのものも非常に面白いのではないかと思う。ブラッド・ピット主演の『トロイ』も以前話題になったが、本作はその後の物語にあたるということで、改めて『トロイ』も観てみたくなった。
映画として完成度が高いだけでなく、観終わった後に「もっとこの時代のことを知りたい」と思わせてくれる。エンターテインメントと歴史への興味を見事に両立させた、非常に満足度の高い作品だと思う。
4.5寄りの
ギリシャ神話何にも知らない状態で臨んだので、大変楽しめました。デューンとグラディエーターを足して2で割ったような…。
ロバートパティンソンとゼンデイヤはドラマな2人で、トムホランドとゼンデイヤはスパイダーマンでペアだし、アンハサウェイはプラダを着た2や隣人たち、オークストリートで出演してまたまた出てきた。ゼンデイヤもシャーリーズセロンもマットデイモンも砂場映画にやたら出てたもんだから、鑑賞中既視感がチラつき、混乱しました💦(みんないつ寝てんだ?特にアンハサウェイ)
あと、この映画でマットデイモンは厄介な事に巻き込まれがち俳優の座を確固たるものにしました(自分の中で)
最近ではデューンと並んで豪華な映画と感じました。
他の映画と同じ値段でこれが観られるなんて費用対効果抜群ですね。ノーラン作品は(長いし)
追記
エンドロールの曲と字体と字の色が好みです。
気持ちよくクールダウンできました。
壮大な物語
オデュッセイアのカークダグラス版より良かった
神話感より現実感があって、マット・デイモンの方が身近かな感じで話にのめり込める。アンハサウェイは演技力がましてるなぁと思った最後は退職後の夫婦みたいで感情移入してしまった。トロイの木馬は実話だったのね思うと歴史浪漫がある。 巨人が人間を食べてるのが、進撃の巨人みたいな食べ方でした。
時を超えて胸に刺さった It Hit Me Across the Ages
ホメロスの叙事詩として
オデュッセイアは様々な作品に引用され、
断片的には、幾つかのエピソードは知っていた。
しかし、こうして通して観ることは
初めてだ。
3時間近い大作だけれど、
全く長く感じなかった。
そこに描かれるドラマは、
とても人間臭く、
21世紀の日本に生きる自分にとって、
これまで観てきた洋画の中で、
最も刺さって、
心を動かされ、
違和感を感じなかった。
心が動いて、行動になる。
オデュッセウスを取り巻く人々の
心情が、すっと心に入ってくる。
彼が遭遇した冒険は、
確かに荒唐無稽だけれど、
数多の神々の存在、
1つ目の巨人キュクロプスにさえ、
居るかも知れないと思わせてくれ、
魔女も居るんじゃないか、
冥界でのやり取りも、さもありなん
と思ってしまうほどに、しっくり来た。
故郷で待つ王妃ペネロペの心情も、
共感し、心を寄せてしまうほど。
遭遇する敵や、
悪役と思われる登場人物に対しても、
その行動に違和感がなく、
どちらの立場に立つかで
風景が違って見えることを教えてくれる。
吟遊詩人が奏でる叙事詩を
目の前で目撃し、
心躍る感覚を味わわせてもらった。
なぜこの文化が滅び、
現代みたいになってしまったんだろう?
そう考えずにはいられなかった。
この日は
【ディスクロージャー・デイ】を鑑賞後、
本作品を観た。
ディスクロージャー・デイで感じた、
喉につっかえる感覚は、
オデュッセイアで解消された。
それほどまでに自分は一神教の世界に
心底うんざりしているんだな
と気がついてしまったのかもしれない。
As one of Homer’s great epics, *The Odyssey* has been referenced in countless works, and I already knew fragments of several of its episodes.
But this was the first time I had ever experienced the story all the way through.
It is an epic that runs close to three hours, yet it never felt long at all.
The drama it portrays is deeply human.
As someone living in twenty-first-century Japan, I found it more affecting than any Western film I have seen before. It moved me deeply, and almost nothing in it felt emotionally alien to me.
Emotion leads to action.
The feelings of the people surrounding Odysseus came naturally to me, without resistance.
The adventures he encounters are certainly fantastical, and yet the film made me feel that the many gods of this world might truly exist.
Even the one-eyed giant Cyclops somehow felt possible.
Perhaps witches really do exist.
Even the exchanges in the underworld felt strangely plausible—as though this really could be the way things are.
The emotions of Penelope, the queen waiting for him back home, were just as easy to understand, to the point that I found myself deeply sympathizing with her.
Even when it came to the enemies Odysseus encounters, or the characters who might appear to be villains, their actions never felt inexplicable.
The film reminds us that the same landscape can look completely different depending on which side we stand on.
It felt as though I were witnessing, right before my eyes, an epic once sung by a bard.
And it filled me with that same sense of excitement.
Why did this culture disappear?
How did we end up with a world like the one we live in now?
I could not help wondering.
That day, I watched this film after seeing *Disclosure Day*.
The feeling I had during *Disclosure Day*—as though something were stuck in my throat—was completely cleared away by *The Odyssey*.
Perhaps what I realized is just how thoroughly tired I have become of the world shaped by monotheism.
なかなか評価が難しい…
マット・デイモンは好きなハリウッド俳優の一人
普段は古代ギリシャ?古代ローマ?とかの題材は
あまり好みでは無いため、これまでほとんど観ていない
マット・デイモンが主演なのと
全編IMAXフィルムカメラとの事だったので
つい引き寄せられたw
全編IMAXフィルムカメラとそうで無いモノ
見比べないと分からないなと感じた 汗
大海原での嵐のシーンや
大勢での戦のシーンはIMAXの大スクリーン、大音量もあり
さすがの大迫力!内臓に響いたw
内容に関しては
10年越しで家族の待つ故郷へ帰ると云う大筋は普通に理解できるが
それ以外の事柄が難しくて、一回観ただけだと
何が何だか理解てきない 笑
最後のシーンで王妃ペネロペとオデュッセウスが
出会えた時はホッとしたのと感動した。
全編においての映像美は
さすがにスゴかった。
ぼくにはぴんとこなかった
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